表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
九王記  作者: 荒木小吾
一章 西の大陸で
31/68

30話 会議・裏

 この地に眠る魔力を、母が吸い上げている。

「母上、今しばらくお待ちください。必ずや、お姿をこの世に再現させてご覧に入れます」

 答えは無い。

 かつての九王大戦にて、母をはじめとする原初の九王たちは姿を留められないほどに消耗し、眠りについた。

 九王の一角、蒼穹による封印により、我らは永い眠りについた。

 時折目を覚ますことはあっても、完全に意識が戻るには至らず、また眠りに落ちていく。その気だるい生を変えるきっかけとなったのは、十年前のことだ。

「月影様の眷属ですね?」

「―何者?」

「妖精種を束ねる者。妖花王と申します」

 そう名乗った者は、我らの魂を封じる封印を解いた。それきり会うこともない。

 奴が我ら兄弟姉妹と母を永い眠りから覚ましたのは確か。しかし、色濃い、夢幻の加護を持っていた。奴の眷属である以上、信用することは無い。

 かつての大戦時、母と同格の九王の一角である夢幻は、しきりと怪しげな動きをしていた。今度も、我らに味方するふりをして何かを企んでいるのやも知れない。

「それはともかくとして、だ」

「―」

 母からは魔力の波動を感じる。

「母上、もうしばらくです。もうしばらくで、我らの同胞を殺め続ける、憎き日輪の眷属共を皆殺しにできましょう」

 巨大な闇の卵の姿となっていた母を見つけ出したのは五年前のこと。

「シンゲツ様へ、月に封じられていたお母さまを降ろしておきました。でも、魂はまだ月に残っているので、そこは頑張るんだぞ。はあと」

 ふざけた文面の手紙に書いてあった場所に、母と弟妹の変わり果てた身体があった。妖花王が何かしたのかと、ねじ切ってやろうと思ったが、よく調べてみると封印の後遺症だったことが明らかになった。

 蒼穹に封じられた時、大きな痛手を負っていた母や弟妹たちは、封印から開放されたといえども、完全な状態とは程遠かったということのようだ。

 私は後方で全体の指揮をとっていたのが幸いして、無傷のままで封印された。

 他にも、援軍のために温存していた者や、連絡係などは万全に近い状態で復活することができている。

 母の変わり果てた姿の横に並ぶ、肉体の再構築されていない弟妹は、どろりとした黒い塊となってこの世にあらわれていた。

「弟妹達、今しばらくの辛抱だぞ」

 彼らとはまだ、会話さえもできない。

 封印の後遺症で、自力で成長も回復も出来ない不完全な体を復活させるには、魔力で物質を生み出し変形させなくてはならないが、彼らの魔力はかつての大戦で消耗しきったままだった。

 そこで、母と弟妹達に魔術の管を繋いでいる。

 周囲から魔力を吸い上げて流し込むための管だ。母を除く弟妹は魂と肉体が分離していない。なので、十分な魔力を与えれば、彼らの魂は自然の魔力を自分の魔力に出来る。

「復活すれば、今の世界を我らの手に収めることは容易かろう」

 復活したばかりの頃は大変だった。

 この世界の魔力の流れがずいぶん変わっていて、思うように魔力を集めることができなかった。しらみつぶしに探しても、魔力の流れは複雑に絡み合う細い木の根のようになってしまっていた。

 十分な魔力が手に入らない。

 細い魔力の流れを使うのでは、復活に何年かかるか分からない。

 あの時は焦ったものだ。

 三つに割れた大陸の内、北西の大陸にいることは分かったものの、世界の事情も分からず、生き残った同胞の子孫は、徐々に薄くなる魔力のせいで弱っていく一方だった。

 母の意志は確かめようがなかったが、私の受け継いだ母の意志は、迷いなく行動を起こすのを望んだ。

 海を越えることは出来なかったが、この大陸の魔獣は私の意志に従った。

 母の存在が伝説となるまで時が流れてはいたが、皆、魂でつながった同胞だった。

 会えば、初めてあったとは思えないほどに親密になれた。気持ちが良く分かった。思うことも一緒だった。

 家族の絆をあの時ほと感じたことは無い。

 同胞と共に戦い始めて数か月。

 辺境から始めた侵攻も、もうすぐ終わる。

 日輪の眷属の作った、クニ、というものを潰し、その縄張りとするところをもらい受け、我ら月影の眷属が心安らかに暮らすことができる土地を手に入れるのだ。

「しかし、油断はできない」

 母たちの場所から少し離れた所に、今動くことのできる弟妹達が集まっている。

「シンゲツ兄さん。まだ何かが起きるとお思い?」

 日輪の眷属が作ったのであろう石積みの建物に、私が入る。

 会議が始まる。

「マンゲツ姉様、また楽観論ですか」

 長女のマンゲツ。丸い身体が、ふわふわで柔らかな毛で覆われている。少々楽観的だ

「タチマチは悲観的過ぎ」

 三女タチマチ。甲冑で覆われた巨体だが、中身は空洞である。真面目が過ぎる時もある。

「姉さんたち、兄さんが来てるんだよ。喧嘩はしないでね」

 八男コモチ。太い筒の姿。気が弱い末っ子。収集癖があり、自分の体の中にコレクションをため込んでいる。

「ひとまず先手を取って、日輪の眷属より優位には立った。しかし止めはさしていない。気は抜けないぞ」

「反撃でもしてくるって? それは無いでしょう」

「姉さん。どうしてそう言い切れるの。兄さんの言っていることを少しは真面目に聞いて」

「姉さんたち、ずっとこんな調子なんだ。何かといえばすぐ言い争いになっちゃう。兄さん、どうにか言ってやって」

 宙に浮きながら呑気なことを言うマンゲツを、タチマチが掴んで地面に下ろして小言を言う。その二人からそっと距離をとったコモチが、コレクションの剣を拭きながら訴えてくる。

「マンゲツ、そんなことを言ってたから日輪に痛い目にあわされたんだろう」

「ちぇー」

「タチマチ、注意してくれるのはありがたいが、姉を乱暴に扱ったらだめだぞ」

「―申し訳ありません」

「コモチ、会議の時間だ。コレクションはしまいなさい」

「は、はい」

 十六個並んだ椅子の上。埋まるのは四つだけ。他にも復活した弟妹は二人いるが、今ここにはいない。

「それでは、会議を始めようか」

 いつか、家族が揃うために。

「兄さん。実際反撃の可能性ってどのくらいあると思ってるの?」

 椅子に大人しく座りなおしたマンゲツが言う。

「そうだな。はっきりとは分からないが、向こうを仕切らせている奴は、何か企んでいそうだな」

「このクニという集落の長の息子でしたよね。確か十番目の子どもだとか」

「九王の一角でもないのに、十人も子供を産むような奴がいるんですね」

「ねー」

 この面子だと話題がずれるな。

「反撃されそうなのに、なんで生かしておいてるのさ」

「そいつは東にある大陸の頭とは親戚らしい。生き残っている日輪の眷属共を、まとめてそこに連れて行ってくれるのが望ましいと考えてな」

「その生き残りってさあ、今すぐ片付けたらだめなの?」

「姉さん。兄上がちゃんとおっしゃったでしょう」

「え、あれ? 兄さん、そんなこと言ってたっけ?」

「コモチ、コレクションに夢中で聞いてなかったんでしょう」

 話を修正する者がもう一人欲しい。

「あー、うむ。わざと敵を残したのは、東にいる日輪の眷属共にこちらの情報を伝えるためだ。救援は無駄で、クニを奪回するには大群が必要だとな」

「へえ。東の連中のことまで考えてたんだ」

「当然だ。まずこの地に拠点を作る」

 そしてゆくゆくは世界を母上の望むままにする。

「日輪の眷属共は、一人も残さない」

 日輪の眷属共、我らの同胞の身体をいじくりまわし、自分たちの都合よく消費できる存在へと変えていた。

 荷物を運ぶ道具にされた。肉を食べられるために肥え太らされた。愛嬌を振りまくだけの矮小な存在に変えられた。

 許していい蛮行ではない。

「ひ、ひいっ!」

「コモチ、落ち着いて。兄上も」

「シンゲツ兄さん、落ち着いて」

 気づくと、弟妹が怯えている。

 魔力が溢れていた。

「すまんな、色々と腹に据えかねることが多くて、最近怒りっぽくなっているようだ」

「兄さんがそう思うのも無理ないよ」

 マンゲツになだめられてしまった。兄としてまだまだ至らないところが多い。感情で魔力の制御が甘くなってしまうとは。

「話を変えようか」

 コモチが遠慮がちに口を開いた。

「兄さん。母さんの体は?」

 そうか、コモチは気になるだろう。

 コモチのコレクションを色々借りて、母と、弟や妹達につないだ魔術の管を維持している。

「そうだな。はっきりと時間が分かるわけじゃないが、そう遠くはないはずだ」

「管の調子はどうだった?」

「よく動いている、何の問題もない」

「そう、良かった」

 魔力が十分に手に入らず、一旦保留にするしかなかった家族の復活は、手すきに始めた日輪の眷属討伐が大きなきっかけを与えてくれた。

「兄さんが日輪の眷属を連れてかえってきた時は驚いたけど、あんなことを考えつくとはな」

「ああ、手詰まりになった時は、やれることから始めてみようと言ったフツカは、正しかった」

 とある魔術師がいた。

 奴は封印されていた間の魔術の知識を膨大に所有していた。

「あいつは中々役に立っている」

 奴を使って、魔術を組み上げた。

 私一人で、あれほど繊細かつ大規模な魔術を作ったのは初めてだったが、今のところはうまくいっている。

 老いた日輪の眷属の魔術師を術式に組み込んでから数日しか経っていないが、復活へ格段に近づいている。

「ならば、母上たちの復活も目途が立ちそうなのですね。よかった」

「兄さんたちの役に立ててるなら嬉しいよ」

「後は、残りの日輪の眷属を追い出して、邪魔されないようにするだけね」

 魔術を操ることができる私が無傷で封印されていた。

 この集落に、私の不足した知識を補うことができる日輪の眷属がいた。

 魔術の補助に仕える品々をコモチが持っていた。

 他の九王が動くことができない状況だった。

「多くの幸運に助けられ、ここまでの道のりを歩むことができた。家族が全員揃うまで、気を抜かずに行こう。頼むぞ、お前たち」

 何が起ころか、はっきりと予測することはできない。

 相手はあの日輪の眷属達だ。

「はい! お任せください!」

「はーい」

「わ、分かりました」

 しかし、我々には家族の絆がある。

 封印から目覚めた時から、身動きの取れず無防備な家族を連れていたために、幾度も苦汁を飲ませられてきた。

 ある時は追われ、ある時は攫われた。が、今回ようやく一つの勝利を収める機会が訪れた。

 絶好の機だ。

「目にもの見せてくれる」

 かつての九王大戦の折、私は後方にいた。

 魔術による支援や、後方警戒、他勢力との折衝のまとめ、諜報、私が適任だと母に言われ、私もその通りだと思って役目を引き受けた。

 それでも、弟妹達が危険な目に遭っているのを見るだけなのは辛かった。

 敵を魔術で払いのけたかった。

 母に一度、本心を打ち明けたことがある。

「母上、私も前線に立ちたいのです。家族をこの手で守りたいのです。私の代わりは見つけています。どうか、どうかお願いいたします」

 母はこう言った。

「シンゲツ。あなたは臆病な子です。それは、長所でもありますが、同時に短所たりえる所です。我が子よ、あなたが戦場に立ったとき、あなたの心が折れることがあるやもしれません」

「そのようなことはありません。母上、私もこの世界に生きる上で、数多くの悲劇を目にしてまいりました。しかし、私は今ここに立っています」

「シンゲツ。よく聞きなさい」

「はい」

「あなたは家族を失う気持ちを考えたことがありますか? 家族を失う場面を想像したことがありますか?」

「それは―、そのような事態にさせないために、私は―」

「シンゲツ、我が子よ。戦場という場所は、そのような事態が起こりえる所なのです。あなたは、家族を失った場でも、敵を屠ることができますか?」

「―」

「あなたは優しい子です。賢い子です。そして、臆病な子です。どうか母の気持ちを察してください」

 母上に諭されて、私は前線に立つことを諦めた。

 言われた意味がよく分かったし、母上は私以上に私のことを理解してくださっているからだ。私が悩んだ時にはいつも相談にのってくれた。私が弱っていた時にはいつも励ましてくれた。

 そして、私が喜んでいる時も楽しんでいる時も、穏やかに見守ってくれていた。

 そんな母上のために敵を倒すことができないのは悔しかった。

 子どもを失う辛さを母上に味会わせたくはなかった。

 兄弟姉妹が傷つくのを見たくなかった。

 家族を守りたかった。

 戦いたかった。

 思いがある。

「失ったものを取り戻すのは今だ」

 今、心の内に秘めていた思いが溢れていく。

 魔力が高まる。魂が脈を打つ。

「母上の家を我らが取り戻す」

 応。

 椅子の上に座っていたマンゲツ、タチマチ、コモチが応じる。

 同胞に、私の思いは分からない。弟、妹にすら明かしたことは無い、かつての九王大戦の思い出である。

 まだ、心の底にしまっておこう。

 それを笑い話にできるのは、日輪の眷属を追い出した後だ。

「シンゲツ兄さん。向こうの様子はどう? まだ会議をやってる? そろそろ方針が決まったんじゃない?」

「そうかもしれないな、すこし確認しておこう」

 細い魔力の繋がりを辿る。

 私の魂から、日輪の眷属をまとめさせているウォーディガーンへ伸びている。正しく言葉を選ぶと、奴の魂と同化してしまった私の分身につながっている。

 奴の魂が思いのほか強靭で、分身を飲み込む力を有しているとは思わなかったものの、おおむね企みはうまくいった。

 魂は魔力で出来た魔力の器。魔力は魔力によってのみ操ることができる。

 戦力が集中していた館を攻めた時に、魂を魔術で分離し、奴に埋め込んだ。本体と分身は同じ魂を持っているので繋がりができる。魔力の道ができると言ってもいいが、繋がりを通じ、私には向こうの様子をうかがうことができている。

 魔力の道を辿る。

 分身の感覚が伝わってくる。

 私の意識を伝えた。

 分身は記憶を探る。

「シンゲツ兄上、どうでしたか?」

「ほぼ講和で決まったようだ。条件の交渉人を決めているようだな」

 辿った記憶には、会議の紛糾と戦力差への絶望感がある。昨日の会議は平行線で終わったらしいが、奴は夜の間に根回しをして意見をまとめてきた。

「奴は中々手際がいいな。次の満月に間に合わず、儀式を先送りする可能性もあったが、その心配はしなくてもよさそうだ」

「兄さん。それ本当!?」

「ああ、儀式の準備は進めておけよ、コモチ」

「分かった」

 根回しの結果、奴は今日の会議で主導権を握り、会議は講和意見で固まった。

「ふむ。日輪の眷属共は、明日全勢力を率いて我らの元へ来るようだな」

「全勢力を? 講和と見せかけて不意を打つつもりでしょうか」

「さて、それを考えていないわけではないようだが、それよりも武力行使をちらつかせて有利な条件を引き出そうとしているようだな」

「ほう、小知恵を働かせたわけですか」

「タチマチ。コモチ。マンゲツ。当日はお前たちも一緒に来い。他の準備は後回しにして、まずは邪魔者を排除することに集中しよう」

「はい」

 他にも色々を小細工を考えているようだな。

「マンゲツ。明日会う場所をここだと指定しておいてくれ。あと、ここの周囲に結界と、室内に入ることができる大きさの同胞を集めておいてくれ」

「ほーい。不意打ち対策だね」

「ああ、いくらか伏兵を使ってきそうだ」

「何処から来そう?」

「空と、あとは包囲の外からだ」

「分かった。別動隊で飛べる連中を用意しておくよ。そんで、残りの連中に外側を警戒するように言っておくね」

「ああ、それで十分だ」

「それとタチマチ、包囲網を調節して、確認をしておいてくれ」

「はいっ!」

 私の知らない文字で何か指示を出しているようだが、本文が分からなくとも前後の行動や考えで内容を類推することは容易い。

 覗かれていると気付き小細工をしていたようだが、まだまだだな若造。

「兄さんが悪い顔してるー」

「いつもと変わらないじゃないですか、姉さん」

「いやほら、角が丸くなってるだろう?」

「え!?」

「時々見かけたあれは、そういう感情表現だったのですか…」

 なにやら私の方を向いて囁き声を交わしている。

「お前たち、明日への備えはもう終わったのか?」

「今からやりますよ」

「申し訳ありません。すぐに取り掛かります!」

「いってきます」

 行ったか。

 どれ、私も術式の見回りに行こう。

「シンゲツ様」

「シンゲツ様だ…!」

「シンゲツ様―」

 今を生きている月影の眷属が、遠巻きに私を見てひそひそとしている。

 生まれた時代は違うが、家族なのだからもう少し打ち解けてもらいたいものだ。マンゲツならうまく打ち解けられるのだが、私は、彼らにどう声をかけたらいいか分からない。

 挨拶をしてみたことがあった。

 緊張させてしまった。

 魔術を使っている者を見かけたので、少し口出しをしてみた。

 緊張させてしまった。

 道に迷っていた時に、会議に使っている砦跡の方向を聞いてみた。

 緊張させてしまった。その上、逃げられてしまった。

 逃げられた後、一人で、魔術を使って方角を調べた。

 今考えるのは止めよう。一人でもできることはある。

「ほーら、ちゃんと自分の持ち場を覚えとくのよー」

「ちょっとー、マンゲツ様ー! 待ってくださいよー!」

「空飛ぶのはずるいですって!」

「私たちをおいていかないでくださーい!」

 明日の護衛を選んだマンゲツが、彼らを引き連れてうろうろしている。賑やかだな。

「こら! そこ! 脱出路と思しき通路は塞いでおけと言っているだろう!」

「はい!」

「おい、土持ってこい!」

「魔術使える奴! ここにも隙間あるぞ!」

 タチマチは、包囲網を一周しながら隙間を潰している。活気がある。

「そこの宝具、あそこにおいて、直接触らないようにね。魔力全部を吸い取られるから」

「ひええ」

「コモチ様、この道具はどこに?」

「それは、置く向きに注意してあっちに置いてきて。ちゃんと魔力の流れに沿わせないと、爆発して粉みじんになるからね」

「ひえっ」

 コモチは明日の夜の儀式を準備している。仲がいいな。

 明日の夜は満月になる。

 空に二つある月の内、母の魂がある大きな月が真円を描く。

 中天にさしかかった機に合わせ、私の用意している肉体へ、魂を降ろすのだ。

 その準備を、皆仲良くやっている。

 なのに私は一人。

 これを考えるのは止めよう。作業に集中しなければ。

「ここの術式が甘かったか」

 管から魔力が漏れている部分を見つけた。一度に大量の術式を創り上げたので、後々見返してみれば粗がいくつもある。

 母上の肉体を再構築するためには純度の高い大量の魔力が必要になる。この大陸のあちこちから魔力を引っ張ってきているが、突貫で作った魔術の管は穴だらけといっていい。

 そのため、もったいない事にこの辺りの魔力濃度が異様に高くなってしまっている。

 漏れた魔力は自然と流れに吸収されるとは言え、一定時間に吸収される魔力には限界がある。

 明日の夜に儀式を行うと考えると、現状注ぎこんでいる魔力の量は少し心もとない。

「これでよし」

 魔力を手っ取り早く増やす方法はないので、ちまちまと穴を塞いで、少しでも多い魔力を流すことができるように、作業を進めていくしかない。

 穴を見つけた。

 穴を塞いだ。

 穴を見つけて、塞いで、また見つけて、また塞いだ。

「そろそろ月が沈むか」

 日没、月の出、月の入り。

 同じことを繰り返す作業に没頭していると、時間の経つのが酷く早い。

 日輪の魂を封じている太陽が地平線から顔を見せる。

「そこで見ていろ、日輪。我ら月影の眷属が勝利する様を」

 同胞が奴らの集落を取り囲む。

 弟と妹が集まって待ち構えている。

 私も砦跡へ着く。

「シンゲツ様、ご到着です」

 会場の護衛役に挨拶をする。

「兄上」

「いよいよです」

「遅いよ兄さん」

 待った。

「来たか」

 奴らが来た。

「お待たせしたようですね」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ