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九王記  作者: 荒木小吾
一章 西の大陸で
32/68

31話 交渉

「えー、というわけで、講和をします」

 会議二日目。揉めに揉めたが、日没前に大まかな結論は出た。きっと私は、ひどい顔をしていることだろう。

 金と面子と負担を公平にする作業は、誰かが口を開く度に私の心労に変わっていった。

 頭痛が痛い。

「意義なし」

 仮面と外套で姿を隠すアラリック、言葉少なだが妥協をしなかった。出来ないと言ったことに対して、譲歩の一つもしない。

「まあ、いい。やってみるとよろしいでしょう」

 老貴族アルフォンソ、一番ごねたが、妥協をしやすい。なんのかんのと言いがかりをつけてくるが、家臣という身分からはみ出ることはしてこない。

「それしかないわね」

 女商人クラン、したたかだったものの、交渉が通じる相手だった。

「しょうがねえなあ」

 盗賊団の頭ゲオルグ、何かと反発してきた。こいつが一番の不確定要素だろう。単独行動をちらつかせて優位に立とうとしてくる。裏から手を回しておかないと、あとあとになって何をするか分からないところがある。

 それでも、まあ、何とかなった。

 疲労感。

 どっと、眠気が襲ってくる。

 長時間の緊張による疲れ、負担の押し付け合いをするための腹の探り合いによる疲労。相乗効果により、意識がもうろうとしていた。

「休憩時間としよう。日が沈み切ったら、細かい所を詰める」

 のろのろと椅子から身を起こし、のろのろと円卓から離れた。

 しんどい。

「いよう、陛下。お疲れさん」

 能天気だなヘンギスト。お前にも護衛の仕事があったはずだが。

「何か食べるものと飲むものはあるか?」

 疲れを全く見せないヘンギストが、荷物を探る。

「硬いパンと水なら」

 ヘンギストが放り上げたものを掴む。

 かぶりついた。

 ぼうっとした頭に、歯からの痺れが直撃した。

「硬い!」

「硬いって言ったろうが。疲れてんなあ」

 皮袋の水をかけて、魔術でパンを温める。

「お、魔術使えるのか」

「ああ、場所によっては使えるようだ」

 ふっくらしてきたパンを少しづつちぎる。

「会議は一区切りついたな」

「そうだな。後は直接魔獣と交渉する人間を決めるくらいか」

「クランとかいう商人がやりたそうだが」

「アルフォンソがケチをつける」

「抑え込むか?」

「そこまでしなくとも、少し話を聞いてやれば納まるさ。あの爺さんは愚痴を聞いて欲しいだけなんだ」

「へえ」

 塩の味しかしない保存用のパンをよく噛む。

 顎を動かすといくらか頭も回り出してきた。

「あのボルテの代理の嬢ちゃんはいいとして、ゲオルグはどうする。王族だからといってまともに言うことを聞くやつじゃないだろ?」

「それをお前が抑えるんだろう?」

「……」

 ちびちびパンをかじる私。黙り込むヘンギスト。

「―へえ」

「代王都を仕切っている、いや、代王国の裏を仕切っていたんだろう? お前の親父さんは。だったら代王都の近所でちょろちょろしてる不良ぐらい、どうにかできるだろう」

 ヘンギストは表情を変えない。気分のいい荒くれのような態度を崩さない。

「へへっ、お見通しか。分かってるよ。勝手な真似はさせねえさ」

「ああ、使えそうな連中だ。大事にしたい」

「変わったなあ。ウォーディガーン」

 珍しく名前で呼ばれた。

「腹の探り合いを二日して、なんか、成長したな」

「疲れてささくれ立ってるだけさ。成長と言えるほどものでもない」

「まあ、それでも変わったことには違いないな」

「そうかな」

「そうさ。俺が言うんだ、間違いねえ」

「そうだとしたら、負荷がかかったまま行動しているからだろうな」

「急に色々背負ったからな。俺もお前も」

「お前が?」

「俺もさ」

「嘘つけ。気楽な裏稼業だったんだろう?」

「馬鹿。跡取りってのは、裏も表も色々あんだよ」

「すまん、そうだな」

 パンを食べ終わった。

「お代わりはいるか?」

「同じ味か?」

 裏稼業の跡取りがにやりと笑う。

「肉付きだぜ」

 気味の悪い笑顔だな。どうせろくなものじゃない。

「何の肉だ」

「新種の魔物肉だ」

「いらん」

「お前が紹介してくれた魔術師の先生がたが、太鼓判を押してくれたんだぞ」

「いらん」

「流石腐っても王子様だな。得体の知れねえもんは食いたくねえってか」

「むう」

「なかなか美味いぞ、ほれ」

 肉を挟んだパンを押し付けられた。

 臭いを嗅いでみる。

「そこまで臭わないな」

「血抜きをしっかりしてあるからな。それと、魔獣は基本的に魔力を食ってる。東大陸の肉みたいに獣くさくはならない」

「味付けは?」

「調味料なんてここには残ってねえ。まあ、心配すんな。肉の味がしっかりしてるし、脂もくどくない」

「食ったのか?」

「ああ、昼に」

 しれっと言いやがる。

「私たちが昼食抜きで会議をしていたというのに、お前という奴は」

「許せよ、こうして取っておいてやったんだから」

「味が良ければ、勘弁してやる」

「ありがたきお言葉」

 調子が良い奴。

 じっくり眺めてみた。見た目は悪くない、牧畜用として改良した魔獣の肉と遜色ない。臭いも同じく。

 しかし、得体のしれない肉というだけで、どうにも口になかへ放り込めない。

「やっぱり高貴な身分の方には、お口に召さないのかなあ」

「くそっ」

 さっきから嫌味を言ってくれるな。別に身分にこだわって食べない訳ではないが、ヘンギストがにやにやしているのは気にくわない。

 良いだろう。食べてやる。

「あむ」

「お」

 硬い。筋が多い。

 だが、悪くない。

「ヘンギスト。なかなかの味だ。褒めて取らせる」

「ははー」

「なにをやっているんですか。陛下。若」

 オイスク。ふざけあっていた所に来てほしくないやつが来た。

「あっ。オイスク。別に、なにも? な?」

 口いっぱいにほおばっているので、私は一生懸命に頷いた。オイスクの冷たい視線が、中の良いことは結構ですが時と場合をお考えになってはいかがですか、と言っている。

「皆さん。そろそろ御着席のようですよ」

「おう。ぼちぼちこいつにも準備させる」

 おいヘンギスト、なんだその言い方は。もとはと言えばお前が絡んできたんだろう。

「もごもご」

「陛下、口の中を見せるのはお行儀が悪うごぜえやすよ」

 手前。その口が言うか。

 脛を思い切り蹴りつけてやった。

「いっ、て!! 痛てえ!」

 ざまあみろ。

「いい大人が何をやっているのやら」

 オイスクの呟きは聞こえなかったことにして、痛がるヘンギストを尻目に、会議場へ戻る。

 直接の交渉役はクランに決まった。

 明日の段取りも決めた。

「明日、戦えるものは全員集まる」

「いざとなれば、ですな」

「武力行使は最終手段」

「そう、最終手段ですわよ。皆さま。私の交渉の結果を待ってくださいな。魔獣如き、同とでもして見せましょう」

「けっ、上手くいきっこねえってのによ」

 一人不満を漏らす者もいるが、あれはヘンギストが何とかする。

「では、各々方、また明日」

 会議は終わった。

「終わったか?」

 ヘンギストとオイスクが来る。

「終わった。拠点に戻ろう。一応、それぞれへの見張りを忘れるなよ」

「承知しております」

 では戻ろうか。

「くぇ」

 戦場を共に駆けた騎獣の背中に揺られていく。

 ふわふわの羽毛が暖かい。

「洗ってもらったのか、よかったな」

 気分よさそうに喉を鳴らす騎獣の足取りは軽い。

 私の頭は重い。

 騎獣の上で眠らないように、首をよく回す。骨が折れたかと思うほど、すごい音がした。

 騎獣が歩く。

 揺られていると、起こされた。

「陛下、到着しました」

「ああ、あー。寝ていたか」

「はい、ぐっすりと」

 老騎士が一人で轡を取ってくれている。

「他の連中は?」

「ヘンギスト殿、オイスク殿、お二方ともにお休みになられたようです」

「薄情な奴らだ」

「根が卑しいのです」

「おい」

「申し訳ありません」

 老騎士が若い奴を一人呼んで、騎獣を小屋に連れて行かせた。

 拠点は既に日が落ちている。

 残光の残っている通りには、いくらか人の姿が増えたようだ。明かりのついている家もあった。

「魔獣の肉を食べた者達は、いくらか元気を取り戻したようです」

「急場は凌げたかな」

「恐らく。資源の乏しい今の代王都では、貴重な光源にもなっています」

 油を搾ることができる魔獣が何体かいたらしい。ほくほくした顔で、ヘンギストが昨晩言っていた。ずいぶん高値で売りさばいたんだろう。

 生き残れるか分からない客は、金よりも役に立ちそうな物を手元に置いておきたがるようだ。魔術、戦術、会議と経験は積んできたが、商売については知識不足の感が否めない。

「陛下、お申し付け通りに夕食をご用意してあります」

「うん」

 保存用に塩漬けにした葉物とパンと魔獣の肉が浮いた汁が、私の部屋に置いてある。

 頭の固い連中はこう言った。

「王宮を管理できるようになった以上、儀礼を整えるべきである! まずは、陛下の食事をきちんと整えるべきだ!」

 目の前の襲い掛かってくる魔獣が居なくなり、権威の象徴の王宮を管理できるようになって、浮かれた奴らが現れた。

 一時的に危機が遠ざかっただけで浮かれている者がいる。正気を疑ったが、無理もない事のような気がしてもいた。

「今は戦時である」

 わざわざそう言って鎮静化させたのだが、今考えても馬鹿馬鹿しい。

 緊張感がないと、人は間抜けになるようだ。しかし、緊張させすぎると、反動でまた間抜けになってしまう。

 塩気の多い夕食を掻っ込む。

「本があればな」

 幼いときの祖父の屋敷での賑やかな生活から引き離され、王宮での儀式に溺れそうになった日々。友人もおらず一人で場外へ居場所を探していた時。本の中には想像力を刺激する世界が広がっていた。頭の中の世界では、母や祖父と引き離された孤独も、儀礼の中へしまい込まれた本心を探す苦労も無かった。

家族は死出の旅へと赴いた。味方かどうかも分からない連中の真っ黒な腹を探っている。

孤独だった。

闇の中で、ぼろい布切れに包まった。歯の間に詰まったしょっぱい葉っぱを取ろうとして、もごもごやっていると眠りに落ちた。

 どんなにつらい状況でも、朝日は昇るものだ。夢を見たような気がしたが、疲労と眠気で霞む思考の中にはとどまっていなかった。

「総員、準備完了しました」

「住民の移動も順調です」

「輜重隊進発」

 日の出前から始まっている仕事が済めば、いよいよ魔獣とご対面だ。

「陛下、お目覚めでしょうか?」

「起きている」

「具足をお持ちしました」

 失礼します、と部屋の内に金属が運び込まれる。

「鎧、兜、その他防具、他には剣をご用意しました」

「自分でつける、下がっていいぞ」

「は? いえ、しかし」

 全身を覆うような防具は一人でつけられないのが普通だ。

 私は戸惑う従者の前で、魔力を用いて制御文字を具足に書き込み、魔術を発動させた。具足が宙を舞い、ひとりでに私の身体に取り付き、固定されていく。

 使い終えた制御文字を消す。

「この通り、問題ない」

「はっ。失礼いたしました」

「もう時間か」

「はい、総員準備完了しています」

 派手な見送りは無く、勇壮な雄たけびも聞こえない。

 悲壮な、という状況はこういうものか。緊張感をその場にいる全員が共有している。細かい体の震えと、それを押さえつけるような圧。

 内側と外側の力のつり合いで、ばらばらになってしまいそうだった。

「ヘンギスト、オイスク、ベーダ、ギルダス。準備はいいか」

 ヘンギストは目を赤くしながら大きなくしゃみをした。

 オイスクが脂汗を流しつつ頷く。

 ベーダは柔らかく微笑んでいる表情だが、ピクリとも表情を動かさない。

 ギルダスは虚ろな目で何かを低く呟いている。

「陛下。点呼終わりました」

 神経質そうな若い騎士が伝令の報告を持ってくる。

「よし、進むぞ。指定された交渉地点近くの門で、合流する」

 徒歩で門へ向かう。

 騎獣は使えない。魔獣は、我々人種よりも敏感に魔力を感じるので兵は全て徒歩だ。なので、輜重を運ぶのも人力でなければならない。

 住民が王宮へ避難している。

 拠点は静かだ。

 甲冑に身を固めた騎士、思い思いの使い慣れた武器を持つ荒くれ、治療の魔術を習得した者達、魔術師。それぞれ違う足音を響かせる。

「陛下。前方に人影」

 魔獣の襲撃で破壊された門は開け放たれたままになっている。

「向こうも人数が多い。私が先行し、前衛と後衛を決めてくる」

 傍に控えていた老騎士が頷き、数人の騎士を呼ぶ。私は周りを固められつつ、屯している人影へ歩み寄った。

「殿下。少し定刻を過ぎておりますな」

「アルフォンソ殿。開口一番叱責とは偉くなられたものですな。それと、殿下ではなく陛下とお呼びになるのが正しい。すでに継承権は行使されておりますのでな」

「そこの騎士、何かほざいたか?」

「ええ、ほざきましたとも」

 言い争いを始めた老人二人は放っておこう。

「クラン、緊張しているようだな」

「あら、まさか」

 派手なドレスが女商人の身体を鮮やかに彩っている。

 その顔が、歪んで歯ぎしりをしていなければ、見とれていたかもしれない。

「さっきからぞのババアはぶつぶつ五月蠅かったぜ」

「ゲオルグ、逃げ出さなかったようだな」

 盗賊は磨いていた刃物を次々に懐へ仕舞いこんでいく。何本あるのか数えきれない。

「へっ、白々しい。お前が手を回したくせによ」

「何のことだか」

 会議に集まった面子はあと一人足りない。

「アラリック、もといボルテは来てないのか?」

 少し時間はある。待ってみようか。

「そいつらなら先に行ったぜ」

 ゲオルグは配下に集合の合図をかけた。

「先に行った?」

 わらわらと出てくる覆面の者達。

「ええ。あの方はあの方でやることがあるのでしょう」

 クランの周りで腰を下ろしていた商家の使用人たちが、立ち上がる。

「やること?」

「それが何かは聞かされておりません。殿下も知らないとなれば、あの禍々しい者達が殿下の意に従うことはなさそうですな」

 アルフォンソの手の合図で、身なりのいい騎士の一団が集結していく。

 準備は整っているらしい。

 いささか消化不良の感はあるが、誰も逃げていないのは間違いない。ここに集まっている戦力を手札に加えて、魔獣との交渉を進めよう。

「そろそろ日が昇るころだ。行こう」

 一度門の外へ出てから、私と代王国軍が他の勢力の前面に出た。

 後衛の指揮はアルフォンソだ。

 城壁の外に出てすぐに、横一線に並んだ魔獣と遭遇する。奴らの魔力を大気が伝えてくる。思わず剣の柄を握りしめていた。

 我に返って、指示を飛ばす。

「我々は交渉に来ている! 手を出すな!」

 我ながら無茶な指示だとは思うが、仕方がない。いくら目の前の生き物たちが、自分を一撃で殺せるとしても、交渉のためには耐えなければならない。

 戦わないということもまた、戦いなのだ。

 ここで叫び声を挙げ、魔獣を切り崩し、包囲を突破しようと考えたくなる。

「講和、交渉、話、話し合いだ、剣を抜くな、手を出すな」

 自制心を総動員する。

 遠目に見えている見張り櫓まで、魔獣の群れが二つに割れた。

 千人と少しの軍勢で、百万を数えた魔獣の中を歩いていく。私の手の平には、いつの間にか汗の染みが広がっている。

 手甲の中が蒸れてきた。外して、汗を拭いたい。

 外そうとした。

「―オオオォオォオン!」

 咆哮。魔獣。

 右の耳から左の耳へ、音の固まりが鼓膜を突破していった。

 耳に激痛、思わず両耳を抑える。

 騒然とした雰囲気が漂っているが、意味の取れない音しか聞こえてこない。状況を確認しなければ。

 見回すと、私の周りを中心に騎士たちがうずくまり、吠えた魔獣の近くにいた者達は気絶している。見知った顔の、神経質そうな騎士が震えていた。

「おい、大丈夫か?」

 自分の声は何とかわかる。

 騎士は、耳を抑えてうずくまっている。鼓膜が破れているようだ。

 治療の魔術は習っていないが、混乱している中で治療師は一人でも多い方がいいはずだ。

 やってみよう。

 しかしまずは、自分の耳で試してみよう。

「治療の魔術の基本は、体を流れる魔力を元に戻すことだ」

 慎重に、声に出しながら知識の確認をしていく。

「物理的な外部の刺激によって、体が元の状態から変化した場合、魔力の流れは変わらない。傷ついた部分の魔力の流れが一時的に滞るだけだ」

 以前読んだギルダスの母の著作、治療術の指南書の記憶を引っ張り出していく。

「魔力の流れが止まっていても、流れの痕跡を追うことができる」

 こめかみに指を置き、そこの感触から魔力の流れを手繰っていく。

 頬を通り、耳に入り、微細な流れに枝分かれし、集合して一つの流れになって頭部の奥へ入っていく。違う、行き過ぎた。

 太い流れを戻り、微細な流れの所で、鼓膜を流れている魔力の流れを思い出す。

「あった」

 薄い膜の表面を、渦を巻くように流れていた痕跡。

「ゆっくりと魔力を流しいれる、すると」

 かゆい。

「かゆい!」

 耳の中に指を突っ込んでかきむしりたくなるような感覚だ。ちりちりする。

 少しの間感覚に耐えていると、音が戻ってきた。

「ふう」

 集中していたためか時間が長く感じたが、僅かな間であったようだ。

「ほら、もう聞こえるだろう」

「あ、は、はい。恐縮です」

 目前の騎士を治療し、改めて状況を確認した。

 咆哮を挙げた魔獣は沈黙している。我々の混乱をにやついて眺めているわけでもなく、大きな目で淡々と様子を窺ってきている。

 あれに対しては放置で良いだろう。敵意を持った相手に対処をしないのは落ち着かないが、まずは交渉のために行くのだ。

 ベーダを中心にした治療師達が、素早く怪我人の手当てをしている。ギルダスはじめ魔術師達は涼しい顔だ、防御魔術を備えていたのだろう。ヘンギスト、オイスク、両人は魔獣に襲い掛かりそうな部下を制止していた。

「くそ、やられるくらいならやってやる!」

「馬鹿!」

 止め方が荒っぽい、怪我人を増やしてしまいそうだが、とりあえずこれ以上混乱はしないだろう。

 後衛は落ち着いている。愚痴はくどいが、アルフォンソは流石に老練な武人だ。

「ふう」

 一息つく。が、これはなんというか。

「私は何をすればいいのだろう?」

「陛下、しっかりしてください!」

「おお、神経質君」

「変なあだ名をつけないでください」

「それで? 私は何をすればいいと思う?」

「さあ…?」

 そうだった、こいつ、仕事ができるような雰囲気を出しているが、新人だった。

「わかりません」

 きりっとした顔で言うんじゃない。

「ふん!」

「へいかっ!」

 とりあえず無事なアピールをして、高い所から指示を出してみよう。

 無理矢理、神経質そうな騎士の背中に飛びつき、よじ登る。結構鍛えてあったようで、鎧を着た成人男性をしょっても踏ん張ってくれた。

「動ける奴から隊列を組みなおせ!」

 喧騒が収まってきた頃合いを見て、声を張り上げた。拡声の魔術を使えないのがつらい。

 声を張り上げて隊列を整えていく。神経質君はふらつきながらも歩き回ってくれた、あとで特別報酬を出そう。

「そこ! 抜剣の命令は出していない! 剣を仕舞え!」

 喉が痛くなってくるころ、何とか元に戻った。軍の指揮には大声の素質が必要だと思う。喉を鍛えなければならないか。

 神経質君に礼を言った。

 歩く。

 さっきの方向は手甲を脱ぐ動作が引っかかったのだろう。人種同士なら何でもない動作だが、魔獣相手ではそうはいかないということか。魔獣は鎧を着たりはしない。

 例外のように、鎧そのもののような魔獣はいるが、あれは体が鎧だ。多分脱げない。

 歩いた。

「お待たせしたようですね」

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