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九王記  作者: 荒木小吾
二章 東よりきたるもの
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58話 反省

 戦場。

 西大陸はロムルス王国。建国者ロムルス・ウォーディガーン、通称魔王が納める国。その南方であった。我々は戦場にあるツヴァイ領の城壁の上にいる。

 魔軍と呼ばれるロムルス国の正規軍。副総帥オイスクの率いる魔軍第一軍と第二軍は幻影を操る魔獣、原初九王の一柱、月影の眷属に指揮官を討たれた。

 しかし戦場は収まらなかった。

「おうおう、ずいぶんと荒くれものを集めてたな」

 魔力供給用の管をつながれた結晶の魔人が言う。

 王国南方に領地をもつツヴァイ家の本拠地は、樹人のボルテが発動している巨木の結界によって守られている。

 月影の眷属タチマチという、原初九王が自ら生み出した眷属が現れた。その目的は十年前と同じく母なる王、月影の復活であろう。

 伝説では、ある大戦によって原初九王はその肉体を失い、魂も不安定になって世界へと帰っていったとされる。小難しい話は魔術師に任せるとして、魔獣は魔力を世界から引き上げることで、不完全になった月影の魂を補完し、魂と肉体の性質を利用して肉体を再構築しようとしているらしい。

「ヘンギストという若い総帥はなかなか面白い人物でしょう?」

「まあな、俺ももうちょっと話をしてみるか」

「きっと気が合うと思いますよ」

 巨木の結界は半透明の大樹となって町を包んでいる。

 世界から魔力を引き上げる際に、余った魔力が飛び散り、手近な器を求めて生き物の肉体に入り込むことがある。十年前に代王都を襲ったその現象は、魔力災害と呼称がついた。

 魔力災害。

 魔力は魔力だけでは存在しない。常に魔力の少ないところへ流れようとするのだ。その流れの途中に魔力を蓄える器があると、そこに入り込もうとする。

 魔力と肉体は相互に補完しあう。

 強い魔力を持つものは強い肉体になる。

 いびつな魔力を持てば、肉体はいびつになってしまう。脳がねじれ、心臓がゆがみ、血管同士がめちゃくちゃに絡み合う。

 十年前の代王都では八万人ともいわれる住民が死んだ。宮廷魔術師をやっているギルダスが調べたところによると、八千人ほど、つまり死者の十分の一は人から魔獣となり、その後に死んだらしい。

 生き残った住民も、ゆっくりと体が変化していき、魔人となる者もいた。魔人とは、魔獣に近い体を持ちながら、人の知性を持った者たち、俺やフリティゲルンみたいな連中の総称だ。

「ちょっと、スティリコ。おしゃべりしてないで魔力を一定に保って頂戴」

「へえい」

 俺の結晶の体に蓄えた魔術を魔力としてボルテに供給している。魔術を発動させるために出力を一定にしなければならないので、戦ってはいけない。集中を要求される作業だ。

(座ってただ魔力を流すだけとはなあ。魔獣が森からわんさか出てきたときは思う存分に暴れられると思ったんだが)

 思わずため息も出るというもの。退屈で叶わない。

 オイスク率いる魔王軍が戦闘開始して、半日が経過しようとしていた。

「オイスクは死んだのか?」

「分かりません」

「ん?」

 体中に目を持つフリティゲルンはいつでも突撃できるように備えつつ、死んだという噂のあるオイスクを探している。

「お前の目で見えないってことか?」

「魔力の流れを目で追っています。しかし、どうにも彼の魔力がよくわからない。初めて見る魔力の流れです。これはまた」

「なんだよ」

「妙ですね」

「なんだそれ」

 オイスクはいきなり出てきた甲冑の魔獣に首を飛ばされて死んだ。そういう噂が流れ、しばらくすると死んだのは影武者で本人は生きているという噂が流れた。

 戦場に噂はつきものである。終わって見なければわからないと、結界維持部隊の面々は噂を聞き流していたが、繰り返し死んだという噂と生きているという噂が流れ始めた。

「大将は生きてるのか、死んでるのか」

「死んでるならさっさとこの町から逃げないと」

「しかし生きてたら見捨てて逃げることになるぞ」

 町の中が騒々しくなり、ついに領主のツヴァイ・ファルコムは結界維持部隊のフリティゲルンに確認を要請したのだった。

 ファルコムは戦場から辛くも生還したばかりで、包帯の白さが痛々しい。傷を治せる魔術師も町にいるが、兵士と住民の手当てを優先させている。

「魔力の流れでは追えませんね。直接確かめるほかありませんね。相棒?」

 フリティゲルンが巻竜を呼ぶと、無二の相棒が口に魔獣を咥えて現れる。

「魔獣をどう防ぐ?」

 寝転がって尻を掻いているスティリコ。魔術のほつれを直しているボルテが舌打ちをした。

 想定よりも多い魔力の乱れに、準備した結界の制御文字が影響を受けて変質し始めている。

「町の兵で足りるでしょう」

 結界の核を見つけた魔獣を追い払うのに飽きたフリティゲルンは槍を手にいつでも巻竜の背に乗り込みそうだ。俺も行きたい。

「困ります。近衛騎士団長様。あなたがいらっしゃらなければこの町にどれだけの被害が出るか」

 ボルテの護衛にはツヴァイ領の兵もいる。一人一人の兵は並みの魔獣に遅れは取らない。だが、町の守備として広く浅く戦力を配備している。月の名を持つ魔獣には相当の犠牲を想定しなければならない。

 遊軍としての竜騎士が月の名を持つ魔獣に対する備えになっていた。

「わかりました。待機を続行します」

 フリティゲルンは愛用の槍から、投擲用の槍に持ち替えた。

 宙に穂先を向ける。

 上空には黒い点にしか見えない魔獣が飛んでいる。

「相棒」

 巻竜の魔術。竜巻を起こす魔術。広範囲ではなく、槍を発射する筒として。

「墳!」

 投擲された槍は竜巻をまとい日輪に届く。

 途中にいた魔獣は空気ほどの障害にもならなかった。

「魔獣勢力を撃破しつつ戦場の鎮静化を待ちます」

 フリティゲルンが百の目で壁の上から戦場を見下ろす。

「戦況は五分五分です。スティリコ」

「あん?」

 スティリコは鼻をほじっていた。

「念のため戦闘準備を」

「できれば魔術のストックが切れる前にしてくれよな」

 スティリコの体からまた魔術が抜けていく。魔術は魔力へと変換され、ボルテの手によって再変換される。半透明の巨木の結界に取り込まれ、魔力災害から住民を守る盾になった。


 オイスクは密かに機会を待っていた。

 ギルダスの開発した新技術によって改造した肉体は、首を落とされても活動を続けている。

(戦況は五分五分といったところ)

 常に複数の小隊を連携させ、時には流動的に人員を入れ替えながら魔獣を屠る魔王軍。ただの魔獣に遅れをとることはなく、こちらが少数の場合での戦いも慣れたものである。

 魔獣側は無尽蔵とも思われる新手を繰り出している。時折、月の名を持つ魔獣が小隊を崩壊させ、その隙に縄張りを広げていた。

(相手の目的はこの地域を縄張りとすること)

 積極的に息の根を止めるよりも、小隊を崩して縄張りを広げることを優先しているようだ。

 見覚えのあるブレイナードの女騎士が槍を何本も折りながら奮戦している。ナサ将軍の従者上がりの副官がタチマチに追われている。

 戦場を縦横に暴れるタチマチと、魔術師部隊が押さえ込んでいるフツカの周りは魔獣も兵も寄り付かない空白の地帯となっている。

 戦いは殲滅戦の様相を呈する。

(私が、もっと早くタチマチの気配を察していれば)

 唇を噛みしめたいが、それをすれば気配を察してタチマチがやってくるかもしれない。

 微動だにせず。ひたすら機会を待つ。

 具体的に機会を思い描いているわけではない。どんな隙が生まれるかもわからない。それでも待つのだ。待たねばならない。

(私にもっと剣の才能が有れば)

 使える主、恩人の息子たるヘンギスト・コルレオンには無二の剣才と将才がある。

(私にもっと魔術の才能が有れば)

 主君たる王、ロムルス・ウォーディガーンには絶対的な魔力とそれを扱う超人的な資質がある。

 自分には核になる才能がない。

 己を失いかけた時に支えとなる核であり、道なき道を行くための原動力となる核である。

 幼少のころ絶望から救い上げてもらった。だからついて行った。その人に息子を頼まれた。だから必死に支えた。目指す先を示された。だからその通りに進んだ。

 後悔はない。いつも自分にはやるべきことをやっているという清々しさがあった。

(もっといい方法も思いついたはずだ)

 首を刎ねられたが、事前にギルダスに頼んで肉体を魔力で動く魔動人形のものに改造済みだったのでまだ生きている。

(もっと自分の意志で生きろと言われたこともある。ですが、見くびらないでほしいものです)

 月の名を持つ魔獣を相手取るのだ。とっておきはきちんと用意してあった。

(覚悟決めて彼らに仕えてんだぞ)

 才能はない。努力で補うなんて発送すら許さない前人未到の才能が目の前にある。彼らの補助のために時間を使う。よって戦闘技術を磨く余裕はない。

(腕ぶった切って、足取っ払って、内臓取り換えて、脳みその中に制御文字刻んだ)

 全部を補うために、自分の肉体を差し出した。

 ギルダスは言う。

「まともな魔術じゃない。僕の評判を落とすような非人道的な実験につき合わせないでくれ」

(どうあがいてもまともでしかなかった私が、唯一まともじゃなくなれるのは考え方だけ)

「陛下は言った。望みをかなえる国にすると」

「それが君の望みだと? もうちょっと常識的な奴だと思ってたよ。確実に公開する。やめとけ」

(なら、それを使うしかないじゃないか)

「総帥と陛下の陰に隠れて、歴史の中に埋もれるのはごめんこうむります」

「-へえ」

「私だって、自分の存在を刻み付けたい」

「-わかった。そういう野心家は嫌いじゃないんだ。やってやるよ、君にあこがれて魔道人形の体にあこがれる奴がたくさん出てくるような、ものすごい体を作ってやる」

 戦場を魔獣が走る。兵士が追い、追われる。

 ナサ将軍の副官がタチマチの間合いに入った。大剣が煌くが、前後左右から四小隊が襲い掛かった。それでも、魔獣は余裕をもって攻撃から防御に切り替える。

 包囲は続かない。長く正面に攻撃を加えると背後から魔獣が現れる。

 ナサ将軍の副官はまたタチマチの間合いから逃れるように逃げた。追うタチマチ。逃げつつも戦場に散らばる小隊へ指揮を出し、甲冑の魔獣へ反撃を与えていく。

(まだかなりの余裕がある)

 狙うのはタチマチである。

 フツカの方は、有効な攻撃が解らない。魔術師部隊は炎系統の魔術で体を蒸発させようとしているが、川から水分を吸収しているために足止めにしかなっていなかった。

(事前に仕込んだ策と、あと一つ何か手が要る)

 戦場を探り、使えるものを探す。

 魔獣の死体。兵の死体。底を尽きつつある魔術師の魔力。縄張りを広げ、新手の魔獣が現れる頻度も増している。

(あれは?)

 空から魔獣が落ちてくる。

 眼球を望遠モードに切り替えた。

 ツヴァイの町にある防壁の上だ。竜が魔術を使い、竜騎士が槍を投擲していた。

(これだ)

 算段はついた。

(あとは機会を待つのみ)


 戦いの決着がつく瞬間というものがある。

 流れが変わる時と言い換えてもいい。

 俺が川の水と同化して魔術師部隊を襲った時と、タチマチが敵の将を取った時とかだ。

「もうじき決着がつく。無駄な抵抗はやめて、さっさと食われてしまえ」

 魔術師たちに呼びかける。答えはない。ひっきりなしに放たれた魔術は見る影もなく、不意打ちのように散発的な攻撃をするのみになった。

 コモチが魔道具によって魔獣の縄張りを広げていく。魔術で新たに生み出された密林の環境は、我々の味方である魔獣に対して有利をもたらしていた。

 その足元を俺の体の一部が湿らせている。

 どこに何人いるのか、移動しているのか止まっているのか、あらゆる情報がわかる。

 町に立つ半透明の巨木。

 母上を起こすための魔力を吸い込む結界のようだ。

「コモチ。あの結界は破れないのか」

「兄さん。無茶言わないでくれよ。縄張りの拡張だけで思考が焼き切れそうなんだ。まったく、姉さんも無茶言うよ。母上の生きていたころのように魔獣が生きやすい、魔力にあふれた環境を整えろなんてさ」

「そういうな。タチマチは母上を復活させるために何でもやるつもりなんだ。家族だからな、支えてやろう」

「そうだね」

 地面を這う俺の体を震わせて声を出す。コモチのいる妖花王の縄張り付近とこの戦場をつなぐことができるまでに俺は川の水量を取り込んでいる。

「タチマチ。タチマチ」

「なんですフツカ兄さん」

 姉さんは今しがた六人組の日輪の眷属を切り捨てたところだった。

「奴らこっちの縄張りの中でも動きが悪くならない。押し切れないぞ」

「そうですね。柔軟な戦い方ができる上に、十年前よりも個々の力が上がっています」

「そうだ。それにー」

「ーええ、いますね。我々の存在に近い()()が」

「遠距離からの投擲で空中の同胞が落とされ始めてる。念のため、モーシェに連絡しておいた方がいいと思うんだが」

「やめておきましょう。拮抗した戦況であればあるほど彼奴のような存在が致命的になる」

「土壇場で裏切ると? 我々を匿っておいて今更か?」

「花小人はあの夢幻の眷属ですよ、フツカ兄さん」

「お前の言葉だ。従おう。しかし、このままでは決着が読めない。ウォーディガーンが来れば…」

 その先は言わず、また聞かなかった。

 ウォーディガーンが来れば、シンゲツ兄さんの力を使って魔獣を呼び出すだろう。こちらの優位点である魔獣の数を打ち消し、そこに十年前の代王都で苦汁をなめさせられた三戦士が来る。

 よくて仕切り直し、悪くて全滅。マンゲツ姉さんが十年前に討たれたように、兄弟姉妹のいずれかが脱落する状況になりかねない。

 日輪の眷属どもも膠着した状態は望ましくないはず。本拠地を急襲して敗れた十年前からは方法を変え、クニという縄張りの外側からじわじわと攻め、戦力を引き出して叩く。

(誤算だったのは、下っ端の日輪の眷属が戦力が妙に手ごわいことだ。苦戦するような相手は少ないが、粘り強い)

 魔術が放たれ、俺は体を小分けにして躱す。飛び散った細かい体の一部を手ごろな魔術師へ付着させ、血管内に侵入。血液を吸収した。

 魔術師の肉体が溶けて俺の一部になる。

 密林の中だが、魔術は俺の体を的確にとらえている。今の魔術師の姿も見えているはずだが、怯みや怯えによって戦線が乱れることもなかった。

 焦り。

(現世の同胞も残りが心者ない)

 違和感。

(おかしい)

 同胞の魔獣の数が多い。

 コモチが広げた縄張りの中に俺の体が広がっている。数を正確に把握することはできないが、十年の間に大陸各地で集めた同胞から戦場に散った数を引いてもまだ多い。

「コモチ、タチマチーー」

「眠れ。フツカ」

 懐かしい魔力とともに俺の意識が落ちる。

「は?」

 何が起きたのかはわからないが、誰がやったのかは分かる。

(奴だ。俺はここで終わるのか?)

 いいや。まだできることはある。

 落ちかけた意識の欠片で攻撃を紡ぐ。

「水妖仇陣!」

 周囲からかき集めた体で全方位から溶解液で包み込む。日輪の眷属の体構造なら各所に内部へと続く穴があるはずだ。

「内側から溶かしてやる!」

「眠れ。月の魔力」

 今度こそ、意識が落ちた。

 魔獣の作り出した縄張りの中には、密林と湿地が広がっている。

 密林はコモチの持つ原初の魔道具で生み出された意志持つ木々が茂り、湿地はフツカの肉体の一部であった。

 フツカの意識が封じられたことで、湿地が消える。

「ここに月影の眷属を封じる」

「はいはい。人使いが荒いんですから」

 子供が思い描くような魔術師の姿をしたものが現れた。魔術による隠ぺいによってフツカを封じた者についてきていた。

 フツカの肉体であった液体は月の魔力を眠らせた者の手のひらに集まり球をなした。

「では、術式を広げます。さんざん講義をしましたけど、簡易的なものですからあらゆる刺激を受けないように、きっちりと守るんですよ」

「もちろんだとも師匠」

 魔術師が懐から取り出した布を広げる。布はありえないほど大きく広がり、地面に触れたとたんに土と同化していく。

「王脈同調開始、魔術式発動。回路安定、誤差二千分の一」

「もう一人持ってくる。甲冑が最後だ」

「ちょっと話しかけないで!! 領地を丸ごと更地にするつもりですか!!」

 フツカを封印した者が密林に姿を消し、魔術師が作業を始めていく。

「王脈との接続、ふっふ。前代未聞の大実験…。論文が二十は書けるでしょうね…」

 くくく。ふふふ。と怪しく笑う魔術師の背後から魔獣が姿を現す。

 のど元に食らいつくかと思いきや、一瞥すらせず脇を通り過ぎていく。律儀にも地面と同化した制御文字を踏まないように大回りしていった。

 数え切れないほどの魔獣が現れる。

 皆一様に密林から戦場へ、つまりツヴァイ領本拠地の町へと向かう。

 魔術師と魔獣はお互いに意識を割くことすらなかった。


「縄張りの拡大が止まった! 押し返せ!」

 両手に一本ずつ槍を持ち、背には数え切れないほどの武器を背負ったブレイナードの女騎士が吼えた。

「連携は小隊内のみとする! 全部隊! ここが全部絞りだす時だ! 死んだときに力が残ってたら、ナサ将軍に九泉から追い出されるぞ!」

 のどから血を流しつつも、戦場一帯に響き渡る大音声で叫ぶトレース領出身の指揮官。

しかし依然として勢いは魔獣側にある。

「勢い任せで勝てると思うたかァ!」

 甲冑の魔獣タチマチは一小隊六人を一太刀で撫で切りにした。

 魔軍の勢いは止まらないがタチマチの間合いだけがぽっかりと空いている。

「く! 数が多い!」

 血風の中を裂いてタチマチに槍が伸びてくる。

 魔獣の剣が槍をはじく。その陰からもう一本の槍が飛来する。

「甘く見るなよ。百目の竜騎士!」

 ツヴァイ領の城壁から竜騎士が投擲する槍がはじかれていく。力任せに薙いでいるようにも見えるが、ほんの僅かに軌道を逸らしていく。

 次から次へと飛んでくる槍の合間にタチマチは思考を巡らせる。

(同胞が押されている。フツカにコモチ、増援を頼むぞ)

 そこに、背後から魔獣が現れる。

「来たか」

「来たな」

「何!?」

 足元から声がする。タチマチは知る由もないが、それは今回の援軍を率いる将軍オイスクであった。

 縄張りの密林から現れた魔獣が戦場にいた魔獣に襲い掛かる。

 竜騎士の投擲槍が襲い掛かる。

 想定外の事態が重なり、足元のオイスクの存在が一瞬消えた。

「覚悟」

 オイスクの頭はタチマチの足元にあり、オイスクの体は魔獣と魔軍の体をいくつも超えた先にある。体がひとりでに起き上がり、右腕を前に突き出して構える。体から地面へ杭が撃ち込まれた。

 右手首の先から魔力の紫電が迸った。

 狙い過たず、タチマチの胴体を吹き飛ばした。

「ー見事」

 下半身が地面に残り、上半身が力なく落ちた。

「タチマチ。これで私の勝ちだ」

「いびつな体だな日輪の眷属」

「オイスクだ」

 オイスクの体が歩いてくる。戦場の形勢は魔軍有利で決定的になった。指揮を担う魔獣が倒れ、ロムルス軍と密林から現れた魔獣に挟まれた。

 次々に屍となる魔獣たち。月の名を持つ魔獣からの指揮が届かなくなり、逃げ出す魔獣もあらわれている。

「ー私の負けですね」

 オイスクが、というかオイスクの体がオイスクの頭を拾い上げた。首の上に頭を乗せた。

「そんな体になってまで、我々を排除したいのか」

「違います」

「体を捨てるほどの恨みを宿しているのではないのか」

「おのれに貸した仕事をこなす生き方しかできません。恨みを持続させられるほどの強い意志はありませんよ」

「なんだそれは」

「自分にしかできないことで、自分を見てほしいんだ」

 誰にも聞こえないように言った言葉だが、月影の眷属タチマチにだけはしっかりと聞こえた。

「なるほど。それは、理解できるかもしれない」

 魔力が霧散していく。

「大儀であった。オイスク・コルレ将軍」

「陛下」

 先ほどフツカを封印した者が突如現れる。

「移動に使った魔獣を大きく迂回させて伏兵にするとは、なかなか大胆な作戦を考えるものだ」

「はっ」

 オイスクは敬礼するが頭がころりと転がってしまう。

「ギルダスも来ている。体の調子を見てもらうといい」

「はい」

 魔獣の掃討が始まっていた。

 戦場が終息していく。

「勝ったようですね」

「え、ホントに?」

 準備万端のスティリコが肩を落とし、ボルテは大きく伸びをした。

 ツヴァイの町で戦場の後片付けが始まる。

 魔王は月の名を持つ魔獣を封じた後、各地の魔獣を従えてロムルス王国は西大陸各国との勢力争いを繰り広げるが、それはまた別の話。

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