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九王記  作者: 荒木小吾
二章 東よりきたるもの
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65話 助走

「見つけましたわ!」

「見つかった!」

 西大陸、ロムルス王国の北西部天山とそれに連なる山脈。北に進路を取ると、魔獣の徘徊する北の雪原と大森林地帯である。

 王都から逃れた先、西の天山で、王国の軍総帥ヘンギストと分かれた。明日には王国北部に入ろうかというところであった。

「帰りますわよ! 陛下ァ!!」

 音の塊で小石が飛んだ。鼓膜が破裂しそうな音量で誰かが山の麓から叫んでいる。

「私、ゼノビアと申しますわ! 妹君にあたるロウィーナ様より! 帰還のお願いを言付けられておりますの!!」

「ロウィーナの部下か。見覚えがある、護衛にいたな」

 ゼノビア。妹のロウィーナの護衛と名乗った彼女は、巨人の旅支度といった量の荷物を担いでいた。おかげで、山の上にいる俺からもどこにいるかがすぐわかる。

「ロウィーナ殿下が大そう悲しんでおられましたわ! それでも兄君ですの!」

 ずん。と、ありえませんわ。

 地団駄を踏む彼女の足元がひび割れた。岩山のある地形で、地盤は固い。岩が砕け、砂利が砕け、砂が砕けた。

「何と言われようと、帰るつもりはない」

 山を崩して探すのも厭わない勢いがある。俺は特に隠れることもせず、かすかに残る登山道の上に出た。ゼノビアと目が合う。普通の弓矢も届かない距離だが、ぎらついた眼光がよく見えた。

 天山で見たときはロウィーナの護衛として騎士の格好をしていたが、騎士よりも魔獣と取っ組み合いをしているのが似合いそうである。

「一応お伺いいたしましょう。何をなさるおつもりですの?」

 ヘンギストの案を伝えた。ゼノビアは呆れた。

「まあ、呆れた」

「表情で分かることをわざわざ言わずともよい」

「呆れましたわ!」

「言うなと言っている!」

 何も成し遂げず帰るつもりはない。王宮で五賢弟と、弟と戦い、俺は戦意を喪失して助けてもらった。

 それが王の姿か。

 これが俺の目指した場所か。

 意味のない行為と断じてもいい。ただ、自分の意味を証明したい者たちが思いをかけて戦いを挑むのだ。

「それでもやる。何が何でもやる。俺は、俺たちは全身全霊で命を使い切る。負けたままでは終わらない」

 ゼノビアがゆっくりとの荷物を下ろす。どさりと下ろした荷物が土煙を巻き上げた。そして彼女はこわばった肩をほぐすためか、勢いをつけて腕を一回転させた。

 突風が吹いて、土ぼこりを吹き飛ばした。

 荷物から剣を二本引き抜いていた。

「其の意気や良し。ですわ」

 一度頷く戦士。

「とってつけたような語尾だな」

「余計なお世話ですわ」

 ゆっくりとゼノビアは山を登り始めた。

「分かってくれたのなら、さっさと帰ってもらおう。妹によろしく伝えておいてくれ」

 俺は動かなかった。じきにゼノビアはここまで登ってくる。

「言葉を並べても意志を変えることができないと分かったのです。そして其の意気や良し、と思ったまでのこと。主命を果たさず帰る理由にはなりませんわ」

 もう、普段の声量で十分に会話ができる距離である。鞘ごと放ってよこされた剣を受けとった。一般の兵士に配布される長剣である。鉄の刀身、木の柄、滑り止めの魔獣の皮

「何としてでも、ロウィーナ様の下へお帰り頂きます」

「やってみるがいい」

 彼女が何を考えているかは、すでに語るまでもないことであった。同時に、俺の考えも揺るがないことは伝わっていた。互いに譲れぬものがある時のために、人は剣を発明したのである。

 まだ互いに剣は抜いていない。

 殺気と魔力だけが高まっていく。山が一つ、二人の気配で覆われていた。

 魔獣の叫び。縄張り近くに見知らぬ生き物がいると分かって、近くの岩山からよく似た魔獣が吠えたてながら驀進してくる。

 両者、それを視界の端にとらえつつ、目の前の相手から視線を切らない。

 無防備な姿と思ったのか、魔獣が二頭、俺とゼノビアに飛び掛かる。縄張りに入った生き物をこうして速やかに排除してきたことが想像できる躊躇の無さだった。

 ゼノビアが瞬き一つほど速く動き、抜刀した。すでに魔獣の頭部が地面に転がっている。頭を切り落とされつつも、なお彼女に噛みつこうとする魔獣。それを戦士は片足で踏み抜いた。

 俺の方に来た魔獣の頭を、鞘が付いたままの剣で突き刺した。地面に縫い付けられて苦悶の声を挙げる魔獣をそのままに、ゆっくりと魔獣の頭と地面をつないでいる鞘から剣を抜く。

 互いに集中は整っていた。

 互いに意志を貫くための戦いが始まり、三回の打ち合いで終わる。

 一回。

 ゼノビア、大上段から。俺、中段から。縦と横にふるわれた刃は、それぞれの体を見事にとらえる。

「ごァ!」

「が!」

 しかし致命傷にはならない。魔力を体内で循環させる肉体強化の魔術。体を動かす際に使われる自然な魔力の働きを、強制的に数倍、時に数十倍として、超人的な肉体能力を発揮する魔術によって強化された筋肉と骨と筋が、鉄を鍛えて作られた刃を砕いたからだ。

 体は切り裂かれず、剣は砕けた。それでも衝撃はしっかりと体内に入る。ゼノビアの上段切りは俺の鎖骨を砕き、そのまま背骨を伝わって両足の骨を砕いた。俺の薙ぎ払いはゼノビアのあばらを折り、内臓をいくつか潰した。

 剣の破片が舞う。

 二回。

 使い物にならなくなった剣の柄を捨て、拳を握りしめた。肉体強化の魔術によって体の自然治癒力も数段跳ね上がっている。砕かれた骨はつながり始め、傷んだ内臓は修復され始める。

 循環型の魔術を習得した相手と戦うときは、相手の治癒力を上回る攻撃力を持たねばならない。

 ゼノビアの拳と俺の拳が衝突した。嫌な音がお互いの腕から響き、遅れて痛みが伝わってくる。正面衝突した指や、衝撃を伝えた前腕や、相手の拳の威力を受けとめた肩が折れた。

 全身全霊の踏み込みで、くっつき始めた俺の足の骨はまたも無残に砕け、皮膚を破って外へ飛び出た。

 体のひねりを加え、全身で拳を放ったゼノビアは、内臓が千切れて吐血した。

「ぬァアッ!!」

「ぜェアッ!!」

 そして魔術で立ち上がる。傷は治るが、痛みは消せない。すでに頭は痛みで焼き切れそうだった。

 しかし倒れられない。俺は望みを果たすために。ゼノビアは主命を果たすために。

 血しぶきが舞う。

 三回。

 すでに俺の足は限界である踏み込みはできない。ゼノビアも体のひねりを使った攻撃はできない。

 思い切り、上体を反らした。

 彼女もそうした。

 背筋に力を溜めて額に意識を集中する。

 ぶつかった。衝撃で、山が割れた。

 視界が暗くなり、そして白くなった。

 気が付くと地面に倒れている自分がいた。

「ゼノビアは、死んだか?」

 相手の実力は恐ろしいものがあった。勝てるかどうか分からなかった。ひたすら、もう二度と負けてなるものかと思い続けた。

 結果、妹のお気に入りの騎士、王として報いるべき騎士を殺すことになっても構わないとさえ覚悟を決めていた。

 気を失っていたのはわずかな間だったようだ。先ほどまで戦っていた場所は打ち合いの余波で地面が吹き飛び、襲ってきた魔獣が薄汚れた肉塊になっている。

 すぐ前に、ゼノビアが白目をむいて泡を吹いていた。呼吸はある。

(頑丈な奴)

 一対一で殴り合い、相手の頑丈さに感心したのは過去に一度だけ、父ウォーディガーンに王座をかけて決闘を挑んだ時だけだった。

(二回目か)

 まだまだ、父を超えた程度では最強には程遠いらしい。

 立ち上がろうとしたが、無理だった。足に力が入らない。

(そういえば折れていた)

 どうしたものかと空を仰ぐ。ものすごく首が痛かった。

 ひとまず、魔術で体を治癒していく。治癒力を強化するとはいえ骨を一から生やしたりすることはできないので、粉々に砕けた骨はある程度元の位置に戻しておかないといびつな形になってしまうことがある。

 意識を集中させて、自分の足に指を差し込んだ。

 生暖かい感触と痛みを我慢しつつ、肉の中に入り込んだ骨の欠片を取り除き、大きな破片はできるだけ真っ直ぐ整えていく。

 先ほどの戦闘で魔獣を倒しておいたのが幸いして、邪魔の入ることなく治療は完了した。

 あまり細かく折れていなかった鎖骨と背骨、それと首はそのままにしておく。

 魔力の供給量を最小限にして、その場からしばらく動かなかった。この怪我の完治には数か月かかると思われる。俺の魔力量では全開の肉体強化魔術を一日持たせることができないので、致命傷にならない程度まで回復したらあとは自然に任せるしかない。

(この負傷では、この先の旅は厳しい)

 ヘンギストの案は始まってもいないのにいきなり頓挫してしまった。ただ、不思議と悔しさは大きくない。わずかに感じる悔しさもどこか爽やかなものだった。

(全力を出したからだろうか)

 先のことなど考えず、目の前の壁を思い切り乗り越えた。それが達成感につながっている。ゼノビアという強敵のおかげなのは間違いない。

 ゆっくりと時間が経つ。

 時折魔獣の近づく気配があるが、一定の距離を保ち、それ以上寄ってくることはなかった。じきに夜が来る。せめて腹ごしらえはしておかなければと、肉塊になっている魔獣からいくらか肉をもらった。

 先日狩った魔獣の体毛と油がある。

 火を起こした。肉を焼く。野草も生えていたので、よくすりつぶしてから肉の間に挟んで焼いた。味は岩塩で付ける。

「肉?」

 ゼノビアが起きた。肉の匂いで起きるなんて、いかにもらしいと思わず笑ってしまう。彼女は激しく咳込み、赤黒い血の塊を吐き捨てた。

「私の分は?」

「内臓がいくつかダメになってる。一晩は大人しくしておけ」

 日が落ちていく中で焚火と吐息が白く曇った。

 天山の研究施設を出るときは着の身着のままだったが、魔獣の縄張りに押し入っては殺しを繰り返し、今では魔獣の血の匂いが染みついた装備一式を整えていた。

「さすがは陛下、噂とたがわぬ勇壮に感服いたしましたわ。そして、力尽くでお連れしようとした慢心をお笑いくださいませ」

 肉の誘惑に打ち勝ったゼノビアは礼儀を思い出した。俺はその前で野草を合えた魔獣の肉をかみちぎった。筋張っていて血なまぐさい。まずい肉だ。ゼノビアの口の端から垂れる涎を見ないようにした。

「ゼノビア。お前は強いな」

「負かした相手にそのようなこと。喧嘩をお売りになっていらっしゃるので?」

「ほとんど実力に差はなかった。俺がたまたま最後に立っていただけだ」

「それでも、負けは負け。生憎と負けを認められない惨めな鍛え方はしておりませんことよ」

 耳が痛い。負けたことから目をそらしたくて弟の説得を名目に立ち止まっていた自分には、ことさら耳に突き刺さる。

 ゼノビアは上体を起こした。魔術での肉体治癒が効いてきていたのだろう。

「興味本位ですが、お伺いしてもよろしいかしら?」

「どうぞ」

「それほどまでの強さは、どのように鍛えましたの?」

 興味津々と目に書いてある。両の拳を何度も握り返し、怪我がなければ今にも鍛錬をしたくてたまらない様子である。なぜか、魔王を倒す前の自分を思い出した。

「大陸を巡り、魔獣と戦って鍛えた」

「それはおひとりで?」

「弟が一緒だった」

 現状を考えたのか、しばらくの間があった。

「王族が二人も王宮の外に出て、きっと大騒ぎだったのでしょうね」

「勝手に抜け出したからな。俺たちの身柄を捕らえて売り飛ばそうとする奴らや、王宮へ連れ戻そうとする追手とも戦った」

「まあ、羨ましい。きっと毎日が修羅場だったのですわね」

「お前ちょっとおかしいぞ」

 俺も王宮を飛び出したときはこんなんだったのだろうか。近衛騎士団長のフリティゲルンが深く頷く様が星空に浮かんで消えた。こんなんだったのかもしれない。今更ながら自分の行いの大きさを知ることになるとは思わなかった。

「やはり修羅場を乗り越えてこその戦士。王。私もいつか己の力の極致まで到達したいものですわね」

 夢見がちにつぶやく言葉が夜の冷えた空気に消えていく。俺はそこで閃いた。これを言えば確実にこいつは着いてくる。戦力が増え、連れ戻されることは無くなり、天山のロウィーナともつながりができる。

「いい方法がある」

「そ、それは?」

「今よりも確実に強くなれる方法だ」

「だから、その方法とは何ですの?」

「険しい道になるだろうが、やり遂げれば確実に極致が見えてくるだろう」

「いい加減にしてくださいまし!」

 そこで俺は、ヘンギスト総帥から聞いた案を再度ゼノビアに伝えた。

「それは先ほど伺いました。それを止めようと挑み、私は負けた。まだ主命を放棄してはおりませんが、この負傷ではすぐに陛下をお止めすることはかないません。しばらく時間を空け、再度挑ませていただきます」

「俺の行き先が分からない中、探す時間が惜しくはないか?」

「それは、そうですけれど」

「だから、共に行こう。北の大地へと」

 ゼノビアの眼が一度驚きで開き、考えをまとめるように細くなる。直情径行なだけではロウィーナの眼には適わない。しっかりと計算のできる人物であるのは間違いないので、あとは優先度の話になる。

 説得することはない。ゼノビアの判断を待った。

 強さへの渇望と主命。成し遂げなければならないこと、どのように成し遂げるかは自分次第であろう。魔獣の肉を食うと血の足りなくなった体が喜んでいた。まだ少し残っている。ゼノビアが残るというのなら、おいていこうと思った。

 空が澄み切っている。星がよく見えた。焚火の炎は消え、すでに煙もない。百目の竜騎士がやっていたように夜空の星一つに焦点を合わせて視力を強化する。肉体強化の魔術を効率よく使うための訓練だった。

「王子、魔力を潤沢に流し込めばよいというものではありません。使う筋肉を一つ一つ意識するのです」

 そうして見た星の一つには表面に蠢く者が見えた気がした。竜騎士フリティゲルンが相棒の巻竜と共に魔術と体術の手ほどきをしてくれた日々があった。

 父ウォーディガーンを玉座から降ろした後、フリティゲルンとは騎士団長と王の関係となった。あの日々は確かに俺を強くした。

「お話、分かりましたわ。お供をさせていただくことをお許し願いたく存じますわ」

 片言の敬語が仰々しいゼノビアが旅に加わることとなった。

 この旅で彼女は強くなる。そして彼女と戦う俺も強くなる。

 全力の戦闘は両者が行動不能になるため自重することとし、原野を駆け魔獣を狩った。

「陛下。そう言えば、なぜ強さを求めるのですの?」

「本当にその言葉遣いは何とかならんのか」

「完璧ですわ!」

「黙れ!」

 一日のほとんどを走って過ごした。北へ。とにかく北へ。農耕も植物型の魔獣栽培もろくにできない低気温だが、魔獣は大きく、数がいる。土地に住まう魂には総量があり、植物が少なければその分余裕ができて動物が強大になる可能性が生まれるのだという。そう、宮廷魔術師だったころのギルダスに一度聞いたことがあった。

 時折魔獣と戦う。北の大地で互いを食い合って生き延びてきた魔獣たちは、経験を積み狡猾で、魔力を多く持つ故に強壮な肉体を持つ。狩は常に罠など作る間もない原野の遭遇戦であった。

 ゼノビアと俺は体を洗う間もなく、とにかく集落を目指した。しかし、どうにも人に合わない。ヘンギストは、魔獣が南に流れてこないよう調査と討伐を兼ねた部隊を配置してあり、物資を供給する経路もあると言っていた。

 物の流れがあれば人も集まるはず。

「何か話でもしないと暇ですわ」

「思ったより馴れ馴れしいなゼノビア」

「あら。いけませんわね。おほほほほ」

「それ本当にやめろ」

 地図など持ってくる暇も手に入れる当てもないので、完全に勘で道のりを決めていた。まれに廃村を見つけることはあるが、当然のように人は暮らしていない。

「いい加減に、天山へ戻った方がよろしいのではありませんの?」

 シャンダル村と入口にあった廃村で体を休めているときにゼノビアがそう言った。

「そのうち人に行き会う。そうすれば集落のありかぐらいわかるだろう」

「それならば、もっと南にいけばよろしいのでは? これほど北では、一人よりも魔獣の方が多いですわよ」

「南は魔導会議が優勢だ。そんなところに王都を追われた王が行ってみろ、すぐに乱闘騒ぎになる」

「ヘンギスト総帥の考えに乗っとるなら、それでもかまわないのではなくて?」

 ゼノビアは結局俺と共にヘンギストの案に沿って行動することにしたらしい。主ロウィーナからは兄であるアウレリアヌス王を天山へと連れ戻せと命令されたと言うが、

「実力で上回らず、陛下であるがゆえに一服盛ることは不敬! 連れ戻す手段なし! おめおめと引き返す等言語道断! よって打つ手なし! 現状維持ですわ!」

 と結論付けていた。それでいいのだろうか。ロウィーナ、人選間違えたんじゃないか、周囲には止める奴はいなかったのか。兄として心配だよ。

 想定外の方向で天山の様子が気にかかりつつ、ゼノビアとは何気ない会話をする機会が増えた。

「陛下はやはり、先王の魔王ウォーディガーン様を超えるために鍛錬を始められたのですわよね」

「はじめは、超えるためというよりも、父に近づきたい一心だった。あんなに大きな背中を間近にしたら、怖がるか奮い立つかのどっちかしかない」

「分かりますわ。私も幼少のころ、王宮の舞踏会で一目お見掛けしてよりぞっこんですわ」

「古の魔獣をその身に宿したとか、この世の存在ではないものに魅入られたとか、十万の魔獣を一人で倒したとか、そんな伝説を聞くたびに震えた」

 そんな父の若いころの話をしてくれたのは、ヘンギストやオイスク、ベーダ、そしてギルダス達といった魔王の側近たちだった。

「そんな王の跡を継ぐものだと幼心に思っていたが、なんとも()()には驚いた」

「魔王継承戦ですわね! 私も参加していたのですが、あいにくギルダス議長とヘンギスト総帥の戦いに巻き込まれてしまい、余波で王国の外海へ飛ばされてしまったのですわ…。何とか王都ロムルスに戻った時にはアウレリアヌス陛下が即位されており、大変悔しゅうございました」

 国中が大混乱になった魔王継承戦。それはウォーディガーンが後継者を第一王子のアウレリアヌスか第二王子のアンブロシウスか、はたまた第一王女のロウィーナにするのかを問われ、答えたことに由来するロムルス王国始まって以来の出来事であった。

「私は、私を倒したものにこの玉座を渡す」

 すでに齢七十を超えていたウォーディガーン王だったが、その実力を疑うものは誰もいなかった。魔獣を統べる力と魔術によって距離を詰めることもかなわぬ動く要塞とまで言われていたとかいないとか。

 兎にも角にもロムルス国内だけではなく、大陸西の鬼人国から、海を渡って東のレムス王国まで、魔獣の素材が豊富にとれる国の玉座を求めて強者達が集まってきた。

 国内の有力者は反対しなかったのか。

 もちろん、いろいろと理由をつけて反対した。

「国の権力が外国のものになる」

「国民が混乱する」

「負けた者が虐げられる」

「弱い者に価値を認めないのか」

 答えはこうだ。

「意見は分かった。ならばそれを貫く為に戦うがよい。俺は誰の挑戦も拒まぬ。俺の言ったことを撤回させたいのなら、かかってくるがいい。戦う力が無いとは言わせぬ。この国は魔獣の国、街中に突如魔獣が現れ、己を餌にするべく襲い掛かってくる土地。我らはそこを切り開いた開拓者にして挑戦者である、であるならば、己を貫く為に戦え。戦わずして生き残りたくば、国の外へ出よ。平和の中で暮らす道もある」

 徒党を組み、強力な武器を開発し、時には魔獣をけしかけた。

 これでつぶれる国ならばそれまでのこと。厳しい土地で生きていくのなら、緩み、乱れを見せればあっという間に崩れていく。

 父にはそこまでの覚悟があったように思う。

 俺に、覚悟はあるのか。

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