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九王記  作者: 荒木小吾
二章 東よりきたるもの
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61話 講義

 世に魔術と呼ばれるものがある。

 腕力ではなく岩を動かし、脚力ではなく空を駆け、魂により天地を創造する。

 未知の力に魅せられた屍は雨粒を超え、累々と堆積する知識は山の稜線を凌ぐ。

 太古の術を人は恐れる。

 新たな力を獣は恐れる。

 魔導の歩みは未だ終点を知らない。


 西大陸東半分の領土を有するロムルス王国は、二代目国王アウレリアヌスの世に父ウォーディガーンの腹心にして、魔術の師、ギルダスの反乱によって王都を占領された。アウレリアヌス王はウォーディガーンの別の側近である聖光教教祖ベーダによって難を逃れ、行方知れずとなった。

 かくして、西大陸の魔王が納める王都ロムルスは魔術師たちの手に落ちたのである。

 ギルダス率いる魔導会議勢力の中心的存在、五賢弟のうち四人は手傷を負い、一人はアウレリアヌス王と共に姿を消した。

「王都以南を我ら魔導会議の支配下とする」

 実力で成り上がることを是とする文化の国民たちだが、さすがに王の敗北を前にして動揺する数が多い。魔導会議議長の勝利戦前が高らかに王都中へ響くが、困ったように天を仰ぎ、悩まし気に左右を見る人がほとんどである。

 家財をまとめて北へ逃れる者、いっそ国外へ逃れようとする者、新たな支配者へ媚びを売る者、新たな商売を始める者、ただ状況の変化を楽しむ者、動じない者。

 アウレリアヌス王にはこれといった問題がなく、前王ウォーディガーンの政策を穏健に改善しているとみられていたのである。

 突然の勝利宣言によって混乱が起き、王都から抜け出す人流が起きた。人の流れは時間とともに収まるかと思いきや、その予想は外れていく。

 王都ロムルス。

 王宮。

 仮設魔導会議開催会場。

 魔導会議の開催である。開催の音頭を取ったのは議長にして魔導士ギルダス。

 出席者は、行方知れずの五賢弟ロムルス・アンブロシウスを除く四名。すなわち、鬼人エブリック、石人スブタイ、花小人ポロン、樹人オレーグ。

 魔導会議の名の下に、王国宝物庫の開放が行われることが宣言された。

「所有権、管理権は魔導会議が持つ。正式に申請をした者には、期限の間借用を認めるものとする」

 開口一番のことであった。

 唐突に宣言された王宮宝物庫の開放は、会議に参加した王都周辺領主達や王宮に仕える官僚達、降伏したロムルス王国臣下の猛反発に合う。

 それに対するギルダスの解は、

「危険は重々承知の上であるが、儂は、全ての望みを叶える国を作りたい」

 魔道具を使いこなす可能性を探るというものだった。

 かくして、王都には魔道具が溢れる。魔道具を目当てに魔術師が集まり、魔術師を目指すものが集まり、魔道具に必要な物資を扱う商人が集まり、魔道具作成のために職人が集まっていく。

 魔術一色に染まる王都。魔導会議王都支部。魔術師養成学校。

 様々な魔道具。中には、使いこなせるものと使いこなせないものがある。扱いの難しい魔道具を使用するために、魔術の知識を求める人々が多くなった。

「魔王陛下はいなくなったけど、実際あんまり変わんないよな」

「軍の人たちはいなくなっちゃったけど、魔導会議の魔術師部隊とか、魔道人形とか、合成魔獣とか、使い魔とかが見回ってくれるから、治安も悪くなってないよね」

「魔道具増えて便利になったよねー♪」

「やっぱ南部からの連中が多いな」

「北部は聖光教中心だからなあ。なんなんだろうな、精霊魔術って。魔術ってついてるんだから一緒でいいと思うんだけどな」

「人種以外にも結構いろんな種族がいるよな」

「そうだな。ま、世界中探したとしてもここ以上に魔術を本格的に学べる場所なんてないしな」

「南に魔導会議の本部があるだろ?」

「あそこは研究施設だって聞いたぞ?」

「なるほどな、こっちは教育で、向こうは研究ってわけか」

 雑踏の王都にはいまだ王宮がある。魔王アウレリアヌスを捕獲する際に破壊された時のまま、時折魔導会議の議場として使われていた。会議は魔導会議という組織で大きな動きをする際には長く続くこともあるが、そうでない場合がほとんどだった。結果、たいして議場の整備は進まない。天井に穴の開いた王宮のままである。

「雨が降ったら魔術で障壁を張ったらいいじゃろ」

 とは議長ギルダスの談。

 さすがにそれは魔術を習得していない者も多い。と反論があった。

「なら儂が教えたる。なあに、若いころは先代魔王に魔術を教えとったんじゃ」

 これも議長ギルダスの談。

 研究者ばかりの魔術会議メンバーの中で数少ない教育熱心な魔術師として有名な議長なのだが、掛け値なしに最高峰の研究者でもあるので、教育に時間を取られて研究がおろそかになっては魔導会議の究極目標が達成できなくなると懸念が出てきた。

「じゃあ、儂の代わりにやってくれる奴さがそ」

 という一声で、なかなかの数の魔術師が集まった。それぞれ最新研究を網羅しており、なおかつ教育が魔術の発展に貢献するという意識を強く持っている者たちである。

 ロムルス王国王都に魔術の教育機関ができたのはこういった経緯による。

「はい。静かにー」

 柔和な魔術師が魔術師の卵へ呼びかける。

 大陸中に使い魔が宣伝のビラをまき散らした。三々五々と入門を求めて魔術師の卵たちが集まってきていた。

「それぞれ取得したい魔術があると思いますので、これからカリキュラムを組んでいきますよー」

 魔導会議参加希望者たちはある程度の人数にまとめられて、魔術の基礎を学ぶカリキュラムを受けることになっている。ちなみに、費用は全額魔導会議持ちである。

 参加希望者には何らかの魔術が施された紙が配られる。

「まず一年目の皆さんはー、初級科目から選ぶんですよー」

 数え切れないほどに細分化された上級科目。それぞれ分野に重なり合う中級科目。そして五つの初級科目。

 それを受けるのは集まった魔導会議参加希望者の中から、推薦を受けられた幸運な魔術師の卵たち。

「いきなり上級とかはダメなんですか?」

 カリキュラムを渡されて目を白黒させていた卵たちの中から、元気のいい質問が飛び出す。

 柔和な魔術師は少し困ったように眉を寄せる。

「うーん。ダメとは言いませんがー。あ、そうだ、太古および現代で用いる制御文字の文法と原初九王の特性に応じた王脈接続パターンを習得していますか?」

 まくしたてられた言葉を受けとめきれず、元気のよかった声が曇る。

「ええっと?」

 柔和な魔術師は優しく微笑んだ。

「まあ、とりあえずこの後の施設見学をしてからでもいいので、ゆっくり考えてみてねー」

「はい…」

「なにあいつ」

「田舎から出てきた天才少年って感じ?」

「気取ってるわー」

「飯はまだか」

 ひそひそ話。

「こら。高い目標は向上心のあらわれですよ。仮にも魔術師、研究者となるのなら、高い目標は羨みこそすれ見下すものではありません」

 ぷりぷり怒る魔術師に、ひそひそ話をしていた者たちは首をくすめた。

 魔術師の卵たちはカリキュラムの組み方など詳しい説明を受けている。

「必ずいますね。ああいう方」

「上級を受けたがる方? 冷やかした方?」

「両方です」

 説明している魔術師とは別に、案内役の魔導会議メンバーが控えている。むろん彼らも魔術師である。魔術師の魔術師による魔術師のための集いが魔導会議なのである。

「何のかんので先王陛下は魔術師の育成に協力的だったからなあ」

「ギルダス議長とも昵懇だった」

「それに引き換えアウレリアヌスは…、なあ?」

「言い分に理屈はあるが、あまりに大局が見えていない王でした」

 年々減らされていった研究予算、それを補填するために売り払われたギルダス議長の資材。暗い時代だったことが思い出され、深々と重い息が出た。

「暗い顔してないで行きますよ? もう新人さんたちは待ちきれないみたいです」

 説明役の魔術師に促され、控えていた魔術師たちは顔を上げる。

「よし!」

「行くか!」

「これからは魔術師の時代だ!」

「ああ!」

 魔術師の卵たちが魔術師に連れられている。王都に築かれた魔導会議の研究施設を巡っていく。

「ここは魔道具工房だ。人によるが、研究室で理論を重ね、工房で試作を重ねる」

 工房には作業の音が鳴り響く。

「魔術師と一言にまとめられるが、その研究方法は様々だ。術式の研究開発、魔道人形や魔獣の作成、生命への後天的強化、王脈への接続、魂の利用。おおよそ五賢弟の方々が研究する分野で分類されていると考えてもらって構わない。だが、それ以外の分野においても日夜新たに生まれている。もはや魔術の分野をすべて把握している魔術師は存在しないと言えるだろう」

 案内役の魔術師が、魔道具について解説を始めた。

 人知を超える魔道具から、日々のお役立ち魔道具まで、王宮宝物庫には百年前に建国されて以来集められた魔道具が溢れていた。現在魔人と呼ばれて国の一員となっている彼らが、先住民として東大陸のレムス王国から駆逐されていた時代に収集されたものである。

 魔力を蓄える結晶で肉体を構成していた人々はその身を砕かれ、墓を暴かれて魔道具の動力に加工された。

 人種の目に見えぬものを見る人々は眼球を摘出された。乾燥させて粉末にして、感知の結界に使われた。

 魔人は生き残るために必死だった。

 レムス王国からの入植者も生き残るために必死だった。

 レムス王国とは桁が違う魔力、それに比例して魔獣も千差万別。人を食らう魔獣。人にとりつく魔獣。病を引き起こす魔獣。戦い合う魔獣。心を覗く魔獣。雷を発する魔獣。

 魔獣が特別人種を敵視していたわけではない。その棲息地域に作った開拓村が魔獣の活動に巻き込まれて潰れていった。当然、入植者は魔獣を狩る。

 そんな魔獣と共存してきた先住民もとい魔人がいた。

 二重。三重。絡んだ因縁が苛烈な戦になった。

 魔獣を狩り、魔人を殺戮した。そして魔道具が大量に生産された。

「ではなぜ、魔人を殺戮して魔道具を作ったのか。はい、そこの君」

「性能がよかったからです」

「その通り。ではなぜ性能がよかったのかというと、やっぱり素材が違うんですよねー。なんとも言えませんけど」

 ロムルス代王国が建てられる以前の話。

 東大陸レムス王国でも魔道具は作られていた。

 当時、魔術師は貴種にほかならず、魔術も多くの人々には無縁のものだった。何気なく日常を過ごす人々にとっては驚嘆すべき技であり、人前で披露すれば良くも悪くもまともな人生は送れなかった。

 なぜか。

 東大陸は魔力が少なかったのである。

「東大陸に魔力の少ない理由については中級科目の魔術理論応用を履修してくださーい。施設見学の時間は今日一日しかないので急ぎますよー」

 魔力の少ない東大陸では、魔力を効率よく使い切るように魔術と魔道具が発展してきた。一般に出回ることは少なかったが、王室や公爵家など上級貴族を中心に研究が進められていた。

「はーい。こちらは皆さんの先輩たちが理論の研究を行っている研究室ですー」

 王宮跡地を中心にぐるりと半周したところ、ちょうど壊れた王宮の建物の向こう側に先ほど見学した魔術工房を見ることができる。

 研究室は工房とは異なり、作業の音は聞こえない。しかし、そこかしこで議論が巻き起こり、喧々諤々に唾を飛ばし、舌戦は戦場もかくやという様相を呈していた。

「理論の検証は大体このように激しいものになる。完璧な理論というのは存在しないものだからな。誰かに穴を指摘されて、そこから新たな理論が生まれることもある。そうして魔術は発展していくのだ」

 そこから超初心者向けに魔術の簡単講座が始まった。

「魔術の研究方法は先ほど工房で説明した。次は、研究対象になる魔術そのものについて認識してもらいたい。さて、魔術には二つの系統があるのだが、それは分かるかな?」

 魔術師の卵たちから何本か手が上がった。

「そこの君」

「循環系と放出系です」

「そうだね。ちなみに君はどちらが得意かね?」

「放出系です」

「なるほど、では一年目は魔力の出力をコントロールする訓練になるかな?」

 放出系。魔力を体の外へ出すので放出と名付けられた。魔力の形を変化させ、万象を再現し、未知を想像する魔術の系統である。ちなみに、この魔術が生まれたのは百年ほど前に西大陸へレムス王国の魔術師が到達してからの話。魔力の少ない東大陸ではもう一つの系統が発展していた。

 循環系。魔力を内部に巡らせる魔術。巡らせるものは、生き物の体にある魔力の通り道だったり、魔道具の内部に仕込まれた回路だったりする。東大陸で細々と研究されていた魔術である。魔力で事象の形を再現するのではなく、もともと持っている形に魔力を上乗せする魔術。

「ピンと来ていないみたい?」

「循環系は難しいよな」

 循環系の魔術を使いこなすのは難しい。

 代表的なのが治療魔術だ。

「魔導会議にも治療魔術を専門に研究する魔術師はいるが、その数は少ない。聖光教と人材を分け合っているという要因もなくはないが、もっと大きな要因もある」

 一人、手を挙げている。

「治療対象の魔力が唯一無二であり、他への魔力譲渡と基本とするからです」

「その通り。君は治療魔術師希望かな?」

 頷く魔術師の卵。解説役の魔術師は理解度をほめるように何度も頷いて見せた。

 治療魔術は、生き物が本来持っている魔力の流れを調整する魔術だ。もともと生き物は(それが人であれ魔獣であれ)魔力が体中に流れている。

「魔術の基本は、魔力と物質は相互に影響を及ぼすということだ。魔力を操り、物質に影響を与える」

 生き物は、怪我や病気で不調をきたすと、もともと持っていた魔力の流れが滞ったり、流れ方が変わったりする。それに外部から干渉するのが治療魔術だ。

 ここで難しいのが、生き物がもともと持っている魔力の流れは、同じものが無いということ。風邪で体調を崩している二人がいても、同じ個所の魔力の流れに異常があるとは限らない。魔術による治療と一括りになっているが「こうすれば治る」などというものは無い。

 さらに難しいのが、魔力を持つあらゆるものは、ほかの魔力に対して抵抗力を持っているということ。異なる性質の魔力は交じり合わないのだ。抵抗力を上回る力で流し込めば他の魔力を注入することもできるのだが、治療魔術を必要とする者の体にさらなる負荷をかけることになる。

 したがって、最も少ない魔力、正確無比に異常な流れを識別する観察眼、何より、生死を目の当たりにしても揺らがない精神力が求められる。

「数ある魔術の道の中でも、最も険しいのが治療魔術を極める道だ。やりがいのある探求であることは間違いないが、治療魔術を学ぶ者はほかの魔術の研究に割く時間は無くなるだろう」

 がんばれ。励ますように頷いた。

 魔術師の卵はまた力強く頷いた。

「さて、治療魔術の話は終わりだ。この後の予定まで少し時間があるので、軽く魔術の訓練でもしようか」

 案内役の魔術師や通りすがりの魔術師を咥えて、即席の魔術教室が開催される。研究室の中庭で、魔術師の卵たちは己の技量を磨くのだった。

「毎日活動の記録をつけて提出するように。未提出が続くと罰則、さらには退会処分もあるので気を付けて」

「はーい」


 魔導会議の支配する王都ロムルス。魔術の素養を見込まれた老若男女とは縁もゆかりもない裏路地にて。

「おーし、ようやく到着!」

「疲れた…。やっぱり無茶だったんだよ、魔導会議本部から王都までなんて」

「何言ってんだよ。ちゃんと到着しただろー?」

 気だるげな少年と、元気いっぱいの少年の組み合わせだった。

 旅装と言えなくもないぼろ布を外套代わりに纏う。足は血豆が潰れて固まる。荷物は道中で拾ったガラクタとカビの生えた保存食。両手と顔にこびりついた赤黒いもの。

「食料調達にどれだけ時間を使ったことか」

「魔獣が増えてて助かったよな!」

 素手で魔獣を狩ることもあった。困難な旅路であった。即席の罠を作ったりしたのだが、通用しないことの方が多かった。素手でつかみかかって首をへし折ったり、頭を潰したりした。すっかり格好は野人のそれである。

「それだけじゃない。王都で食う当てだって外れてる」

「ああ、傭兵ギルドも魔導会議もあんなによそ者に厳しいとはなあ」

「よそ者に厳しいわけじゃねえだろ」

 魔王と呼ばれた故ウォーディガーン王は東大陸での経験から職業紹介所を作った。すなわち傭兵ギルドである。金銭で仕事を請け負い戦闘行為を行うのが傭兵であるが、魔王が欲望を全肯定してきたせいでペットの散歩から珍味の調達、もちろん魔獣討伐に至るまで。なんでも金額と相談して依頼できる職業安定所として機能していた。

「言われたことは当然だろうが。よっと」

「まあなあ。ほいっと」

 路地裏をちょろちょろしていた小さな魔獣を捕まえて、首をへし折る。転がっていた廃材をかき集めて火を起こす。魔獣は内臓を取り、毛を焼いた。旅をしてよかったことは、手早く食事の支度ができるようになったことと、内臓が丈夫になったことだ。

「いけそうか?」

「まあ。大丈夫じゃね?」

 傭兵ギルドでは門前払いに近い扱いを受けた。

 実績と信頼がない。傭兵団にも入っていない。実力もない。これでは当然だと気だるげな少年は思うのだが、元気な方は違った受け止め方をしているようだった。

 捌いた魔獣を食っていると、路地裏のそこかしこから生き物の気配がしてくる。もともとの住人とおこぼれを狙う魔獣たちだ。

「意外とうまいなこいつ」

「毒もないみたいだし、しばらくはこいつで食いつなぐとしようや」

「それはいいけど、その先はどうするんだよ。魔導会議本部で稼いでた縄張りも手放して、王都で路地裏の魔獣掃除じゃあ実入りがだいぶ違うぞ」

「どうするったって、まずは情報だ。適当に一日ぶらついて、噂話を拾うとこからだろ」

 なんの計画もないと暗に言った元気な少年の言葉を聞いて、気だるげな少年は思いっきり憂鬱そうにため息を吐いた。

「せめて魔人みたいに体一つでデカい獲物を狩れればなあ」

「夢みたいなことを言ってんなよ。俺たちは二人ともただの人種で、しかも孤児だ。どうしようもねえ。犯罪をやらねえっていうなら、ガラクタ拾いしかすることねえだろ」

「そこで犯罪はやらねえ。っていうから、俺はお前と組んでんだ」

「ごまかすな」

「ちぇー」

 元気な少年が地面にごろりと転がった。

「先に休みもらうぞ」

「ああ。四半日で起こす」

「おーう」

 気だるげな少年は路地裏の奥で火の番をする。

 王都に着いたのが夕刻。今はすでに日が落ちた。

 よくないものは、日輪の出ている間はおとなしくしている。これから、路地裏は危険な時間帯にはいる。自分たちはよそ者、旅を続けて到着したばかりで疲れている。見たところ子供の二人連れだ。

 そう、狙いやすい条件ばかり揃っていれば人さらいの何人かは襲ってくるし、魔獣も餌にありつこうとして寄ってくるだろうと少年たちは思っている。そして、自分たちが負けないということも。

「水場で血を流した方がいいかな」

 顔と手にこびりついた血が匂うのか、魔獣の集まりがよかった。

 牙で食いつこうとしてくる魔獣を転がっていた廃材で突き刺す。両目を一度に使えなくした。背後にも同じような魔獣がいたが、群れでかかってくる魔獣は初めの一匹が瞬殺されたので路地裏の暗がりへ消えていくものだ。両目が潰れて力のない声を出している魔獣のとどめをさした。

「明日の飯だ」

 尻尾をひっかけて宙づりに、首を切り裂いて血抜きをする。路地裏は血まみれだ。風が通らないので匂いがこもるが、さっきの魔獣はもう戻ってこない。格付けが済んだからだ。

 群れの一匹がやられたと言って仇討に来るようでは路地裏では生きていけないだろう。他にもっと襲いやすく、弱く、一方的に餌にできる相手を探すのだ。

「王都も明るいな」

 魔道具の光。魔導会議本部も煌々とした明かりが闇を払っていた。気だるげな少年は血の中で寝ずの番を続け、四半日たってから元気な少年と番を変わった。

 

 この日、魔導会議に占領された王都に百数名の流民が紛れ込んだ。子供もいれば、老人もいる。人種も魔人種も、そのほかの種族もいる。

 珍しいことではない。ロムルス王国で治安が保たれているのは、有力な傭兵団と契約している町や村、軍隊の巡回路に組み込まれている都市のみ。魔獣に踏みつぶされる集落がある一方で、魔獣を糧に繁栄する集落もある。

 それでも国民は己の力を信じている。

 東大陸から流れる者たち、故郷を滅ぼされて再興を誓う者たち、新たな新天地を切り開く野望を持つ者たち。西大陸は挑戦者の集う大陸。生存競争の楽園である。

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