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九王記  作者: 荒木小吾
一章 西の大陸で
22/68

21話

 魔術の師、ギルダスの館。正確には、ギルダスの父の館だ。

 裏門を乗り越えて静かに入り込むと、見知った奇妙な植物園ではなく、遺体置き場になっている。

 布をかぶせられた人型は、足の踏み場を細く残して一面を覆う。夏だというのに異臭がしないのは、布に小さく書かれた制御文字が働いているためだろう。

 きつい夏の日差しを浴び、微かにしか見えないほの白く光る制御文字は、名残を惜しむ魂のようだ。

「誰だ?」

 死体ばかりと思っていたが、何か、物音がした。

「それはこちらが聞きたいですね。あなたこそ、どなたですか?」

 館の陰から、一人。血まみれの老女がのっそりと姿を見せた。一瞬、呼吸ができなくなった。

 しかし、よく見ると、怪我はしていないようだし、薬品らしき包みを小脇に抱えている。医師か薬師か、はたまた魔術を使い傷や病を癒す治療師か。

 ともかく、館の内部に生存者がいるようで一安心だ。

「私は、ロムルス・ウオーディガーンというものだが」

「ロムルス、というと、代王家の?」

「そうだ。先代の代王の、第十子にあたる」

「何をいまさら、のこのこと」

 ちっ、と舌打ちをした老婆を咎める、よりも今はしなければならないことがある。

「ここに、ギルダスとベーダというものがいると聞いたのだが」

 名前を出すと、物憂げだった老婆の様子が一変した。

「あんた、何様か知らないが、ベーダ様の名前を口にするときは、様をつけな。ベーダ様とお呼び」

 一気にまくし立ててくる口調は、ベーダの使者として来た少女を思い出す。ベーダの支持者は皆熱狂的なのだろうか。

「いるのか、いないのか。どっちだ?」

 また舌打ちをしたが、疲労の色が濃い老婆は頷いた。

「ここにいらっしゃるよ。でも、会いたいなら帰った方がいい。今は取り込み中だからね」

「取り込み中、か。何かあったのか?」

「あたしゃ知らないよ」

 素っ気ない老婆に食い下がったが、何が起きているのかは教えてくれなかった。

「あんた、早く帰りなよ。ここはあんたみたいな高貴な方のいる所じゃない」

 皮肉に塗れてはいるが、声音にどこか優しさを感じる。

 話くらいは聞いてくれると感じ、とにかくここへ来た目的を話してみた。

「へえ、そりゃあご苦労だがね。生憎あたしはあんたのことを信用したわけじゃない。帰っておくれ」

 このままだと、らちが明かない。だが、無理矢理入ろうとするのは、評判を落としかねないので憚られる。

 目の前に立ちふさがる老婆。

 こんなことになるなら、あの使いの少女を連れてくればよかった。

「そうだ。私の所に、治療師の少女が来たんだが、知らないか?」

「ん? あの子を知ってるのかい?」

 話の風向きが変わった。

「私の所に、ギルダスとベーダが生きていると知らせてくれたのだが」

「へえ」

 そこで老婆はしばらく考え込んだあと、唐突にこう言った。

「あんたに剣を教えたのは誰だい?」

「ヘンギストだが?」

「そいつにいつも張り付いている眼帯のやつの名は?」

「オイスクのことか?」

「ふむ。すらすらとその名が出てくるということは、偽物じゃなさそうだね」

「今まで、疑ってたのか」

 確かに、身分を証明する物は何もない。代王家の紋章がついた品を甲冑と一緒に置いてきてしまっていたのが、こんなにややこしい事になるとは思わなかった。

「これに懲りたら、今度からは気を付けることだね」

 偉そうに説教をされながら、やっと館の中へ入れてもらえる。

 建物の脇を通り、正面に近づくにつれ、魔獣の亡骸や、肉片に血潮が目立ってくる。

 だが、気になっている異様に高い魔力の主の姿は見えなかった。

「始めは正門で撃退できてたんだけどね、一匹、やたら強いのが出てきて突破されたのさ」

「その、強い奴は倒したのか?」

「じきに分かるよ」

 はぐらかされた。老婆はどんどん歩いていく。

「それからしばらく館の中で戦ったのか」

 玄関を通り、長い廊下に入ると、記憶の中とくらべてずいぶん荒れている。

「裏門はきれいなままだったが?」

「突破されたのは正面だけで、残りはまだ魔術の防御が生きてるんだとよ」

 なるほど。裏門の制御文字が書き換えられたのは、正門を突破されて防御を厚くしたからか。

 老女がギルダスとベーダの所へ案内してくれると言うので、一緒に廊下を歩いていく。怯えた子供、怪我人、時々治療師とすれ違った。

「中庭に人が集まっているな」

「ああ。戦える連中は皆中庭だよ」

 五十人ばかりの一団が、ギルダス自慢の中庭にいた。

「あれだけか?」

 広い館を守るには、ずいぶん心もとない気がする数だ。裏庭にあった遺体はざっと十ばかりあっただろうか。ここにいる民の数はそれほど多くはないのかもしれない。

「あれらは弱っちくてちっこいのを囲んで潰すだけさね」

「他の魔獣は?」

「もちろんベーダ様がちょちょいっと倒すんだよ。物分かりが悪いね、あんたは」

 おそらくギルダスや、ギルダスの父も一役買っているに違いない。とは思ったが、それを言えば、途端に不機嫌になるだろう。

 一歩踏み出すごとに強く魔力を感じるようになっていく。

 この先に、軍を引き返させる原因になった何かがいる。ところが、案内をしてくれた老婆は、あるところでぴたりと足を止めてしまった。

「悪いね。わたしが連れてこれるのはここまでだよ」

「どうした?」

 始め見た時から疲労の色は濃かったが、さらに顔色が悪くなって、まるで、干し葡萄のようになっていた。

「ここから先は、もっと魔力が濃くなる。あたしが行ったら身体が持たないよ」

「そうか。なら、ここからどの部屋に向かえばいいか教えてくれるか?」

「この館の主、偏屈な魔術師の書斎に、あんたの会いたいのとベーダ様がいるよ。しかしね、案内もなしにこの入り組んだ館を進めるのかい?」

「もちろん。何せ、ここに住んでいたんだからな」

 老婆に礼を言い、一歩踏み出す。

 そして、つま先から、柔らかなものに包まれる感触がすると思いきや、私の身体は息苦しくなるほどの魔力の中にあった。

 あの時の戦場と同じく、あまりに高い魔力の中にある私の身体には、木箱を水に沈めた時のように、魔力が僅かな隙間から入り込もうとしてくる。

 だが、もはや二度目。

 一度死にかけた私には、どうすれば侵食してくる魔力を防げるかは、分かっている。

 自分の魂より魔力を呼び出し、圧縮し、薄く広げて身体の表面に幕を作る。それを同じ濃度に調節すれば、私の予想通り、魔力は膜の内側に入ってこなくなった。

 常に意識を集中し続けるのは面倒なので、制御文字を使い、自分の腹部に、薄く、拡大、接触、と書き、最後に魔力の圧縮率を記した。

 制御文字は、魔力で記す文字だ。書き手との繋がりがある間、魔力を変化させることができる。

 階段を上がり、下がり、のたうつ廊下を進んで書斎にたどり着く頃には、魂の器が小さい者を即死させるほど魔力は濃くなっていた。

 書斎の扉には、

「知は力なり」

 と刻まれている。

 中から、密やかに話す声が漏れ聞こえてくる。

 私は、扉を叩いた。

「誰だ!? 今は大事な話の最中だぞ! 誰も近づくなといったはずだ!」

 語気鋭く返事が返ってくる。数十日ぶりのギルダスの声だ。懐かしい。

「私だ。師匠」

 静まる扉の中。

「中へ入れてくれないか」

 ひそひそと部屋の中で話している様子が伝わってくる。その間、不気味に静まり返る廊下に一人、立っていた。

 私の知らない声が聞こえてきた。

「入るがいい」

 人の声とは明らかに違う音だ。この音の主が魔獣なのだろうか。

 扉を開け、中へと入る。

 ギルダス、ベーダ、魔術師。姿を確認できて、ほっとした。やつれているものの、目立った怪我はない様子だ。

 ただ、ちらりと目が合わせても三人の瞳からは何の感情も読み取れなかった。険しく、鋭く、殺気立った視線を向けてきていて、何か違う、と違和感が生まれてくる。

 書斎の机に、人の頭ほどの黒い箱があった。きっちりとした立方体で、触れれば切れそうな鋭い縁をしている。

 黒い箱がこちらに向いた面を波打たせた。たったそれだけの動作に、全身の毛が立ちあがる。

「お前が生き残りの王子だな?」

 先ほど入れと促してきたのはこの声だ。震える表面が、喉の代わりらしい。

「そうだ。ロムルス・ウオーディガーンだ」

 何とか震えずに声が出せた。

 魔力が強大なのは慣れてきたが、存在の重みが桁外れだ。

「ウオーディガーン、座れ」

 硬い口調で話す黒い箱には、抗しがたい響きがある。ずっと感じていた、ひりひりと肌が錯覚する程の強大な魔力は、こいつのもので間違いはない。私は、ひとまず大人しく座っておくことにした。

「歓迎しよう。お前のおかげで状況が変わった」

「どういうことだ?」

 話すのは黒い箱だけで、後の三人は口をつぐんでいる。

「王家の一員だと言うならば、お前が責任をとって我ら月の眷属に、この土地を明け渡してもらいたい」

 あまりに唐突で、何を言われたのか理解できなかった。

 頭が混乱し、愚にもつかない問い返しをしてしまう。

「何を言っているのかが分からないのだが」

 黒い箱は、馬鹿にするでもなく、あきれるでもなく、淡々と言葉を補足していく。

「この土地に住居を作り住みついている人種、それを統括するのが王家だと私は認識している。故に、ここに残り、無駄な抵抗を続けている連中を速やかに排除せよ」

「そんな、そんな道理が通ると思っているのか?」

 怒りか、それとも恐怖か、声が震えるのを抑えることはできなかった。

「意識が覚醒してより数百年。私はかつての眷属を観察してきた」

 それに対して、黒い箱は平坦な口調で答える。

「数知れない戦いが起き、つかの間の平穏に至る間際には、このような交渉の席が用意されている」

 抑揚が無い音の連なりは、決定的に目の前の存在が我々とは決定的に違うのを突き付けてくるようだ。

「武力で打撃を与えた側が、疲弊した側に要求を飲ませる。私はむしろ、君たちの流儀に則っているのだ」

「馬鹿を言うな!」

 もう、大人しく話を聞くのは終わりだ。

 魔獣の親玉がこいつに違いないのは、今までの物言いで十分に分かった。使者を立てるのではなく、自ら赴くのは敵ながら見上げた度胸だが、護衛もなくやってくるとは、やはり魔獣に過ぎない。

 殺気を滲ませ、私は立ち上がった。

 ベーダ、ギルダスとその父に目配せをする。

 魔力は脅威だが、こちらには十分な戦力が整っている。私を入れて四人の手練れが揃っているのは、目の前の箱にとっては不運だったろう。

「そもそも、まだ我々は負けていない!」

 声を張り上げ、肉体強化の魔術をかけた。

 久しぶりに魔術をかけられて、体が悲鳴を挙げる。

 腰の剣を抜き放ち、黒い箱へ切りつけた。

「止めろ」

 剣の切っ先は、何もない空中で制止する。私の身体も、凍りついたかのように動かない。

「ここは、交渉の席だ」

 気が付くと、魔力をほとんど抜き取られた。

「父上、気絶させないでくださいよ」

「分かっている。まだ話は終わっていないからな」

 そして、私から抜き取った魔力を散らしてしまうと、ギルダスの父は黒い箱へ深々と頭を下げた。

「血気に逸る若者の軽挙を、お許しください」

「別に構わん。あの程度では、私に傷をつけることさえできない」

 止まったままの私へ、ギルダスが近づいてくる。

「頭は冷えたか?」

 空中にとどめられたまま、頭二つ小さい魔術の師を睨みつけた。

「あんな条件など、飲めるわけがあるまい」

「それでも、ここは交渉の席だ。剣を抜くより先に、すべきことがある」

 正論で、きっちり囲い込むように語る口調に、この館で魔術の修業をした時間を思い出す。

 彼は、年下とは思えないほどいつも深い読みをしていたものだ。

「そうだな。その通りだ」

 ギルダスが、私を縛る魔術を解除してくれた。

 床に降りたつと、黒い箱へ頭を下げる。

「大変、ご無礼をいたしました」

「もう結構。席に着き、返答を」

 代王都を明け渡すことについて、私の考えは断固拒否のままだ。

 しかし、武力行使ではかなわないというメッセージが、三人からひしひしと伝わってくるのは無視できない。

 有力な策は浮かばない。

 ここはひとつ、時間稼ぎといこう。

「私が来る前、この三人とはどのような話を?」

「関係のない話は」

 遮る黒い箱を、さらに遮る。

「意思の統一のためには、お互いの考えを知らなくてはなりません」

 語気の強さに驚いたかのような箱は、少し言葉を飲んだ。その隙に、ギルダスが話し始める。何も言わなくとも、私の意志をくみ取ってくれた。

「私と父で魔術師を十人ほどまとめていますが、その総意は降伏でまとまっています」

「私を頼ってくれている皆は、ここを出ていくのは嫌だと言っている」

 強硬派のベーダが反対して話がまとまらなかったのか。

「このように、意見が割れていた所に、君が到着した。曲がりなりにも王子であるわけだし、強硬派を説得する手助けが欲しい」

「いや、殿下。先ほど切りかかった気持ちを忘れてはいけない。無理矢理住まいを離れる悲劇は、起こしてはならないんだ」

 ギルダスの父にも臆することなくベーダは食って掛かる。

「なら、この場で死ねというのか!?」

「団結すれば魔獣などに負けはしない!」

 白熱しかけた書斎に、異質な音がこだました。

「議論はいい。そこのウオーディガーンが王子ならば、彼が結論を出して、それに従えばいいだけのことだ」

 黒い箱はそう言うと、魔力を操り、見たことのない模様を形作る。

 唐突な行動にあっけにとられ、我々は未知の魔術を眺めることしかしなかった。

「これは、扉、か?」

 この中で最も実力のある魔術師、ギルダスの父でさえ、現れた魔術の効果を推測出来ていない。

 扉のような、窓のような魔術が、最後の段階を終えて完成する。

 空中に、黒い穴が現れた。

「中に、何かいるな」

 ギルダスがそう言うと、黒い穴一杯に巨大な目玉が現れた。

 まき散らされる凶悪な気配と高い魔力。私は一瞬気を失いかけた。椅子に座っていなければ、倒れていたかもしれない。

 それでも、頭の中にはもう一人の私がいて、目の前の光景を冷然と眺めている。

「明け渡すのならば直ちに去れ。そうでないならば、実力で排除するまでのこと」

 宙にぽっかりと明いた穴の中には、まだまだ数知れずの気配と魔力を感じる。

「外に魔獣が少なかったのは、あなたがその中に入れていたからか」

「答えを聞こう」

 主な味方は意見の不一致でまとまらない。どちらかに肩入れすれば、後の確執は避けられないだろう。

 まだ、時間稼ぎかいるな。

「答えを出すには、一つ条件がある」

「こちらがその条件を飲むと思っているのか?」

 いつでも皆殺しにできるぞと、穴が大きくなった。中にいる魔獣の、鱗のようになった目の周りが見えてくる。

 脅しにしては、芸がないなと、もう一人の私が言う。

「聞く気が無いなら、構わない。ここで始末すればいい」

 ぎょっとした三人を横目に見つつ、不敵を装う。

 ここが駆け引きのしどころだ、と私が囁いた。考えが加速する。

 わざわざ交渉を持ち掛けてきたのはこの黒い箱の方。最もありそうな理由は、ギルダス達の籠る館に来たことから、お互いの戦力差があまりなく、犠牲が大きくなりすぎると判断したからだろう。

 目的は分からないが、この土地で何かをしようとしているのだと思う。そしてそれは、我々が居ては達成できないことだ。

 とっとと魔獣の数の暴力で押しつぶしてしまえばいいものを、それをしないのが、目の前の相手がなるべく敵の数を減らそうとしてきている、すなわち、お互いとことんやり合えばどちらもただでは済まない証拠になっている。

 と、思うんだが、間違っていればこの場で死ぬだろうな。

 顎の先から流れる、冷や汗を感じた。

 怯えているのではなく、暑い室内のせいだと思ってくれればいいが。

 昼時に館に忍び込んでから、もうずいぶんと時間がたっている。空腹になっているはずだが、なぜか血は頭に集まっている。

「話を、聞こう」

 力が抜け、首が垂れる。

「ふう」

 虚脱するところは見せたくなかったが、死ぬ間際を通り過ぎる時、意思などどこかに飛んで行ってしまうらしい。

 宙に浮いた穴が消えた。

 話し合いの再開だ。気合を入れよう。

「条件は、現在代王都に残っている民を一か所に集めて意思疎通を図る機会を設ける、だ」

 他人を説得するのは、父の最後の演説を聞いてから初めてのことだ。

「そこで一か所にまとまれば、そっちにも利があるだろう?」

 父が百万の魔獣へ軍を発すると決めた時、謁見の間は異様な雰囲気になっていた。

 私も、あの空気に飲まれていたのだろう。さもなくば、無策に等しい状態で敵に突っ込むなど、できたはずもない。

「ふむ。それで?」

「集まる場所は、代王都、王宮。人を集め、話をまとめるまで、一切魔獣に人を襲わせないようにしろ」

 できるだけ、冷静に、慎重に。相手の反応を観察し、理屈と利益で話をまとめる。

 感情任せは失敗を招く。この間の戦場のように。

「要求が多いな」

「私が主導権を握っているのは、抵抗勢力で最大の集団だけだ。それ以外に影響力を持つなら、せめてそのくらいはしてもらわなければ困る」

 全てを掌握していない。正直に弱みも見せた。誤魔化しもせず、嘘もつかない。

「集めることはできるのか?」

「任せろ。お前が言ったように、私は王家の一員だ。中心になるのにはこれ以上の存在はない」

 情で説くのではなく、条件の一致で話をまとめるのだ。

「いいだろう。一度魔獣を城壁の外まで下げ、包囲する形をとる。ただし、期限は次の満月の前日までだ」

 やけに中途半端な期限だな。

「まて、それでは五日もない!」

「黙れ。今は王子と話をしている」

 日数の少なさに驚くベーダを、黒い箱は一蹴した。

「日数はこれ以上増やさん。異論はないな? 王子?」

 ざっと手順を推測し、一つ提案をした。

「期限を飲む代わりに、あんたもついてきてくれ」

 馬鹿がふざけた冗談を言った、三人は何も言わないが、そう表情に出ている。

「ほう。そちらから動向を求められるとは思わなかった」

 黒い箱も、不思議そうだ。

「説得のためさ」

 時間も惜しい。期限は今日を入れてあと五日。

 もうじき夕暮れ時だ。窓を遮っていたカーテンを開けると、西日か薄暗い部屋を照らした。

「もう魔獣は退去させているのか?」

「いや、まだだ」

 指図するような私の口調にも、黒い箱は感情の乱れを見せない。

「直ぐに始めてくれ、時間がないのはお互い様のはずだ」

 少し、溜めがあった。

「いいだろう」

 すい、と箱は浮かび上がり、魔術で窓を開き、上空へ上っていった。

「さて、なし崩しで私が責任者となったわけだが、異論のあるものは?」

 黙り込んでいるギルダスとその父、それとベーダへ向き直る。三人は黒い箱に言葉を遮られてから、一度も言葉を発していなかった。

 勝手な私に腹を立てていると思ったが、三人の眼差しは相変わらず切れ味があり、何を考えているか分からないままだ。

 黒い箱が去っても、昔には戻らないのか。

 それぞれが、他の誰かの大切な何かを背負っている。そうなれば、友情などどこかに消えてしまう。

 私も、まだまだ甘いのだ。もう一人の私が、そう言ってどこかへ隠れていく。

「従うかどうかは、殿下のご意見次第です」

 そう言うのは、ギルダスの父。ギルダスも、ベーダも頷いていた。

 私が魔獣と戦うと言えば、魔術師は去り、代王都を明け渡すと言えばベーダの一党は戦い続けるだろう。何とか、欠けることなく王宮での会議に引っ張っていかなくてはならない。

 私の目的は、代王国の存続と権力の掌握。どちらも王が存在するには必須。

「私は、皆の決定に従う。故に、三人には王宮での話し合いに参加してほしい」

 ずるい言い方だ。

 魔術師の意見が多数を占めれば、魔術師に付く。治療師の意見に賛同が集まれば、実現に向けて力を尽くす。

 ようは、大多数に従うということだ。

 ここにいる者ならば、私の考えぐらいはとうに読めているに違いなく、それゆえ、代王を担げる可能性があると判断する。

「分かりました。王宮へ向かうとしましょうか」

「何か、手伝うことはあるか?」

「私たちも、可能な限りお力添えします」

 西日の中、意見はまとまった。

 この館で修業をしていた頃の記憶がよみがえる。

 書斎でギルダスの父から教えを受け、高度な理論をギルダスと共に解きほぐし、しなびてしまったおかしな植物をベーダと治療した。

 夕日が傾き、窓の端に夕焼けが消えていく。

 あの頃の記憶は、もう懐かしい思い出になってしまった。

 この場にあるのは打算と利益の共有だけだ。

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