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九王記  作者: 荒木小吾
断章 反逆者たち
52/68

51話 帰郷

 雪解けを迎えている。珍しく晴れの日が続いて乾いた草の上に座り込んでいる。北の空から、流れる雲を見ていた。

(一年経った)

 雲が流れて行く。上空に影が見えた、魔獣だろうか。

(代王国では内乱が発生している。反乱を起こした領主三名に呼応する領主たちと、俺の代わりに任命されたレムス王の第二子が戦っている。フリティゲルンやヘンギストに任せた代王国軍は健在だろうか? ベーダ、ギルダス、アルフォンソを中心にした統治組織はガタガタだろうな…)

 風の噂は北辺にも届く。

 第二王子が西大陸で反乱軍を撃破したと聞いたのは、北辺に来てから一年が過ぎた頃であった。

 確かな情報が俺に届いたのは、アゼリオの砦に呼び出された時の事だ。

「ウォーディガーン。お前は今までよくやっている」

 アゼリオは書類の積まれた机の間にふんぞり返って座っている。

 大物ぶっている。ちょっと可笑しい。

「どうした急に」

「東大陸軍にいる者達から、いくつか報告が挙がっている」

「それを俺に教えてくれるのか? 機密情報なんじゃないのか?」

「レムス王国の機密など、俺の知ったことか」

「将軍…!」

 苦々しさを隠そうともしないアゼリオに、周囲の護衛がざわめく。それを感じて、アゼリオは表情を消した。

「ごほん。ともかく、お前の働きは評価されるべきものだし、その報酬の一環として、こちらの情報をいくつか提供するということだ」

「それはありがたい事だ」

 本心からそう思った。手紙を出してみたが、一年たっても音沙汰がない。調べてみると検閲がされていた。

 使い魔でも探してみようと思ったが、そもそもこの北辺に大陸間を飛行できる魔獣はいないし、そんな高度な魔術は習得していなかった。

(勉強不足だぞウォーディガーン)

 思い出した。教わっていたが忘れていただけだった。頭の中のギルダスを追い払う。

 こんな時に便利な遠距離通信の魔術陣はレムス公爵家に置いたままで、代王国との通信手段は断たれている。

 そんな時にこのアゼリオの知らせである。

「うむ。では今回の報酬とこれから十回の魔獣撃退依頼の報酬に代えてこの情報を提供しよう」

「―は?」

 ちょっと何を言ったのか分からなかった。

「ただで情報を渡すとでも? 元、陛下?」

「おいおいおいおい。将軍。それは正当な取引とは言えないなあ」

「なんだ、要らないのか?」

「ははは。お前の言いなりになるくらいなら要らないさ」

「へーえ。そうかい。じゃあ要件は終わりだ。帰るといい」

「ああ。帰らせてもらう。―そういえば、いくらか戦場から魔獣素材を持ち帰っていたが、どうしようかな? お前の名前で、格安でばらまいてやろうかな?」

 アゼリオの部屋に気が満ちた。

 俺は魔力を練った。

 アゼリオが剣の柄に手をかけた。

「北辺の商人を潰す気か、貴様」

「まだるっこしい取引をする気が無いんだよ。アゼリオ」

 しばし睨みあう。

「ふー」

「はぁ」

 そして、長い息を吐いた。

「レムス公爵邸中庭で喧嘩をしてから一年が経っているな」

「そうだな。その間中、お互いどこか意地を張っていた」

 アゼリオとは、仕事の話以外あまりしてこなかった。

「騎獣の頭が一つ、遊牧民の頭が三つ」

「今回の報酬だ」

 このような。

 それが、今こうして向き合い、顔を合わせているが、それでもどこか歪なぎこちなさがある。

「一つ聞きたい。今でも遊牧民への反撃が過激と思うか?」

「思う」

 アゼリオが婚約者を殺されたのは知っているし、一年間北辺に暮らす中で家族や友人を失った人にも多く知己を得た。

 中には、目の前で子供をめった刺しにされた父親。母親を連れ去られて遊牧民の妾にされた息子。父親を火炙りにされた娘。娘の目の前で辱めを受けた母親。様々いた。

 それでも、俺は思う。

「戦いは空しいものだ」

 魔獣を殺すことが日常だった西大陸での価値観は、月影の眷属達との戦で少し変わった。彼らは自分たちの母親のために戦っていた。

 俺が食ったシンゲツの魂が九王の記憶を教えてくれる。原初の九王の記憶。懐かしく、切ない、家族の記憶。

 その魔獣が、私の母親を奪った。墓には骨の欠片すら入っていない。

 闘いを続けて行くと、人はどんどん空っぽになっていくのかもしれない。

「ひどく虚しい事を、いつまでも続けていたいとは思わなくなったんだ」

「―理解できないな。どうしてそこまで達観できる?」

 アゼリオは、怒りの籠った目を俺に向ける。

「―恐らく、俺たちはお互いに理解することができないんだ」

 俺は、アゼリオを見る視線に怒りを込めた。

 そうして互いに気を緩めた。

「認めよう。ウォーディガーン。お前は俺に理解できない信念に基づいて行動している」

「俺も認める。アゼリオ。お前は俺が失った大切な気持ちを持ち続けている」

 そこで話は終わった。

 アゼリオからの情報を得て、俺は北辺を後にする。荷物をまとめ、部屋を引き払い、別れを済ませた。得物として使っていたものは置いていく。長刀は鍛冶屋に頼んで溶かして再利用してもらう。異類や食料は丈夫なもの、保存の効くものを持っていくことにした。

(一年前、北辺に来てから何か変わったのだろうか?)

 分からない。

 魔獣を殺すのに慣れたことくらいかもしれない。

(いや、もう一つあるか)

 東大陸の北辺に、友人が一人いる。そう思えるようになった。

 これから俺がやろうとしていることは、重大な犯罪行為である。東大陸へ戻ってくることは無いだろう。

 魔術による肉体強化をかけて、街道を行く。ひたすら早く走っていく。水滴が道に落ちて行く。

 北辺から十日、土埃にまみれたまま王都にたどり着いた。そして向かうのは、王都のレムス公爵邸だ。既に夜半であるが、東大陸の首都だけあって明かりが消えて暗くなるということは無い。

 魔術によるものも、そうでないものも、明かりは夜の闇を減らしている。

「ようこそ。代王陛下」

 美形の執事がいた。来訪を察知したかのような出迎えである。

「誰かに魔術を習ったことはありますか?」

 自然と敬語になってしまう。

「…さて、昔そのようなことがあった気も致しますが。今はそれよりも旅の埃を落とされたいのでは?」

 ありがたい申し出ではあるが、丁重に断った。

「メアリーはいるか?」

「メアリー様は、話すことはないと仰せでした」

 主従共に、俺が王都に勝手に戻ってくるのは想定通りだったようだ。執事は静かに頷くと、案内してくれた。

「メアリー」

「ウォーディガーン。まだ北辺で身元を預かられているはずのあなたがなぜここに?」

 こちらも見もしない。

「レムス王国の第二王子が代王として西大陸を手中にしつつあると聞いた」

「―私は、レムス王の命令に逆らったのかと聞いているのです」

「逆らっている。俺はレムス王の臣下を辞めた」

「やめようと思って辞められるものではありません。―と子供に言い聞かせるように言っても無駄なのでしょう。レムス王の元から離れるというのなら、どこへでも行けばよろしい。私にはもう関係の無い事ですから」

 話は終わったとばかりに、部屋の明かりを落とすメアリー。俺は、魔術で明かりを灯した。

「まだ何か?」

「メアリー。お前を東大陸から連れ出したい」

 太陽のように部屋を明るく照らす魔術の光は、夜中にも拘わらず部屋を照らしている。

 今の台詞は結婚の申し込みのようにも聞こえるな。

「私に何もかも捨ててついてこいとおっしゃるのですか? 今時流行らないことを」

 メアリーの視線が冷たい。

「違う。捨てるんじゃない。新しいものを掴み取りに行くんだ」

 冷たい。

「言葉を換えれば私が騙されるとでも?」

「百年ほど前。俺の先祖は故郷を遠く離れて未開の地へ行った。それは何もかもを捨てようとしたわけではない」

「発見された新大陸で新たな富を得ようとしたのでしょう。存じていますが、それが何か?」

 それは歴史として語られる西大陸発見の歴史。

 百年前、航海技術の発達は、海の環境と魔獣を踏破した。結果、西大陸の先住民と激しい抗争を繰り広げ、代王国が生まれる。

「いいや。メアリー。あなたは分かっていない。分かったつもりになっているだけだ」

「そうでしょうか」

「失う者が何一つないと知った時、人は大きな挑戦をする力を得る」

 全財産を失った者。家族を失った者。そして、俺の先祖は政争に敗れた挙句、流刑のように西大陸を治める代王として送り込まれた。

 いつの日か、東大陸へ戻ることを夢見て。

 俺がその話を聞いた時、人には、人生を大きく変える時があるのだと知ったように思う。

 俺を戦場から拾い上げた竜騎士がいたように、俺もこの人に何かできることがあるはずだ、そう思った。

「私が言いたいのは、今のあなたにも時が訪れているかもしれないということだけだ」

「人の人生を大きく変えようとしている時に、そんな曖昧な言葉を使うのですか?」

「それ以外に言いようがない。人は選択を迫られる時が来るが、その答えが分かるのはずっと後だから」

「今ここではない機会もあるということですね?」

「そう思うのなら、きっとそうだ」

 人の一生は長い。機会はいくらでもある。

 それでも、俺とアゼリオを王宮へ連れて行ってくれた時が頭に残っている。

 レムス公爵家とレムス王家は上手くいっていない。レムス王に疑心があるのか、レムス公爵に野望があるのか、それは分からない。

 王宮の中でメアリーは一人だった。その存在は全てに勝っていたが、孤独であり、つまらなそうだった。

 世界はこれほどの驚異と発見に満ちているのに、この人はこれほど退屈そうにしている。

 同情した。だからこれは、ただのお節介なのだ。

「もしあなたの心が、この機会が一度きりのものだと感じているのなら、それに従うべきだと思う」

「私の意思を尊重すると」

「それが仲間への敬意だ」

 言葉を並べても、心に届くことはまれである。

「―仲間になるつもりはありません」

「―そうか」

 その稀なことが往々にして起こりうるのが、人生の面白い所でもあるのかもしれない。

「しかし」

「しかし?」

「あなたにはついて行きたい」

「本当に?」

「私は、新しい何かをつかみ取りたい。それが例え、どんなに醜いものだとしても。私は、私をはじき出す者達に私の存在を示したい。それが、どんなに愚かな意地だとしても」

「分かった。俺は、あなたの望みを叶える。俺の仲間の願いを全て叶える。そのための王になる」

「話はまとまったようですね」

 またいつの間にか執事がいた。ここまで来ると軽い恐怖体験だ。

「まとまった。メアリーは俺と一緒に西大陸へ向かう」

「だ、そうです。旦那様」

(旦那様?)

「まさか父上が?」

 レムス公爵が来ているということなのか。

「よろしい。ならば結婚だな」

「父上!」

 廊下の暗がりから部屋に姿を現したのは紛れもなくレムス公爵。

「話は聞かせてもらった。娘は持っていくとよい」

「いや別に結婚を考えているわけでは」

 冷静にメアリーが言い返すと、レムス公爵は突如泣き崩れた。

「ええー」

「ウォーディガーン様。しばしお待ちください。じきに終わりますので」

「執事」

 そこからは芸人のような掛け合いを見ていた。

「よよよ。いつまでも孤独に寂しい思いをしていた娘が、やっと幸せを掴もうとしていると思い、楽しみに来てみたかと思えば予想を裏切るこの仕打ちとは」

 この人、こんな愉快な性格だったのか。

「父上。早く帰らないと母上に浮気の証拠を送り付けますよ」

「浮気などしていない!」

「していなくとも、証拠を仕立てることは容易いのです。分かったらさっさとお帰りください」

「ウォーディガーン殿とは一年ぶりの再会なのに!?」

(あれ? というか本人だよな? ちょっと前会った時と違くない?)

 俺は当惑。メアリーは険悪。執事は見学。当主は迷惑。

「おほん」

 咳を一つ。落ち着いたところで本題に入っていくレムス公爵ジェームズ。

「アゼリオ将軍から、君がそろそろ帰る頃だと連絡が来た」

(アゼリオはレムス公爵家との繋がりを維持していたのか…。ああ、レムス王家よりは支援を得やすいからか)

「帰るのならば、我が領地にて預かっている荷物や護衛達をちゃんと連れてかえってくれ」

「それだけのために当主自ら?」

 代理を寄越して話をさせれば済むような話だ。

「もちろんそれだけではない。娘の顔を見に来たのだ」

 何か要件が他にあるのではと思った。が、損をした。でろでろの顔で娘の話を始めそうなジェームズ公爵を真面目な話に引き戻す。

「俺の護衛は?」

「私がかくまっていた。君に会うと伝えたら、この大陸の環境にも慣れたと伝えてくれと言っていたよ。君の事をずいぶんと心配していた」

「そうでしたか。良かった。本当に」

 待っていてくれた。そう聞いて暖かい気持ちになっていく。

 手紙を出せない。使い魔を飛ばすこともできない。公爵領にかくまわれていることも確証を持っていなかったから、噂も拾えない。

 一年間ほったらかしにしていたようなものである。早々に見切りを付けられて、代王国へ帰っているかもしれないと思った。

(よほどフリティゲルンの教育が良かったのかな?)

 流石に俺に忠誠を誓っているから残ってくれたとは思いにくい。外れていれば恥ずかしい。

「さて、すぐにでも我が領地へ出発しようか」

「あ。それなんですが―」

 レムス公爵の誘いを一旦待ってもらい、俺は王宮へ乗り込む支度を整えた。

 真夜中を少し過ぎた頃。

 暗闇の中を走った。一年の北辺の戦いで、魔獣の血の匂いが染みついた。戦場で使う魔術を厳選して制御文字で書き置いた魔術のストックも充実している。

 肉体強化。体中に巡っている魔力を一時的に増強する。ありったけの魔力を制御するために、嚴重、緻密、強力な制御文字を書いていく。

 シンゲツの力をも全開にして、制御術式を書き上げた。

「おいそこ、なにをやっている」

 明かりを持った衛兵がこちらに気が付いた。

(ん? 何と言われれば、困るな。俺が今からやろうとしているのは何だろう?)

 犯罪行為というのではつかみどころがない。

「おい、こいつ不審な動きをしてるぞ」

「動くな。こんな夜更けに何をやっているか知らないが、とにかく不敬だぞ」

 しばらく考えて、思いついた。

「反逆する」

 轟音。

 王宮の防壁が崩れた。魔力量にものを言わせたおおざっぱな術だ。ギルダスに怒られてしまう。

「まあ、俺はこれでいいかな」

 土埃とざわめき。

 魔術で宙に浮く。明るい王都は大騒ぎ。真夜中だというのに、起きていた町の住人が多い。

 さっさと出てくるはずの衛兵は、中々出てこない。先ほど声をかけてきた当直の兵が泡を吹いて伸びているだけである。

(魔力の余波を浴びて目を回したのか。代王都が魔力災害に飲まれた時に起きた現象の軽い状態かもしれない)

 野次馬よりも足の遅い衛兵のおかげで意外と時間があった。なので、制御文字の仕込みをしながらレムス王を探す。魔力が複数集まっている場所でなおかつ反応の強いものはどこだ。

「見つけたぞ! あいつだ!」

 俺がレムス王を見つける前に、兵士と、恐らく魔術師が現れた。

「死罪に値する!」

 とりあえず魔術で防壁を三重に貼った。物理、魔術、精神の三つの防御用だ。それぞれが三層構造になっている。この魔術は上手くできる。遊牧民相手に散々使ってきた魔術なのだ。

「かかれ!」

 号令と同時に弓矢、魔術が飛んでくる。しかし、防壁に全て阻まれた。威力、射程共に防壁を突破できるような戦士はいないと見た。

(一応警戒はしておくが、先ずはレムス王の居所を探さねば)

 複数の魔力反応がある場所はいくつかある。困ったことに、そのどれもに強い魔力反応が寄り添っている。これではどれがレムス王なのか分からない。

 細い記憶を辿って王宮の構造を思い描く。代王国の王宮で代王の居室があった場所。そこと間取りが似ている部屋を調べる。

(夜明け前には帰るつもりだったが、探すのに時間を食えばメアリーを待たせることになってしまいそうだな)

 戦闘中、余計なことを考えていたのがまずかった。

「しまった」

 この場から離れて行く魔力の反応が複数。方向はばらばらだ。そのどれもに高い魔力の反応を感じる。

(囮を使って逃げるつもりか!?)

 慌てて頭を巡らせて、頭の中で何かが引っかかった。

 こういう違和感は自分の中から出てくるヒントだ。だから大切にした方がいい、そういったのは誰だったか。

(そうだ。ヘンギストだ)

「いいか、殿下。喧嘩の時の大事なのは不意を突いて一撃で仕留めることだ」

「それは暗殺なのでは?」

「戦いなんてどれも同じさ」

 そこでオイスクが割って入った。

「殿下。若の言うことを真に受けないでください」

「いや、真に受けてもらいたいんだが」

「戦いを生業にする者ならばともかく、殿下の立場では、自ら戦う術を持つことは望ましくありません」

「あれ? 今剣の稽古をしてたのを全否定された?」

「もしもの備えとしては有用でしょうが、あくまで備えです。殿下自ら剣を振るう時は、間違いなく負け戦でしょう」

「でしょうね」

「ですから、戦術としてではなく戦略としての戦力を蓄えた方が良いと思います」

「ほう」

 またヘンギストに話す順番が回ってきた。

「そう、そこで不意打ちか一撃必殺なんだよ」

(一撃。必殺。もしくは戦略的な戦いを…!)

 準備しておいた制御文字、それらで書いた魔術式は魔力を溜める効果を持つ。

「記憶検索。該当情報適応。素体形成」

 防御壁に当たる攻撃が激しくなっていく。それでも、十分な強度を持たせている壁を信じて、集中力は乱さない。

「疑似生命創造」

 教えてもらった中で最も高度な魔術。使い魔の創造。たっぷりと時間がかかったが、それでも目標が射程圏内の内に使い魔を揃えた。

「かかれ」

 指示を飛ばすと、魔力で作られて命令を入力された使い魔が飛んでいく。きっちり目標の数だけ、的確に目標を抑え込む。

 闘いにもならなかった。

 対人の戦法、戦術は磨き上げていようとも、魔獣との戦いを経験していない連中とは勝負にもならない。弓の間合いの外から攻撃をかけ、鋼よりも固い体で防御し、死角を突く一撃で無力化する。

 薙ぎ払われ、巻き取られ、溺れさせられ、取り込まれた。

 注意深く探索を続け、動く者がいなくなったことを確認する。

 最も激しく戦闘が行われた場所でレムス王の居所が分かった。魔術で中空を移動し、その眼前に降り立つ。

「化け物」

 激しく抵抗した護衛は地に伏している。

「レムス王を出してもらおう」

 無言で、襤褸切れに身を包んだ男が前に出る。影武者である。

 その背後に控えている者の中に、強い魔力の反応を持つ道具を身に着けた者がいる。本人の魔力は弱いが、その者が持つ道具には多くの魔術が掛かっている。

「話をするだけだ。大人しく王を出せば危害は加えないと約束しよう」

「我がレムス王である」

 影武者を使い魔が食べた。水の身体を持つ使い魔は大きく体を引き延ばし、男の身体を取り込む。男は呼吸ができずに暴れていたが、しばらくすると口を押えて動かなくなった。

「レムス王。護衛がいなくなってから出てくるのが望か?」

 しっかりとレムス王を見ると、その男は観念したように護衛の前に出る。

 俺と向き合った。

「長々と話すつもりはない。言いたいことは一つだ」

 相変わらずくたびれた様子のレムス王は、何の感慨もなくこちらを見つめてくる。一言も発することなく、俺の言葉を待っていた。

「代王国は、レムス王国より独立する。面倒な手続きも、交渉も、その全てを破棄して一人立つ」

 レムス王は何も言わない。

 護衛の者達も言葉を発しなかった。使い魔の中にいる影武者の鼻から、気泡が漏れる音がしている。

「代王国は、レムス王家への義務を全て破却する。魔獣の献上。税金の支払い。軍役の負担。人員の受け入れ。あらゆる植民地的責務を放棄し、以降は対等な関係によってのみレムス王国との関係を構築する」

「元代王よ。お前はいったいどのような権限を持ってその言を述べる? 今のお前は、王族ではあるが、それ以上でもそれ以下でもない。ただのウォーディガーンだ」

「俺はこれから代王国を新たな国にする。その国の王として、レムス王へと今の宣言を行った」

「狂したか。ウォーディガーン。存在しない国の王など、いかほどの価値があろう。ましてやその言にどれほどの重みがあろう」

 疲れた声に疲れた口調。ため息のようにしか聞こえない言葉が、何故が俺には真っすぐに届く。

「―」

「価値。重さ。いずれも連綿と続くことによって生まれ出るものである。故にお前の言葉は私には届かない。どちらも備えていない者に、人がついてゆくことは無い」

「レムス王。耄碌したようだな。価値も重さも要らない国を、俺はこれから作るのだ。己の力以外何も持っていなくとも、人はあらゆる望みを叶えられる。新たなものが生まれる国を、俺は新たに生み出すのだ」

「大言壮語も甚だしい」

「如何にも」

「無謀であろう」

「今はな」

 気負いも、緊張もなく言い切ることができる。父に言われたこと、竜騎士に拾われて託されたこと、ヘンギストとオイスクが望んたこと、ベーダが願っていること、ギルダスが求めていること、何より、西大陸には西大陸のやり方がある事。

 全てひっくるめた一言。

(それを、今―)

「俺は願う者全ての望みを叶える王になる」

 はっきりと、俺の向かう先が見えた。

 そこから先は、長い話になる。

 荷物をまとめ、港に向かう。道中、反逆者として追われつつ、船を港で調達した。海を抜け、魔獣と戦い、従えた。

 西大陸では第二王子と戦い、反乱を起こした領主と戦い、国境に迫る鬼、巨人、樹人と戦った。

 魔人は国に溶け込んだ。

 レムス王家には無視されたままだが、敵対関係には至っていない。

 メアリーとの間に、三男一女を儲けた。

 国は、魔と人によって栄えている。

 そうしてもうじき俺は死ぬ。

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