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九王記  作者: 荒木小吾
二章 東よりきたるもの
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53話 魔人

 原野。少女は無意識に足のかぎ爪で地面をひっかいた。草の根みたいな魔獣がひょっこり顔を出して、キイキイと掘り返された苦情を言う。

 歓声。雄たけび、というよりも咆哮に近い。

 闘いの体温を否応なく揺さぶるような、無性に戦いへと駆り立てる太鼓の音だ。

 遠くで雄たけびを挙げている者の名はオドアケル。彼が棍棒、破骨棍を振り被って突撃してゆく。

 西大陸、ロムルス王国のとある草原で、傭兵団が魔獣狩りをしていた。

「風下に三人回れ」

 獣の耳を持つ魔人の少女が手で合図を出した。肌を毛むくじゃらの濃い体毛に覆われている彼女はアラリックという。

 風の方向を感じて、臭いを察知されないように風上へ風上へと傭兵団の人数を配置していく。

 村で飼いならし、乳や毛を与えてくれる魔獣を、野生の魔獣が食い荒らしていた。それを討伐するのだ。

「―! ――!」

 オドアケルの雄たけびが届く。二度、三度と破骨棍が振るわれ、その返しのついた棘付き棍棒を地面にたたきつけた。

 地面が抉られて、草原の一角が土を晒す。しかし、瞬きする間に草の根が土を覆い、葉を茂らせる。魔導会議の魔術師の拠れば、ここら一帯の草原が丸ごと植物の魔獣なのだという。

 魔獣は上手くオドアケルの攻撃を躱している。

 魔獣には雌雄の区別がないモノも多いのだが、今回の討伐対象の種類は明確に雌雄の別れた種類だった。若い雄である。

 独り立ちし、新たな縄張りを作ろうと旅を重ねるうちに村で飼いならされている魔獣を獲物にすることにした。という推測ができる。

 群れからはぐれた若い個体。しかも美味しい餌に執着して村から離れようとしない魔獣だ。

 つまり、傭兵にとってはいい獲物である。

「弓、それぞれで、撃って」

 複雑な模様の書かれた札に声をかける。声を遠くに届ける魔術が込められた品だ。アラリック自身に魔術の知識はないが、魔力を操作し、魔術の品を使いこなすことはできた。

 魔力を込めて、決まった動作をする。物に刻まれた、あるいは書き込まれた制御文字が、魔力を編み上げて魔術とする。

 この五十年でこういう品がずいぶんと増えた。それこそ、流れ者の傭兵が十分に使いこなすことができるようになるほどにありふれたものになった。

 放たれた矢が飛んでいく。

 魔獣は、意識の外から放たれた矢に驚いたが、それでも俊敏に躱した。弓兵はそれぞれの判断で二の矢、三の矢を放つ。

 躱しきれぬと見るや、魔獣は大きく息を吐いた。ただの呼吸ではない。吐息(ブレス)と呼ばれる攻撃方法だ。

 四足歩行を行う魔獣にとっては十八番の魔術である。

 こちらの弓兵を配置したあたりに吐息が命中すると、大きく大気が弾け飛んだ。弓の弦が切れ、矢柄が折れていた。

 それを見て、私は作戦を変更する。

「オド、そのまま魔獣を追い続けろ。体力を削げ」

「あいよ!」

 威勢のいい返事が魔術の籠った札から聞こえる。既に四半日魔獣と追いかけっこをしているというのに、あきれた体力である。

(いや、ほんと、どうなってるんだあいつの体力は)

 無論自分とて魔人の端くれ、何も口にせず、重装備で丸一日全力疾走できるくらいの体力はある。それは、訓練を積んでいる西大陸の戦士ならば容易い事だ。

 けれど、オドアケルの体力はそれ以上、と言うか、比べるのも馬鹿馬鹿しいくらい規格外なのだ。

 魔力を食って伸縮する背丈以上の棍棒を振り回し、全力で魔獣と戦い、それを何日だって続けていられる。

「ふああぁぁ。むみゃみゃ」

 ちょっと間抜けな欠伸が足元から聞こえる。器用にと言うのか、執念と言うのか、空になった酒瓶をおしゃぶりのように口に咥えたアスラウグが転がっている。

 このアスラウグ、出身は南大陸である。獣人種兎人族、長い耳、つぶらな瞳、どこからどこまでが口なのか鼻なのか分からない顔をしている。

 もふもふした体毛に覆われており、アラリックとアスラウグが傭兵団の癒し系担当だともっぱらの評判である。

 外見だけは。

「ちゅぱちゅぱ」

 だらしなく地べたに寝そべり、空になった酒瓶をしゃぶっている姿を晒している。これだけでもこいつが人を癒すような性格をしていないのが理解できよう。

 鋭い爪を持ち、獣人特有の優れた肉体を持つがゆえに、酒をいくら飲んでも体を壊さないのが大酒飲みに拍車をかけている。

(そうして、ずっかり、ダメ兎)

「よっこいしょ」

 ふかふかの椅子みたいなアスラウグの腹の上によじ登る。

 魔獣の位置を確認すると、徐々に移動しながらこちらへ向かってきていた。

(ん、弓の放たれた位置を覚えている。やはり厄介な個体)

 オドアケルが魔獣と至近距離にいるので、今のところ遠距離の攻撃はしていない。二手に分けてオドアケルと魔獣の通り道を開けた。

「オド、魔獣の体力は?」

「アラ、結構激しく追い立ててるからもうちょいってとこだ」

「じゃ、そろそろアスラを、起こす」

「―起きるかね?」

 気まずい沈黙が流れる。それを言い始めると不安しかないのだ。

「昨日何樽開けてたっけ?」

「知らない。一々数えてない」

 起きなかったら魔獣の足裏とキスさせてやる。アラリックは心に決めた。

「ともかく、アスラに止めを刺させる。私も手伝う」

「アラが留めさした方が確実じゃねえかなぁ」

 最後の呟きは聞かなかったことにして魔術を切った。

「お代わり!」

 アスラウグが突如叫んだ。しかし起きたわけではない。寝言なのだ。

(働かずに、酒が飲めると、思うな)

 オドアケルが徐々に魔獣との戦闘場所を移してきている。移動時間を確認すると、アスラウグを残してその場を離れた。

 原野に身を伏せる。

 呼吸を整えて、時折吹き渡る風の中に音を消す。

 耳を立てた。獣のようだが、どんな獣人とも異なっている耳は、遠くの音をよく拾うことができる。

 土埃の匂いが近づく。この鼻も、どんな獣人種ともにつかない。アスラウグから聞いた。

 どんな獣ともにつかないが、人というには毛深すぎた。そんな中途半端な体だけど、アラリックにはきちんと居場所があった。

 オドアケルはもうすぐアスラウグと合流するだろう。

「ふががががっぷし」

 いびきの後にくしゃみを混ぜた音がする。兎人種の寝坊助は夢の中である。

 魔獣の雄たけびがやって来る。思ったよりも余力がありそうである。

(ここで、仕留めないと、面倒になる)

 魔獣の姿を確認して出した結論ではない。直感だ。それでも私は、周囲に散らばっている傭兵の面々に包囲を狭めるように合図を出した。

(勝負をかける)

 余力が大きく残っていた場合、長距離の跳躍で包囲網を突破されてしまうかもしれない。そうなれば、弱らせる所からやり直しで、かかった時間と物資の分だけ大損になる。

 世話になっている樹人種の商人ボルテから仕込まれた仕入れと儲けの計算。それを素早く頭の中で片付けた。

 集中して攻撃を行わなければこの獲物はしとめられず、こちらの損害が大きくなる。魔獣を討伐してもうけは出るが、治療代や傷ついた傭兵の分だけ戦力は減るし、治療に金がかかる。

 つまり、効率よくもうけを出すにはここで魔獣を狩るのがいい、はずなのだ。

(何度やっても、こうやって勝負に出る時は緊張する)

 風の音に紛れて、細くため息をついた。

(オドアケルは棍棒を持って暴れているだけだし、アスラウグは酒を飲んで寝ているだけだし、他の連中は小ぶりなオドアケルみたいなのばっかりだし、私が考えないと、この傭兵団はあっという間にバラバラになってしまう。そうに違いない)

 なんだか疲れてきた。

(あの雪の中で、オドに会った時、こんなふうに疲れた生活は想像の中に入っていたかな?)

 盗賊だったオドアケルと一緒に戦ってきて、楽しかった。

 多分、これからも楽しいのだろう。

「がああァァァァァァ!!!」

 ズン。

 今までの中で一番大きな地響きと、土埃がきた。

 原野の草をかき分ける。風よりも早く、影よりも静かに。

 頭がひしゃげて舌を出した魔獣の身体が転がっていて、アスラウグが仁王立ちをしていた。文句を言いたげな彼女をよそに、魔獣の身体から心音を拾う。

 頭蓋を潰しても、まだ心臓は動いている。寝起きでいらいらしているアスラウグはぼんやりする頭を覚まそうとして気が付かない。

 腰にぶら下げた短刀を抜き、魔獣の心臓に突き立てた。

 びくり。大きく一度痙攣して、魔獣の身体からは生命の気配が消えた。これで依頼達成だ。

「発煙筒、青」

 大あくびをしながらアスラウグはふかふかの体毛の下から発煙筒を取り出して火をつける。

「熱!」

 毛皮に焦げ目がついている。ボヤ騒ぎになりかかった彼女が地面を転がり回る。傭兵団の皆がそれを横目に集まってくる。

「アスラウグさん、またなんか寝ぼけてやらかしたな?」

「新手の体操かもよ?」

「昨日の酒を戻さなきゃいいけどね」

「あー、一回掃除したことあるけど、あれは地獄だぜ。臭い、汚い、気持ち悪いの三拍子だ」

 ぼやいていた連中が毛皮の中に埋もれた。

「聞こえてんぞ、手前ら!!」

 やいやい騒ぎながら、荷車に魔獣の死骸を乗せる。

 獣の姿に似ているが、足の数が十本あり体躯も家一軒分は有りそうだ。おかげで運ぶのには中々時間がかかった。

 昼時から運び始め、目的地にたどり着いたのは日が落ちるか落ちないかという所だ。

「帰ってきたぞー」

 オドアケルが破骨棍を振り上げて叫ぶ。

 魔獣の死骸を引き連れて、丘の上に立っている。眼前には大きな村があった。

「黒兵団が帰ってきた! 門を開けろ!」

 ここが今回の依頼主の村。西大陸によくある、名も無き開拓村である。此処はずいぶんと大きくなってきたので、後十年くらいしたら町になって名前が付くようになるのかもしれない。

 オドアケルとアスラウグが村の子どもに囲まれる。アスラウグはもふもふの毛皮、オドアケルはいかにも強そうな見た目で子供心を鷲掴みにしているのだ。

 あと、意外にも二人は面倒見がいい。初めは、暴れ者と酔っぱらいに子どもを預けることを警戒していた親たちも、オドアケルの武勇伝に耳を傾ける顔や、アスラウグの作る野性味満載の料理をほおばる子供たちの笑顔に緊張を解いていった。

「アラリックさん。お疲れ様です」

「村長、指定された魔獣、狩り終えた。繁殖期に群れを追い出された若い雄だ。そろそろ冬が近づくころ、だから、もうこれ以上は縄張りを飛び出す個体は無い、と思う」

 訥々と話すアラリックの語り口に、穏やかに村長は相槌を打った。

「はい。長々とありがとうございました」

 依頼完了の報告は村長が窓口だ。魔獣を何体も狩るような大きな依頼だと、だいたい大きな商人や村の長が話を持ってくる。

 値段の交渉や以来の期限など、話し合うことは多くあって何かと大変だ。すっかり私が担当のようになっているが、本来は団長であるオドの役割のはずだ。

(確かに、あいつ、向いてないけど)

「それと、本当に冬の間滞留されないのですか?」

 村長の話で我に返る。

「うん。この団の決まり。厚意は嬉しいが、気持ちだけもらっておく」

「そうですか、子供たちもなついていますし、冬ごもりの準備に失敗した魔獣がやって来ることもある。残ってくれた方が何かと安心なのですが…」

 断っても未練たっぷりな村長に、何度も繰り返してきた説明をする。

「魔人と人の距離は縮まったといえ、それでも異なる種族です。適切な距離という者がある」

「はあ」

「一日で到着できる場所で冬営します。何かあれば発煙筒の赤を使って、ください」

「分かりました」

 全然分かっていなさそうな村長との話を切り上げて、依頼達成の報酬を掲げて見せた。

 団員たちの期待に満ちた目が私を向く。

「これより、宴会を始める」

 厳かな私の宣言により、とある開拓村は歓喜の渦に包まれた。

 すぐに村は大騒ぎだ。

「うあはははは!!」

「いいぞ! もっと飲め!!」

「アスラウグさん! 団長はもう駄目です!」

「ならお前だー!」

「どんどん料理持って来い!」

 黒兵団はほとんどが魔人種で構成されている。

 開拓村には、様々な種族がいるが、代王国の名残から人種が多い。

「わたしものむぞー」

「アラリックさんに飲ませた奴誰だ! この人が酔っ払ったら団長とアスラウグさんを誰が抑えるんだ!!」

「飯ー!」

「ごはんー!」

「うめー! あははは!」

「新しい料理があっという間に消える! このままじゃ村の食料と酒を全部腹に納めるぞ!!」

 賑やかな声。暖かい食事。仲間と酌み交わす酒。どれもが心に染み入って、全部が楽しい思い出に変わっていく。

(ああ。あったかいなあ。吹雪の中、森の中が嘘みたいだ)

「皆のもの、慌てるでない」

「村長!」

「大変です、もう料理と酒が」

「こんなこともあろうかと。じゃーん」

 村長はできたて熱々の料理を両手に掲げる。

 村長の後ろから続々と料理を持った者達が現れる。

 飢えた傭兵団の眼には、彼ら彼女らの背から神々しい光が差しているかのように見えたとか、いないとか。

「「「飯!」」」

「大いに飲み、大いに食べ、そして―」

 村長はたっぷりと間を取って見回す。

「―大いに楽しむがよい」

 威厳たっぷりに言い放った。

 その直後にアスラウグとアラリックに捕まり、酒をがぶ飲みして倒れていた。

 ちらちらと雪が舞う。

 初雪だ。

 白くて冷たいけれど、アラリックの心は温かかった。

 オドアケルが酔っ払って降り始めた雪を全て避ける遊びをしている。

(もう、誰とも触れ合うことなく、森の中で独りぼっちにならなくてもいいんだ)

 宴は一晩中続いた。

 もちろん翌朝、二日酔いにならなかったのはアスラウグだけだった。

 気を抜くと吐しゃ物をまき散らしそうになるので、皆口数が少ない。

「それじゃあ、うぷ」

 オドアケルは口を押えてなるべく静かに呼吸をしていた。傭兵団の号令をかける時にゲロ吐いたなんて、一年は笑い話にされるだろう。

「しゅっぱつ…」

 よろよろと黒兵団の傭兵たちは歩いていく。まるで強敵との死闘を終えたばかりという格好だが、何のことは無い。

 飲みすぎと食べ過ぎであった。

 そうは言っても頑丈なのが取り柄の傭兵たちは、一日かけて越冬地にたどり着く。その頃にはすっかり回復していた。

「冬営の準備を進めるぞ」

 アスラウグの掛け声で全員がきびきびと動く。以外にも彼女はこう言う陣地構築が上手い。地形を選ぶのが巧みなのだ。

「アスラウグさん。この大量の木材はどこに?」

「あっちの丘の上に置いとけ、あそこは水はけがいい。屋根を作れば、先ず濡れることはねえ」

 十日余りで、楽に一冬超えられる越冬地の出来上がりだ。

 百人ちょっとの傭兵団だが、かなり広く土地を囲った。一人一部屋の営舎と、暖炉のある大広間、食糧庫、武器庫は無い、各自で得物は管理する。

 冬の初め、息が白くなってくる。

 アラリックは日の出とともに起床、冬営地の見回りを行っていた。

「お、今年もそろそろ、頃合いだと思った」

「アラリックさん。今年も入団試験を受けに来たぜ」

 雪除けの外套一つ身にまとうことなく、青年が立っている。

 青年の足元に積もった雪が解けていた。寒がることなく、上半身は裸である。その体には鱗があり、額からは角が生えていた。

「来たな。小僧」

 オドアケルだ。既に破骨棍を肩に担いでいる。

「団長。お久しぶりっす」

「まだ団長じゃねえ」

 青年とオドは視線で殴り合う。これがここ五年ほど続く挨拶のようなものだった。

 青年とアラリックは思っているが、実際の年齢は分からなかった。表情の幼さは少年だといっても十分に通るものだが、鍛え上げた肉体は歴戦の傭兵と比較しても引けを取らない。

「俺以外にも何人か来てるぜ」

 彼の言う通り、後ろには十人ほどの若者が立っている。それぞれに種族も獲物も性別もバラバラだが、共通しているのは薄汚れた格好とぎらついた眼差しだった。

「皆、この駐屯地を探しまわって三日水しか飲んでない。此処しか行くところがない。俺が団長と知り合いだって知ったら、目の色変えて俺を付け回してくるんだ。あんたに預かってもらおうと思ってる」

「は、行く当てがなくて荒事に抵抗がないなら、フリティゲルンの爺さんがいる魔王軍に入ればいい。わざわざうちに来る理由はねえだろ。家に帰んな、餓鬼ども」

 しっしとオドは手で追い払う。

 しかし、若者たちは引かない。

「私たちは、私たちを認めてくれると思ってここに来ました!」

「あんたの元なら、つまはじきものにされねえんだろ!?」

「この国は、強い奴のいうことが通る! だからあんたについて行きたい!」

 必死さすら感じさせる声。アラリックには、彼らの気持ちが少しわかった。

 生まれた時から両親に距離を取られ、知り合いの人など誰もいない。自分は生きていてはいけないのではないかと疑う日々。

(そこに、もし「変わり者たちの集まる傭兵団」の噂を聞いたら。もしかしたら自分も受け入れてくれるかもしれない、寂しい思いはしなくて済むのかもしれない。そう思う)

「聖光教とか近衛騎士団とかもっと安泰なところに行けよ。傭兵なんて他に行くところの無い連中のたまり場だぞ」

「それがな団長」

「お前の団長じゃねえぞブロディール」

 若者、少年の名前はブロディールといった。

「まあ、そう言うなって団長。俺たちはあんたがこの国で一番強いと思ってんだよ。どうせ一緒に暴れんなら、あんたみたいに気持ちよく暴れられる奴と一緒がいい」

 そこまで聞いてオドは思いっきり笑い出した。

「ぶっ、うはは、あっはははははは!!」

「またそうやって誤魔化すのかよ…」

 このブロディールという若者は、毎年こうやって傭兵団入りを頼みに来る。

 一人でふらっと冬営地に現れて、オドアケルといくらかやり合って追い返されることを繰り返しているのだ。

(ただ、今年は連れがいる)

 鬼人種と竜人種の半鬼半竜だというブロディール、彼一人なら追い返すのだろうが、他の連中をどうするのか、オドアケルの考えはまだ分からない。

「今年こそは俺を黒兵団にいれてもらう」

 ブロディールは鱗に覆われた肌を赤熱させる。足元から雪が解けて円ができて行く。この時点ですでに鬼でも竜人でもない。

 申し訳程度に履いていた下半身の服が燃え落ちた。

(こいつの正体は謎だ)

 今のところ、戦う時は必ず全裸になる事しか分かっていない。

「お前みたいな子どもは駄目。帰って母ちゃんのおっぱいでも吸ってろ、それか父ちゃんに泣きつくんだな」

 オドアケルも対抗して全裸になった。本当にやめて欲しい。

 アラリックは早々に戦いを見守る気を無くした。

 ブロディールの身体が赤く光りだす。ただ光るだけではなく、恐ろしい程の熱量が襲ってきた。

 熱い。冬用の装備が邪魔なくらいだ。

 オドの身体は、冷え切った黒鉄のように雪明りを照らし返している。

「父上と母上の事を―」

 オドアケルとブロディールの距離が近づいていく。

「―馬鹿にしたな」

 爆発したのかと思った。ブロディールの右こぶしがオドの頬に突き立ち、込められた熱で空気が膨れ上がる。

 拳に込められた熱が放出され、降り積もった雪を解かす。その範囲は広く、私とブロディールの連れてきた十人の入団希望者の立っているところは水たまりになった。

「この!」

 左拳にさっき以上の熱が集まる。

「餓鬼が!」

 ブロディールの顎に、オドの膝がめり込んだ。角を掴み、思い切り下へ引き寄せてから顎へ膝蹴りを叩き込んだのだ。

 顎はおろか、頭蓋骨まで粉微塵に吹き飛ばすほどの一撃。

 返されるのは、後ろにのけぞった頭をそのまま引き戻す頭突き。もちろん、当たった後には爆風が吹き荒れる。

 咆哮。

 それに加えてもう一つの咆哮。

 闘志と闘志をぶつけ合い、どちらが倒れるまで終わりのない肉弾戦。

「こういう連中ばっかりだが、ほんとに来るのか、黒兵団(うち)に」

 ひきつった顔をした十人ばかりの入団希望者。残ったのは半分だった。多分戦っている二人が全裸だからだろう。

「他に行くところが無いんです。私、ここに来るまでに何回か盗みで捕まっていて」

「親に毎日殴られていて、我慢していたけど、或る日カッとなったら親が二人とも…」

「恋人を、殺して、俺も死のうとしたけど、死ねねえんです…。だから、誰かに終わらせてほしくて」

「楽しそうなんで入れてください」

「俺もー」

 どうしても、行く当てのない者や頭の枷が外れかかっている奴が集まってしまう。

「よし、ついてこい。アスラウグといううちの副団長に会わせる。彼女と話をして、それから色々決めよう」

 冬営地へ戻ろうとしたが、ついてくる気配がない。

「どうした?」

「あの、ブロディールさんは?」

「あいつに関しては団長の意思が優先される。お前たちの入団は副団長が判断する。寒いから早く建物の中に入ろう」

 地響きと爆音の届かない所で、彼女ら、彼らの扱いを副団長のアスラウグと相談したい。

 私がそそくさと歩き始めると五人になった入団希望者たちは大人しくついてきた。

 まずは暖かい飲み物でも飲もう。

 アスラウグは五人になった入団希望者を全て受け入れることにした。オドはブロディールをぼこぼこにして追い返した。

 そして私は、黒兵団の傭兵たちが鈍らないように冬季特別訓練を課した。さぼる連中はいないが、手を抜くやつらが一定数いるのでそいつらを一対一でとことん追い込む。

 オドアケルは全裸で雪原を暴れるのが癖になったらしく、訓練中ずっと裸だった。

 本当にやめて欲しい。

 冬の間は西大陸と言えども魔獣の被害は少ない。

 緊急の依頼をこなしつつ、傭兵団の冬ごもりは過ぎて行く。

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