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九王記  作者: 荒木小吾
二章 東よりきたるもの
55/68

54話 魔術

 ロムルス王国南部。およそ国土の三分の一には領主がいない。魔術師の研究がおこなわれている。

 魔王の追号の魔の文字には、魔術の王にして魔術師の王、魔獣の王という意が込めてある。畏怖と渇望を持って、ロムルス・ウォーディガーンを人々は魔王と呼んだ。

 そして、魔王の師ギルダスを筆頭とする魔術師達は一つの勢力を築いている。

 それが魔導会議である。

 魔を導く。その名前の通り、各々が求める解へと導く。あらゆる魔術師のあらゆる研究がここでは行われている。

 あらゆる魔術師、人種、魔人種、獣人種、樹人種、鬼人種、巨人種、竜人種、妖精種・花小人のどれもが在籍している。

 あらゆる研究、つまり、敵を呪い、偽物の命を生み出し、病魔を従え、自らを高める全ての術を学ぶことができる。

 西大陸、かつての代王国であり、現在のロムルス王国には、魔術師達の楽園がある。王国の南に巨大な町を作り、そこで日夜秘術を研鑽している。

 私の名はブラフマック。苗字は無い。とある田舎領主の三男坊だったが、長男が家督を継ぐ際に家を出されて苗字を捨てた。

 長男が病弱ならば家に残る道もあった。幸いなことに長男が妻をめとり、息子まで生まれた。これで後継ぎの予備は要らなくなった。

 幸いなことに魔術は嫌いではなかった。なので魔導会議にやってきてから二十年近く経った。

 今ではすっかり中年の三流魔術師である。

 田舎で少し魔術ができるからと言って、大陸中から秀才の集まるここでは凡百の一人にすぎない。

「では、ポロン様お願いします」

 魔導会議議長ギルダスの高弟の一人、五賢弟ポロン。妖精種の中でも長命とされる冥庭花族出身と聞く。二対の白い羽が目立つ。

 ふわりと浮かんで魔術を使う姿は、おとぎ話の中に迷い込んだように錯覚させる。

「疑似天地創造!」

 おとぎ話の妖精は、古の魂を使役する。

 彼女は(妖精種には男女の区別が無いので、あくまで女性のように見えるので彼女と呼ばれている)精霊と呼ばれる存在を使役する。

 聖光教の教祖ともつながりがあると囁かれており、使徒という人と精霊の融合体を生み出したとか何とか言われている。本当の事を知るのはギルダス議長とベーダ教祖のみだろう。

 彼女が借りた精霊の力は、大地に宿る原初九王のもの。力の塊をこねて、固めて、大地を思うがままに操る魔術。

「あはははは! じゃあ二人とも頑張ってね!」

 そうして出来上がるのは、魔導会議本部の敷地に広がる巨大な性能試験場。

 作り上げられたのは巨大な岩盤。宙に固定された円形の岩盤は、四隅を岩の塔で支えられている。

 その場に立つのは二人。

「ではこれより性能試験を始めるとしようか!」

 筋骨隆々の腕を組み、仁王立ちする男が立っている。

「構いませんとも。また僕の魔獣が勝ちますがね」

 気取った立ち姿で、皮肉そうな笑みを浮かべた男が立っている。

 五賢弟の二人。魔導会議議長ギルダス・フレンシスの弟子たちである。筋骨隆々で鉄色の皮膚をした方が石人種の魔術師スブタイ、気取って氷の角を磨いているのが鬼人種の魔術師エブリックだ。

 性能試験が始まる。

 遠見の魔術で試験場を見守る。私、ブラフマックがいるのは魔導会議本部にある食堂だ。魔術の防御壁を十枚以上維持できない魔術師は、遠見の魔術のかかった壁面で五賢弟の性能試験を見学することができた。

 前回の試験では直接見ていた魔術師に大きな被害が出たためである。

(魔術が使えなくなった者、発狂した者、死んだ者、其の外設備的な被害多数。あれは酷かった。いや、毎回ひどい結果になるが、前回は過去最高に酷かった)

 今回も、どんな酷い結果になるのか、食堂に集まる魔術師達はわくわくしながら今か今かとその時を待っている。

 私もわくわくしている。

 魔力と魔力のぶつかり合いは時に超常の未知を引き起こす。研究の題材としてもってこいだ。

(そういう私を含め、多くの魔導会議所属魔術師が研究テーマを貰い、その成果で評価を受けてきた)

 頂点に近い魔術師とそうではない魔術師、世の中には二種類の魔術師が居るが、どちらも等しく己の探求心を満たすことができる。

 それが魔導会議だった。

 遠見の魔術に映る景色に変化が生じた。

「行くぞエブリック! 発進!」

 腕に着けた端末を操作したスブタイ。

「拡張強化基本形態」

 力強く叫ぶ。

「戦闘用魔道人形Mark.13!」

 エブリックが静かに制御文字を空中に投影する。

「スブタイ。あなたの人形の更新も今日が最後です」

 一文字、一文字。

 制御文字が光っていく。

「出よ、合成魔獣十五号」

 食堂の盛り上がりが一気に最高潮に達する。

「来るぞ」

 遠見の魔術が移す景色が切り替わり、左右で異なる景色を映し始めた。

「来るぞ」

 スブタイの工房の脇に立っている小屋、工房に比べると急ごしらえの感が否めないそこの中。魔道人形の瞳に輝きが宿る。

「来るぞ!」

 エブリックの研究室、餌となった魔獣の一部が散らばる中。合成魔獣が遠吠えを挙げた。

「来るぞ!!」

 魔道人形の動力炉が唸りを挙げる。推進用魔力噴射口から放たれるのは眩い高純度の魔力。発進の勢いは小屋を吹き飛ばす。空に一条の軌跡を描く。

 合成魔獣の魂から魔力が伝わる。肉体を駆け巡る、今にも爆発しそうな魔力の奔流。一歩踏みしめたその足跡は大地を穿ち、ただ走る。それが地震を起こす。

「Mark.13! 今度こそ魔獣の首を取れェ!」

「十五号! また人形の動力炉をつかみ出せ!」

 毎度の名物となっている成果物の登場は、多くのファンを生み出していた。食堂の中は割れんばかりの歓声が響いている。

 二つの強大な魔力が試験場にたどり着いた。

 魔道人形は上空から。

 合成魔獣は大地から。

 下降。

 跳躍。

 試験場の中心、己の創造主を守るように向かい立つ。

 小手調べとばかりに魔道人形が空中を高速移動する。既に動力炉は温まっている、高速の動きは強化をかけている視力でも追うことができない。

 噴射口の軌跡が試験場の上空に眩い模様を描くのを見る。

 合成魔獣は静かに見守っている。

 試験場の上空が噴射された魔力の輝きで満ちていく。

「すごい、前回の性能試験の時から10%も出力を上げているッ!」

「しかもさらに魔力の噴射量を上げているぞ、どこまで動力回路の強化を行ったんだ!? 何とか測れ!」

「機器が無い!」

「何としてでも計測しろ!」

 円の動きで加速を続けていた魔道人形は、突如一直線に天空を目指す。

「最高速度だ! 計測!」

 魔道具を用いて速度を図る。

「け、計測不能です」

「そんなことが、あるのか」

 魔術で強化をかけた視力ですら点にしか見えなくなった魔道人形。

「来るぞ―」

 計測不能の最高速度をさらに超す急降下による強引な加速。

 それを確認したのか、していないのか。合成魔獣が静かに構えをとった。ぴたり、と合成魔獣から感じられる魔力の気配が無くなる。

「魔力が、感じられなくなった?」

 ざわつく食堂の魔術師。

 遠見の魔術で映る二人の五賢弟にはまったく同様の気配はない。

「よく探ってみろ。あれは自然に溢れている魔力すらコントロールするほどの、魔力操作だ!」

 合成魔獣の魂から肉体を巡る魔力は、今、全てを魔道人形への迎撃へと向けられている。

「こんなことができるなんて」

 誰かの掠れた声がする。

「あの規模の魔力同士が、正面衝突するだと? 本当に何が起きるのか分からないじゃないか…」

 呟く声。恐怖五割、好奇心四割、そして、そんなものを生きて目にできる喜びが一割。

 固唾を飲み待ち受ける魔術師達。

 そして、人形と魔獣の拳と拳がぶつかり合った。

「嘘! 疑似天地創造の防御術式を超える魔力!? あー、もう! 自動修理の術式がいかれちゃう! 手動で修理しなきゃいけないじゃないのよ!」

 見守っていた五賢弟ポロンが驚きの声を挙げたことを私は知らない。

 拳が重なった時の記録を後で見返してみた。

 まず、魔獣と人形の腕が弾け飛んだ。制作者によると、正面衝突の衝撃に耐えきれなかったらしい。

 次に、高速の物体同士が衝突したことによる衝撃波が発生した。食堂の窓が割れ、魔力防御壁を半端に張っていた魔術師の数人が鼓膜を破られた。

 続いて、衝突時に飛び散った魔獣と人形の腕の破片が超高速で飛び散り、魔術で構成された試験場を抉り取って破片をまき散らした。魔導会議のほぼすべての建物に隕石のような破片がまき散らされた。防御壁を突破して建物に被害を与えた破片も多くあった。

 更に、制作物のダメージが魔術師二人に跳ね返った。

 最後に、激突の際に練り上げられた魔力の波動が魔道会議の敷地と周辺地域に到達した。これにより、魔術師、住民を問わず数千人単位で気絶者が発生した。

「あほ! どんだけの出力を搭載させてんだ!」

「その台詞、そっくりそのままお返ししましょう!」

 一度の激突でぼろぼろになった試験場の上で、スブタイとエブリックが喚いている。その声で、食堂に集まっていた見物人たちは我に返った。

 私は恥ずかしながら気絶してしまっていた。

「起きろ! ブラフマック! まだ試験は続いているぞ!」

 隣にいた仲間にたたき起こされ、遠見の魔術に神経を集中させた。

「Mark.13、右腕換装」

「十五号、急速再生開始」

 二人の魔術師が命じると魔道人形と合成魔獣はそれぞれ体を修復する。二人の右腕からは血が噴き出していた。

「あの人たち、また神経接続してるよ…。頭おかしいんじゃないのか?」

「いくらデータが欲しいからって、制作物のダメージを自分の身体にリンクさせてデータ取得するなんて、命がいくつあっても足りないだろうに」

 魔道人形が発進した小屋から金属製の筒が射出され、試験場へ突き立つ。円筒形の金属柱は地面に突き立ったまま縦に割れ、魔道人形の右腕が現れた。

 むき出しになった右腕の魔力噴射口から魔力が噴射されると、右腕は宙を舞い、狙い過たず魔道人形の右肩に接触、小気味いい音と共に結合した。

 合成魔獣の肩の断面から溢れていた血が止まった。断面の骨が突き出る。肉が盛り上がり、腕の形を作る。血管が張り巡らされ、血色を取り戻す。皮膚に覆われると、最後に爪が生えそろった。

 食堂の中から感嘆の声が漏れる。

「いい…!」

 お互いの再生能力を見せつけあった魔獣と人形は、ゆっくりと歩いて間合いを詰めていく。

「力比べの次は―」

 合成魔獣の拳が空を割く。

 魔道人形の拳が空を割く。

「―連打対決だ!」

 自らの拳で相手の拳の殴打を止める。反発する力を利用して態勢を整えて、次の一撃を放つ。夢幻にすら感じる百余りの猛襲は、地鳴りにも似た振動を試験場に与える。

 食堂で見守る魔術師達は半狂乱で観測を書きなぐり、じっと食い入り、間違いなく現状で出すことのできる最高性能の制作物の一挙手一投足を確実に追っていく。

「まだ速度が上がっていく」

「ラッシュを打ち合ってどのくらい経った?」

「五分経過」

 音の速さを超えているらしい。魔獣の皮膚は一撃を繰り出すごとに赤くただれていた。魔術師二人の皮膚が破けて行く。足元は既に血まみれだった。

 視力の追いつかない速度だった。人形の関節は悲鳴を挙げている。魔獣の筋肉が絶叫している。

 お互いに打撃を相殺することができなくなってきた。

 金属の手甲が魔獣の顔面にめり込んだ。黒光りする剛腕が人形の鳩尾に激突する。顎から牙が飛んで地面に突き立った。胸部と腹部にひびが入る。

 そこで一度、分かれた。

 魔道人形の背にある魔力噴射口から、推進用魔力が噴射される。

 合成魔獣の背から翼が生成され、大空へ舞い上がる。

「やれ!」

 スブタイとエブリックの掛け声が重なった。

 蹴り。

 掌底。

 肘鉄。

 頭突き。

 目つぶし。

 手甲。

 拳骨。

「まだだ!」

 二人の魔術師の身体が、共有されている神経によって傷だらけになっていく。魔獣も人形も傷を再生していく。魔術師の肉体も治療術式によって治ってゆく。

 目は煌々と輝き、全身から血を流し、傷を治し、戦闘続行を叫ぶ。

 空中で激しく立体的な格闘が行われる。

 血が流れる。傷が治る。データを取る。攻撃を放つ。損傷を修復する。データを取る。打撃をかいくぐる。衝撃をくらう。データを取る。

 合成魔獣の一撃が人形の頭を吹き飛ばした。スブタイが鼻血を噴き出して白目をむき、地面に後頭部から突っ込んだ。

 魔道人形が新たな頭部を装着する。

 魔道人形の一撃が魔獣の身体を両断した。エブリックが口と肛門から血を噴き出す。顔面から地面に倒れ伏せた。

 合成魔獣が半分に分かれた体をくっつけた。

「おい、あれは無事なのか?」

 しん、と静まり返る食堂。

 そして、魔獣と人形は創造主の元へ帰る。

「もう限界なのねー!」

 ポロンがどこかで叫んだとか、叫んでいないとか。

 魔術で作り上げられた性能試験場の地面に多きなひび割れが浮き出る。ひび割れは見る間に大きくなり、深くなり、地面を割り、崩れ始めた。

 どばどばと血を流す二人の魔術師を抱えて、魔獣と人形は飛び去っていく。

 轟音を立てて土塊が落下していく。

「揺れるぞ! 魔術障壁張り直せ! 破片が飛び散る!」

 巨大で重量のある土塊が落下する。大地に落ちた。魔術で整地された大地は、土塊の落下の衝撃に耐える。しかし、試験場だった土塊は粉々に砕ける。

 割れて別れた小さな塊は飛び散り、周囲の建物に襲い掛かる。土石流が起きた。

「魔力をありったけ込めろ!」

「防御術式の補修急いで! 隙間のほつれも見逃しちゃだめよ!」

 崩れて、大地に積み上がり、自重で崩れる。

「土砂崩れを起こすよ!」

「質量防御展開!!」

 土は大きな流れとなって、魔導会議の本拠地を飲み込んでいく。

「ポロン様! はやく土をどこかに片付けてくださいー!」

「叫んでも何も解決しないわよ! ありったけの魔力を絞り出しなさい!」

 食堂の魔術防御壁にも、大量の土砂が押し寄せる。

 第一波、魔力をありったけ注いで強度を高めたが、その魔力のほとんどを持っていく。

 第二波、なけなしの魔力では膨大な質量を止められず、制御文字の防御術式にほころびができていく。

 第三波、防御が破れた。敗れた所から土砂の圧力は二方向からかかるようになる。結果、食堂の内部に岩石と土石流が侵入、魔術師達は自分の身体に仕込んだ防御魔術を発動させる。

 第四波。

「これは、もう防ぎきれないな」

 とんでもない性能試験の見学だった。

 回数を重ねる度に試験場は防御を重ね、見学者も安全を重視していった。

(今回は、あの二人が造った制作物が、備えの予想を上回ったのだ)

 中年魔術師ブラフマックに今までの走馬灯が走る。

 土砂に体を包まれて、最低限の視界と空気だけを魔術で確保している状態だった。

(ま、色々好き勝手出来たし、今回はそろそろ片付けの時間かね?)

 真っ暗な視界に、どこかからのうめき声が聞こえてくる。

 毎度毎度の光景である。

 この惨状の当事者たちは気絶して改修されている。

 さて、石人スブタイと鬼人エブリックと花小人・妖精ポロン、そして今は王都ロムルスにいる王弟アンブロシウス、ここまでで四人。

 魔導会議議長ギルダスの高弟、五賢弟にして、大抵の事の片づけ役、全ての研究の基礎の基礎を支える研究者。

「こんな大規模に散らかして! どうやって片付けろって言うのよ!」

 樹人オレーグが喚き散らかしていた。

「先生! 書類仕事なんてほっといて、ちょっとこっち手伝って! は!? 無理!? あなたの作った組織が馬鹿弟子のせいで崩壊寸前なのよ!? え!? ふざけないでよ! 私一人でやれって言うの!? 信じらんない!!」

 そこで一旦声が途切れる。念話を叩き切ったのだろう。此処から、ギルダス議長とオレーグが交渉を始める。

 私は土の中で楽な姿勢を取り、なるべく体力を温存する姿勢をとった。

「はい? 先生? 人手を寄越す気になった? ―先生、物で釣れば私の能力が伸びるとでも? ―え? 私の論文読んでくださったんですか!? でもあの術式は試したことがないし…。でも、そうですね、せっかくの機会と言えばそうなのかもしれません。ええ。はい。分かりました。でも、ちゃんと史料読ませていただきますよ? そうです。王都の禁書、お持ちなんでしょ? 知ってますよね九王の祭祀にまつわる例のやつです。先ほどおっしゃいましたよね? なんでもいう事聞くって、はい、はい、そうです。はい、ではそのように」

 また念話を切ったのだろう。

「そろそろだな」

 隣の方から声がした。近くに誰かが埋まっていたようだ。

「ああ、今回はちょっと長かったな」

「だんだん議長の蔵書でも対応できなくなってきたんだろ」

「あの人、どこまで研究が好きなんだろうな?」

「俺たちと同じくらいじゃないか?」

 怖いもの見たさで土埋めになる位研究熱心だという事か。

「なるほど。かもしれないな」

 暗闇の中でしばらくおしゃべりをしていた。最近の研究成果について、食堂の新メニュー、採取の上手い傭兵の情報、等々。

 土埋めになった魔術師達が、思い思いに時間を潰している間のこと。

 魔導会議、上空。

「ほんと、議長は人使いが荒くて困るわ」

 何もない空中に、樹が生えているように見える。

 樹皮のような肌、根のような足、枝のような腕。樹人の魔術師オレーグは眼下に広がる惨状を目にして大きく天を仰いだ。

「ポロンももう少しコンパクトな試験場を作ればいいのに」

 ぼやくだけぼやいてしまうと、オレーグは肩を回し、頬を叩いた。

「まあ! でも! 試したい術式もあるし! 先生のお墨付きももらったし! 何より見たかった史料を見れるし! いい機会! うん! いっちょやってみますか!」

 衣服に刻んだ制御文字、それが織りなす魔術式が魔力の輝きを帯びる。

 発動する魔術は肉体を成長させ、オレーグの身体から枝が伸びて行く。

「よし、気合入った! 五賢弟のオレーグ、行きます!」

 伸びたオレーグの身体が、虚空に突き刺さる。

「王脈接続! 魔力循環開始!」

 勇ましく叫び、魔導会議の領地全体に張り巡らされてある制御文字にアクセスする。五十年という歳月をかけて魔術に関する研究を進めてきた魔導会議には、奥の手と呼ばれている魔術がいくつかある。

 そのうちの一つが、領地全土に張り巡らされた一つの術式、制御文字による物質操作である。

「ごはぁ!」

 勇ましく叫んだオレーグだったが、領地全土の術式にアクセスしたせいで負荷が一気にかかってきた。

「おええぇ。失敗した。もっと範囲を狭くしておかないと」

 魔力は潤沢に供給できても、それを管理するのはオレーグただ一人。処理能力の負荷を超えたためか、術式に保存された情報が一気に頭の中へ流れ込んできた。

「ポロンの昨日の晩御飯とかどうでもいい…」

 あらゆる情報が記録されている魔術式の軌道範囲を慎重に調整していく。

(領域は、魔導会議本部周辺)

「よし。今度こそ!」

 魔力の供給を開始した。

(建物の再構築に必要な魔力を引き出して、配分開始)

 制御文字に流す魔力は多すぎても少なすぎてもいけない。

(魔力量調整術式もあるんだけど、王脈と直接接続すると壊れそうだし)

 水門を調節して、木々に適量の水分を与えるが如く。

 魔力を供給された術式は、その効果を発揮する。

 王脈からオレーグが組み上げた魔力は、適切な形、適切な量となり、編み上げられていく。

 魔術とは魔力を操る術である。

 炎には、炎の形の魔力が宿っている。自然に存在する不定形の魔力が炎の形となった時、炎はその姿を現す。

 水、風、土、あらゆるものに魔力は宿り、あらゆる形となって存在している。

 魔力を持たない物は無く、魔力を持たない者はいない。

 生物とされる構造物に宿る魔力は精妙巧緻の極みであり、他の構造物とは比較に及ばない。

 人が手ずから作り上げたモノにも魔力は宿る。

 建物の魔力。本の魔力。噴水の魔力。パンの魔力。

 一つ一つ固有の魔力の形が存在し、それらを全て記録し、適切に管理する。

 そして、必要があれば元通りに復元することも可能。

「ふいー! 終わった! さーて、先生に報酬貰いに行こう!」

 それが、魔導会議オレーグが発動した魔術。

「魔導会議一切合切元通り魔術も上手くいったって報告しないとねー♪」

 上機嫌でギルダスの元へ飛んでいくオレーグに、その場にいた全員の心は一つになった。

(その名前はどうかと思う)

 魔導会議の日常は今日も明日も続いていく。

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