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九王記  作者: 荒木小吾
一章 西の大陸で
21/68

20話

 代王都に蔓延る魔獣。奴らに対抗するための拠点には、仮牢が設けてある。

 オイスクの提案で設置したもので、初めは本当に必要か半信半疑だった。しかし今は、大切な人を目の前で失った人々が、容易に秩序を崩壊させる存在になると、よくわかっている。

 運よく魔力の薄い所にいた者、または、魔力の扱いに長けた者達は、やっとの思いでここへ逃げてくる。つかの間の安全を手に入れると、緊張の糸が切れ、途端に破目を外すのだ。

 こっそり防衛線を突破しては、酒や、食料をかすめ取ってくる。それだけならまだしも、宝石や金貨まで盗んでくる連中や、何処からともなく薬物を手に入れて売りさばく者まで出てくる有様だ。

 そんなわけで、仮牢はあっという間に満員になった。

「この様子では、早く新たな牢を作らなくてはならんな」

「そうしていただけるとありがたいです」

 牢番に、捕まった治療師の元へ案内させる途中。ぎゅうぎゅうに押し込められている囚人を見た。

「捕まった貧民街の治療師はどこだ?」

「殿下がお見えになると聞き、独房を一つ開けてそこへ入れてあります」

「手間をかけたな」

「とんでもない」

 この牢番は先祖が東大陸で牢番をしていて、ロムルス家がレムス家から分かれて西大陸に移った時に、一緒についてきた生え抜きの家臣の一人だ。

 代王都を高濃度の魔力が襲った時は、地下牢で取り調べをしていたために魔力の被害を受けなかったらしい。

 その後、代王都の魔力量は飛躍的に増えたが、彼は平気で外を出歩いている。ゆっくりと高い魔力に慣れていけば、肉体と魂を通常通りに保てるのかもしれない。

 魔術の師と共にゆっくりと研究ができる日がくれば、というのは、彼の生死も分からない現状では夢の話だ。

「つきました。この中にいます」

「ありがとう。二人きりで話はできるか?」

「もちろんです。こちらの鍵をどうぞ」

 渡された鍵を、重い木の扉に付いた金属製の鍵穴に差し込む。

 貧民街の治療師、と聞けば、私の頭には友人のベーダの名が浮かんでは消えている。先ほどの報告を受けてから、私はひそかに期待していた。

「失礼する」

「あなたが、ウオーディガーン様?」

 しかし、石造りの狭い独房にいたのは、爽やかな風貌の美青年ではなかった。

「あ、ああ。そうだ」

 お世辞にも清潔とは言えない身なりの、いかにも貧民街に居そうな少女だ。

「私、ベーダ様の使いの物です」

「何?」

 二度、予想を裏切られて私の頭は混乱した。

「はい。ベーダ様は、ギルダスの館で魔獣どもと戦っておられます」

「ギルダスの館に? 他には?」

「いえ。私が伝えるように言われたのはこれだけです」

「そう、なのか」

 あれだけ仲が悪いベーダとギルダスが共闘しているというのだろうか。状況がよく分からない。

「館にいるのは、ベーダとギルダスだけか?」

「えっと、魔獣に追われた人とか、貧民街の怪我人とか、ギルダスの魔術師仲間とかもいます」

 それなりに戦力は整っているようだ。少女の顔色も良いし、食料に困っているといった様子もない。

 状況がひとまず落ち着いたので、他の戦力と連絡を取ろうとしている、ということか。

「しかし、ギルダスの館からはかなり距離があるだろう。よく一人でここまでこれたな」

「それは、館にいた方々がお守りしてくださいましたし、それにこう見えて、私はベーダ様に治療の魔術と護身術を習っていますから!」

 ベーダがいかに高潔で、慈愛に満ち、云々、と語る少女の瞳は熱に浮かされたようになっていった。

「そうか。まずは二人の無事が何よりだな」

 長くなりそうな話の腰を折り、私が独房を退出しようとした時。

「殿下!」

 少女が、脚に繋がれた鎖を引きちぎらんばかりに詰め寄ってくる。

「ベーダ様は心配ないとおっしゃっていましたが、あの方は何日も寝ずに魔獣と戦い、怪我人の治療までしているんです!」

 足にしがみついた力はかなり強い。力を込めすぎて白くなった指に気づかないのか、少女はさらに訴える。

「このままでは、あの方といえどもいつか倒れてしまいます!」

 私はしゃがんで、足首を離さない少女の手のひらに自分の手を重ねた。

「言いたいことは分かった。これから先の相談もしたいし、私が行って彼らの力になろう」

「本当ですか!?」

「ああ。その時には、道案内をよろしく頼むぞ」

「はい! お任せください! きっとベーダ様のお役に立ちます!」

 浮かれる少女を後に、私は牢番へ鍵を返す。

「戻ろうか」

「はっ」

 友人の無事が分かったのはよかった。相変わらず喧嘩をしながら魔獣を蹴散らしていることだろう。窮地に陥っているのなら、助けに行かねばなるまい。

 ただ、あの少女の態度は気にかかる。

 まるで、ベーダを崇めているようにも見えて、命さえ平然と捨て去りそうな予感がした。

「いや、考えすぎか」

「殿下? 何かおっしゃいましたか?」

「何でもない」

 とにかく、魔術師と治療師を救出し、戦力に加えよう。

 私の頭には、ようやく状況を打開する案が浮かんだ。気持ちは逸るが、一つ一つ片付けていこう。

「先ほどの少女を道案内に使う、食事と、あと水浴びもさせてやれ」

「かしこまりました」

 牢番と別れる。

 ここを開けるわけにはいかないので、ヘンギストとオイスクがボルテの元から帰ってくるまで待たなくてはならないが、やれることはやっておきたい。

 拠点の一部屋に人を集めた。

「ある館に、民の生き残りがいると情報が入った。これより、救出作戦と安全圏の拡張作戦を行う」

 代王譲りに、有無を言わせず命じていく。

「出撃可能な兵を選んでおけ、いつでも出撃できるようにな」

「ははっ!」

「食料、水、医薬品、各物資の総数が知りたい。調べてくれ」

「了解」

「ヘンギストとオイスクが戻ったらすぐに知らせるように各所に伝えろ」

「はい!」

 人が動き始め、あちらこちらが活気づく拠点。

「殿下。偵察隊の出撃をお許し願います」

「許可する。編成は?」

「十名、五隊を出します」

「よし。牢屋に道案内のできる治療師の少女がいる。彼女を連れて行ってこい」

「はっ!」

 現在拠点には五百人戦える兵がいるが、外に出て戦えるのは三百と少し。残りは怪我を負ったり、引退近い老年の騎士なので守備隊に回すしかない。

 もっとも、私としては数の少ない兵はありがたい。この間、父と駆けた戦場の経験を生かすことができるからだ。

 いきなり千とか、万とかいう兵を指揮するのは考えてみても実感がわかない。

「殿下。兵の編成ですが、こちらでよろしいでしょうか?」

 手渡された紙に目を通す。

「もう少し騎士を減らして、陣地設営の人員を増やせ」

「お言葉ですが、それではヘンギストの組織の連中が多くなりすぎませんか?」

 突っかかってきた若い騎士の態度には、心当たりがあった。

 一旦は収まったと思った対立がここで芽を出したのだろう。面倒だが、芽は小さいうちに摘んでおかなくてはやがてどんな亀裂を作るか分からない。

「何が言いたい?」

「奴らは、自分たちの悪事をもみ消すために殿下の下に付いたと聞きました。そんな連中を大勢引き連れていけば、万が一の時に逃げ出すに違いありません」

「要は、信用できないということだな」

「そうです」

 彼は、確か、代王都の守備隊にいた若い騎士の一人だ。まだ二十歳にも届いていなかったため、年を理由に魔獣との戦いには連れて行かれなかったはず。

 頑固な困った奴だが、私に直接言いに来ただけでもまだましな方か。

「そうか。それでは、彼らを信用した、私も信用できないということだな」

「それは」

「もういい。君は編成から外れ、私の警護につけ」

 何か言い募ろうとした彼を手で制し、代わりにこれまで護衛に就いていた老騎士を一人呼んだ。

「彼の代わりに任務についてくれ」

「かしこまりました」

 やり取りを聞いていたのか、年の功か、驚きを見せない老騎士に私は編成の紙を手渡した。

 若い方は、唇を噛んでいる。流石にこれ以上醜態を晒すのは嫌らしい。

「殿下。ヘンギストの兄貴とオイスクの兄貴が戻ってきたぜ」

 荒っぽい呼び方で呼ばれて立ち上がる。ちらりと見ると、若い騎士はちゃんとついてきたが、握りしめた拳を震わせて呼びに来た者を睨み据えていた。

「ヘンギスト、オイスク。どうだった、ボルテの様子は?」

「相変わらずのらりくらりとこっちの要求を躱されたよ」

「なかなか一筋縄ではいかない方でした」

 互いの護衛に待つよう伝え、二人を招き寄せた。

「どうも、ギルダスとベーダが生きていたらしい。これから救出にいこうと思う」

 ヘンギストが、それで拠点が騒がしかったのか、と、納得の表情をした。

「だがよ、それは本当なんだろうな?」

「確かに、少し性急では?」

 オイスクと二人して疑いの目を向けてきた。だが私も、あの少女の話を頭から信じたわけではない。

「分かっている。何か目的があってついた嘘かもしれないし、本当だとしてももう手遅れの可能性もある」

 私が考えているのは、その先のことだ。

「そこまで分かっていて、あえてやるんだな」

「狙いがあるのですね?」

「そうだ」

 やはり、この二人はすぐに分かってくれた。

「まとまりの悪い私の勢力を、何とかまとめるため、二人には私の行動を広めてほしい」

「あー。なるほどな」

 苦笑するヘンギスト。

「具体的にはどのように?」

 いつも通り淡々としたオイスク。

「第十王子は、代王国の民を見捨てないといった内容なら何でもいい」

 まだ何の実績もない私には、心から従っていない者も多い。他にまともな担ぐ神輿が現れれば、残るのは私の乗っている騎獣くらいだろう。

 一から評判を作らなくてはならないのが、魔術ばかりしてきた私の辛い所だ。

 しかし、動かなければ何も始まらない。

 そのための一歩が、今回の出撃。私が魔獣のうろつく拠点の外へ僅かな兵を率いて出撃する。それを、ヘンギストとオイスクが組織を使って効率よく各処へ流す。

 私が期待に応え続ける限り、裏付けのある噂は生産され、評判は上がる。

 稼いだ評判で組織をまとめている間に、友人を中心に側近を組織。核さえできれば、あとはずっとやりやすくなる。

「まあ、いいだろう。オイスク、準備しておけ」

「分かりました」

 出撃の準備で慌ただしい内にオイスクが紛れ込む。そうすると、ヘンギストがぼそぼそと耳打ちしてきた。

「やりたいことは分かったが、その先はどうするんだ」

 その先、とは、代王都を奪回するかどうかということだろう。

 私は、その問いかけには答えず、

「今は友人と、民を救うことを考えよう」

 とだけ言ってその場を立ち去った。

「いずれ、決めなくてはならないんだぞ」

 背に受ける声を振り切り、拠点の入り口へと向かった。

 細い道にも構わずに道の両側には露店が出ている。しかし、品ぞろえは少なく、値段も法外な物ばかりだ。

 すれ違う者はたいてい手傷を負っていて、力の無い眼でぼうっとしている者が多い。そんな中を時折走り抜けるのは、私の臣下ばかり。

 食料も、物資も、組織優先に配布すると決めた時から、不満を抱く民は多いだろうと思っていた。説得するのに時間は惜しまないつもりだったし、首謀者を何人か処断する覚悟さえしたが、魔獣に追われて逃げ込んできた人々は、絶望に負け、日々を堕落に塗れさせているだけだった。

 この世の終わりだと、全員が思っている。

 私も、そう思っているかもしれない。

 ヘンギストとオイスクに話したことは本心だ。友人を助けたいと思う気持ちも変わらない。そうして自分を奮い立てなくては、心に沁みついている虚無感が、ことあるごとに私を食いつくそうとしてくる。

 何かしなくては、道端に転がっている薬物中毒の民のように、絶望に負けてしまいそうなのだ。

 大きく、深呼吸をした。

 これから、友人を救いに行く。誰であろうと見捨てない戦いをしに行く。それを見て、少しでも皆に希望が芽生えるはずだ。

 やるべきことを確認し、出入口へと到着した。

 騎士が一人、私の騎獣を引いてくる。

「殿下。出撃準備完了しました」

「ああ。少し待ってくれ。ヘンギストとオイスクが戻ったばかりなんだ。彼らの留守番の準備ができ次第、出撃しよう」

「分かりました。それまで、待機でよろしいですね?」

「うむ」

 出入口は、狭い路地につながっている。一度に軍勢をで仕入れできないが。代わりに大型の魔獣を防いでいる。

 今回は、軍勢を三つに分けて三か所から拠点を出発。その後、大通りで合流する手はずを整えた。

 そして、道中の魔獣を蹴散らしつつ代王都外壁付近のギルダスの館に向かう。なるべく安全な経路で向かうため、ベーダの使いの少女に道案内をさせる。

 その少女は、先頭の集団の中で騎士と二人乗りをしていた。

 後方がざわめきだした。

「殿下。何やら後ろに民達が集まっているようですが」

 オイスクが手際よく噂を広めてくれたのだろう。

「様子はどうだ?」

「遠巻きにこちらを見守っているだけで、特に何も動きはありません」

 始めはそんなものか。彼らの反応がどう変わっていくのかは、これからの私の活躍次第だ。

 腹の底が、ぶるりとした。

「よし、出撃の用意をさせろ」

「はっ。他の出入り口にも伝令を出します」

 集まった群衆をかき分けて、伝令が二人駆けていった。

 少しして、寄せ集めの材料で作った、急ごしらえの門が開く。

「出撃!」

 雄たけびが挙がった。駆けていく。

 しばらくぶりの外に、騎獣が喜んでいる。足に弾みがあった。

 薄暗い路地を細長い一列で進んでいくと、前方に影が過ぎった。空にいる。路地から空を見るが、建物が邪魔で視界がとれない。

「大通りに出る! 魔獣は上だ! 戦闘準備!」

 先頭が、大通りに出た。何事もないまま、全て大通りに出ると、円陣を組んだ。

「魔獣はどこだ?」

 あたりを見渡しても、先ほどの影の主はいない。

 静かだった。

「理由は分からないが、これは好機だ。速やかに目的地へ向かおう」

 他の二部隊とも、問題なく合流した。何か起きているとは思うが、好機は逃したくない。

 ところが、あちこち瓦礫で道がふさがっていて、軍を進めるのには難渋した。少女に案内を頼んだはいいが、騎獣で進むのを考慮しておくべきだった。

 考えていたよりも時間はかかったが、徐々にギルダスの館と距離を詰めていく。

「ん? 魔術?」

 一斉に、何人かが一点を見た。私も、その中の一人だ。

 ある程度まで近づくと、館のあたりで魔術を使っているような気がしてきたのだ。

「なあ、目的地の方向で、魔術の気配がしないか?」

「ああ。辺りの濃い魔力が邪魔で分かりにくいが、一定の規則で動くこの魔力の感じ、魔術みたいだな」

 呟きが耳に入ってきて合点がいった。

「ギルダス達が、まだ魔術で応戦しているんだ」

 そう思うと、居ても立っても居られなくなり、自然と騎獣をせかしていた。

「殿下!?」

「一人で突っ走ってるぞ!?」

「護衛! 早くお止めしろ!」

 速度が上がるうちに、気持ちの昂りも抑えが効かなくなっていく。

 護衛の静止も聞かず。軍が付いてきているかも確かめず。見覚えのある通りを、騎獣で駆け抜けた。

 あと一つ、この先を曲がればあの屋根が見える。

 と思いきや、私は宙に浮いていた。

「なっ!!」

 突然騎獣が足を止め、私が放り出されたのが分かったのは、しこたま体を地面に打ち付けてからだった。

 痛みに呻く私。

 護衛達と率いてきた騎士たちは、なぜか手綱を引き騎獣を降りて近づいてくる。そして、呻きを上げる私の口を押さえつけた。

「お静かに」

 何が起きているのか分からずに呆然とする。

 その私の視界に、じっとうずくまって動かない騎獣の姿が入ってきた。

「目的の魔術師の館に、規格外の魔獣がいます」

 押し殺した声でそう言われ、促されて意識を館へ向けた。その時の感触は、生涯忘れることは無いだろう。

 全身が、小さく押しつぶされ、小人になった気がした。

 実際には、強大極まりない魔力を感じて、相対的に自分を小さく感じてしまったのだ。

 夢中になっていた私には気が付かなかったが、騎獣は、その存在をしっかりと感じ取り、本能が体の動きを止めたに違いない。

「一旦、退きましょう」

 囁きは、護衛のものだ。確か、護衛にしたばかりの若い奴だ。私の内側でも、同じ声がしている。

 勝ち目はない。私も、はっきりとそう思う。

 だが、おめおめと引き下がる気はない。

「お前たちは引け。退路の確保を頼む」

「で、殿下?」

 もとは、あの戦場で死んでいた身。王になろうとしたのは、つかの間の暇つぶし。

 自分に言い聞かせる。

「私は、館の中に入れないか試してみる」

「そんな。危険です」

「黙っていろ」

 手早く、甲冑を脱ぎ捨てた。金属製の物は全てここへ置いていき、少しでも身を軽くして、音も出ないようにする。

「間違いなくお命が」

「見つからなければいい話だ」

「魔獣の感覚の鋭さをお忘れですか!?」

 声が大きくなりかけた一人を、全員で取り押さえて黙らせる。

「大丈夫だ。この魔力の濃さなら、私一人の気配ぐらい何とかなる。それに、先ほどから他の魔獣どもの姿が見当たらないではないか。危険ではあるが、勝算が無いわけなかろう」

 まあ、こちらも他の魔獣の魔力を感じることができないので、私の隠密能力の高さが試されることになるのだが、これは黙っておかないと絶対に行かせてくれないだろう。

「どうして、そこまでなさるのです?」

「友人を見捨てられないだけだ」

 これが、本心の半分。残りは、何とか作戦を成功させないと、私の立場が危うくなるという危機感のためだ。

 王宮暮らしは、本心を隠すいい訓練の場になった。

 騎士も、護衛も、何人か感極まった様子の者もいる。

「ご友人を助けたい気持ちはわかりますが、殿下無くして代王国の復活はあり得ませんぞ」

 しかし、全員が情に流されたわけではなかった。

「御身を危地にさらさずとも、我らにお任せくださればようございます」

 主に老騎士達が、代わりに行くと譲らない。

 私も、譲らない。

「馬鹿を言え、私の友だぞ。私が行かずして、他に誰が行くというのだ」

 一笑に付す。

 この状況で、笑えた。自分でも不思議ではあったが、目の前の臣下たちにとっては、もっと不思議であったのだろう。

「ご武運を」

 ぽつりと誰かが一言漏らし、その一言が私の見送りとなった。

 去ってゆく足音を背に受ける。

 さて、この桁外れの魔力の持ち主を拝んでおこうか。

 魔力の感じからすると、奴は屋敷の門前にいる。遠回りにはなるが、左から回り込んで館の裏門を目指そう。

 身長に、周囲を確認しつつ、民家の間をすり抜けていく。時々、体の一部が膨れ上がった死体が転がっている。

「くそ」

 中には、子供のものらしき小さなものまであった。

 今は弔っている暇はない。すまない、と念じつつ先を急いだ。そろそろ館が右手に見えてくるはずだ。

 魔力は近づくにつれ、はっきりと分かるようになっていく。今までに感じたことのない、とても異質な感じがした。

 まるで、一人っきりで取り残された闇の中のようだ。魔力を感じているだけなのに、幼い時に場外へ出て迷子になった時のことを思い出す。

 頭を振って意識を切り替えようとした。

 余計な思い出に浸っている場合ではない。

 民家の影を伝ってゆくと、館の裏門の前まですんなりとたどり着いた。相変わらず魔力が強烈で、中に何がいるか、全く分からない。

 門扉に触れてみる。制御文字で書かれた魔術式は生きていた。ついさっき書き換えられた痕まである。

 術者は存命と考えて間違いない。

「心配させるなよ、師匠」

 安堵の呟きが漏れる。

 ただ、問題はどうやって中へ入るかだ。魔術で連絡はとれるだろうが、可能な限り操る魔力を抑えても、ばれないという保証はない。

 とすると、何とか門を乗り越えるしかないか。

 縄すらないので、裏門の僅かな凹凸に手足をかけてよじ登る。

 魔術師の館へ忍び込むときに都合がいいのは、魔術での防御の邪魔にならないよう、余計な装飾が無いことだ。

 貴族の邸宅の塀によくある、棘付きのかえしもない。

 その代わりにこれでもかと魔術の防御がかかっているのだが、高濃度の魔力に長期間晒されたせいで魔術式が正常に作用しなくなっていた。

 門の上まで手のひらを擦りむきながら登り切り、音を立てないように、慎重に凹凸を探しておりていく。

 ようやく、魔術の師、ギルダスの館へたどり着いた。

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