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九王記  作者: 荒木小吾
一章 西の大陸で
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25話 王子と聖人

 代王都が魔獣に襲われてからずっと。怪我人の治療をしていた。時には、自分の筋肉を魔術で強化し、魔獣を殴り殺すこともあった。

 そのうち、自分だけでは貧民街の人々を守り切れなくなる。

 魔獣に皆を食われるか、自分が力尽きるか。その二択がちらつきだしたのは、代王都から代王が軍を率いていった五日後だった。

 病人、怪我人、老人、子供。

 弱い者から、魔獣の腹へ消えていった。

 魔獣の襲来と共にやって来た、濃密すぎる魔力に侵され、スラムの人口は十分の一になった。その中には、ベーダをよく手伝ってくれていた女性たちも多かった。

 やっとの思いで魔力を撥ね退け、魔獣から逃げ続ける。

 逃げた先に、ギルダスの館があった。偶然だったそうだ。

「それからは、怪我人を癒し、魔獣を殺す毎日でした。あれほど長い一日は、この先の人生でもうないでしょう」

 ギルダスの館、その裏門近く。遺体置き場となっているそこで、にわか王の私は、スラムの聖人の話を、聞き終えた。

「私は、もう、死んでいく人を見送るのはたくさんです」

 形の良い唇を歪めて、ベーダは次第に、激昂していく。

「私の腕のなかで固くなる、彼らの一人一人に、人生があった。それを、無造作に奪う魔獣が許せなかった。だから戦いました。それでも、皆、いなくなっていくんです」

 金の瞳から落ちた涙は、溢れだし、頬を伝って地面を黒く染めた。

「私が助けた人は、私を聖人と呼びました。とんでもない。救った人よりも、救えなかった人が多いというのに!!」

 ベーダが、叫んだ勢いのままに、私につかみかかる。無意識に魔術を使ったのか、私の襟元を掴み上げ、腕力だけで、私を宙に吊り下げた。

 首が閉まる。

 つま先が、地面から離れた。

「もう、もう、やめにしてください! 戦いなんて、たくさんです! はやくこの惨状を何とかしてくださいよ、王になったんでしょう!!」

 私は、静かに、しかし力強く、子供のように喚く、スラムの聖人の手首を握りしめた。

 筋肉に魔力を巡らせる。もともと体に備わる魔力の回路を増幅し、肉体の力を強化する魔術を使う。

 ゆっくりと、ベーダの手を引きはがし、私の身体が地に落ちた。

「何ですか、その目は。反逆罪で、打ち首にでもしますか!?」

 どんな目をしているのかは、自分では分からない。

 他人を処刑する目とは、どんな目なのだろう。

「ベーダ」

 一言目に発した声が、自分でも驚くほど落ち着いていた。

 もっと驚いたのは、ベーダが呼びかけに答えるように、落ち着きを取り戻し始めたことだ。

「は、はい」

 流れ続ける涙に、初めて気が付いたのだろう。激高するベーダに、いつぞやの老婆が、布を当てて涙をぬぐった。

 それを契機に、続々と取り巻きがおしよせて、飲み水を渡し、椅子を用意し、髪を梳き、私が掴んだ手首をさすり、わあわあやりだした。

 それでも、私とベーダを遮る者はいなかった。

「戦争は、次の満月には終わらせる。あと四日の辛抱だ」

 ベーダが女物のハンカチで、涙をぬぐう。

「終わらせる、ですか? 終わる、の間違いではなく?」

「そうだ」

「先代の代王陛下のように、魔獣に突撃でもするんですか」

 落ち着きを取り戻したと思ったら、皮肉を言い出す。

「結局、先代の代王は、死んだだけで、何も解決しませんでしたが?」

 感情の嵐が収まって、理屈っぽいベーダが出てきた。

「父も、無駄死にというわけではないぞ」

 息子として、一応は反論しておかなくてはなるまい。

 側室の、しかも十番目の子どもだがな。あまり話したこともないのに、父親を弁護するのもおかしな話だ。

「代王都に魔獣を跋扈させておいて、無駄死にではない、なんて、よく言えますね」

「結果だけ見ればな」

「結果が問われるのが、人の上に立つ者の定めでは?」

 正論だな。

「らしくないことを言うな。ベーダ」

「さて、私らしいとは?」

 とぼける美男は、小首をかしげた。私たちの会話を遠巻きに見守っていた、ベーダの取り巻きたちの熱っぽい視線が熱量を増す。

「そういう、掴みどころのないところさ」

「陛下こそ。私たちになかなか心の内をお見せにならない」

「そうかな?」

「ええ。まだ先代のほうがわかりやすい。魔獣の群れに突っ込んで死にたがる人ですからね」

 相応の時と場所ならば、首を撥ねられるかもしれない一言。

 それを何でもないように、いつもの爽やかさで、甘ったるい顔で言う。

「そう見えるかもな」

 本心を引き出すために、怒らせようとしてきている。私は、ベーダの徴発を鼻で笑い飛ばした。

「へえ、そうじゃないんですか。勝算があったと?」

 だんだん目の前の笑顔が薄気味悪くなってきた。こんなに生々しい話をして、どうしてこいつはこれほど女性受けのする笑みのままなのか。

「勝算なんてなかったさ。お前の言う通り、父は、死にに行ったんだ」

「なら―」

「飢えた魔獣に、自分たちの死骸を食わせるつもりで、死にに行ったんだよ」

 ベーダが言葉を飲み込んだ。私が言葉を続けた。

「勝てないのは、百も承知だった。それでも行ったんだ、あの人は」

 百万を超す魔獣の群れに突っ込んで、進撃を止めた。本隊がぶつかった。そして、高濃度の魔力に侵されて、負けた。

「予期せぬ絶望的な自然現象が相手のようなものだった。そんな追い詰められたあの人が、国民のために王様にできるのは、死ぬことくらいだっただろう」

 ぽつり。

 言葉を区切ると、まっすぐな金色の瞳と目があった。

「陛下は、いいや、ウォーディガーン。君は、顔も名も知らない誰かのために、死ねるのかい?」

「死ねるさ」

 あの戦場で、私にいろんなことを教えてくれた従者たち、私が率いた軍の殿を務めた騎士たち、接点なんてほとんどなかった血の繋がっているだけの兄たち。

 皆死んで、私だけが残った。

 私は、彼らの無念の声に包まれている。

 きっぱり言い切った。それで、ベーダはひとまず納得したようだった。

「ちょっと待ちなさいよ! ベーダ様を泣かせておいて、それで済むとおもってるの!?」

「そうだよ! あんた、ただで済むと思ってんのかい?」

 そうよそうよ、と姦しく責め立てられる。

「まあまあ皆、私はもう大丈夫だから」

 ベーダが、金髪を揺らして立ち上がる。

「ベーダ様! なんてお優しい!」

「はうぅ、ベーダ様の微笑みで胸が苦しい。お迎えが来ちまいそうだよ」

 今度は、きゃあきゃあとやかましい。

 一瞬、遺体置き場だと忘れそうになった。明るい雰囲気だ、ベーダが困ったように微笑んで、一層場の雰囲気が明るくなった。

「ベーダ様。お飲み物はいりませんか? とっても冷えていておいしいですよ?」

「聖人様、食事をご用意いたしました!」

 悲鳴、絶叫で鼓膜が破れる前に、そそくさと館の門に歩き出す。ベーダに目で挨拶をすると、目が潰れそうなくらいの眩い笑顔が帰ってきた。

 モテるわけだ。

「意外と打たれ強いんだな」

 外見は優男、その実、肉体的にも精神的にも相当強靭でしなやかだ。

 もっとも、そうでもなければ貧民街に一人で入り浸ったりはしないだろうが。

「あとで、もう少し話そう」

 口の動きで私に伝えてきた。

 私は、館の裏門から外に出る。大きな足跡がたくさんある。魔獣の足跡ですっかり荒れた道になってしまったな。

 四日後の魔獣の長との一件。それまでに行う根回し。そもそもの、魔獣に囲まれ、食料の確保も覚束ない現状。

 一寸先も見えないとは、このことか。

「父上。あなたなら、やはり、魔獣へ戦いを挑むのでしょうね」

 転がった石ころを蹴っ飛ばした。

 何事かと、漂っていた小型の魔獣がこちらを向いた。丸い、真綿みたいなやつだ。私が笑い続けていると、物珍しそうに周りを漂って、やがて興味を失ったのか、空を気持ちよさそうに漂って行った。

「でも、私にはそれはできそうにありません」

 館の正門まで歩く。もうじき、拠点に戻しておいたヘンギストと軍が戻ってくる。

 合流して、頼んでおいた調査の詳細を聞かなくてはならない。

「どうするのがいいのでしょうね。父上」

 フリティゲルンと会って、王にならなければならないと思ったが、これほど大変だとは思わなかった。恨むぞ、竜騎士。

 空を、さっきの魔獣がふわふわ浮いている。

 雲に混じって、輪郭も分からくなる。

 ぞりり。

 うなじを、背筋を、悪寒が這いまわった。

「な、なんだ! 何が起きてる!?」

 ぞるり。ぞるり。

 服からいっぺんに糸を引き抜くように、大地、空気、魂からも、魔力の束が引っ張られている。

 ずるるるる。

 ずるっ。

「収まった? のか?」

 いやな汗が、背中を伝って尻まで濡らした。

「何だったんだ、今のは」

 分からない。気が動転しているのもあるが、あって当然、というか、無い事を考えたこともない物が無い。そういう強烈な違和感に襲われて、感覚が混乱をきたしている。

「この魔力は、ギルダス達」

 魔術師の魔力と思しき魔力が、いくつか飛んでいく。

 その魔力を追って、意識を遠くの方へ向けた。

 それで分かった。

「師匠のお目当ては、あっちのやつか」

 馬鹿でかい魔力の塊が、魔術師の飛んでいった方向にある。魔獣の長の魔力は、いまだに館の中にある。ということは、あれは、別の魔力だ。

「勘弁してほしいな、全く」

 状況をひっくり返す算段をして、ようやく手札が揃い始めたというのに、敵がこれ以上力を増すのか。

 本当、勘弁してほしい。

 だが、諦めて死ぬつもりはないぞ。父上。

 さっきベーダにああは言ったが、勝算が無いから命を捨てるなぞ、自分の頭が悪いと言っているのも同じだ。

 私は、あがいて、あがいて、あがき切ってやる。

 ギルダスの館。

 正門に到着した。

「ヘンギスト達はまだか」

 手ごろな瓦礫を見つけた。

 自分の深い所。魂に意識を持っていく。手を突っ込むようなイメージで、魔力を一掬いする。

 魔力は、自分の思った通りに形を変える。私は、魔力を文字の形にした。魔術師が考え出した、魔力を制御するためだけの文字、制御文字で、浮遊、それに加えて移動する距離と方向を指定した。

 大の大人が一抱えしなくてはならない柱の一部、それが重さを感じさせない動きで持ち上がる。

 ふわり。

 静かに正門の脇に着地した。

「よいしょ」

 座る。

「ふう」

 ため息が出た。ずっと立ちっぱなしだったのと、新しい厄介ごとの遠くに感じる強い魂のせいだ。

「まあ、師匠たちが向かっているみたいだし、ひとまずはあっちに任せて、報告を待つか」

 報告は、されるはずだ。多分。さっきの一件で、私の下に就くかは未知数だけれども、師弟のよしみで一報くらいはしてくれる、といいな。

 大丈夫だと信じることにした。

「おや、あれは私が昨日出した使い魔かな?」

 各地の状況の確認と、可能な限りの国民の救助をフリティゲルンには頼んでいた。だから今頃はどこかの旅の空だと思ったのだが、こんなに早く戻ってくるとは、何かあったのだろうか。

 使い魔の方に何かがあったわけではない。

 足にくくった手紙は、見慣れない物に代わっている。

 開いてみた。長方形の羊皮紙を丸めたものだった。東大陸から製紙の技法が伝わって、近頃ではとんと姿を見ないと聞く。

 古風な手紙が、いかにも百年前から生きている竜騎士らしい。

「どれどれ」

 案外不器用な東大陸文字だ。

 中身はこうだ。

 曰く、奇眼族の能力で、西大陸の見回りはあっという間に済んだ。

 曰く、魔獣はほとんど、各地で臨時に編成された領主軍と競り合っている、今のところは、大きな被害は出ていない。恐らく、それらは牽制の群れで、強力な魔獣は代王都にいる。

 曰く、魔獣に踏みつぶされた村や町を調べたが、はぐれの魔獣はいなかった。なので、魔獣の群れが相当強力に統率されている。

 曰く、昔の知り合いに会ったので、私のことを話した。その知り合いが興味を持ったので、連れてくる。名前は、スティリコ。

 曰く、曰く、曰く。

 癖があるが力強い筆跡で、長々と、詳細な文を読んでいった。

 ぱたん。

 手紙を閉じた。裏に返事を書いて、使い魔の足に括り付けた。

「来たな」

 足音が聞こえる。

 使い魔を通じて命令したことを思い起こし、報告を聞く順番、いくつか考えられる状況を予想して、次の命令を状況ごとに考える。

 頭の中でこれから始まる場面を想像し、反復練習を重ねた。

「陛下! ご無事でしたか!」

「幸いな」

 この間兵を率いさせた老臣と挨拶を交える。頭の中の会議から、現実の会議に切り替わる。

「騎獣すら足をすくませる館へ乗り込むと聞いて、気が気ではありませんでしたぞ」

 相当心配をかけたようだ。目元にくまができている

「私がいない二日の間、何か変わったことはあったか?」

「はっ。こちらに、まとめてあります」

「うん。ご苦労」

 渡された紙に、ざっと目を通す。やけに喧嘩の仲裁の記録が多かった。皆、不安で気持ちが荒みだしている。

 犯罪者の判決へ判を押し、食料の配分のバランスを改善してほしいとの要望書に目を通し、指示を出すべきところには指示を出し、それを到着した側近が書き留める。

 あらかた頭に内容を入れる頃には、拠点からやって来た者たちが整列していた。

「よし。まず腰を下ろせ」

 兵たちが、思い思いに腰を落ち着けた。代王国の甲冑に身を包んだ、見るからに騎士のいでたちの者。それと、動きやすさを追求した粗野な格好の者。

 代王国の騎士と、暗黒街の荒くれども。

 私の部下と、ヘンギストの部下だ。

 それぞれ十人ずつ。計二十人いる。

 全員、代王都の生き残りへ使いをし、戻ってきた者達だ。

「この異常な魔力について気になっている者もいるだろうが、今は忘れろ」

 きっちり二つに分かれた者達に話しかける。

 魔力が薄い。さっき原因の方に向かったギルダス達は無事だろうか。

 ざわついた集団へ向かって、魔術で爆発を起こす。

「聞け」

 注意を惹いた。

「ここの現状を把握し、可能であれば生き残った連中と連絡を取るように、ヘンギストに命じておいた。報告を共有する。現在の生き残りについてから話せ」

 指さした、左端に座っている荒くれが、意外と素直に立ち上がった。

「去年の東王国への目録より、代王都の人口は五十万四千をかぞえていますた。うち、現在連絡がとれている集団の人数がおおよそ四万強、兵力と呼べるのはその二十分の一だす」

 言葉遣いが若干怪しい。

「分かった。補足はあるか?」

 ぶんぶん首を振られる。

「次。各勢力への助力の打診状況」

「はっ」

 見覚えのある細面の騎士が立ち上がった。いつだったか、噛みついてきて、私の側近にした若い騎士だ。集団の右端に立っている。

「各残存勢力へ、陛下の勅書を奉じた使者をたてました」

 白い顔を忌々しそうに歪めた

「ほぼすべての勢力がこちらの求めに応じ、現在連絡路の復旧工事を進めております」

「ん。こちらの傘下に収まるのを拒否したのはどこだ?」

「ボルテという樹人の商人の一党です」

「ほう」

 王命に背くとはけしからん。ありありと表情に出ている。

「一人で商いをしているようで、使用人や従業員はいません。本人のほかには、用心棒らしき者が三人いるだけですが」

「待て、三人といったか?」

「はい。黒い肌の男と、毛むくじゃらの女、それと南大陸の獣人です」

 南大陸の獣人とやらは知らないが、他の二人はオドアケルとアラリックで間違いない。

「それに、代王都にいくらかいた樹人、竜人、巨人、鬼人、獣人らが同調し、人種以外の勢力が集まり始めています」

「なるほど。好都合だな」

「は? いえ、彼らは商人ボルテの一党に与し、我々の方針に従わない者達ですが」

「説得には、一か所に集まっていた方が好都合だろう」

「はあ」

「さて、他には?」

 細面の若い騎士に報告を促した。

「へい」

 しかし、さっきの荒くれが立ち上がった。

 若い騎士がこれでもかと苦い顔をする。

「うちらの組織から出している食料他の物資ですが」

「足りなくなってきたか」

「そっす。あちこちに連絡をつけたら、どこも何日も食べていない連中がごまんといまして、お頭がそいつらにみんな物をやっちまいやした」

「ちなみに、あとどのくらいある?」

「もうすっからかんでさ」

 ヘンギストの組織に賄える物資では限りがあるだろう。

 他の領地から、食料を買い付けて成り立っていたのが代王都だ。各地に救援を要請するとしても、時間が無いな。

 幸い、あちこちの井戸はまだ使えるから、水の心配はない。さてさて、どうしたものだろうか。

「分かった、次に何かあるか?」

「陛下」

「どうした」

 若い騎士だ。

「これは、私をはじめとする騎士の要望と、受け止めていただきたいのですが」

 こめかみに青筋か浮いている。

 何を言いたいか、予想はつく。

「今は、四日後の魔獣との会談に向けて、準備をしなければならない時だ。本当に、それは今言わなければならないことか?」

「ぜひ、お聞きください」

 退かないか。相当思いつめているらしい。

 私は諦めて、彼の次の言葉を待った。

「以前にも申し上げましたが、陛下の周りに、怪しげな者どもを近づけるのは、お止めください。戦陣であるのは分かります。戦力を増やしたいお心も、承知しております」

 長くなりそうだ。こういう時にブレーキをかけるのが、老臣の役目だと思うのだが。

 ちらりと目配せを送ってみるが、老臣は、すい、と顔を背けた。

 お前もぐるか。

 騎士の話は続いていた。

「陛下、であるからして、ヘンギストなる不審者とは、距離を置いた方がよろしいと存じます」

「おい、言いすぎだぞ。ここにはヘンギストの部下もいるんだ」

 部下の前で、そのトップを不審者呼ばわりとは、頭に血が上っているのか、考えが足りないうっかり者なのか。

「聞き捨てならねえな」

「んだな」

「喧嘩売ってるって事でいいんだよな?」

 続々と、ヘンギストの部下たちが、怒声を発する。

「よせ、お前たち! 身内で争ってどうする!?」

 止めようとした。

 止めようとはしたが、頭に血が上っていて、かつ、血の気の多い連中を、言葉で止めるのは無理なようだ。

「何ですか? 騎士相手にやり合うつもりですか」

「聞き捨てならないなら、どうするってんだ?」

「陛下の御前で、狼藉を働く気か? 厳罰ものだぞ?」

 細面の騎士を前面に、騎士連中が荒くれたちと睨みあう。

「おい、お前からもやめるように言ってくれ」

 若手がけんかっ早いのは仕方ないにしても、この老騎士までそうではないだろう。

「私が行ったところで、この老骨では止めるのは無理でしょうな」

「おい」

「陛下。陛下の御意思に反するつもりは毛頭ございませんが、連中には、少々礼儀を教える必要があると愚考いたします」

 おいおい。こいつまでヘンギストの部下と仲が悪いのか。

「丁度いい機会だ。我ら騎士の実力を陛下にお見せしよう」

「陛下! この浮浪者どもよりも、我らの方が勝っていると証明してご覧に入れます!」

 そこで、荒くれの一人が地面に唾を吐いた。

「けっ。さっきから口ばっかりで、全然手が出てこねぇじゃねえか」

「お坊ちゃんお嬢ちゃんにゃあ、俺らの相手はちと不足なんじゃあねえかなぁ?」

 騎士たちが、奥歯を噛み締めた。

 荒くれが一人、騎士が一人。一歩づつ前に出て、睨みあった。

「おるぁ!」

「はあっ!」

 両人ともに、右の拳を、深々と相手の顔面に叩き込んだ。

 鼻血が飛び散る。

「くたばれ! ガキどもが!!」

「黙れ! ヤクザども!!」

 それを契機に、荒くれと騎士が雄たけびとまき散らして乱闘を始めた。

「うわ。こりゃひどい」

「ははは、若い者は元気があってよろしいですな」

 さっきもらった報告書には、うんざりするほど揉め事が書いてあった。ヘンギストとオイスク、あとは温和な老騎士たちが抑えていたらしいが、彼らの眼が届かなくなった途端に、こうなのか。

 誰かの奥歯が、私の耳を掠めて、飛んでいった。

「舐められたもんだ」

「ほ?」

 私は、報告書を握り潰した。

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