2話
あくる日。吹雪が一晩で止んだので、俺たちは皆の待つシャンダル村に戻ることにした。
街道を外れ、けもの道を行く。
結局アラリックはついてくることになり、今はオドが抱き抱えている。
金貨一枚につられたというのもあるが、樹人の言っていた頼みたい仕事の詳細を知っていると言うので、怪しい話だと思ったが、一応村に連れて帰り、村長代理の義理の弟と話し合うことにした。
儲け話は大いに越したことがないからな。
前に抱えたアラリックは、つるつるの黒い頭の触り心地が気にいったらしい。
早朝に拠点にしていた洞窟を出発してから、ふさふさの手でずっと撫でまわしている。おかげで俺の頭は冬の澄んだ晴天から降り注ぐ太陽を照り返し、輝いていた。
他の四人も、それぞれに食料、獲物の盗品、野営道具、防寒着などを背負っている。オドはアラリックにも背負わせようとしたのだが、傷が痛むと突っぱねられ、荷物を背中に、アラリックを前に抱える羽目になった。
せめて荷物は分散して持ってほしいと弟分に頼んだのだが、アラリックが、怪我をさせたのがオドで、自分が女だと言うや否や、弟分たちは女の子を傷つけたなら責任を取るべきだ、と主張し始めて今に至る。
いつからこいつらは騎士道に目覚めたのだろう。
昨晩は大騒ぎをした挙句、全員疲れて気絶したように眠ったので、村に戻る道すがらアラリックとのやり取りを弟分たちに話した。
「女の子に怪我をさせただけじゃなくて、泣かしたんですか!」
第一声がそれか。
「兄貴、見損ないましたよ」
「最低です」
「昨日何度も殴りやがって!」
最後の奴、なんか違うぞ。
「しょうがねえだろうが、あの時必死だったし、アラリックのことを魔獣だと思ってたんだからよ」
アラリックが耳元でアラと呼んでもいいのだぞと、小声で話しかけてきたが無視した。こいつのせいで俺の株は底辺近くまで下がってしまったのだ。
愛称など一生呼んでやるものか。
「どうかなあ?」
「だよなあ」
「だなあ」
「うんうん」
弟分たちが意味深な同調をしている。
「何がだ?」
聞きたくはなかったが、ちらちらとこちらを見てくる弟分たちの視線が鬱陶しく、気になって訊ねてしまった。
「いやあ、兄貴はあの時、すごく怖がってたからなあ」
「恐怖は人を狂わせる」
「おっ、なんかかっこいいなその言葉」
「怖がってると、普段しないようなことをしちゃいますからねえ」
言われたい放題だが、おおむねその通りなので何も言い返せない。いらだちを込めて足元に転がっていた石を蹴り飛ばす。
その石は、近くの木にとまる、変なくちばしをした鳥の頭にあたった。頭蓋を砕いたその鳥が真っ逆さまに落ちてくる。俺はアラリックを抱えていない方の手でそいつの首を掴んだ。
「うまいものだな」
「お、おう」
アラリックに褒められた。当たったのは偶々だったが、ちょっと格好をつけたかったのであえて訂正はしなかった。
「今日の昼飯はこの変な鳥と、この辺の野草だな」
「食えるのか、その鳥」
アラリックが聞いてくる。
「あんまり美味くないが、毒は無い」
「そうなのか」
表情は変わらないが、疑っているようだ。
「俺たちは盗賊よりも猟師と農夫のほうが長いからな、まあ信じろ」
「そうか」
一瞬、アラリックは何か聞きたそうな顔をしたが、すぐに表情を戻した。変な気を使っていやがるな。
「じゃあ、俺らで野草集めてきますね」
「おう、頼んだ」
けもの道の途中に開けた場所がある。以前はここを拠点にして盗賊をやっていた。その時に蓄えた薪がいくらか残っている。
およそ村から半日といったところか。ここで昼食にして、夕方に到着するのが良いだろう。
昨晩の吹雪で野草はほとんど雪の中だが、見つけ方を知っていればそれほど苦労はしない。
「おい、オド。こんな真冬に野草など本当に有るのか?」
「うん?」
アラリックが妙なことを聞いてきた。
「木の根元とか、小さな獣の住処とか、土の中の根っことか、いくらでもあるぞ?」
「そうなのか」
こいつは樹人と旅をしてきたと思っていたが、それにしては妙なことを聞く。
「お前、良くそんなんで旅を続けられたな」
思わず口に出したその言葉を聞くと、アラリックはうっすらと笑った。
「いや、ほとんど旅と呼べるものはしていない。あの樹人と初めての遠出に出発したのは、お前たちに襲われる前日だ」
「そうだったのか!?」
どうにも旅慣れていないのはそういうわけか。
「じゃあ、そもそもなんであの樹人と一緒だったんだ?」
アラリックはまた薄っすら笑った。
「オドは人の心にずかずかと踏み込んでくるな」
そうだろうか。特に自分ではそう思ったことは無いのだが。
さっき取った鳥の羽をむしって、鍋を荷物の中から引っ張り出し、雪を入れ、火を起こす。
「だってよ、気になるだろ?」
俺は気になったことをそのまま聞いただけだ。
「なるほどな、オドがどんな奴かだんだん分かってきた」
鍋に入れた雪が解け始めてきた。
「へえ、そうかい」
「ああ、それでな、一つ聞いてもいいか?」
荷物の中から今度はナイフを取り出し、鳥の腹を裂いて臓物を出し、土に埋めた。
「俺たちが盗賊をやっている理由か?」
アラリックが目を丸くする。
「すごいな、どうしてわかったんだ」
「お前が思ってるより、俺が賢かったからだな」
「なんだ、その理屈は?」
またアラリックが笑う。だんだんこいつがどんな風に笑うのか分かってきた。俺もこの外見だから表情は分かりにくいと言われてきた。こいつもそうだったのかもしれない。
「別に、何でもないさ」
鳥を人数分に切り分けていく。
「俺たちが盗賊をやっている訳は、村に着いてから、お前の身の上話と一緒に聞かせてくれ」
「ああ、それで構わない」
鍋の中で雪解け水が煮立ってきた。
「後、半日も歩けば到着する。傷の具合はどうだ?」
「問題ない」
急にアラリックが口ごもる。
「その、背負ってくれて。あの」
「気にしないでくださいよ! アラさん!」
もうアラさんと呼んでいるのか、こいつは。
「そうそう、兄貴は頑丈なんですから」
「どんどんこき使っていいんですよ」
「二、三発殴っても怒りませんよ、きっと」
野草を抱えた弟分達が戻ってきた。
「さて、飯にしようか」
昼飯は、野草のえぐみと鶏肉のくどい血の味で、酷く不味かった。それでも、今の時期に腹いっぱい食えるだけで有難い。食い終わると、俺たちは村への帰路に戻った。
そして夕暮れ時。
村に帰ってきた。
「ここが、オドの村か。なんというか、皆、疲れているようだな」
アラリックがそう言いたくなる気持ちは分かる。
村と言っても毛皮や骨で作ったテントと、雪を被った狭い畑がぽつぽつとあるだけだ。
此方に気づいてやってきた村人も皆やせており、顔色が悪い。
「ま、とにかく親父に報告だな」
「親父というと?」
「このシャンダル村の村長さ」
「オドは村長の息子だったのか!?」
アラリックが突然大声を出した。耳が痛い。
その声を聞きつけて、村の連中更に集まってきた。こんな大所帯で親父のところに行くわけにはいかないので、弟分たちに村の奴らの相手をしてから盗品を収めるように言うと、アラリックを抱えて親父のテントに向かう。
「なんだか老人と子供ばかりだな」
「まあな。働き手は今ほとんど出払っている」
アラリックはその一言で察したらしく、口を閉じた。
親父のテントが見えてきた。
村長の住まいだからといって格別豪華というわけではない。不気味な頭骨を入り口に飾っているくらいだ。
これは親父が成人の日に村総出で狩った魔獣だと言う。やたら棘のついたそれに何度引っかかったことか。
そのたびに親父に拳骨を落とされたものだが、痛がるのはいつも親父のほうだった。それでも、他の奴らと同じように叱ってくれるのが嬉しくて、わざと骨を落っことしたこともあった。
「親父、入るぞ」
アラリックと中に入る。
中には床に就いた親父と義理の弟のオズがいた。親父はまた痩せたように見える。
「父さん、義兄さんが帰ってきましたよ」
アラリックの異形に驚いた素振りを見せたが、俺の外見で慣れていたオズは何事もなかったように親父を揺り動かす、どうやら親父は寝ていたらしい。
「うん? あぁ、分かった分かった」
親父が目を覚ました。
「親父、帰ったぞ。今回は大量だ」
親父はゆっくりと頷いた。
「それで、冬は越せそうか?」
掠れた声で問いかける親父にオズが答えた。
「はい、今年の冬は誰も死なずに済みます」
「そうか、なら良かった」
それだけ言うと親父は目を閉じた。
オズに促され、テントを出る。
「父さんの具合はますます悪くなっている。口を開けば冬を越すことばかり気にしているんだ」
「そうか」
かつての逞しい狩人の面影は、今の親父には全く残っていない。
「あ、あの」
アラリックが重い空気に耐えかねたように口を開いた。
「ああ、そういえばこの子は誰だい? さらってきたの?」
人さらいと一緒にするな。
「こいつはアラリック。今回、一番の収穫、かもしれない奴だ」
オズはアラリックを上から下まで丹念に眺めた。
「ふうん、よろしくね。僕はオズ。オドは義兄弟の義兄さんにあたるんだ」
オドはにこやかに名乗った。どうやら特に怪しいと思ったところは無いらしい。こういうところは本当に俺と似ていない。
「あ、ああ。アラリックだ」
アラリックの様子がおかしい。俺たちに名乗った時と違ってなんだかおどおどしている。
だが、ひとまずそのことは置いておき、オズに樹人を襲ってから仕事を頼まれた件を説明した。
「その話も気になるけど、先に今回の獲物を見せてくれる?」
「もう運ばせている、見てくると良い」
一日歩きっぱなしで疲れているので手で追い払う。オズはその手を抑えて体をこちらに寄せ、こんなことを囁いた。
「義兄さんに貯蔵庫を確認してほしいんだ」
張り詰めた雰囲気はいつも穏やかなオズにしては珍しい。
何事かと思い、蔵として使っているテントへ向かう。村の中で最も大きいそのテントになかには、今までこつこつと奪ってきた貯えがあったはず。だったのだが。
「これは」
テントは破壊され、貯えは無くなっていた。
「いったい、何が」
「三日前に、魔獣が襲撃してきたんだ」
「魔獣だと?」
この辺りに魔獣がいる痕跡はなかったはずだ。ここを拠点にする前に、入念に確認している。
「突然現れて、貯えを食い散らかし、蔵を粉々にして去っていったよ」
「嘘だろ」
足の力が抜け、立っていられなくなって膝をついた。目の前が真っ暗になる。
「見張りも気づかなかったんだ。いきなりテントがいくつか吹っ飛んで、何人か食われた。貯えに気づかれて、あっという間に全部奴の腹の中だ。追おうとしたけど痕跡が何も残っていなくて諦めざるを得なかった」
嘘だと思いたかった。しかしオズの重苦しい表情とテントの残骸は間違いなく目の前にある。
今まで、誰も死なせないために、他人の財産を奪い、盗賊として手を汚してきた。まっとうに生きている人達から奪って積み上げた生きる糧が、一瞬で無くなる。
そんなことなど信じられなかった。受け入れられもしなかった。
「この時期だ。さっき義兄さんが言っていた金貨があってもどこも食料は売ってくれない」
「そうだろうな」
皆、これから本格的に厳しくなる冬に備え、一口分でも多くの食料を貯えているところだ。いくら金があったとしても売ってくれる奴などいない。
「それぞれの家にあった分でどうにか凌げるのは、ひと月」
ひと月。
それを過ぎれば、全員飢え死にする。
「ならば、私の話を聞いてくれないか」
ふっと視界が戻り、黒い獣の瞳が見えた。
抱えていた俺の腕から降り、痛みに顔をしかめながら自分の足でしっかりと立つ。
「義兄さん、アラリックさんの仕事の話をちゃんと考えよう」
「それしか、ないな」
胡散臭いと話半分にしか聞いていなかったが、樹人の仕事とやらが一筋の希望になるかもしれない。僅かな希望だが、それに縋らなければ立ち上がることも出来そうになかった。
「アラリック、オズ。まずは三人で話をしよう」
オズと俺が使っているテントに移り、三人で竈を囲んで座る。口火を切ったのはアラリックだ。
「ではまず、仕事についてだが」
アラリックが言い終える前に俺は口をはさんだ。
「まず、お前の身の上を聞かせてもらおう」
「義兄さん、今はそれどころじゃ」
「いや、こいつを聞いてからでないと、俺はアラリックを信用しねえ」
アラリックと俺の視線がぶつかる。俺は目を逸らさず、じっとアラリックの獣の瞳を覗き込み続けた。
「でも」
「分かった。まずは私の話からだな」
まだ何か言いたそうなオズだが、アラリックが話し出すともう口は挟まなかった。
「私はおよそ二十年前、このシャンダル村と同じような辺境の村で生まれた。村の名は知らない。それにもう、その村は存在しない」
そう言うアラリックの表情は良く読み取れない。
「父も母も普通の農夫で、つつましくも平和な家庭を築いていた。しかし、そこに異形の私が生まれてしまった。化け物を生んだと言われて、両親は村でひどい扱いを受けたらしい。私を捨ててしまえば済む話なのに、そうしなかったのは何故だろうな」
オズが竈に火を入れた。テントの中が仄かに温まり始める。
「そんな両親だが、二人目の子を授かったとき、ついに私を森に隠した。殺さなかったのは優しさなのか、それとも自己満足なのか、難しい所だ」
俺は竈の火に薪を突っ込んだ。火が僅かに小さくなる。
「そのまま私は森で育った。僅かだが両親が食料をくれたし、そのころには爪も牙も生えそろって小さな獣くらいなら狩ることができたし、毛皮のおかげで凍えることもなかったから、生きるのには困らず、そのまま歳月が流れた」
そこでアラリックは大きく息を吐き、テントの隅に置いてあった水がめから水を汲んで飲み干した。
「そして一年前のことだ、村が魔獣の大群に襲われた。私はその時森の中のねぐらに居て、気づいた時にはその大群が驀進する真っ只中だった。あちこちを踏まれたり、引っかかれたりしたが、夢中でもがいているうちにいつの間にか辺りは静かになっていて、村の方向に火の手が上がっているのが見えた」
アラリックの表情が暗い。目が虚ろになっている。
「村は全滅だった。皆食われたのか、肉の欠片と血の匂いしか残っていなかった。あちこち両親を捜し歩いて、疲れと空腹で気を失い、そこを旅の騎士に拾われた。そして近くの町の樹人の家に運ばれて、しばらく手伝いをしていた。そこで読み書き計算を覚え、顔を隠しながら様々な人と出会い、初めての遠出で襲われた。あとはお前たちの知っての通りだ」
沈黙。
「そうか」
俺はそれしか言えなかった。オズは黙り込んだままうつむいている。
今の話で一つ分からないことがあったが、とても聞くことはできなかった。
「では、次にお前たちの状況を教えてくれるか?」
「え?」
オズが顔を上げ、素っ頓狂な声を上げた。
「そういう約束をオドとしたんだ」
そっけなくアラリックが言う。
そういえばそうだった。話の重さにすっかり今までのことがどこかに飛んでいた。
「そうだったな」
「そうだったんだ」
オズが納得したところで、俺は今のシャンダル村の状況を話し出した。
「まず、ここは元々村があった場所じゃない。本当はもう少し北に俺たちは住んでいたんだ。人も今の倍はいて、閉鎖的だったが、なかなかいい暮らしをしていた。さっき会ったじいさんを筆頭に、凄腕の狩人たちがごろごろいてな、そいつらが大型の獣を狩って来ると村中お祭り騒ぎだったよ」
「猟師の村だったのか?」
「いや、猟だけじゃなくて、畑も作っていた」
「半農半猟ってやつだね」
オズが口を挟む。
「平和な村だったが、夏頃、突然獲物がぱったり取れなくなった。しばらくは畑の作物と備蓄した食料で凌いでいたんだが、それにも限界が来てな、とにかく獲物のいるところにいこうと引っ越しを繰り返し、ここにたどり着くころには村人は半数が飢えて死に、残りもこの冬をとても越せない状態だった」
「それで、他から奪うことにしたんだな」
静かな声からは軽蔑は感じられない。
「ああ、そうだ」
あの時は村中がてんやわんやだった。当然、盗人になりたくない奴らもいて、そいつらは村を出て行ってそれきりだ。一方で、俺たちは残った。
どっちが正しいかなんて、誰にも答えはわからないだろう。
「村や町の食糧庫は人数が足らなくて襲えなかったから、街道で追いはぎをしていた。金なんて今まで必要じゃなかったんで、盗賊を始めるまでは硬貨なんて見たこともなかった。初めに襲った行商人が命惜しさに、金を置いて行くと言った時は、何を言っているのか理解できなかったな」
「とまあ、そんなこんなでやっと手に入れた冬を越せるだけの食料を魔獣に食われてしまったのさ」
「あっ、なに人の話を勝手に纏めてんだ!」
オズが勝手に話を終わらせてしまった。涼しい顔で俺の文句を聞き流し、オズは期待を隠せない様子でアラリックに詰め寄る。
「さて、そろそろ仕事の話をしましょうか」
「あ、ああ、そうだな」
オズの剣幕に押されたのか、アラリックはオズと少し距離を置いた。
「樹人の商人の言っていた仕事というのはな、狩りだ」
「狩り?」
俺とオズの声がきれいに重なる。
「狩りなら、やったことがあるどころの話じゃねえぞ」
「普段の僕たちがやっている狩りとは違うのかい?」
オズの言葉にアラリックは頷いた。
「そうだ、村や町の依頼を受けて行う狩りになる」
竈の火が音を立てて爆ぜた。
「その、依頼ってのはなんだ?」
「そうだな、例えば、ある村の近くの森に、凶暴な獣がやってきたとするとどうなる?」
どうなるのだろう。
「どうなると言われてもな」
「村の人たちは不安になるでしょうね」
オズは事も無げに答えた。
「そうだな、森は食料や燃料の調達に欠かせない場所だ。そこが安全ではなくなると、村はまずいことになる」
そうなのだろうか。話についていけていない。
「まあ、そうだろうな」
一応分かったふりはしておこう。
「しかし、村人たちも黙って見ているだけではないでしょう? 獣なら追い出すなり、狩りをするなり、方法はいくつもある」
オズの指摘にアラリックは頷く。
「うむ、お前たちのように猟に慣れた者たちならそうだろうな。だが、そうではない者も多いのだ」
「そうなのですか?」
「ああ、この今のシャンダル村の位置より更に南に下がると、猟の経験がある奴はほとんどいない。そういう奴らは、腕っぷしの強い奴らを金で雇って、獣を狩らせたりしているそうだ。そして、南ならここよりもずいぶん暖かい。まだ食料も出回っているだろう」
「ほほう、面白い話ですね」
オズの眼が輝きだす。こいつの頭では、今、様々な想定をしてこの村が生き残る道を探っているのだろう。
「だな」
俺も南では猟師が金を稼げるということは分かった。
「その気になったようだな」
「ええ、今後の方針は決まりました。南で猟をして、食料を調達することにします」
オズがここしばらく見せていなかった明るい表情をしている。
「ただ、残りひと月でおよそ百人分の食料を集めねばなりません」
「そうだな、残り時間のことを考えると、いきなり代王都を目指すのは難しいだろう」
「代王都、ですか?」
「そうだ、樹人商人の本拠地は代王都にあると言っていた。最終的にはそこで奴が回してくる仕事で稼ぐのが良いだろうな」
そういえば、弟分たちがそんなことを言っていたような、いなかったような。あいつらの説明は下手すぎるんだ。
「なんだか、大きな話になってきましたね」
そこから、距離がどうだ、旅費がどうだと難しい話になった。
俺は移動の疲れもあってうとうととしてきて、いつの間にか眠りこけてしまったらしい。
夢を見た。月が話しかけてくる夢だ。
話しかけてきているのは分かっても、掠れた声だったので何を言っているのか分からない。
ただ、無性に懐かさを感じる声だった。




