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九王記  作者: 荒木小吾
断章 反逆者たち
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47話 議論

「まず、身支度を整えてきなさい」

 テフロム・アゼリオと全力の打ち合いをしたせいで、私とアゼリオの前身からは湯気が挙がっていた。

 館の女主人、レムス・メアリーの自室に案内されることになったのだが、鶴の一声で一旦身支度を整えることになった。

 レムス公爵の館は広大だ。この国で二番目に大きな館だ。手入れの行き届いた廊下を進むと、館の中に隠れるようにレムス・メアリーの部屋がある。

 疲労困憊で館にたどり着いてから六日目である。

 汗を拭き、清潔な着物に着替え、メアリーの自室へ向かう途中。

 動けるようになってきたという護衛達の様子を見に行った。

「おっ、へいかじゃん。元気してたか?」

 黒鉄の肌を持つオドアケルが真っ先に私を見つけた。

「いやー。五日も寝てたから、すっかり体が鈍っちまってよ」

 がははと笑うオドアケルは、そう言って、破骨棍と呼んでいる、背丈ほどもありそうな棘付きの棍棒を振り回してみせた。

「陛下。護衛の約半数は問題なく活動できると思います」

 いつの間にかオドアケルの傍にアラリックがいた。音もなく動く毛むくじゃらの少女は、触り心地のよさそうな耳と尻尾をぴくぴくと蠢かしている。

(いつか触ってみたい)

 そう思っているのは内緒だ。

(愛騎ペルシュロンの羽毛に勝るとも劣るまい)

 騎獣のペルシュロンは、魔獣の大軍勢に突撃して以来の相棒だが、船旅が苦手なので今回は留守番である。

「陛下」

「へーか」

 動けるようになった護衛の魔人達と言葉を交わす。

 今回東王国へやって来たのは私も含めて二十人。護衛が十九人で、うち二人は側近のベーダが太鼓判を押す治療魔術の使い手だ。残りの十七人はそれぞれ姿かたちが通常の人種とは異なる。

 側近であり、魔術の師でもあるギルダスと話した結果、魔人種という新たなくくりで考えることが妥当であるとした。

(今回の渡航で魔人の存在を認めてもらおうとも思っていたが、まさかこれほど東王国の王が遠い存在だとはな)

 西大陸を留守にしてひと月半を超す。半代王勢力が決起して集結しているというし、滞在期間を延長するなどできようもないが、王に会って代王位の継承を報告することもできない。

(最悪、置手紙をしていくか?)

 謁見を得ずに位を継ぐなど前代未聞であるが、いざとなればそうするしかない。その場合、代王の正当性は地に落ちることになり、西大陸の代王国ではさらに反乱が激化するかもしれない。

 代王が東大陸の王から封建を受けているからこそ、西大陸の人種はレムス王国の一員としてまとまっていられる。いざとなれば、代王には東大陸のレムス王が味方するからだ。

 軍を出したという記録は、五十年ほど前のものが最後になっているが、物資や資金の支援は時々行っていた。

(それが無くなるとすれば、現在代王都を中心として、かろうじてまとめている地域の領主たちも独立を目指すだろう。反乱を起こした三人の首謀者も、将来反乱を起こすであろう者達も目指すのは一つ、代王の位だ)

 代王は別に世襲制と決まっているわけではない。ほんの百年前に作られた、西大陸という新大陸をまとめる役職名に過ぎない。当時、つまり初代代王が上手く立ち回ってその位を得て後、大きな問題を起こさずに来たことから、ロムルス家と名乗ったレムス公爵家の分家の人間が代王を継いできた。

 別に法律で決まっているわけでもないし、私に西大陸をまとめる能力があるかどうかは未知数なのだ。だから、私ではない誰かが代王になってもおかしい事は何もない。

(いや、やめよう。後ろ向きの事を考えるのはもっと先だ)

「ちょっと館の主人に呼ばれているから、もう行くぞ」

「ああ、メアリー様に」

 緑の触手を体中から生やした者がメアリーの名前を出した。

「なんだ。知っているのか?」

 少し驚きだ。

「はい。時々やってきては話をしましたぜ」

 横から、私の膝丈程度の身長しかない者が言う。

「どんな?」

「大したことじゃないよ。生まれはどこだ、とか」

 青肌でしっとりした肌の者。

「家族は何人いる? とか」

 鉄を容易に切断できそうな大あごを持つ者。

「特異なことは無いかー? とかな」

 八本脚の者。

「そう、か。ありがとう、行ってくる」

「いいや。こっちこそありがとうだ。陛下。魔力の使い方なんて考えたこともなかったからな」

「いいって事さ」

 護衛達はずいぶん元気になっていた。

 肉体強化の魔術を使うように、魔力を無駄なく体内を巡らせる。その方法を治療師達と一緒に魔人の護衛に教えてきた甲斐があった。

(何も変えられない訳じゃないんだ。できることを一つ一つ積み重ねるしかない)

 レムス・メアリーの自室。既にアゼリオは来ていた。

「あなた方、馬鹿ですね」

 メアリーが口を開くと、いきなりぴしゃりとやられた。

 そこで咄嗟に言い返さないだけの分別は持ち合わせている。アゼリオも言い返さない、お互い、ひとまず出方を見極めようとしていた。

「大して付き合いのない方のところに毎日毎日押し掛けて、王に会わせろと無理難題を吹っかける」

 指折り私とアゼリオの言動をあげつらいながら、部屋の中をぐるぐると歩き回るメアリー。

 ようやく落ち着いたのか、座り心地のよさそうな椅子に体を落ち着けた。

「私のところに苦情が来ています」

 椅子の脇にある小机には、十数通の手紙がある。

「苦情なら直接俺に言えばいいものを」

 アゼリオの言には全面的に賛成したい。何度か館へ出向いているのだから、その場で文句の一つでも言えばいいだろうに。

「あなた方、自分の背負っている物を考えたことはありますか?」

「ん?」

「は?」

 メアリーが大きくため息をつく。館の使用人が茶をいっぱい持ってきて、女主人はその香りを深く吸い込んでから少し口に含んだ。優雅なマナー通りの振る舞いである。

「アゼリオ将軍。あなたは遊牧民からの侵攻を打ち払う武人です」

「そうだ」

「その背後には、当然防衛のための軍事力があります」

「そうだが…?」

「なんの武力も持たぬ者からしてみれば、付き合いのない前線の軍人が無茶な要求をしてきた場合に、脅されていると感じるのです」

「しかし、礼儀正しく振舞うようにしたし―」

「お黙りなさい。あなたが意識しようとしまいと、その振る舞いには北方の守りを固める軍事力が付いて回るのです。自分の中だけの礼儀正しさなど相手に伝わるわけもないでしょう」

「―なら、どうすれば」

「次はあなたです。ウォーディガーン代王」

 アゼリオの質問には答えず、私に口舌が向く。

「はい」

 思わず背筋が伸びた。

「あなたは西で貴族の振る舞いを学んだはずですよね?」

「はい」

「なのにどういうわけでいきなり買収などをしたのですか」

「それは、その方が効果的なので」

「ではなぜ、魔獣の品を渡した?」

「手持ちがそれしかなくて」

「レムス公爵家の権限の中に魔獣の品を取り扱うものがあるのは知っていますね?」

「それは―」

「あなたはそれを犯しました。レムス公爵家の庇護を受けながら、その権力の一部を他人に譲渡しようとした」

「そんなつもりは―」

「あなたの内心は問題ではない。どのような行動をしたのかが問題なのです」

「しかし―」

「世の中は、万人に見えるもので動きます。内心は見えず、行動は見える。お分かり?」

「分かりました」

 アゼリオと私が同時に応える。

「東大陸の王に会うことは難しいということか」

 嘆息。賄賂さえ使えばどうにでもなると思ったが、見通しが甘かったということだ。

「その通り。代王を名乗りたいと思うのならば、事前に交渉の使者を出し、きちんとした使節を組織するべきです」

 国の代表としては、身軽が過ぎていたらしい。

「あなたは代王の位を継承したいと考えているようですが、その交渉を全て行うには学識が足りません。多少魔術には詳しいようですが、知識とは魔術のみにあらず」

 お説教を聞きに来たわけではないが、メアリーの指摘はもっともなことだ。

 思えば、魔術と剣以外、まともに学ぼうとしたことがあっただろうか。

 引きこもっていた部屋では魔術に関する本ばかりを読み、空想の中に逃げ込んでいた。

 魔獣との戦いの中で剣を学び、戦場で生き残ってきた。しかし、自分がいる場所はどこだ。自分の部屋ではなく、ましてや戦場ではない。

 ならば、どちらの理屈も通用しないのは当然の事ではないのか。それなのに、私は、自分の中で作り上げたルールに縛られて、それが通用しない相手に対して腹を立てていただけだ。

「未熟極まりない。心底恥ずかしい」

 ぼそりと呟いたその言葉をメアリーが聞きつけた。

「反省が生まれたのならば、もう何も言うことはありません。事情は父からの手紙で承知しています。もう残り日数も少ない、早く西大陸へ帰るとよい」

 冷たい言葉で、恥じ入ってばかりの自分の中に、冷静な部分が戻ってきた。

「それはできない相談です。メアリー殿」

 未熟。それでも、自分に課せられている物を放り投げたりはしたくなかった。そうしてしまえば、私は何もできない引きこもりでしかなくなってしまう。

「我が領地、西大陸代王国では反乱が起きています。それを静めるためにも、私は王に認められた大王でなければならない」

 メアリーは眉一つ動かさない。埃が落ちた時の方が激しい音がしそうな様子で瞬きをした。

「内内の情報ですが、王宮の内部であなた方ロムルス家の支配を取りやめようとする動きがあります」

 帰ってきた言葉に、息がつまった。

「なんの、ために?」

 息がつまった。それでは、目的と正反対の事が起きようとしている。

「代王国領からの交易品と献上品がこの一年全く届きませんでしたから。能力を疑われても仕方ありません」

「報告の書は送ったはずなのに、なぜそんなことを…?」

 私の呟きに、アゼリオの舌打ちが帰ってきた。

「代王国の事情など考えるわけがないだろう。王宮は自分たちの事しか考えない」

「その通り。それがこの国の王という存在です」

「ふざけたことを」

 ぞわり。

 魂の奥底で、よどんだ魔力がにじむ。

 この感覚は懐かしい。シンゲツの魔力を制御できない頃、体の中に二つの魂がいた時の感覚に近い。しかし、あの時とは違って、私の中に俺はいない。

「怒りましたか? しかしその感情には何の意味もありません」

「そうやって王宮以外に暮らす者を馬鹿にし続ければいい。そのうち痛い目を見ることになる」

 目の前にいるのはレムス公爵家であって、王宮の人間ではない。しかし、言葉が口を突いて出てしまう。

「あなたがどうこうと言ったところで、西の代王国ロムルスは東王国レムスの属国。植民地に過ぎません。従わなければ即ち悪。滅ぼされるのみです」

「…それでも」

「それでも良いと? 国民が自らを悪と思うことがどれほど惨めなのか、想像できないほど愚かではないでしょう、代王陛下?」

「王宮の連中が侮ったのは、西大陸の民の願いだ」

「どれほど崇高な思いであっても、力を持たない者は、持つ者に対して無力であり、そのすべてが悪となることもあります」

「ならば俺は、悪の味方でありたい。他人を捻じ曲げる正義よりも、願いをかなえる悪でありたい」

 いつだったか、昔私の中にいた俺が、にやりとしたような気がした。

「悪はいつの時代も滅ぼされるものです」

「ならば俺は正義であろう」

 すっと、口から俺が出てきた。自分の呼び方を変えただけなのに、何かひどく新鮮な気がする。

「…なにを言っているのですか?」

「正義と悪は一つではないということだ」

 彼女と話をしていて、見えてくることがある。

 代王国の独立。代王ではない、王の即位。

「かつてレムス王国の高祖は太陽神殿の神官であり、古の九王、日輪に仕える者であったという」

「今では語られることすら珍しい建国の伝説が、何の意味を持つというのです?」

「この伝説を俺が知ったのは、とある九王をこの目で見た後、古い文献を読んでいた時だ」

 太古の王。九王の一人、その配下に代王国は滅亡寸前まで追い詰められた。何か奴らの手掛かりがないかと調べるうちに、いくつかの古い伝説にたどり着いた。

「初代レムス王は、力を落とした日輪の王に対して反乱を起こし、その地位を奪った」

「だったらどうしたというのです? 反逆が正当化されるとでも? そんな実在も定かではない―」

「実在はする。俺は見た。太古の王、九王が一人、月影の姿を」

 沈黙が、下りた。

 アゼリオは信じられないといったように首を振り、メアリーは眉をしかめた。

 指先に魔力を集中。細い糸のようになった魔力が宙に二つの魔術式を描く。

「今から、月影に関する記憶を追体験してもらう」

「俺たちに魔術をかけるつもりか」

 アゼリオが色めき立ち、

「やってごらんなさい」

 メアリーが平然と言い放つ。

「メアリー様。得体のしれない者の術に付き合うおつもりですか?」

「恐れるなら止めはしません。そこで見ていなさい」

 何処までもさらりとしたメアリーの度胸を見て、北の武人は否とは言えなかった。アゼリオはそういう、人の覚悟や器の大きさには敏感に反応する。

(俺も覚悟は伝えたが、アゼリオの覚悟を否定した。だから認めてくれないのだろうか)

「なら俺もやる」

 魔術式が完成されて、二人の身体に張り付き、発動する。二人は魔術を使えない、だから、さしたる抵抗もなく魔術は発動できた。

 月影に関する記憶。代王都で奇妙な魔力の流れを感じたあたりから、漆黒の魔力の繭を見たあたりまで、記憶を見せた。

 魔術は一瞬で終わった。

「―」

「なんだ…。いまのは…」

 汗を噴き出した二人に対して言い放つ。

「今見たのが、九王という存在だ」

 メアリーの傍に控えていた使用人が、汗を拭う布を差し出した。

「茶を持ってきなさい」

 命じられたままに、茶器が準備された。入れたてのようで、湯気を上げている。メアリーはそれを、香りを楽しむことなく、一息に飲み干した。

 相当熱いはずなのだが、相変わらず表情には出ない。それでも、気を静める効果のある茶葉を使ったために、噴き出ていた汗は止まりかけていた。

 アゼリオは、熱い茶をちびりと口に含んでいる。

「メアリー殿。お分かりいただけたと思う。見てもらった月影という名の王は眠りについている状態の物を追い払っただけなのだ。他に存在する八人の太古の王が現れないという保証はない。このままでは、人種の社会がいずれ致命的な被害を受けることになる」

「九王はどこにいるのかもわからず、現れる時には深刻な災害をもたらすということですね」

「そうだ」

 そこでアゼリオが茶器を置いた。

「今の話をちゃんと王に伝えるべきだろう。代王の魔術で記憶を伝えられるなら、十分に脅威を認識させることができる」

 アゼリオの汗は引かない。戦士としての感覚がそうさせるのだということが、俺には想像がついた。戦って勝てる相手ではないというのが、実感として分かるのだ。

 逃れられない死刑宣告に等しい体験だったはずだ。

「そうかもしれないが、それはできないだろう」

「そうは言っても―」

 アゼリオは汗も拭かずに言葉を続ける。

「王宮の中で魔術を使うことはできない。何人も、武器を持つことはできない」

「例外なんていくらでもあるだろう?」

「例外を認めさせるのは時間がかかります。王宮に絶対の権力を持っている者でない限り、例外を例外でなくすることは大変な手間がかかるのです」

「それでもやるべきなんじゃないのか? こんなこと言いたくはないが、今のレムス王国じゃあ、遊牧民との戦いを早く終わらせて、戦備を整えたとしても勝ち目の薄すぎる話だ」

 アゼリオの形相が変わっている。

 今すぐにでも王宮に突撃しそうなアゼリオをメアリーが留めた。

「正面から頼んでも駄目だと分かっているから、あなた達は王の取り巻きを買収しようとしたのでしょう? 今更どこに何をしに行くというのですか」

 道理は、その通りだ。危機感にさいなまれても、アゼリオは冷静さを失っていない。メアリーの制止に耳を貸した。

 アゼリオが俯いてぽつりと漏らす。

「しかし、このままでは俺の故郷が危ない」

 アゼリオから故郷の話を何度か聞いていた。

「俺の故郷か? 良い所さ。どこまでも地平線が広がっていて、獣も草も多い。土は豊かで、水もうまい。何より、強い女が多い」

 アゼリオは最後のところで、首から下げた指輪を触った。

「俺の婚約者も強かった。俺より強かった。遊牧民の軍を相手に、十人足らずで十日間村を守り通して死んだ」

 アゼリオの指には、同じような造形の指輪がはまっている。

「遊牧民どもは、彼女の死体を切り刻んで晒しものにした。俺はあいつらの集落のいくつかを回って、そこにいた全員を同じ目にあわせてやった」

 俺は馬鹿だ。

 アゼリオから、遊牧民への憎しみの深さと、身内への情の熱さを聞いていたのに、それを踏みにじることを言ってしまった。

(何も言わず、ただアゼリオの復讐を見届けていれば、全てが終わった後でアゼリオの友になることもできたはずだ)

 過ぎてしまえば、あっけないような時間だった。そこに現れていた思いを、俺は無視した。

(すまない。アゼリオ。分かったようなことを言って)

 言葉に出して謝ってしまえば、アゼリオが否定したことを認めてしまう。それは、代王として、とてもできることではなかった。

 だから、謝罪の言葉を思い浮かべただけだ。

 状況を整理しよう。

「代王国は内乱が起きている。あまり時間をかけてはいられない」

 メアリーが顎の先を指で叩き出す。

 とん。とん。とん。とん。

「東王国の事は、俺にはどうすることもできない。せいぜい、代王国を盤石のものにするくらいだ」

「代王国の防備が固まれば、それに対応する形でレムス王国の防備を固める方向性も生まれるだろう。中央のうるさいのが九王への対策に気を取られれば、俺も北の防備を固めやすくなる」

 とん。とん。とん。

「太古の九王に対抗するには、少なくとも国単位の力がいるが、それを認識している王はいない。だから早く正式な位を持って帰り、西大陸をまとめ上げねばならない」

 とん。とん。

「しかし、レムス王に会う手立ては失われた。このままでは手ぶらで帰る羽目になりかねない。そうなれば、待っているのは血みどろの平定戦だ」

 とん。

「分かりました。一つ、手を打ちましょう」

 メアリーが平静極まる声を発した。

「それは、どのような?」

「レムス王陛下を引っ張り出すそれなりの行事を執り行いましょう」

 大規模な行事には王が公務として視察することがある。

「今からか? 代王の滞在期間はあと五日もないぞ」

「ええ。なので、可能な限り資源を少なく、簡潔に、それでいて重要な行事を執り行いましょう」

 いやにもったいぶる。メアリーでも、いい思い付きを見せびらかしたくなる時があるようだ。

「そんな都合のいい行事があるのか?」

 アゼリオの合いの手が入り、氷のように無表情ながらも、メアリーはどこか得意げである。

「ありますとも。それは―」

「それは―」

「そ、それは…」

 俺もつられて合いの手を入れてしまう。

 十分に、たっぷりと間をとって発せられたのは、これだ。

「結婚式です」

 ちょっと待って欲しい。

「ちょっと待って欲しい」

 そう思ったし、実際にそう言った。

 この人、真顔ですごい事を言い出した。アゼリオの顔が印象的だった。冗談だと笑い飛ばしたいのに、無表情のせいで笑いが出てこない。

 そんな顔だった。

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