43話 腐敗
東大陸。港町。一の都。
交易の基地であると共に、レムス大陸が誇る海軍の基地でもある。遠目に、大きな帆を張る軍船が見えていた。
南大陸、西大陸、東大陸、内なる海の群島の物産が入り混じり、市に並び、旅人が交錯し、軍人が闊歩する。
海流の影響で年中暖かく、雪など降ったこともない街。
その港で今、私は入国審査の真っ最中である。
反逆者扱いさせるかもしれないと身構えていたが、今のところその素振りは見られない。
「ほう。あなたが第三代ロムルス代王であらせられると?」
西大陸からの航海を終えた中型船は、今だ波に揺られている。
甲板の上。
目の前には、部下ぞろぞろを引き連れた髭の男。船も部下も、馬鹿のように厳めしく、もったいを付けて武装をしている。
民間船の入国審査に軍船を寄越す馬鹿がいるか。
アルフォンソがいれば、怒鳴りつけただろう。
それもそのはず、一目見て、典型的な東大陸の軍人だと分かるのだ。
まず、太っている。
次に、腰に吊った剣の重みで体が傾いている。
最後に、民間の中型船に、重武装の二十人で乗り込んで来ようとした。
どれもこれも、私がかつて怒られたことにつながる。
船が傾くと船長が説得し、隊長らしき髭の男と他四人で乗り込んでくる。偉そうに髭をこねくり回し、私に視線を合わせる。
小僧。与し易し。と顔に出た。
癪なので、代王国の家紋入りの短剣の柄を、目に入るように動かした。
にやにやした顔に、困惑の表情が浮かぶ。
見慣れぬ船が来たから、小遣い稼ぎに出てきたはいいが、予想外の人物が乗っていて、身の振り方を考えている。という所と見た。
この手の連中は、下手に出るとつけあがる。
あくまで高圧的に、威厳をもって押し通る。
(王宮仕込みの顔色伺いも役に立つな)
腐っても王族の端くれなのだ。この手の人間の扱いには慣れていた。
「そうだ。正式な即位はまだなので、代王の代理人ということになる」
「失礼ながら、お歳は?」
やる気のない口調で喋るたび、もごもごと口ひげが動く。
「…二十一」
「身分を証明できるものは、先ほど提出いただいたもので全てですね?」
「そうだ」
「…ふうむ」
口の中で、何かごにょごにょと喋っているが、聞こえない。口ひげが動いているのを見るばかりだ。
「隊長。陛下のお連れになっている者達ですが―」
口ひげの隊長の背後から、部下が何か囁く。
「なんと。本当かね?」
「はい」
西大陸出身の護衛達は、一番初めに身元を改められていた。全員、出発する時に代王国が発行した身分証明書を持っている。
見るからに怪しい格好の下に、異形が隠されている。
ケチをつけ易いと見て、真っ先に調べたのだろう。しかし、全員身元ははっきりしているのだ。
(こっちは、足元を見られないように何か月も準備してきたんだ)
船の中で、散々東王国の状態は説明したので、オドアケルでさえきちんと書類一式を持っている。
「しかしなあ。突然現れて、陛下と名乗られましてもなあ」
ケチのつけようはない。
使者の証は瓦礫の中から引っ張りだした。身分を証明するものは、これでもかと揃えている。
さっさと通せばいいものを、この髭はいつまで経っても、もごもごしているだけだ。
「前例が、どうにもなあ」
ちらちらと私に目をくれる。
賄賂を欲しがっている。
「前例ならちゃんとあるだろう。東大陸の使者が到着した場合、レムス公爵家の者が監督し、速やかに王都へ案内すること、それが決まりだ」
「おや、お詳しいですね」
あたりまえだ。誰だと思っている。
(さっさと通せばいいものを、そうまでして賄賂が欲しいか。この髭は)
「しかし、時期がどうにも」
「西大陸で異変があり。使者の派遣が遅れてしまった。報告書に目を通すか?」
懐から、目を通すだけで丸一日は掛かりそうな巻物を見せた。
「それは、事情によります」
「その事情を説明する用意はある。しかし、時間がかかるぞ。一日では足りないほどにな」
言外に、そんなに長い間港への通路を塞いでいていいのか、という意味を込めている。
(いいからさっさと上陸させろ。若造だからレムス公爵と切り離して脅かせば怯えるとでも思っているのか。この髭は)
不満は心の内に秘め、あくまで紳士的に、上げ足を取られないように粘り強く、かつ、威厳をもって対応するのだ。暴言などもってのほかである。
(さっさと終わらせたい。かえって魔術書のひとつに目を通した方がよほど時間を有効に使えるのに)
塞ぎの虫が顔を出す。
引きこもりの欲求を押し込めた。
「…分かりました。軍の詰め所までご同行をお願いいたします」
「断る。あくまで折衝はレムス公爵家と行う。軍の管轄する事象ではない」
突っぱね続けてどれほど時が経ったか、ようやく髭が折れて道を開けた。
「…失礼いたしました」
「ああそうだ、隊長」
自分の船に戻ろうとするところを呼び止める。
すっと近づき、手のひらに金貨を握らせた。
「色々と手間をとらせた、僅かだが、手間賃として取っておけ」
途端に髭の顔がにやける。
(分かりやすい奴だ、しかし、話が終わったと思うなよ)
「お前の事はしっかりと覚えた。一の都に滞在している間、何か起きればお前の責任としてレムス公爵家に報告されるだろう」
たっぷりとどすの聞いた声に、シンゲツ由来の寒気のするような異質の魔力を僅かに漏らした。
髭の隊長が、腰を落としそうになってしまう。
「おっと。体調がすぐれないようだ。休ませておけ」
髭の部下が支えに来て、髭が連れられて行く。
「隊長殿、よく覚えておくよ」
囁き声が髭の耳元にだけ届くように魔術を使うと、また髭が腰を抜かしそうになって、軍船に戻っていく。
それから、髭の先導で一の都の宿をとった。
「では、他に何かありましたら私の部下へ。四名ほど残しておきます」
脅しと賄賂が効きすぎたのか、すっかり従順に成ったように見える髭が、宿の手配から、レムス公爵への連絡まで、一から十まで手配してくれた。
軍人としてはアルフォンソに怒られそうな髭男だが、そういうところは如才なくやれる男らしい。
「手間をとらせたな」
「とんでもございません。ウォーディガーン代王陛下」
この変わりようは、恐らく私の身元に確証を持ったからだろう。
先ほど、アラリックが、髭と怪しげな人影が、私に関して話しているのを聞いた。
情報屋から私の特徴を買った可能性がある。
「レムス公爵は今どちらに?」
「首都レムス。もしくは、ご領地の西の都におわすかと」
「良い情報源を持っているようだな」
「恐れ入ります」
軍人などより、諜報に向いていると思うのだが、驚くべきことにこの髭は、この一の都の海軍をまとめている男だった。
つまり将軍だ。
(将軍ともあろうものが、海上で小銭をせびるか)
笑えてくる。
(十年前に来た時も思ったが、本当にこの国はどうしようもない)
護衛の皆は外に出ることができない。風貌が怪しすぎる。
したがって、私も外に出ることはしない。宿に籠りきりだ。公平を欠くからだ。
この辺りの心得もアルフォンソの爺さんに仕込まれた。
窓の外を眺めている。隣にはオドアケル。背後にアラリック。その他は、周辺の部屋に籠っている。
「なあ、へーか。あれはなんだ?」
専ら、話し相手はオドアケルだ。黒鉄の棒のような指先で、店に並んだ天秤を指す。
「あれは金貸しの店だ」
「じゃあ、あれは?」
二人組の旅人を指し示す。小さな体の商人の後ろに、大柄な荷物持ちがくっついている。
「焼き物の行商人だな」
「あっちの路地裏でなにやってんだ?」
今度は、暗がりに視線が向いた。
「役人が賄賂を受け取っている」
「わいろ?」
「金を渡して、自分に都合がいいように事を運ぶんだ」
「あー、さっき髭にやったやつな」
「気づいていたのか」
「まあな。でも皆そうだと思うぜ」
「む。それは少し説明をした方がいいかもしれないな」
金で何でも解決する代王だと誤解されては困る。
(こっそりやったつもりだったんだが、魔人の眼はごまかせないか)
「いえ、陛下」
「うわっ!?」
背後から、突然声がする。
アラリックだった。
「あ、申し訳、ありません」
びっくりされたことが嫌だったのか、獣耳がぺたりとしてしまう。
「いや、少し驚いただけだ。なんだ?」
「皆と、話しました。皆、必要なことだと、思っていました」
「いつの間に」
「移動する間に、こっそり」
「そうなのか」
「今まで生きてきた場所とは、ちょっと違う所に来たと、言っていました」
「確かになあ」
アラリックの言葉に、オドアケルも頷いている。
「さっき見た金貸しって商売も、東じゃああんまりいなかったもんな」
「いるぞ」
「え?」
「金貸しはいる」
「…ふーん」
「オドは、ご飯と戦いしか興味がないから」
「…うるせえ」
宿では、一日三食、暖かい食事が出る。髭将軍が手配しただけはあり、凝った料理が出てきた。しかし、あまりおいしいとは思わなかった。
(野営の時に食べた携行食の方が良かった)
そうしているうちに、ボルテの部下たちは商品の取引を終えて、帰路につくことになる。
「船長。世話になったな」
「もったいないお言葉です」
港まで出向いて見送ると騒ぎになってしまうので、宿の一室でささやかな別れを告げた。
よく日焼けした顔をほころばせて、船長は帰りの船足を説明してくれた。
「ボルテ商会と取引している船主に、話を付けておきました。一月後に帰りの船を出してくれるそうです」
「色々と助かった。ボルテに、よく礼を言っておいてくれ」
「あの方は、言葉はあまり喜ばれません」
堂々とした要求に、無礼を怒るより先に笑ってしまった。こういうふうに直接的な言葉のやり取りが私には合っていると思う。
「そうだったのか。ならば、早く代王国の港を整備しなければいけないな」
言質が欲しいなら、これが最もボルテの欲しい言葉だろう。
「そのお言葉、そのまま伝えてもよろしいですね?」
船長が、笑顔の中に鋭い目を隠して確認を取りに来た。
その剣幕に、一瞬発言を航海したのは内緒だ。
(まあ、いずれやらなければならないことだしな)
内心、それで納得させた。
船長が私の言質を持って帰ってから十日立つ。
一の都に、レムス公爵一行が到着した。
「きらびやかな御一行だ」
四頭立ての車が宿屋の前に停まる。
「陛下。ご準備を。あの御一行が、レムス公爵家領までお送りいたします」
髭がそう急かすが、準備は既に終わっている。
「さっさと行こう」
宿を出ようとすると、あっという間に護衛達が集合する。フリティゲルンの配下の魔人が十七名に、ベーダの信徒が二名。
そろいの外套と仮面をしているので、外見ではほとんど判別がつかない。特徴的な得物を持っているとか、体の形が特別な者は別としてだけれども。
船長の船から下ろした荷物は、荷車に乗せ換えている。
髭の部下が、荷車を引き渡している。
「一応、注意して扱ってくれ。陛下への献上品だが、一部危険なものもある」
レムス公爵家の行列に声をかけると、責任者らしき人物が傍へ来る。
「ウォーディガーン代王陛下であらせられますね?」
「そんなにかしこまった敬語は使わないでくれ。一応親族なんだ」
「かしこまりました」
優雅な一礼を見せてくれるのは、レムス公爵家の年齢不詳の執事であろう。
かつて、東大陸の人物に関しては王宮でたたき込まれた。
十年ほど前の記憶だが、その中でも鮮明に覚えている人物の一人が、この執事である。
年齢不詳。性別不肖。
綺麗な白髪を撫でつけている姿は、老執事と呼んでも差し支えないかもしれない。が、背筋は伸び、一部の隙も無く、何より皺の無い肌もあってかなり若いような気もする。
そんなレムス公爵家の執事は、聞いたところによると、レムス王国執事百選の上位に必ず入っているという。
聞いた時にはどうでもよかったが、実際に目にするとその立ち振る舞いには目を留めてしまうものがある。
「では、お車へどうぞ」
深みのある、少し低めの声だ。男とも女ともつかない。
「護衛達はどうする?」
アラリックに聞いてみると、
「走ってついて行きます」
と答えた。
「陛下のお車はこちらに」
促され、西大陸でもよく見る騎獣に引かれている車へ乗り込む。
「進発!」
髭が部下と共に見送ってくれる。賄賂を渡してからは悪い印象を受けなかったが、あの時出し渋っていれば、相手にされることは無かっただろう。嫌がらせすら受けたかもしれない。
金貨数枚で人の態度も心も変わる。それがこの国だった。
執事の掛け声で、レムス公爵家の一行に加わり、レムス公爵家領、通称、西の都への旅路が始まった。
(あの執事、怪しげな護衛にはまったく驚かなかったな)
魔人と治療師達が騎獣車に走ってついて行くと言っても、表情一つ変えず、騎獣を走らせている。
豪華な外装の通りに、高級な騎獣車は、多少の道の凹凸を感じさせることなく走っていく。
「…」
車内は私一人である。公爵家の執事は御者台に立ち、騎獣を操っていた。
窓の外を眺めるくらいしかやることがない。
「私も走ればよかったかな」
街道はしっかりと整備されていて、野山のどこにでも集落があった。自然のまま残っている森など、ほとんどないし、比例して、野生の魔獣の気配もごくわずかだった。
開発が進んだ東大陸の道を、魔人と治療師達が走っている。走る騎獣車と同じ速度で駆け抜ける彼らを、たまたま目にした人々が驚きの眼で見ていた。
そういえば、魔人の身体能力はともかくとして、治療師達はどのように魔術で肉体を強化して走っているのだろうか。
しばし、観察してみる。
(うーん。肉体強化の魔術は体内に魔力と術式を巡らせるから、外からはよく分からないものだが、それにしても魔術を使っている気配が薄いな。よほど効率的な術式なのだろうか)
ちょっとわくわくしてきた。
もっと、観察を続ける。
「対象指定。視力強化、魔力透視、魔力追跡、歪曲演算」
遠く細かな魔力の流れを見れるように視力を強化。自然の魔力は透過させる。対象の魔力の流れを正確に追跡。人の持つ魔力の核、つまり魂によって歪む私の魔術を補強。
これで、治療師の用いる肉体強化の術を見ることができる。
見よう見まねで術式をいじっていると、じきに車が止まる。
夢中になると時間が経つのはあっという間である。
「陛下。卿の宿はこちらです」
「宿? 野宿でも構わないのだが」
「御冗談を」
一日おきに宿に泊まるという。
「野宿でも構わないし、何なら私の車に疲れた者を乗せて、私が走ることもできるのだが」
「それほどお急ぎにならなくとも、我が主は歓待の準備を整えておられますので、その準備に時間がかかりますから」
きっぱり言われてしまうと、反論する余地がないのがよく分かった。
じれったいが仕方がない。
(ひょっとすると、さりげなく監視されているのか?)
こっそり宿を出てみると、はっきりとしない視線を感じる。
(気になると言えば気になるが、調べてみても仕方がないか? 公爵家がどんな思惑を持っていようと、どっちみちロムルス代王国にはレムス公爵家しか伝手が無いし、下手に手を打って印象を悪くするのも考え物だしなあ…)
ああ、相談相手が欲しい。
宿屋の廊下を何に気なしに歩きまわって、頭を働かせようとする。
やっぱり、ギルダスあたりに付いてきてもらえばよかったかもしれない。こういう時は、考えを言葉に出すだけでもずいぶん違うものだと、館で魔術の勉強をしていた時に教わっていた。
「しかし、相談相手がいなければなあ―」
と、そこで黒い人影が二つ目に入った。
そしてしばらくすると、西の都に到着する。
夕焼けの差す頃だ。
「まずは隠居された先代にご挨拶を」
騎獣車は門番そっちのけで城門をくぐり、まっすぐ巨大な館の入り口に付けた。
「護衛の方々はここでお待ちを」
門の内側に入ろうかという所で、私以外の十九人が足止めされる。
長距離の移動を己の足のみで行った者達へ、ねぎらいの言葉もなくその対応だ。
それでも、十九人は静かに、思い思いの場所に腰を下ろす。
「さ、代王陛下」
執事に促される。
「すまん。もう一歩も歩けない」
私は、門の正面の地面に座り込んだ。
「陛下、お召し物が―」
「あー、これはもう一歩も歩けないなー」
執事が何か言おうとするのを遮った。座り込んだ場所に、寝転がる。
視界の端に捕らえた名も知らない護衛の魔人が、素顔を隠した仮面に下でにやりとする。
「すまないが、長旅で疲れている。門の外まで出向いてもらえるように、ご当主とご隠居に伝えてくれないか? あ、それと、騎獣車に積み込んだ荷物の中に、献上品があるから、それは館に運んで披露しておいてくれ」
白髪、年齢不詳の美形執事を、下から見上げた。
屁でもこいてやろうかと思ったが、流石にそれは止めておいた。
「―かしこまりました」
執事が門の内側に消えていく。
手際よく、騎獣車から騎獣が離され、車が仕舞われる。御一行の面々は、所在なさげに地面に座り込んだ西代王国の二十人を尻目に、各々の仕事場へと戻っていった。
「陛下。どうすんだよ、これから」
さっきにやにやしていた護衛が、近くに座り込んだ。
名前は知らない。
「知らん。が、まあ、とりあえず飯にしようか?」
「ほほー、度胸あるな。こんなでけえ御屋敷の前でか?」
「おいおい、陛下。迎えに来る奴が出てきたらどうすんだよ?」
「一緒に飯でもどうですか? って誘ってやればいいんじゃないか?」
そこでそいつは満面の笑みになった。
「陛下! 気に入ったぜ! やっぱあんたフリティゲルン殿に認められた奴だよ!」
そんな具合に、賑やかになっていく。
皆、陛下の代わりに死んだとき、すぐに忘れてもらえるように。なんてことを言い、誰一人名前は教えてくれなかった。
それでも、楽しい宴が始まった。
「いや、悪かったねえ。フリティゲルン殿に、くれぐれも失礼の無いよう努めろ、なんて言われてたし」
「それと、百万の魔獣を魔術一つで追い払ったとかいう話もあったからなあ」
「ちょっと話しかけにくかったんだよなー♪」
保存食と、安酒の宴会。
しかし、東王国の星空は案外いい肴になった。
「西と東じゃあ、見える星もちょっと違うな」
「確かに。でも、あの星座はほとんど位置が変わらん。なんでだ?」
星の話。
「陛下ー。女はいんのかー?」
「お前こそどうなんだよ。男はいるのか?」
「…」
「…すまん」
男女の話。
「こっちが小柄だと思って油断したんだろーな。気絶した時の顔が面白くって面白くって♪」
「あん時はちょっと腹が痛かっただけだっての! 今やったらお前なんて一瞬だぞ。一瞬!!」
「お? んだとコラ!」
「今度こそぶっ飛ばす!」
喧嘩の話。
「だから、お前は、口の利き方がなっとらんだ!!」
「うるへー。へいかはンなこと気にしねえつうの!!」
「誰だ? こんなになるまで隊長に飲ませた奴は? 出てこい! ぶっ飛ばしてやる!」
張り詰めていた旅の間、こんなやり取りをすることも中々なかった。
「後はこれからどうするかだなあ」
「おら! 陛下も飲めよー!」
突然現れたオドアケルの持つ瓶を口に突っ込まれて、そこから記憶が曖昧になった。
「うーん…。はっ!」
気が付くと、朝だ。朝日が丁度顔に当たって目が覚める。
相変わらず、道の上にいる。
オドアケルが私の腹を枕にしていた。
門前は、人が敷き詰められている。
(あれからどうなったんだっけ)
誰も外套と仮面を外していないあたりは流石にフリティゲルンに選ばれた面々だ。
確か、私が裸踊りを始めようとして、誰かに殴られた。
殴った奴に酒を浴びせて、後ろから反吐を被って、それを魔術で綺麗にして。
「臭いなー」
どれだけ悪酔いしたんだ。一人や二人ではない量の吐しゃ物が、レムス公爵家の門前に広がっている。
「綺麗にしておかないと…」
魔術で、掃除を始める。寝ている連中を踏まないようにするのが大変だった。
「土に帰れ。不浄の物」
ぼうっとした頭でも、身に着けた魔術はちゃんと使うことができる。
「臭いも消しておかないと…」
臭いを分解するのは手間なので、良い匂いを魔術で出して誤魔化した。
だんだん頭が起きてくる。
「ん?」
違和感があった。
しかし、二日酔いのせいで頭が回らない。
魔術で、水と器を出し、三倍ほど飲むと、頭がはっきりしてきた。
「一、二、三…」
門の前に広がる体を数えていく。
「二十、二十一、二十二…」
明らかに西大陸使者一行の人数を超えていて、二十五人で数えるのを止めた。
なんだか、ふらふらする。
(魔術を使ったからか?)
よく分からないが、無性に眠たくなって、地面に転がる。
見覚えのある顔が近くにあるが、思い出そうとするほどに眠気が強くなる。
結局、二度寝を決行した。




