40話 ある農民
代王都郊外の畑。
熱い日差しの光線が、首筋を焼く。
「おら、しがねえ農夫だっぺ!」
「やかましい! あんたそれでも入植者の孫だか!?」
一年前の魔力災害後から、この大陸はおかしくなっている。
飯が無いから、畑に麦を植えた。そしたらぐんぐん育つ。一日で芽が出るなんて、あり得ねえ。どっかおかしいと思ってたけど、一回目の収穫は特に何も起きなかった。
まあ、流石に五日で実った麦だから、皆警戒していたけども、味は前より良くなった。土も痩せず、すぐにまた麦をまいた。あの頃はみんな腹ペコで、魔獣の肉には飽き飽きしていたから、深く考えずにどんどん麦を蒔いていった。
そうして一月が立ち、二月が立ち、と時が流れると、突然、畑から魔獣が現れるようになった。
「私もとっちゃんも皆通ってきた道だっぺ。諦めてさくっとやりんさいや」
「さ、さくっと?」
「んだ。この程度の魔獣をやれねえようじゃ、この大陸ではやっていけねえだよ」
「わ、分かっただよ。かっちゃ」
息子が鍬を構える。
その前には、うねうねと蠢く魔獣がいる。
別に魔獣を狩りに来たわけではない。此処は麦畑だ。そして、魔獣は麦畑に生えてくる。
蒔いたなんの変哲の無い麦が、魔獣になるのだ。魔術師の先生曰く、麦の魂が魔力によって強化され、育ちと味が良くなる代わりに、魔獣になりやすくなってしまったのだそうだ。
なんでも、魔力災害の後に、麦を育てては植え、育てては植えしたのが影響しているらしい。
難しい事はともかく、この国で生きるなら、魔獣との戦いは避けられないのだ。
「そ、そりょあ!」
魔獣から大きく外れて、息子の鍬は畑の土に突き立った。
「目を開けんか! 腰も入ってねえ! ちゃんとやらにゃあ、おめさん死んじまうど!」
息子の尻を思い切りひっぱたいた。気持ちのいい乾いた音がする。
「ふんにゃあ!」
でもまあ、こっちだって魔力災害の前から魔獣と戦いながら畑を守ってきたのだ。この程度のことならどうにでもなった。
魔獣は、根っこのような足で、土地の栄養を吸い上げている。放っておけば、あっという間に畑の麦が駄目になってしまう。
放っておけない理由はそれだけではないが、今はとにかく息子にやらせて、経験を積ませなくてはならない。
「ゲゲゲ!」
「のあっ! こいつ、なんか吐きよった!」
「当り前だよ! 魔獣だって生き物なんだ! 抵抗ぐらいする!」
「母ちゃん…」
ぬめぬめした液体をまともに浴びた息子が、すっかりやる気のなくなった声を出す。
「情けねえ声を出すでねえ! 死にたくないなら、殺すしかないんよ!」
思いっきり尻をひっぱたいてやると、その勢いで息子は魔獣の方へつんのめる。
「ンゲゲゲゲ!」
「ひゃあっ!」
奇声を上げる魔獣と息子。魔獣が頭についている硬い葉っぱを振るい、息子へ攻撃する。
息子は咄嗟に鍬を振り回した。
「グギャア!」
「あ…」
魔獣の頭が潰れる。力任せで、狙いもなにもあったものではない一撃だったが、畑仕事で鍛えられた丈夫な身体の息子だ。力いっぱい振り回した鍬が、魔獣を一撃で殺した。
「…」
「嫌な感触だっただろう? 多分それが命の重みってやつさ」
「…」
息子は、自分の手で握りしめている鍬をじっと見つめている。
「自分が生きるためには、他の生き物を殺さなくちゃならない」
「うん」
「家畜だろうが、穀物だろうが、魔獣だろうが、命は命だ。そこに違いはない」
「うん」
鍬の先から、魔獣の体液が滴り落ちた。
「だからね、食べ物には敬意を払わなきゃならない。明日は我が身かもしれないからね」
「着る物にもかい?」
息子がこちらを向いた。
「そうだね、着るものにもだ」
「他の人には?」
「もちろんさ。偉い人も、どうしようもない人間の屑も、自分と同じ生き物だ。殴れば痛いし、切れば血が出る」
「そだね」
「同じ立場なんだから、堂々と生きな。良いね? 相手の方が強いとか、弱いとか、偉いとか、いいとか悪いとか、そんなことはどうでもいいんだ。大事なのは、どんな生きものでも、自分と同じって事さ」
「うん」
本当は分かっていないだろう。私だって、父から同じことを言われた時にはぽかんとしたものだ。でも、真剣に伝えようとすれば、心の何処かにちゃんと残る。
そしていつの日か、きちんと意味が分かる日が来るってもんだ。
「さ、次は死骸の片付けだべ」
「うええ。ほんとにおらがやらないといかんんずらか」
「んだ。こんなところに死体を置いといたら、収穫の邪魔ずら」
渋々と息子が魔獣の死骸のあたりを掘り始める。しばらく掘ると、死骸を持ち上げた。
「そこん一輪車にのせな」
「うーい」
「そったら魔術師先生のとこさ持っていくっぺよ」
「分かっただよ」
「ちゃんと食えっかどうか聞いて来いよな」
「ういうい」
ガラガラ音を立てて息子が一輪車で魔獣を運んでいく。代王都まで、半日もあれば行って戻って来れるだろう。
昼飯は向こうで食べてくるといい。食堂のある宿屋の娘さんと良い感じなのは、とっくに分かっている。
めんどくさそうな様子を装って、息子の内心はウキウキしているのだろう。
「ふう」
お茶を飲んで一息入れていると、鳴子が鳴った。畑の東外れの方だ。畑の東には森がある。森に現れる魔獣は、暇が無くて誰も退治しない。
空気の感じが変わる。気合を入れた。
「はいはい。分かってるよ」
湯呑みを置いて、鍬を手に取る。
あぜ道を駆けた。
畑と森の境目あたりに、家ほど大きな魔獣達が蠢いている。
「オバサン! コイツら、中々手強いヨ!」
用心棒と畑の収穫の手伝いを兼ねて雇った魔人の女性が、獲物を魔獣の頭から引き抜いて叫ぶ。
彼女は、腕が三本あり、指が六本あり、肌が真っ黄色だ。三本目の腕は、腰の付け根から出ていて、先に掌が付いていなければ尻尾だと勘違いしそうだった。
その他は特に私と違うことは無い。さっぱりした良い娘さんだ。
「集中しな! どんどん出てくるよ!」
「ガッテンショウチ、デスね!」
言葉は怪しいが、腕は確かだ。何でも、鬼人の国を流れ歩いていたらしいが、こっちに知り合いがいて、人手が足りない事を聞いたらしい。人手が足りない土地を回って、稼いでいるのだそうだ。
「アイヤー!」
両手に双剣。後ろの手に大剣を持ち、彼女は魔獣へ突撃していく。
魔獣は、さっき息子がやっつけた奴を大きくしたようなものだった。
「トアー!」
ひょうきんな掛け声と共に、彼女の双剣が魔獣の足を切り裂く。家の柱よりも太い、大樹の根程はある前足が、一本切り裂かれた。
「フンス!」
踏み込んだ足を軸に、彼女は体を回転させる。
魔獣の身体が上下に分かれた。
断末魔を上げる間もなく、魔獣は崩れ落ちていく。
それでも、気を抜くことはできなかった。
「さあ、どんどんかかってきな!」
私に食らいつこうとした魔獣の頭を、鍬で叩き潰した。体液が飛び散る。
「おっとと、洗濯が大変だね。こりゃあ」
「ワオ! オバサン、相変わらずの剛腕デスね!」
「あんたに言われたかないよ」
畑の端には、大きな森がある。かつては畑だったが、人手が足りなくて放っておいたら、あっという間に森になってしまった。
調査に来た魔術師先生曰く、魔力の流れが緩やかになって、池のように魔力が溜まりやすいところらしい。
果物なんかがとれるので、あながち悪い所でもないのだが、時たま多くなりすぎた魔獣が森の外に出てきてしまうのだった。
これまた魔術師先生が言うには、魔力の濃い土地では、魂が魔力で変質し、肉体すら変化させてしまうことがあるのだそうだ。
要は、魔力ってのがただの生き物を魔獣にしてしまうんだ。
「ドンドン出てキマスナ」
前に出て暴れまわっていた魔人の彼女が一旦下がってきた。森の奥から出てくる魔獣は、一向に減る気配がなかった。
「もう少しすれば、村の連中が来る。それまで頑張るよ」
「フエエ、そいつはチョッピリ大変です」
「この魔獣は美味い奴だ。凌ぎ切ったら宴会だよ」
「ノハハハ! 任せてオクンナ!!」
三つ目の手に持った大剣が、魔獣を三枚におろす。左右対称な指のおかげで、彼女は剣の柄を自在に持ち変えられるようだ。
勢いがついた用心棒の魔人を避けるように、魔獣どもが左右に大きく広がっていく。
「くそ、どうしたって人手がたらんちゃ!」
胴体に鍬の刃を突き立てて、土を耕すようにひっかいてやった。
魔獣の腹に収まっている種子が転がり落ちる。
「おばさん! コッチはちょっち手一杯デサア!」
「分かってるよ!」
森の奥から出てくる魔獣は止まったが、横に大きく広がった魔獣達は私の畑に潜り込んでいく。
「こら! 出てけ!」
掬い上げるように、一撃。大きな魔獣の身体が一瞬浮いて、鍬の柄が折れた。
「ああもう!」
刃の付いた方を、魔獣の頭に投げつける。投げつけられた奴はよろけるが、倒れるまでには至らない。私を向いて、気味の悪い鳴き声を挙げた。
そのどてっぱらに、鍬の柄が突き立つ。魔獣は倒れて動かなくなった。
「得物がなくなっつまったじゃないけ」
残りの魔獣は、五十匹ばかりだろうか。
(こりゃあ、種探しが手間取りそうぞな。んでも、一匹ずつ仕留めていくしかねえ)
畑の土に足を埋め、じっと動かない魔獣に徒手空拳で歩みよる。
今にも畑に種を植え付けそうな奴の腹に、思いっきり石を投げつける。叫び声を挙げて首が伸びる、近づいてくる。
私を一飲みにしようと大きく開けた口に、畑の麦がいくらか飲み込まれてしまう。
魔獣の頭を、石を持った両手で上から殴りつけた。数度、思い切り石を振り下ろすと、魔獣の頭が潰れて動かなくなる。
これをあと五十近く。うんざりする気持ちを押しのけて、動きの悪くなってきた体に活を入れる。若い時は一晩戦い続けても何ともなかったものだがねえ。
と、その時。
「おおーい。応援に来たよう!」
「叔母さーん。ダイジョブー?」
近所の仲間が助けに来てくれた。
「ありがとうー! 早いとこ片付けねえと、私の畑がやられちまいそうなんだー!」
「おおう。そいつあてえへんだ!」
「早えとこやっちまいましょうや!」
わらわらと、十数人ばかりご近所さんたちが走ってくる。敵が増えたことに気が付いた魔獣達は、一度逡巡の素振りを見せた後で、畑の土から身を起こした。
「遅い遅い」
全身が黒い体毛で覆われて眼だけが光る魔人が、身軽に魔獣の身体によじ登り、頭を四つに切り分けた。
「畑から、出てけぇー!」
乳の四つある青肌の大柄な魔人が、戦鎚で魔獣を吹き飛ばす。
「そりゃ」
「とう」
鍬と鋤が振るわれて、魔獣が地に伏す。
魔獣を全て片付けるのに、それ程時間はかからなかった。
「ふう」
「お疲れヤンシター!」
「お疲れ」
口々にねぎらいの言葉をかけつつ、魔獣の死骸を森へ運ぶ。埋めずとも、森の生き物がきれいにしてくれる。
四往復もすれば、畑はきれいになった。十人ちょっとで食べるなら、この魔獣一匹でもまだ余るほどだろう。
「種の片づけは、昼飯を済ませてからにしようや」
「んだ」
「そやな」
畑と森の間には、僅かだが草原がある。背の低い草が生えているあたりに、思い思いに腰を下ろす。
「いやー。久々の魔獣退治だったのう」
「そうですね。徐々に感覚は開いているように感じます。私が雇われてからの、ここ数か月の間の話ですが」
「だべなあ。そういや、前はあんまり群れでは来んかったの」
「そうなんです? 私、最近代王都に来たばかりでよくわからなくて」
「んー。その代わり、一年前は毎日のようにちらほらと出てきてたけんどなあ」
「オーウ、結構大事な話デスね。フリさんに連絡シトキマショ」
世間話の合間合間に、麦の粉で作ったパンを噛む。野草と家畜の肉のおまけつきだ。牧場は復活してきたが、畑は不足しているので、野菜はまだ手に入りにくい。
「さ、種探しば始めようず」
「ふー。食った食った」
「ようし。おてんとさんが出てるうちにもう一仕事だな」
うちの畑は、森と接している。その分魔獣も多く出るが、同じように森と接している近所の人たちが手伝いに来てくれる。放っておけば、あっという間に全ての畑が飲み込まれてしまうからだ。
「こっちに種が多いで」
「こっちもさ」
「今回は大勢来たねえ」
「んだねえ」
もちろん、私の畑は被害を受けてしまう。その代わりに、倒した魔獣で金になるところを多めにもらえた。
魔獣の種子は、市で値が付く。それだけではなく、畑の栄養を吸い取って、新たな魔獣が生まれてしまう。
すべて取り切ることは難しいが、できる限り数を少なくしておかなくてはならなかった。
「ハフウ。退屈デス。オバサン、何か他の仕事はナイデスカ?」
「んなこと言わずにちゃんとやりーや。そのうち、あんたさにこれを売りさばいてもらうんだからね」
赤ん坊の拳ほどの、皺皺な球体を掘り起こす。背中に背負ったかごに入れ、次の種を掘り始める。
「ンー。でも、息子サンはあんまり私のことが好きじゃナイデスね」
「関わってるうちに慣れるもんさ。それに、売り上げはあんたにあげるよ」
「マジで!」
「ああ、そだよ。がんばってくれてるからね。私からのささやかなご褒美だっちゃ」
「ワオ! オバサン! 有り難うだネ!」
「さあ、拾っただけあんたの懐に入るんだ。きりきり働きなさいよ」
「イエスマム!」
変わった掛け声を出して、彼女は凄い早さ種を拾っていく。腰の後ろに生えた腕は、見てもいない後ろの種を正確に拾い上げていく。
「籠が一杯になった方はいませんかー?」
「私のを頼むよ」
青肌の魔人に籠を渡す。私より頭二つは大きい彼女は、ひょいと、一杯になった籠を片手でもちあげると、空の籠を渡してくれた。
「相変わらずでかいね、あんた」
「すいません」
「謝ることはねえだよ。大きい事は良い事だ」
「そうでしょうか…?」
「そうだよ。高い所から物を見れるからね」
「それが良い事なんですか?」
「ああ。遠くが良く見えるだろう?」
「は、はあ」
大きいのに、どうにも弱々しい。大きな四つの乳をいつも隠すようにふるまっている。男関係で嫌な思いをしてきたのかもしれない。理由を聞いたことは無い。ただの勘だ。
「あんたには良い所がたくさんある。ゆっくり考えてみんさい。人生は長げえんだ。時間はたっぷりあるべさ」
「はい。有り難うございます…」
消え入りそうな声で、また一杯になった籠を取り換えに行ってしまった。
「しかしおばさん」
「うわっと!!」
びっくりした。
「すまねえ。驚かせたか」
背後に、人型の黒い毛の塊がいる。
「あんた。人に近づくときは前からにせなあかんよ」
目だけが真っ黒な毛の中で光を放っている。体格は小柄な方だが、その姿のせいで得も言われぬ威圧感がある男だ。
「気を付ける」
だが、すまなそうに頭をかく姿には何となく愛嬌があった。
「しかしおばさん。あなたたちは本当に物怖じしないね。俺たちみたいな姿の奴を見ても、怖くないのかい?」
「ははっ。この大陸で暮らすにゃ、見た目に惑わされちゃあ生きていけねえ」
「そうかもしれないが…」
本心を語ったが、納得がいっていない様子だ。
「うーん。そうだねえ。一年前の出来事で色々学んだことはあったねえ」
「魔獣の大群と魔力災害だね」
「そうさ。あの時、何もかも不足していてね。あんたたちみたいな戦士と一緒に戦ったり、とても食べられそうにない魔獣を食べたりしたからねえ。それで慣れたんかもしんねえなあ」
「慣れ、ねえ」
「んだ。私みてえな開拓民の二世は、生まれた時から自分とは違う種族を見て育ってきた。他種族の知り合いも多い。そういう連中は、あんたたちみたいに、見たことのない外見でもあんまり驚かないんじゃないかねえ」
「なるほどなあ」
もじゃもじゃの腕を組んで、ひとしきり頷く彼。私は何だが恥ずかしくなってきた。
「関心なんかしないでおくれよ。学のないただのおばさんのいうことさね」
「いやいや。立派なもんだよ」
「いやいや」
「いやいやいや」
「いやいやいやいや」
「いつまでやってんだおめえたち。手を動かしんしゃい!」
「おっと」
「すんません」
そそくさと手を動かしながら、問いかけについて考えてみる。
慣れていたというのは本当のことだが、戦いの後の彼らの行動も大きかったのではなかろうか。
一年前、魔獣に代王都が襲われた時は、私は魔獣と戦うなんてとてもできない人間だった。大群の魔獣に追われるように畑を捨てて、代王都の中に逃げ込んだ。
あちこちで魔獣に襲われる人たちを見ながら、必死に走り続けた。そのうち、なんとか魔獣の来ない安全地帯に逃げ込んで、怯えて過ごしていた内に戦いは終わった。
しかし、魔獣の脅威が去ったわけではなかった。
陛下の呼びかけに応じて魔獣の群れが去った後でも、突然の魔獣の襲来がしょっちゅう起きるようになった。
畑の麦が魔獣になって土を荒し、林の木々が魔獣となって薪拾いに来た人を襲い、無害な小型の魔獣が突然巨大化して凶暴化した。
軍が出動して魔獣を倒していったものの、数が多く突発的な襲撃に手が回らない状況が変わったのは、魔獣の大群が去ってから一月経った頃、ある出来事を境目にした時だと聞く。
街中に現れた魔獣が、竜騎士の一突きで仕留められたのだ。その光景を見たものは、口々にこう言う。
「あれは、まさしく伝説の一閃だ」
百年前の戦いで、敵味方問わず語り継がれた槍の妙技。
突かれた者は、血を流さず、たったの一突きで眠るように地に伏せる。
幾重に鎧を着こもうとも、騎獣の背に揺られていようとも、竜に乗った騎士の一撃は、逃れられない運命そのものだったとか。
その後、衆目を集めた竜騎士、フリティゲルンはおもむろに兜を脱いだ。
その光景を目の当たりにした者達は、様々な反応を見せた。
肌という肌に、何重にも重なった細い筋。それらが一度に開くと、全身に眼玉が現れる。伝説の戦士の異常な姿に、悲鳴を挙げる者もいれば、じっと食い入るように見つめる者もいた。
ざわめきが続く中、一人の老爺がフリティゲルンに歩み寄る。
「ちょいと、開けておくれ」
年齢がはっきりと分からないほど老いた姿だったが、その声はよく通った。
自然と、道が開けられていく。
「竜騎士殿」
「はい」
少し、二人は見つめ合った。
「天山山脈での戦以来ですね。卿」
「いえ。儂はひと月ほど前にお姿を見ました。相変わらず若々しい」
衆目を気にした様子は欠片もなく、古い友人のように言葉を交わした二人だったが、異形の者と老爺が語る様子は代王都中に広まった。
それから、竜騎士は素顔を隠さずに歩き回るようになった。
魔獣と判別つかぬ姿に、恨みをぶつけようとした者も多かったようだが、皆意気消沈して帰ってくるのが常であった。
彼ら彼女らは次々にこう言った。
「あの人の眼に見られると、思わず背筋が伸びてしまう」
さらに、竜騎士が素顔を晒してから一月も経つと、彼の周りには魔人と呼ばれるようになった異形の者と、若い連中が集まるようになり、魔獣を狩る集団が組織された。
そこで竜騎士に鍛えられた者と各地から集まってきた腕の立つ魔人によって、魔獣はかなり抑え込まれるようになる。
そんな彼らに身を守る術を学ぶ者も多い。かくいう私もこの年になって鍛え直した一人だ。
生き物が突然魔獣になるのは未だに続いているが、倒されて市場に並ぶ魔獣も多くなった。すると、その死体を加工する職人が現れて、それを売りさばく商人が現れる。
種類が豊富すぎるため、同じ素材を大量に集めることはできないが、様々な素材を組み合わせる技が発達してきた。
私の家も魔獣の素材で建てられている。服もそうだし、鍬もそうだ。
今では、商人は大陸中から集まっているし、職人も代王都に修業に来るようになった。ボルテとカダンという名前をよく聞く。
二万人と少しだった代王都の人口が、もうすぐ三万人になろうとしているらしい。最近、畑にも少しずつ人が増えてきた。
「おーい。おっ母! 今戻っただよーう!」
「おーう、お帰りー! ちゃんと魔術師の先生に、魔獣を調べてもらったかい!?」
「ああ、ばっちりだっぺ」
息子が引いてきた荷車には、きちんと解体された魔獣が乗っている。
「そうかい。じゃ、晩飯の支度ばするっちゃ」
「俺もか?」
「ああ、宴会をさすんべ。人手はたらんのよ」
「うーい」
魔人種とか人種とか、難しい事になりそうな予感はあるけれども、いろんな姿形の人が夕餉の支度をする光景は、なんだか眩しいものに見えている。
「おおーい! 今帰ったよーい!」
「とっちゃん! お帰りんさい!」
近くの牧場で家畜の世話をした夫が、魔獣の匂いをぷんぷんさせて戻ってくる。
賑やかな宴会になりそうだった。
「おや、雪だねえ」
数か月前から、天気は突然変わるようになった。
若い連中はすっかり慣れっこになっているが、私はどうにも畑に麦があるうちに雪が降るのは違和感がある。
「大丈夫だ母ちゃん。この雪は朝には止んでる」
夫がそう読んだということは、そうなんだろう。
「そうだろうけどねえ」
それでも、北でしか見たことがなかった雪が降っているのは、どうにも落ち着かない。
開拓者だなんだと威張っていたが、私の頭も固くなり始めているのかもしれない。
これからの出来事が少し怖いような気がした。




