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九王記  作者: 荒木小吾
一章 西の大陸で
29/68

28話 二日

 宝物庫に泊まった。

「ぶつぶつ、ぶつぶつぶつ」

 硬い床だが、初陣の時に体験した野宿に比べれば、気温の変化が少ない分凌ぎやすかった。

「これが、こうで、あれが…」

 目を覚ましたのは、何時ごろだろうか。窓が無いので日差しで時刻を知ることができない。

「確か、あそこにあれがあったな」

 目の前を古びた巻物が浮いていく。

 物語に出てくるような、如何にもな魔術師の格好をしている少年。ギルダスは眼の下に濃い隈を張り付けて、宝物庫中の奇書珍本を読み漁っている。

「寝てないのか、ギルダス?」

「そのようですよ」

 金髪金目の美青年が軽く弾んだ息を吐く。ベーダは早朝だというのに体を動かしている。

「昨日は同じタイミングで寝たよな?」

「夜中に起きだしたのではないですか?」

 焦っているように見える。私は、今日を入れてあと三日で、魔獣たちに人種の代表として会わなければならない。

 ギルダスはどうなのだろう。

「あなたたち、さっきからうるさいですよ。集中が途切れてしまうじゃないですか」

 視線は古びた巻物の上を走りつつ、声だけこっちに飛んで来る。

「ギルダス、何をそんなに焦って読んでるんだ」

「父親が生死不明ですから」

 皮肉でもなく、憤怒でもなく、淡々とギルダスが言う。

「―私の力不足で」

「昨晩聞きました。そしてこう言いました、無理もないと」

「すまん」

「ふん。できることをやるしかないんですよ。私もあなたも」

「そうだな。分かった」

 気を引き締めねば。私には、まだまだするべきことがある。

「ウォーディガーン、これだけの英知を何年で己の糧とできると思う?」

「さあ?」

 急に話が変わるな。

「一生かけても足りないだろう。それだけの数と密度だ」

「まあ、国の全てがここのあると言えなくもないからな」

 一応国立図書館と言えるものだ。もっとも、東大陸のレムス王国と比べれば騎士と盗人ほども違うと聞く。一番目の兄から聞いたような気がする。

 兄は確か、代王の後継者としての顔見せで行ったはずだ。

「そうだ! いくら読み、書き、学んでも! 途切れることのない英知がここにある!」

 こんなに喜んでくれるなら、ギルダスにレムス王国の宝物庫を見せてやりたくなるな。

「それはさておき、陛下、今日はこれからどうするのですか?」

 ベーダはあまり興味がなさそうだ。ギルダスの昂りに少しも引きずられていない。

「今日は、ボルテの所に行って交渉だな」

「樹人の商人でしたね」

「ああ」

「一回追い返されたんでしょう? どうするんです?」

「まあ、王様らしくやってみようかと思ってるよ」

「上手くいくといいですね」

「分からん。が、今の私にできるのは新米魔術師と新米代王のどちらかだからな。可能性の高そうな方の役を演じてみようと思う」

 今日の予定を擦り合わせつつ、朝食をとった。

「じゃあ行ってくるが、くれぐれも壊すなよ」

「当然です」

「私もよく気を付けておきますよ」

 ベーダとギルダスはここに残る。三日でどれだけのことができるか分からないが、ギルダスは新たな知識をむさぼりたいらしい。

 明日、私とヘンギストの拠点で勢力の集会をする予定なので、使い魔を何匹か呼び出して手紙を書いた。これで後は商人を説き伏せるだけだ。

 入り口に立てかけてある目録の魔術がかかった道具を操作する。ギルダスに作ってもらった制御文字式が魔力で淡く光ると、小ぶりな書物が現れる。

 目録のコピーをとって、宝物庫の外に出た。

 ここからボルテの館へは少し歩く。

 騎獣を連れてくればよかった。

 魔獣や住民の死体が腐っている。匂いのする中を一人で歩く。

 魔術で匂いを防ぎ、空を飛ぼうとも思った。

 なぜか、母の顔が浮かんでやめた。

 食い散らかされたはずの死体は、王宮の中にあっただろう。自分はそれを見れなかった。ベーダがいて良かったのだろうか。見ざるを得ない状況に追い詰められれば、私はもっと母の死を受け入れられたのだろうか。

 歩きながら、しばしば母の顔を思い浮かべた。

 気付けば、木が見える。

 館についた。

 緑深く生い茂っていた館を囲う樹木の砦は、変わり果てた姿になっている。

 青く茂った葉も、空を覆う枝も、萎れてくたびれて、館の周囲はすっかり命の気配が失われてしまっている。魔術の防御も掠れて消えかけていた。

 あれの影響だな。空間を我が物顔で占めている管がある。無色透明で、物体を貫通し、魔力を吸い上げる管だ。

 城壁の外にある存在へ、魔力を集めているらしい。

 木の股を使った門から中に入る。

「あん?」

「え?」

 目つきの悪いもふもふの生き物がいた。大きい、私の倍はありそうだ。

「なに見てんだよ」

 目つき同様口も悪い。

 しょりしょり音を立てて、生の野菜をかじっている。

「つーか、誰だよ」

 傍らに置いてあった瓶、酒瓶に違いない。きつい匂いのする度数の高そうな液体を流し込んでいる生きものにしばらくあっけにとられていると、館の中から誰か出てきた。

「陛下。またおいでになられたのですね」

「へいか、塀か? いや、ここにあるのは塀じゃなくて木だろう」

「酔っぱらいは黙ってて」

「へーい」

 角、尻尾、黒い毛。

「君はアラリックだったな。そっちの方は?」

「そう。私はアラリック。こっちは南大陸からの客人で、今は私たちと一緒にボルテさんに雇われてるアスラウグさん。南大陸出身の獣人種」

 アスラウグという獣人は、長い耳の後ろを掻いている。

「始めまして、この代王国を治める、ロムルス・ウォーディガーンといいます」

「ん。よろしくな」

 アスラウグは眠そうだ。

「またボルテ殿に会いに来た。今、ご在宅かな?」

「うん。いるよ。ついてきて」

 獣人はごろりと寝転がった。昼寝を決め込むようだ。

「行ってらっしゃい」

「あなたも一緒」

 アラリックがそういうものの、既にいびきをかいている。

「全く、しょうがない」

 運ぶのを手伝おうかと申し出ようと思いきや。

「いくよ」

 何でもないようにアラリックはアスラウグを片手で引きずっていく。

「あ、ああ」

 この少女、何者なのだろう。それと、一緒にいたオドアケルという青年もだ。人種とは考えにくいが、魔獣というわけでもないようだ。

 魔獣の長に近い存在なのかと考えるが、あの黒い箱や、ギルダスがあしらわれた空洞の巨大な鎧に比べるとはるかに人種に近い。

 フリティゲルンと同じなのかもしれない。

「ちょっと待って、この部屋にオドが寝てる」

「寝てるのか」

「寝坊助なの」

 引きずっていたアスラウグの足を放り出して、ある部屋の中に入っていった。アスラウグはいびきをかいている。階段を上ってくる時に頭をぶつけていた、しかし寝ている。

 寝不足なのかもしれない。所々が汚れているし、ちょっと臭いがする。夜通し何かと戦ってきた、そんな感じだ。

 アラリックが出てくる。真っ黒な青年を引きずっている。

「陛下。オドはまだ起きてない」

「そのようだな」

「んがががっ!」

 二人いっぺんにいびきをかいた。

「行こう」

「そ、そうだな」

 すこし、いや大分浮世離れしている子だ。悪い子ではなさそうだが。

「なあ、今いくつだ?」

「年齢を、聞いてる?」

 きょとんとする仕草が可愛らしい。

「ああ。何歳なんだい?」

「多分、十五?」

 年齢がはっきりしないのは、捨て子か何かか。

 生まれた時にこの外見だったとすれば、何となくこの子の生い立ちは見えてくる。

 悪事に手を染めているような、薄暗い感じがしないのが救いだ。いい仲間や友人に恵まれたのだろうな。

「そうか、実は私の師匠も十五なんだ」

「いくつですか?」

「ん?」

「陛下のお歳は?」

「私か、私は二十だ」

「年下なのに、師匠なんですか」

 不思議そうだ。

「まあな。魔術の師匠なんだが、彼に関して言えばこの代王国に彼を凌ぐものは少ないだろうな」

「そうですか。つきました」

 前回来た時と同じ応接間に通された。両手のふさがったアラリックがオドアケルとアスラウグの足を落とそうとすると思って、私はそそくさと扉を開く。

「陛下、再びのご訪問嬉しく思います」

「また来てしまった。忙しいだろうにすまんな」

 室内に入って思った。館全体が徐々に弱っているのかもしれない。魔術が家の隅々に張り巡らされていたのか、魔力を変質させたもので家を建てていたのか、どちらかだろう。

 魔力を吸われ続けて弱ってきている。

 椅子に腰かけると、きしんだ音を立てた。

「要件は、前回と同じですね?」

「まあそうだが、今度はきちんと報酬を持ってきた」

「ほう、潰れかけの国に、どんな資産があるのでしょう」

「手厳しいな」

 苦笑しつつ、懐にある巻物を取り出した。

 ボルテの眼が細くなる。一筋の皺にしか見えなくなる。

 白い木の肌のような皮膚と相まって、今の外見は木が服を着ている風に見える。

「魔術的な品のようですが、さほどの値段はつけられませんよ」

「これは目録だ」

「ほう」

 宝物庫の目録を机の端まで広げる。転がってはみ出す巻物は、床に落ちることなく宙を転がって、部屋の壁にぶつかって止まった。

「まあ、ざっと目を通してくれ」

「と、言いますと?」

「買うのは、お前たちの時間。払うのは、この国の宝だ。何でもいい、そこにある宝物庫の目録から好きなだけ欲しいものを選んでくれ。代わりに、私はお前たちを雇いたい」

 ものでも投げるように、ぽん、と言葉を放り上げた。

 どこに落ちるかは、ちょっと読めない。

「あまり商人のやり方が分かっておられないようですね」

 顔にある二つの皺からは、どんな表情も読み取れない。

 二重のいびきは止まらない。

 獣の眼をもつ少女がちらっと商人を見た。

「当然だろう。こちらは少し魔術をかじった引きこもりの王族だぞ。値切りなどできん、やり方が分からないのだからな」

「なるほど、なるほど」

 ボルテが少し笑ったような気がした。

「なにか可笑しかったか」

 代王都の一画にこれほど大きな館を立てているやり手の商人には、私の商談など如何にも田舎くさく見えたのかもしれない。

 ちょっと恥ずかしくなってきた。

「いいえ」

 大商人は顔の皺をほぐすように微笑む。

「あなたのような王族と、もっと早く出会えていたらと、柄にもなく昔を思い出してしまいましてね」

「む?」

「ほほほ、こちらの話ですよ」

 なんだか和やかになってきた。これならいけるか。

「で、雇われてくれるか?」

 ボルテは微笑み続けている。

 後ろのアラリックが身を固くした。

「お断りさせていただきます」

 自然と喉が鳴った。目の前にいるのが何なのか、思考が混乱した。

「―なぜだ?」

 いったん止まった脳を気忙しく追い立てる。考えることをやめてはいけない。代王ならどう行動するべきなのか、必死で考えろ。

「端的に申し上げれば、勝算が見えません」

「勝算と言うが、私はまだ戦うと決めたわけではないが」

「御冗談を」

 ボルテの微笑みは消えないままだ。固まっているような表情を私の正面に据えている。

「竜騎士があなたの命を救ったそうですね」

 私は黙った。知るはずの無い事を言われたからだが、気になったこともあったのだ。

「個人的な情報源で知ったのですが、あちこちで竜騎士が魔獣被害の確認をしているようですね。はぐれの魔獣を討伐もしている」

 引っかかりでしかないが、気になる。

「百年前の英雄を引っ張り出してきて、何を考えているか分からない者は少ないでしょう」

 靄のかかったような、喉の手前に引っかかっているような、言い難い不自然さを感じる。

「魔獣を追い出してこの町を取り戻すおつもりですか?」

 相変わらず、のっぺりした樹皮の顔が正面にある。

 顔。

 顔か、顔が妙なんだ。

 一見私の顔を見ているようで、その実、何か他の物を見ている風だ。何を見ているんだ。腹部のようではあるが、それだけではない。

 目が合った。その瞳を見て気が付く。

 魔力を見ている。なぜ魔力を見ている。

 合点がいった。

 あの時の黒い霧だ。

 予想もついた。

 確かめるには、これだな。

「まあ、私の意見がどうあれ、明日の会議での結論が私の決断になる。今の私の立場からすれば、皆の意見を無視してふるまうことはできないからな」

「大変な立場になられましたね」

「全くだ、この間まで継承権も持たない気楽な身分だったというのに」

 運ばれてきた茶を飲んだ。

 ボルテも飲んだ。

「さて、そちらの意見は分かった。しかし、それは明日の集まりで発言していただけるかな?」

「樹人が、人種の会議に?」

「緊急事態だからな。異論は私が抑える」

 飲み終えて、カップを置いた。

「お断りしておきましょう。こちらはこちらで勝手にやらせていただきます」

「そうか。まあ、気が変わったらいつでも来てくれ」

 どうやって説明をしたものかな。

「そんなことは起こりえないでしょう」

「気長に待つさ」

 会釈をされて、館から追い出される。

 枯れた木々を抜けて、歩く。

 近道をしよう。確かあっちの方に、ヘンギスト達が作った地下通路があったはずだ。

「あった。あれだ」

 入り口に近づくと、人の気配がする。聞き覚えのある声がするので、そのまま進んだ。

「おっ、来た来た」

「ヘンギスト? どうしてここにいる?」

「よ、陛下。ぼちぼち戻ってくると思って迎えに来てやったぜ」

「よくここが分かったな」

「明日のために樹人の商人の所に行くって、俺の部下に言っただろ。忘れてんじゃねえよ」

「あー、喧嘩の仲裁の跡でそんなこと言ったな」

「で、首尾はどうだい?」

「明日の協議は彼ら抜きでやろう」

「まあ、手ごわそうだし、時間もねえしな。しゃあねえか」

 腰を下ろしていた瓦礫から、ヘンギストが腰を上げた。

「さっき誰と喋ってたんだ?」

「ああ、それがよ」

 地下通路に入り、歩きながら話す。どうやら魔力を吸い取っている存在が現れてからというもの、魔術をかけた道具が使い物にならなくなってきているらしい。

「さっきまでこの通信用の道具も繋がってたんだがな、だんだん声が聞こえにくくなってきてな。さっきついにおしゃかになっちまった」

「どれ、見せてくれ」

 握り拳くらいの魔道具を渡された。

「うーん。あまり魔道具について学んでこなかったからな。よく分からん」

「直せねえか」

「ギルダスならできるかもしれないが、今手が離せなさそうだしな」

「一応魔力を集めてはいるみたいなんだが、どうにも漏れてるらしいんだな、それ」

「漏れてるというか、吸われてるんだな」

「あ? ああ、あれだろ? 昨日出てきた奴」

「多分な」

「正体はなんなんだ、あれ」

「分からん」

「分かんねえことばっかりだな」

「本当だな」

 脱力感たっぷりに会話を交え、私は久しぶりに拠点に戻ってくる。

「食料と水は?」

「水は、幸い井戸が生きてるから心配ないが、食料は絶望的だな。一日一食で凌いで、どうにか次の月食に間に合うってとこだ」

 煤けた瓦礫としけった匂い。

 ギルダスの館へ向けて出発した時から比べると、たった二日でずいぶん活気がなくなっている。

「曲がりなりにも、商売をしていた者たちがいたのだがな」

「この町は崩壊寸前さ」

 飼いならされた愛玩用の魔獣一匹いない狭い通りを抜けていく。ちらほらと動き回る人影が見えてくる。本拠近くだとまだましだった。

「士気はまだ持つか」

「まあ、お互い部下の手綱は握れてるな」

 腹も減っているだろうに、こちらに気が付くと必ず一礼する部下たちとすれ違っていく。元々代王国の臣下だったものには敬礼、新たに加わったヘンギストの部下とは会釈を交わす。

「こっちだ。オイスクがいくつか話すことがあるって言ってたぜ」

 建物の中を案内されていくと、書類が扉の外まではみ出した部屋が視界に入った。

「あれか?」

「あれだ」

 溢れかえった書類で扉を閉めることができなくなっている。

 騎士が一人、書類の束を抱えてやってきて中に入り、違う書類の束を抱えて出ていった。

「生きてるか、オイスク」

 明るく軽く中に入ったヘンギストに続く。

「オイスク、お疲れ」

「はあ?」

 開口一番、私は軽いねぎらいの言葉を後悔した。

 オイスクの顔面が大変なことになっている。眼下の隈、眉間の皺、こめかみに青筋。

「オイスク、相変わらず寝てないな? 顔面が混雑してるぞ?」

「あなたが放り投げた仕事のせいですよ」

 地の底からとどろく声が響き渡る。巨大な魔獣かと思った。

 口を動かしている間も、オイスクは書類を書く。書き続ける。

 羽ペンが紙を描く音が、がりがり。部屋を一杯にしている。

「陛下も、一人でふらふら仕事もせずに、どこをほっつき歩いていたんでしょうか?」

 肺が押し付けられ、息をするたびに肋骨がきしんでいるような気がしてきた。

「私は私で忙しくしてたんだが」

 声が裏返ったものの、さぼり疑惑を晴らすべく、弁明を繰り出した。

「弁明は結構です」

 オイスクが持っていた羽ペンの先をへし折った。

 インクが飛び散り、オイスクの顔面に貼りつくが、瞬き一つしない。

「はい。すいませんでした」

 内臓を揺さぶる轟でたっぷり油を搾り取られた。

 その後。

「では、会議の面々は五人ですね」

 オイスクの前に座らされて、二人で神妙に今後の予定をたてていた。

「ああ、一応ボルテの席も用意する」

「望み薄だけどな」

 ヘンギストは慣れているのか、平然といつもの調子だった。

「会場の設営は進んでいるか?」

「ヘンギスト様がきちんとやっておられるはずですが」

 隣に座っているヘンギストがびくっとした。

「おい」

「まさか」

「今から人数集めてくる!」

「待て!」

「あっ、こら!」

 とっさに足首を掴んだ。ヘンギストがすっころび、床と顔を密着させた。

 オイスクの怒りが高まり切らないうちに、私は手を打った。

「そうだ、もう一つの話も済ませてしまおう」

「は? いや、それよりもその無能を―」

「何の話なんだ!?」

 大声で誤魔化す。

 目頭を押さえ、深々と深呼吸を幾度かして、オイスクは口を開いた。

「魔獣の死体を処理すれば食料の足しになるかと思うのですが」

「それは私も考えたが、未知魔獣ばかりだし、安全な食料とは言えないぞ」

 魔獣は高い魔力を持つ生き物だ。

 魔力を操り、様々な特性と強靭な生命力を持っている。

 繁殖力を高める方向に魔力を利用している魔獣の多くは、百年前に西大陸へ入植した我々の先祖に計り知れない恩恵をもたらした。

 害の無い特徴のみを残した種類もおり、それらを魔獣と認識するものは少なくなっている。

 その一方で、個体の生存能力を高めることに魔力を使った魔獣たちは、未だ脅威の体現としてこの大陸中に生息している。

 数が少ない分、種類が多い。未だに年に十数の新種が見つかっている。

「昨日帰ってきた部下の話によれば、陛下の師の仲間が何人かおられるとか」

「まて、あいつらに研究をさせようと考えてるか?」

「はい」

「なるほど」

 なるほど、と言ったが、私のいうことを聞くのだろうか。少し見かけただけだが、相当あくの強い連中に違いない。

「状況が少し落ち着いているようですし、魔術師達も研究欲が湧いてきている頃では?」

「そうかなあ」

 何はともあれ、人をやって話をしてみることになった。

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