33話 戦い
百万を数える魔獣の群れとの交渉は不調に終わった。
その上、交渉の場で戦闘が始まっている。
突発的に始まった戦いだが、一応の備えはできている。ただ、何をどうすれば勝利になるのか、よく見えない。
焦る。
「勝算はあんのかい? 俺?」
私の中の魔獣の魔力が余計な口を叩く。
シンゲツを覆っていた魔力の壁に阻まれて、私の弾き飛ばした瓦礫は力なく床へ落ちた。
「つべこべ言わず、魔力を寄越せ。私」
塔の内壁に控えていた魔獣が、瓦礫を放った私へ敵意を向ける。
「ブルウゥゥアァァァ!!」
先陣を切って一体の魔獣が突進してきた。
頭が大きい。体の半分は頭ではないだろうか。大きな頭の中心に、不自然に輝く角が生えている。
「オイスク、足だ!」
目がどこに有るのか分からないが、私を正確に探知して一直線に突撃してくる。
加速した。
「早い!」
私の倍の体躯。しかし急降下する飛龍のような速度で迫ってくる。
オイスクとヘンギスト。素早く右と左に分かれた。抜剣している。
初動を見つけるのが早かった。距離は十分稼げている。真っすぐに突っ込んでくるだけの魔獣なら、対処の方法はいくらでもある。
そう思っていた私の顔に、何か迫ってくる。
咄嗟に首をひねった。
しかし、それは、私の右の耳たぶを巻き込んでちぎり飛ばした。
痛み。
意識が逸れそうになるが、続けて飛んできた何かを魔術で受け止める。魔術ついでに止血もしておいた。
「角を飛ばしたのか」
存在感を放っている魔獣の頭部。
中心にあった光る角が、今は無い。と思っている内に、にょきにょき生えてきた。
受け止める魔術に阻まれた角は、音を立てて錐揉み回転をしている。魔力を抜けば、突破されそうだ。
「遠距離攻撃を持ってるのか」
また、角が飛んでくる。魔獣の頭部の肉に血管が浮き上がり、角の放つ光が刹那、強くなった。
しっかりと魔獣の魔力、魔獣の長らしいシンゲツの魔力を使って発動させた防御術に、二本目の角が突き立ち、錐をもみ込むように魔術へ食い込んでくる。
魔獣が走る。
風が通った。
二筋の剣線。
「どうだ! こらぁ!」
「疾っ!!」
魔獣が次の一歩を踏み出そうとして、よろけた。
両足から力が抜けて、血が噴き出す。
他の魔獣が攻撃してくる前に、落ち着いて魔力を練った。
複雑かつ、綿密に。
魔力はかたちによって性質を変える。
「破!」
魔獣の魔力と私の魔力。合わさり、命中し、侵入し、脳の神経を何本か引きちぎった。
魔獣の角の輝きが失せて、消えた。
「キュアアアアァァァ!」
絶命を確認する間もなく、私の真上に魔獣が躍り出る。
「ふっ!」
防御魔術を応用。魔獣へ絡みつき、動きを止める。
「おらぁ!」
ヘンギストが、大きく開いていた魔獣の口を、横一文字に切り落とす。
「その剣、どうした?」
「ギルダスの仲間の魔術師に強化してもらった!」
「私もです!」
制御文字によって、宙の魔力を集め、剣を強化する魔術が発動している。
二人が、光沢をもった外皮の魔獣の頭を切り飛ばす。なお向かってくるその魔獣を、黒炎で焼いた。
「壁際に移るぞウォーディガーン。目くらましだ」
「分かった。走れ」
黒い炎をまき散らす。いくらか命中して、肉の焼ける匂いがする。
「まだまだ!」
塔の内部の空気が薄くならない程度に、炎をまき散らし、魔獣がひるんだすきに壁際に陣取った。円形の塔ではやや効果は薄いが、それでも魔獣の迫ってくる方向は限定される。
ヘンギスト。
オイスク。
二人が前に出て、攻撃をいなしながら隙を作る。
私が魔術で止めを刺す。
格段に戦いやすくなっている。
前衛の二人の技量が高いこと。事前に魔術の補助を準備していたこと。私の魔力がイレギュラーによって強化されたこと。
魔獣と戦えている。
「よし。このまま―」
配下の魔獣に戦わせ、背後に控えている別格の魔獣達へ挑む。
「馬鹿。集中しろ」
すい、といつの間にか傍に来ていたヘンギストに、耳の傷を弾かれた。
頭に痛みが走る。
「それと冷静になれ。有利に立ち回れているのは確かだが、それはいつひっくり返ってもおかしくねえ」
オイスクに任せていた前衛にヘンギストが戻る。
シンゲツたちへ意識を向けていた間、魔術の援護が途切れていた。
オイスクがわき腹に一撃を喰らった。
「オイスク!」
長い腕を振り切った魔獣を、ヘンギストが袈裟懸けに切り下ろす。ほとんど両断しかかった魔獣の身体へ、魔力で干渉し、魔術で背骨を二つにした。
オイスクの血止めをする。
「陛下、ありがとうございます」
「すまん、一瞬気を抜いた」
オイスクは特に責めることもせず、また剣を握った。
おかしい、何かが妙だ。
どこかで魔術が使われた。
ギルダスは、ピクリともしない樹人の身体の傍らに立ち、戦場と化した塔の内部に結界を張り巡らせ始めた。
「姐さん! しっかり!」
「どうする―。どうしよう―」
怪しげな風体の二人組が、樹人、ボルテという名の商人を前に慌てている。
「どうなってんだ? 生きてるが、動かねえ」
獣人の女、恐らく兎人族の戦士がボルテの身体を触って様子を見ている。
「お前たち、邪魔だ」
「ギルダス、初対面の人にそんな言葉づかいはしちゃいけないよ」
弟子の頼みを聞いてやるのも師匠の務め。
ウォーディガーンが館へ来た日に、父に言われた。
「ギルダス。王宮へのパイプが来る。あいつ、お前の母親の無念を晴らすいい機会となるやもしれん」
父上。今私は、ウォーディガーンに弟子として情を感じています。
しかし、案外いい気分です。
「なんだお前。誰だ」
ガラの悪い、仮面と外套の奴。おそらく男が絡んでくる。
「腕のいい魔術師だよ。ここはひとつ彼に彼女を見てもらわないか?」
胡散臭い笑顔のベーダがなだめる。
男の脇をすり抜けて、ボルテと呼ばれていた樹人の傍に拠ろうとするが、獣人の女が行く手を阻む。
「信用できねえなあ。初対面だぜ?」
「低能の獣が…」
「ああん!?」
「まあまあ、彼は王子の魔術の師匠なんだ。信用できる人物だから、ちょっと大目に見てください。ね?」
ベーダが何か言っているのを放っておいて、ボルテの傍にしゃがみこんだ。
樹人の商人は横たわっている。
「ふーむ」
目立った外傷はない。
魔力の流れにもおかしなところはない。
「ギルダス。時間がかかる?」
「そうだなー。そうかもな」
ベーダもボルテの様子を見る。
「おいあんた。どうなんだよ」
「治る?」
「こんなガキに何とかなるわきゃないだろ。期待すんなおまえら」
後ろがうるさいな。
「暇なら魔獣の相手でもしていてくれ。邪魔だ」
「けっ。むかつくな」
追い払うと、心配そうにしている仮面の二人の首根っこを掴んで、獣人が退散していく。
「あーあー。あんな態度とって…」
「魔術のまの字も知らない連中と話しても無駄だ」
「はー…」
ため息をついている。そんな時間があるなら目の前にいる樹人を何とかすることを考えろよ。
怪我も、魔力も問題ないのに、意識を失って倒れている。
病気や怪我ならどちらかに異常が認められそうなものなのだが。
「さっき、シンゲツと呼ばれていた魔獣の頭に何かされたんだろう?」
「ああ。それは間違いないんだが、問題は、何をどうされたのか。ということだ」
ベーダもボルテに寄ってきて調べ始める。しかし、原因はよく分からない。
一方、追い払われた用心棒三人は。
「くそお。あんなガキ二人に―」
飲まなきゃやってられない。
ガキばかりの戦場だ。
抱えているのも二十に届かないガキ。
雇い主のボルテを治療している二人もガキ。
「糞が!」
むしゃくしゃを襲ってきた魔獣に叩きつける。
びちゃっ。
魔獣は赤黒い染みになった。
「ひでえな。アスラウグさん…」
「あぁ?」
無意識に、抱えていたオドアケルで魔獣を叩きつけていた。びちゃびちゃになったオドアケルが恨みがましい目を向けている。
その後ろから大きな口の魔獣が躍りかかる。肉を切り裂いて食事を取るには不都合なほどの巨大な歯が、オドアケルの上半身をちぎり飛ばすかに見えた。
「うええぇ。気持ちわるぅ」
オドアケルの手が、魔獣の頭蓋に突き立つ。
力づくで魔獣を引っぺがし、床にたたきつける。もう一方の手に持っていた棍棒を振るった。
棘付きの棍棒が、魔獣を肉塊に変える。
「オド、飛ばさないで」
アラリックが全身肉まみれで苦情を言う。
「す、すんません」
仲間が二匹。命を落とした。
塔の中にいる魔獣の意識がこちらへ向くのを感じる。他にも集まっているところがあるが、徐々に端の方へ移動している。
ボルテが入れ込んでいるガキたちか。
「ま、あっちはあっちで何とかすんだろ」
持ってきていた酒瓶に口をつける。
それを隙と見たのか、股の間から魔獣の触手が生えてきた。
「よいしょ」
生えてくるなり引っこ抜く。
思ったより頑丈で、ちぎれることなく抜けてきて、床が盛り上がってくる。
「そおい!」
床に亀裂が走る。
丸いものに根っこが生えたやつが宙を舞う。
アラリックも宙に体を任せた。
着地と同時。魔獣は絶命していた。肉厚のナイフが、刀身の全てを魔獣に埋めている。
「おーおー、寄ってくる寄ってくる。入れ食いだなー」
魔獣の、怒りの感情が伝わってくる。
「呑気ですね」
「きっと、酔ってる」
呑気というか、投げやりになっているのは自覚している。
獣人王の爺に、使者として戦場を追われ、追われた先の国は滅亡寸前だ。突拍子の無い展開に、どうするんだ、というよりも、どうにでもなれと思ってしまう。
「かかってこいやー」
「うわ、やる気ねえ」
「そだね」
吹き飛んだ魔獣が、塔の入り口から外へ吹き飛んでいく。
何か妙だ。空気が変わった気がする。
開け放たれた扉から、魔獣の死骸は日の光を浴びる。
慟哭。
魔獣の慟哭。
「ふん。また新手がやって来たか」
陣形などあってない様なものだ。
「殿下は何を考えているのやら。交渉が失敗したと見るや、態勢も整えずに戦闘を開始なさるとは」
兵舎の屋根の上から、手端で指示を出す。
「陛下と共に戦場を駆けたとはいえ、初陣上がりのひよっこでは、判断もまともにできないのですなぁ」
五人一組の小隊を作り、砦の内部を縦横無人に駆け回らせている。
「儂の鍛えた連中はいいとして、あの盗人の子分はいつまで体力が持つかな?」
注意をひきつけ、死角から奇襲を加える。
単純だが、今はこれがいい。
「アルフォンソ殿! 砦の外から続々と魔獣の増援が! 数、不明! 構成は多様過ぎて分かりません!」
「適当にあしらって、例の場所に誘導せい」
「はい!」
或る日突然、真っ暗な死が代王都を覆った。
いつもと違う空気だと思いきや、ばたばたと人が倒れていった。
魔術で防御された部屋に逃げ込んだが、あっさりと結界はとっぱされ、魔力の嵐の中で意識を手放した。どれほど時間が過ぎたのかは分からなかったが、目が覚めると悲鳴が木霊するところに居た。
自分のいる所が代王都だと、初めは目を疑うような心持だった。
貴族の屋敷が歩いているような巨体の魔獣が、赤子を踏みつぶした。懐かしい光景だった。前線に出ていたときはしょっちゅう見た懐かしい光景だった。
戦い続けた。
「アルフォンソ殿、正門の建材は回収不可能です」
「燃える物があれば持ってこさせろ」
「了解」
このところ、かなり行儀が良くなってしまった戦場ばかりだった。
鬼人も樹人も巨人も石人も竜人も妖精も人種も、流儀や、儀礼などを気に掛ける。
うすら寒い理屈に、条約だとか、同盟だとかいう名前を付ける。
どうでもいい動機に、正義とか、悪とか、大儀とかいう言葉を添える。
「魔獣の増援の勢いは一旦収まったようです」
「こちらの損害は?」
「軽症十名、重傷一名。正面切ってぶつかっていないため、軽微です」
殺して、殺される。
「火」
「はっ」
命と命の悲しい食い合い。
負ければそれまで、勝てばそれだけ。
「総員に告げろ、爆炎と煙に備えろと」
「分かりました!」
信号を送った。
火柱。
「ありったけの魔道具を持ってきたかいがあったな」
兵器庫に置いてあったものを片っ端から集めて、兵士一人につき一つ持たせた。
ギルダスという小童とその取り巻きの魔術師に、それらを全てつなげさせ、魔術の心得がある兵士に起動させた。
「これは想像以上だ」
「気前のいい話ですわね。あれだけの魔道具、換金すれば、一生遊んでも子孫は豊かに暮らせますのに」
「逃げたのではなかったのか。商人」
魔道具の匂いにでも釣られたのだろう。余りものを探しに来たか。
「ここが一応の本陣であるが、貴様を守る兵士はいないぞ」
「ふふっ。この事変の顛末を見届けに来ただけですわ」
クランは土埃と火の粉を避けるように扇を広げる。
「どちらが生き残れるのでしょうね」
言葉遣いは大人しい。扇の上から差す眼光は鋭い。
「商機を窺っているのか」
笑って答えない。
「気味の悪い女だ」
「アルフォンソ様こそ」
「儂は殿下についてゆくまでよ―」
「御冗談を。第六王子の一件、わたくしの耳に入っていないとでも?」
「……」
「残念でしたわね、孫が代王になれず―」
「終わったことだ」
そう、どんな思い入れがあろうと、死ねば終わりなのだ。
「これからは魔術の時代が来るぞ、商人」
「そうですわね」
それよりも、今のこと、これからのことを考えなければならない。
「今まで、東大陸で培われたちんけな目くらましと思っていたが、こちらの大陸では随分と違う使い道ができそうだ」
「魔術による国の発展ですわね」
「戦況は絶望的、しかし、未来には光がある。か細い光だが、確実にな」
「わたくしには、財貨の煌めきのように見えますわね」
「無粋な女だ」
砦の内では、魔道具の狂乱が起きている。
火炎、氷結、落雷、疾風、怒濤、怨恨、狂気、重圧、閃光。
退避した兵士にすら、幾人かの被害者が出た。まともに浴びた魔獣どもは言うまでもない。
「しばらく時間は稼げよう。その間に、殿下が決着をつけていただければいいのだが、あのひよっこにどうにかできるかな」
「可能性はあると思いますが?」
「ほー、ずいぶんと買っているな。殿下に丸め込まれたか」
「あの方は、この国を変えますわ」
「自信がありそうだな」
「今まで、あのような王族が玉座についたことなどありませんもの。間違いありませんわ。良くなるか悪くなるかは分かりませんけれど」
魔道具が止まった。
発動した魔術は未だ宙を彷徨っているものもあるが、今が機だ。
「命令!」
「はいっ」
連絡役の兵士を呼ぶ。
「魔道具を多重発動させた場所に魔獣を誘導しつつ仕留めていけ」
「はっ」
兵士がかしこまり、信号を旗で送る。
「続けて命令。戦いがどれだけ続くかは読めない、被害を減らすように動け。魔獣は仕留め切らずともよい、手傷を負わせ、勢いを削げ」
「了解!」
動きの鈍くなった魔獣が増えていく。
アルフォンソは、代王国軍の戦士は、妙な感じを受けていた。
それは、ウォーディガーン、ヘンギスト、オイスクと同じであった。
また、アスラウグ、オドアケル、アラリックも、何か妙だと感じていた。
そして、
「なんだというんだ。なぜ母上の復活が、止まっている?」
魔獣たちはその理由を知っていた。
「兄さん、魔術に干渉されてる!」
「誰がやっている?」
「分かりません。妙な動きをしている奴は発見できません。シンゲツ兄さんどうしたら―」
「術式を確認しろ、大至急だ。魔術を使える同胞に接触しろ」
「分かった」
マンゲツが毛を伸ばす。
細く、しなやかな白線がどこまでも伸びていく。
魔獣の中でも、魔術に関する知識を持つ者へと伸びていき、繋がった。
「―」
知識を共有し、意識をマンゲツの中へ。
複数の意識の集合体となったマンゲツを中心に、術式の確認を行っていく。
何も言わずとも、この状況は全ての同胞へ伝わっている。
「すまない、少しだけ、時間を稼いでくれ」
私がボルテを襲った時から、母上に繋がっている管の活動が止まっている。
魔術が使えるようになっている。
同胞たちの苦しみが増していく。日輪の眷属に命を奪われてしまう。おのれ。
「母上、なぜ―」
「くっ、くくくっ」
くぐもった微かな笑い声。
合点がいった。理由が分かれば、焦燥することもない。
「魔術師、まだ自我を保っていたか」
「兄さん、こいつは?」
「日輪の眷属、私が攫ってきて術式に組み込んだ、老いた魔術師だ」
笑い声は今にも消え入りそうで、そのくせ、いつまでも続いている。
「さっさと消えてしまえ」
「くくく、そうはいかんな。月影の眷属、せっかく儂の息子が気張っているのだ。親としては踏ん張らざるをえまいて」
親子の情か。
土塊を焼き固められた者達の子孫にしては、見上げた根性だ。
敵ながら、共感できる。
敵であるが、理解も出来る。
「兄上?」
「兄さん?」
しかし、奴は母上の復活に泥を塗った。
「マンゲツ!」
「分かってる! でも見つからないよ!」
「ちっ。この術式のどこかに自我を保存しているのは確実だ。時間はかかってもいい、必ず探し出せ」
「でも、連中がいつこっちに向かってくるか…。作業中に攻撃されたら、母さんにどんな影響が出るか分かんないよ!?」
混乱。焦り。
感情豊かなマンゲツの体毛が荒れ狂い、奇妙な文様の形に編み込まれる。
「奴らの群れは、三つの分かれている。マンゲツ、お前はここに残って母上を頼む。私は壁際にいる三人を、タチマチは仮面を引き連れた咆哮の眷属を、コモチはこの建物の外で戦っている連中を止める」
何もかも順調にはいかない。当たり前のこと。
できることを一つ一つ。
冷静に。かつ、確実に仕上げていく。
すべては、私たち家族の幸せのために。
「敵も、備えを怠ってはいない。侮りは捨てよう」
幸か不幸か、魔力を集める術が止まっている。敵も魔術を使えるが、こちらとて同じこと。
この魔力の濃い土地で、我ら月影の眷属の恐ろしさを心に、魂に刻んでくれよう。
「兄上、あまりご心配なされますな。止めるなどと言わず、この場で全員撫で切りにしてくれましょう」
「東の日輪の眷属達へのけん制は、他の手を考えましょう。きっといい案が浮かびますよ」
「兄さん、タチマチ、コモチ。あんな連中、こてんぱんにしてやって。私は、絶対に母さんとまた会えるようにするから」
私、マンゲツ、タチマチ、コモチ。
「行こう。ここを何とか乗り切れば、母上や、兄弟姉妹に会うことができる」
それぞれ、日輪の眷属へ一撃を加えた。
細長い巨体を持つ同胞を呼び出しての一撃。建物の壁を砕き、ウォーディガーンを襲った。
瞬きよりも早い一閃。床を切り、鋼の衝撃が仮面を付けた男を弾き飛ばす。
空を覆う、呪いの雲。呪詛の雨が、兵士を腐らせ、異形へ変える。
最も古き眷属が、魔力を振るう。




