32話 決裂
這うもの。蠢くもの。飛ぶもの。噛み鳴らすもの。吼えるもの。見つめるもの。胎動するもの。怒るもの。
魔獣の群れの真ん中にいる。
取り外されてがら空きになっている砦の門から、瘴気にも似た気配が流れ出している。月影の眷属達は、ちっぽけな日輪の眷属を食い殺す準備を万全に整えている。
「お待たせしたようですね」
交渉役を買って出たクランが真っ暗な砦の中へ呼びかけた。
血生臭い空気を分けて立つ彼女は、一切の武装をしていない。艶の良い髪をまとめ、落ち着いた色合いの衣装がしっとりと肌を覆っている。
「あの女商人、剣の使い方を知らぬわけではあるまいに」
老貴族がぼやく。
砦の門へ続く道は、堀を挟んで開け放たれた門へと入り、魔中の魔力と気配の充満した闇につながっている。
「入ってこい。手前の広場なら、ぞろぞろと連れ歩いている後ろの連中も全員入ることができよう」
魔獣の頭の声がして、クランが迷わず先頭に立った。
歩いていく。彼女の使用人が荷物を持って続く。
「ババア、度胸あるな」
言葉遣いこそいつも通りではあるが、盗賊の口調には畏怖の念が滲んでいた。
クランは、使用人を引き連れて魔獣に挟まれた道を歩いていく。代王国の紋を旗に記した戦士の一団が後を追った。
堀に掛けられた跳ね橋を通る。
堀から頭を覗かせていた一体の魔獣が多きく口を開けて欠伸をした。大の大人を騎獣ごと丸のみにできそうな大きな口から、異臭が漂う。
門をくぐる。
アーチの内側に、色とりどりに怪しく光る小さな魔獣がびっしりと張り付いている。一つしかない目玉で、こちらを見て、かさかさと囁きかわしている。
砦の門をくぐると広場がある。兵舎や武器庫の合間を縫って進む。
細い三本足の魔獣の足の間を抜けて、砦中央、司令塔と見張り台の一体化した塔へ行く。兵たちはここまでだ。
建物の中にはクランと私の一団が入る。
塔の入り口に、毛玉がいた。
「シンゲツ兄さんがお待ちかねだ。とっとと入りな」
こいつも、脅威だ。
見ればわかる。息のつまりそうな魔力の中でもはっきりと感じられる濃度の魔力。全身の筋肉が硬直するのを抑えられない。
剣を抜くか、逃げたしたい。
あの位置だと、脇をすり抜けなければ塔の中へ入ることができないが、毛玉はどく気配がなかった。
突然大きな口を開けて、頭から貪られる幻覚が見えた。
「陛下。参りましょう」
クランが歩いた。
歩いていく。
釣られたように彼女の従者が従い、私も歩いていた。
一歩一歩、毛玉へ近づく。
毛玉は、一本一本の毛が独立して動いていた。近くで見ると、無数の線が蠢いているように見える。脇を通り過ぎる時、魔力の圧で思考がおかしくなりそうになった。
通り抜けた。
気が逸れた。
そこに来た。
巨大な金槌を叩きつけられたような衝撃が体に響く。死んだ、そう思った。
荒く呼吸をしていた。誰の呼吸音なのかと思い、耳を澄ませて、自分の息だと気が付いた。質量があると錯覚しそうな重い空気が充満している。
塔の中に、それが居た。
命の生まれる常闇を体現したような黒一色は、今にも動き出しそうに脈を打つ。魔力の管を括り付けられたそれは、周囲の魔力を喰らって、この世への再誕を望んでいた。
汗が目に入り、滲んだ。
塩気の強い汗が目に入った痛みで、意識が戻ってくる。
深呼吸。
不意打ちのように現れさえしなければ、落ち着いていられる。
塔の中は、各階の床が取り払われて巨大なそれをすっぽりと収めている。魔力を注ぎ込む際に出る漏れを防ぐためか、結界が張られていた。
結界のせいで塔の内部の魔力がこんな状態になっているのか。
「皆、大丈夫か?」
問いかけに、それぞれがうめき声で答える。
皆代王都を襲った高濃度の魔力を生き延びた者達だ。命に別状はない。かといって、平然としている者はいなかった。
水の中で呼吸をしている気分は、恐らくこのような感じなのだろう。
喉にねばりつく、高い魔力を含んだ空気は遠慮なく体に分け入ってくる。敵意が私たちの内側を満たしていく。
大きく吸った。
そして吐いた。
彼女は、我らの交渉役は敵意と向き合う。
「お初に御眼にかかります。わたくし、この代王都に店を構えていた商人のクランと申します」
優雅に一礼した。
黒い箱、毛玉、鎧、筒が眼前に鎮座している。
「この度は代王国ロムルスの代王、ロムルス・ウォーディガーンより全権を委任され、交渉役の任を仰せつかっております」
クラン、彼女の従者、私、私の従者という体のギルダスとベーダとヘンギストとオイスク。順に並んで魔獣と向かい合っている。
「こちらが全権委任状です」
クランの従者の一人が恭しく飾り立てられた文書を掲げた。
魔獣たちは沈黙している。
「どなたが長でしょう?」
「長兄は私だ」
黒い箱が、つい、と前に出た。
「ご挨拶までにこちらを」
従者が二人がかりで運んでいた大きな箱をクランの前に置いた。
「挨拶などはよい。我々が聞きたいのは、出ていくのか、それともここで死ぬのかという問いへの答えだ」
黒い箱の表面が波打った。声も尖っている。
威圧するように、感じ取れる魔力が増えた。体中の皮膚が、香辛料でも擦り込まれたようにしびれた。
「まあ、ご覧になればきっと気に入りますわ」
震えて動かなくなっている二人の従者を引っ張って自身の後ろに下げた。
箱の蓋に手をかけて、開ける。
箱の中には、魔獣の首が入っていた。
「貴様! 愚弄するか!」
巨大な剣がクランのドレスを切り裂き、足と足の間に突き立った。一つの瞬きの間に、鎧の魔獣が魔獣の頭とクランの間に立っている。
「おい、ウォーディガーン。あいつ何やってるんだ!?」
剣を抜きかけたヘンギスト。
ギルダスが止めた。
「黙って見ていましょう。まだ交渉の途中です」
なおも切りつける気配を残すヘンギストを、ベーダも止めに入る。
「ヘンギスト。まだ見ていよう」
「…ちぃっ。分かったよ」
抜きかけた剣を鞘に納める音がする。やや遅れてもう一方の剣も鞘に収まっていた。
「兄上。私もここで見届けさせていただきます」
「好きにするといい」
クランが魔獣の頭部を掴み、床に置いた。血が飛び散り、鎧の魔獣にかかる。
また剣に手をやった鎧へ、黒い箱が一言だけ、よせ、と言う。
「わたくしは交渉に参ったのです」
「交渉材料がその頭だと?」
「ええ。正確には、あなた方のお仲間をこのようにすること、で、ございますわ」
ずいぶん荒っぽい。
「こりゃ、交渉じゃなくて脅迫だな」
ぼやいたヘンギストに言葉に、内心深く頷く。
「兄上、やはりこの不届き物は切って捨てるべきかと。あの小僧がいるならば、この無礼な肉塊を両断しても問題はありますまい!」
あの鎧の魔獣はかなり激高しやすいと見える。
そいつの抜いた剣に、ぞっとするような殺気が乗った。
「おい、ウォーディガーン! あの鎧、抜いたぞ!」
喚いたヘンギストも抜いている。
飛び掛かりそうな彼を、今度はオイスクが止めに入った。耳元で囁く。
「若、戦いを始めるのは、彼女が死んでからです」
聞こえてるぞオイスク。
「なんでだよ」
落ち着いたオイスクの声を聞いて、ヘンギストの声がいくらか大人しくなった。
「戦闘が始まるならば、戦えない者は重荷になります。位置取りから言っても、彼女には囮になってもらうのがいい」
「怖いこと言うな、オイスク」
「あの商人も覚悟の上ですよ」
それで、こちらは収まった。
「兄上! なぜお止めになるのですか!?」
「話がついていない」
「その話はあの物から聞けばよろしいと思います」
六本ある歪な甲冑の指先の一つが、私に向けられた。
「お前の差すあれが、目の前のそいつを指名したのだ。少し黙って、下がっていなさい」
「く、むぅ」
不満と殺気を振りまいているが、鎧は足音高く後ろに下がっていった。
「ヘンギスト」
「分かってるよ」
渋々と、荒っぽくヘンギストは剣の柄を鳴らした。
「…それで?」
クランは三本指を立てた。
「…一つ、この代王都に我々が留まる。一つ、あなた方が行おうとしていることの一時中止。一つ、代表者同士の話し合いの場を設けること」
両者睨みあう。
「どれも飲めない。初めから言ってある通り、貴様らの道は、逃げるか死かのどちらかだ」
「その主張を通そうとするのなら、我々としては徹底抗戦をするしかありません」
「愚かな。勝てる見込みはないぞ」
「勝敗はやって見なければわかりませんわよ? それに、確実にあなた方のお仲間は死にます」
黒い箱は宙に浮いたまま、一回転した。
クランは、従者から受け取った扇で口元を隠した。
「どうするつもりだ、あのババア」
ヘンギストは呼び方がゲオルグのものに影響されている。
「ババアという歳ではないだろう。失礼だぞ」
「へーい。それより、立ってるのも疲れてきたな。椅子ないのか?」
殺気を発していた気配は何処かへ行ってしまったらしい。急に呑気なことを言いだした。
「ねえよ」
あったとしても、座っていれば不測の事態に対処しにくいだろう。
クランの交渉が通じるかどうか、まだ分からない。
「戦争をしているのだ。死人は出る」
「しかし、死ななくてもよい方法があるのでしたら、そちらの方が良いのではありませんか?」
「道理ではある。だが、それだけではな」
クランが、扇を閉じた。
小気味いい音が鳴る。
「あなた方は、魔力を集めていらっしゃるのでしょう? 何のためかは、我々のあずかり知らぬところですが」
「ふむ?」
「魔力を吸い上げて、集めているようですが、少々問題もありますわよね?」
「……」
左手に扇。それを右手に打ち付ける。調子を取りながら、クランは攻め込んだ。
「魔術、お使いになれないのではありませんか?」
流れを取った。
「そうだとしても、貴様らを排除するのは容易い」
「その通りですわ。しかし、我々だけが敵ではありませんのよ?」
「…」
「鬼人種、樹人種、石人種、魚人種、竜人種、巨人種、そしてあなた方魔獣種。どの種族を取ってみても、この豊かな西大陸の覇権を狙っています」
「我ら月影の眷属を、魔獣と呼ぶな。その獣の名はお前たちが勝手につけた呼び名だ」
これは失礼いたしました、そう言ってクランが一礼する。
「我々人種は、代王を中心として曲がりなりにもまとまった力を持ち、西大陸は拮抗した各勢力が並び立っていました。そこにあなた方が現れます」
「それがどうした。我ら月影の眷属が、貴様ら日輪の眷属にできたことができないとでも?」
誇り。魔獣の長の言葉の端々に滲む。
「可能か不可能かで言えば、可能でしょう」
「ですが、と続けるのだろう」
「はい。勢力の移り変わりには、動乱がつきものですわ」
「私たちなら乗り越えられる」
クランがひときわ大きな音を立てて、扇を手のひらに打ち付けた。
「魔力の使用が制限されていても?」
塔の内部の空気が、途端に冷え冷えとした。
「制限されているのは今だけの話だ。じきに我らはこの世界に安住の地を手に入れられる」
交わす言葉は、氷に刻まれるように、発せられた後に残響を残す。
「というのは次の満月のことですわね? 果たしてそれまでに魔力を集め終えるのでしょうか?」
「順調に魔力は集まっている」
氷河が流れるように、凍りついた交渉の場が、クランの流れになっている。
黒い箱の纏う魔力も雰囲気も、圧倒的な強者のそれだが、語気大人しく、主張空しい。
背後のひときわ目立つ三体の魔獣が、そわそわし始めた。しかし、黙っていろと言いつけられた手前、しゃしゃり出てくるのは控えているようだ。
たっぷり時間をかけて、自分の言葉が刻み込まれるのを待ったクランが極めの一言を放つ。
「ボルテ様。場は整えましてよ」
「何?」
「はあ!?」
「…」
素っ頓狂な声を上げた私とヘンギスト。声こそ出さなかったが動揺している様子の魔獣の長。
「ごきげんよう。陛下、魔獣の長殿」
塔の入り口から外の光が見える。
光の中に人影が四つ。
「交渉の席に横槍を入れることをお許しください」
木の皮を軋らせる声で、凍りついていた場に異物が混じる。ボルテが何かしているのは想像していたが、クランとつながっていたとは思わなかった。
「いよう、へーか」
呑気なオドアケル。
「どうもです」
アラリックもいる。
「よう」
アスラウグは珍しく酒を飲んでいなかった。
武闘派三人を率いてボルテが塔の入り口から入ってくる。交渉に来た、そのはずなのだが、棘付きの棍棒や肉厚のナイフや強靭な巨体は交渉には似つかわしくない。
狩人、と言い表すのが正しいように思える。
「何者かな? 名を名乗ってもらおーか」
塔の内へ、内へと進んでくる四人組が遮られた。
毛玉が浮いている。
ざわめいている体毛の隙間から、奈落の底へ続いていると錯覚しそうな眼球が無数にのぞく。
しかし、飲み込まれそうな視線を受けた四人は怯まない。
「しがない商人をしております。ボルテと申します」
樹皮の軋りの混じる声。
「樹人か」
毛玉の問いに頷き、ボルテが両隣を腕で示す。
「こちらが、アラリック。こちらがオドアケル」
続けて後ろを見る。
「アスラウグ」
毛玉はわさわさとしている。
「聞きたいことがいくつかあるけど、シンゲツ兄さん?」
「マンゲツ。後にしよう」
「そうね」
大方アラリックとオドアケルについて聞こうとしたのだろう。仮面をつけ、外套を着こんではいるが、腕や足の一部がのぞいている。
とても人種だとは言い張れない。
「それで、ボルテとやら。何用かな?」
それを後回しにして、交渉は進む。
体に入り込み、肉体への変異が起きそうな魔力の中にあってなお、彼女らは常と変わらない調子だ。
「魔力の流れ、樹人の中では王脈と呼びますが、その王脈の操作方法をお教えいたしましょう」
「ほう」
私は一瞬目を疑った。黒い箱、シンゲツが細かな立方体へと分裂して元に戻ったように見えたのだ。
瞬きをすると、何事もなかったように魔獣の長、シンゲツはボルテとクランの前に浮かんでいる。
「ご興味をお持ちでしょうか?」
「ああ、しかし、本当かどうか。確証はない」
「今ここでお見せすることも可能です」
「む」
シンゲツが言葉を詰まらせる。完全に交渉はこちらのペースだ。
「兄さん。もし本当なら…」
筒のような魔獣が囁く。
シンゲツが言葉を押しとどめた。
「ならば見せてもらおう」
「分かりました」
ボルテは、クランと付き添いの三人を私の方へ追いやる。そして、魔力を練った。
魔術を使うつもりなのだろうか。
しかし、何もしていなくとも体から魔力が吸い取られそうになるのに、魔術が使えるのか。
「ふー」
ボルテは長く息を吐いた。
木の枝のような指先が砦の床石を刺し貫いた。
「なんと!?」
「信じられない…。あの複雑な流れを的確に操るとは…」
ボルテが指を引き抜くと、はっきりと目で見えるほどの魔力の糸が、床から伸びてボルテの指先を通り、床に空いた穴へと戻っていく。
「このように、王脈を操作することは可能です。今は時間も準備もありませぬが、段取りを整えれば、あなた方の目論見は達せられるでしょう」
シンゲツを初めとして、魔獣の頭たちが色めきだった。
「兄上」
「シンゲツ兄さん、これは使えると思うんだけど」
「兄さん。あれを使えたらきっと母さん達も―」
「ああ。きっと元気な姿を見せてくれる」
塔の壁に沿って並んでいる魔獣たちにも、嬉しそうな気配が漂う。魔獣の感情表現には詳しくないので、あくまで私の推測でしかないが。
「この王脈を操る術と、今後の魔獣への敵対行動の全面禁止。これら二つを以って、我々代王国の民全ての身体と財産の保証を要求いたします」
樹人の商人は懐から一対の契約書を取り出す。
「魔術による制裁が課せられた契約書です。合意の暁には、後ろに控えます我らの王、ロムルス・ウォーディガーンとそちらの代表者による署名を行い、条約成立の運びとなります」
両手に契約書を持ち、私とシンゲツへ見せつけるように立つ。
「内容及び、魔術制裁をお確認ください」
私とシンゲツが、ボルテへと歩み寄る。
近づいてくるシンゲツから漂う魔力で、気分が悪くなってきた。体の外にある悪意が、隙間なく皮膚中を覆っている感覚がする。
ボルテも、やや様子がおかしい。契約書を持っている手が小刻みに震えている。
ざっと改めた。
一目見て分かるほどの強力な魔術が掛かった契約書だ。この土壇場でこれほど貴重な物が出てくるとは、流石に西大陸で三本の指に入る商人の一人だということか。
「特に問題は無いな」
「シンゲツ様は?」
「―必要ない」
「はい?」
魔力。
膨れ上がって、飲み込んだ。
一瞬。
床に、契約書が落ちた。
一面の黒。闇のその先にある真なる無の黒。
シンゲツがボルテを取り込んだ。
「ボルテさん!」
「姐さん!」
アラリックとオドアケルが悲鳴に似た声を上げる。
「ちいっ!」
アスラウグが視認でき位ほどの速度で飛び掛かるが、黒い壁のようなシンゲツの魔力に阻まれる。魔術として実体化していない魔力のはずなのに、歴戦の猛者をひと時足止めした。
「オオオオオォア!」
咆哮を挙げ、獣人は鋭い爪で魔力を削りとっていく。粘土のように崩れる壁を、兎の獣人が掘り開き、枯れ木のような腕を掴んで引っ張り上げた。
「ベーダ! ギルダス! ボルテを見てくれ!」
友人たちでもあるが、この場では側近として指示を出す。
「奴ら、はなから交渉する気なんてなかったらしい」
「申し訳ありません。陛下」
黒い魔力の奔流が落ち着いてきた。いつの間にやらクランとその従者が傍に来ている。
こんな状況でも身の安全を図れるとは、やはり代王都の生き残りなだけはある。
そんな呑気な考えがよぎった。
どこかで決裂することを考えていたからだろう。まだ少し余裕がある。
「お前の出番は終わった。不調に終わったとはいえ、よく頑張ってくれた」
「もったいないお言葉ですわ」
「ここからは荒事の時間だ。私とヘンギストとオイスクで血路を開く、軍にいるアルフォンソ達と合流しろ」
剣を抜いたが、クランは首を振った。
「わたくしを含め、皆腕に覚えはあります。陛下方の手を煩わせるまでもありませんわ」
シンゲツを覆っていた魔力が消えていく。
議論をしている時間はない。
「分かった」
「ご武運を」
女商人たちが去っていく。
では、少しでも魔獣の隙を作ろうか。
「へへっ。ようやく出番だな、俺」
「味方を攻撃するなよ、私」
身の内から湧き上がる黒い魔力、目の前にいる今ならわかる。
シンゲツの魔力だ。
おそらくギルダスの館で奴に接触した際に、分身のような魔力の塊を受け取ったのだろう。魔獣の魔力と人間の魔力、相反するはずの陰と陽が、私の中で一つになっている。
改めて考えると気味が悪いな。
あとできちんとギルダスに見てもらおう。
「ふう」
息を吐いて、粘り付いてくる魔力の中で集中力を高める。気を抜けば、漏れた魔力を吸われてしまう。
肉体の内側に魔力を循環させる。私の内側にあるうちは、例のやつに魔力を吸われにくい。
肉体を動かしている魔力の流れに、意図的に魔力を込めていく。
肉体強化の魔術。
「は!」
剣で塔の床を切り裂き、作った瓦礫を蹴り上げ、魔獣どもに向けて吹き飛ばした。
「そうそう何度もやられると思うなよ、魔獣」
父と戦った原野の時。代王都で戦った市街地の時。
負け続けてきた。
軍は散り散りになり、民は多くが死に絶えた。
今度は勝つ。




