19話
魔獣が跋扈する代王都。
細い通りの崩れた民家。その地下には、隠し通路があり、私たちはそこから奇妙な二人組を見送ったばかりであった。
「あ、そういえば、あの二人は俺たちの倉庫に向かってるんじゃなかったか?」
ヘンギストが思い出したように呟いて、私たちはようやく先ほどの二人を見た衝撃から我に返った。
「急いで戻ろう」
元々いた見張りを一人残し、私と、ヘンギストと、ヘンギストの右腕のオイスクで、隠し倉庫へ駆け戻る。
地下道を抜け、倉庫の地下へたどり着いた。
「間に合ったようだな」
人の気配はない。と思ったのも束の間。
「おい、ここじゃねえか?」
「そうだ。ここから匂いがする」
さっきの二人組がやってきた。
「見つかったぞ、どうするんだ」
私たちのいる地下室からならば、よほど大きな声を出さないと外へは漏れない。そうと思っても、自然と小声になった。
「出入口は地下のここしかない。外からは、普通の手段では入れない構造になっている」
「しかし、魔獣ばかりの外を平然と歩いている奴らが、普通の手段で入ろうとするでしょうか?」
ヘンギストの楽観論を、オイスクがその片眼を光らせて諫める。
「何か、こちらから打てる手はないのか?」
私が訊ねると、二人はかぶりを振る。
「そうすれば、得体のしれない連中と接触する」
「状況がややこしくなるのは、できるだけ避けた方がいいかと思います」
ひそひそ話でこちらが議論していると、例の二人が動いた。
足音が、ぐるりと建物を一周する。
「なあ、この建物、扉が無いぜ?」
「そのようだ」
「どうやって入るんだよ」
入れないのだから、諦めてほしい。三人で、固唾を飲む。
「上に、窓が開いてる」
「んあ? ああ、そうだな」
「私を投げろ。縄で、お前を引っ張る」
私たちは、耳を疑った。
大量に物資を蓄えている倉庫は、階段こそないが、二階建ての家ほどの高さがあり、明り取りの窓は、高い壁の一番上付近にある。
大柄な男が、小柄な女を投げるとしても、肉体強化の魔術でも使わなければ届かない高さだ。
そして、魔術を使えば、密集する魔力に惹かれて、そこらじゅうをうろついている魔獣が寄ってくる。
「おらよっ」
「ほっと」
頭の中で考えがまとまらないうちに、あっさりと女の声が上の方で聞こえた。
「くそ、本当にやりやがった」
ヘンギストが地下室から、階段を駆け上がる。オイスクも、私も、それに続く。
「何だ、お前たち?」
仮面をした女が、こちらに気づく。荷物の上に屈んで、縄を垂らしたところだ。
「おーい。どーしたー?」
「オド。ちょっと待ってろ。人がいた」
「はあ!? うそだろ!?」
「いいから、待ってろ」
窓の近くに積まれた荷物、天辺から仮面の女が飛び降りてきた。音もなく着地する。
この常人離れした動きと、入り込んでいることを考えると、争いは避けた方がいい。
「さて、俺の倉庫に何をしに来たのか、聞かせてもらおうか」
ヘンギストが、仮面の女に訊ねる。
どう、答えるのか。オイスクが自然な動作で後ろに手を組み、腰に括り付けていた短刀の柄を、静かに握りしめた。
「食料を調達しに来た」
返事はひどく素っ気ない。
「どうしてここに食料があると分かった?」
「匂いがした」
ぷつぷつ切れる言葉に戸惑ったのか、ヘンギストが口をつぐむ。
敵意はないらしい。短いやり取りで、それだけ分かれば十分だろう。私は、オイスクとヘンギストの前に出た。
「始めまして。私は、ウオーディガーンというものだ。あなたは?」
「アラリック」
「アラリックさん。外にいる彼を中へ入れてあげてはどうだろうか」
「でん」
殿下、と言おうとしたオイスクの口を、ヘンギストが塞いだ。そうだ、まだ身分を明かすのは早い。
「そうする」
アラリックは、小首をかしげて少し考えたようだったが、荷物の僅かなとっかかりを器用に使って窓へ上ると、外で大人しく待っていた仮面の男を引っ張り上げた。
「お、あいつらがさっき言ってた奴らか」
「うん」
縄を片付け、アラリックが軽やかに飛び降りる。対照的に、仮面の男はどすん、と落ちてきた。
男の背中を見ると、棘が返しのようになっている棍棒を背負っている。よく手入れされているが、血の匂いがこちらにまで漂ってきそうな、酷薄な武器だ。
「ウオーディガーンという。よろしくな」
「おう。俺はオドアケルってもんだ。よろしくな」
目が合うと、軽く電流が走ったような、ぴりりとした感覚が体を走った。なんだ、と考えるまにその感覚は消えてしまう。
それぞれ名を名乗ると、もう昼飯時になっている。オドアケルの腹の虫が騒いだ。
「すまん。ここ二、三日、まともに飯食ってねえんだ」
少し照れたように頭をかく仕草を見て、ヘンギストとオイスクも、ひとまず敵意が無いと判断したようだ。
「一緒に来れば、飯食わせてやるよ」
「お! やったぜ! 行くだろ、アラ?」
ヘンギストが拠点に案内すると言い、私にそっと目配せをしてきた。私が頷くのを見て、先頭に立って歩きだす。
地下室へ降りて、先ほど見張り場所へ行った道とは違う道へ進む。
「おい、行き止まりじゃねえか」
空腹で気が立っているオドアケルが苛立った声を出す。
「よく見ろ、オド。ちゃんと梯子がある」
アラリックの言う通り、突き当りの土壁に半分埋め込まれるようにして、梯子がある。黒く塗られている梯子は、松明の明かりを持っていてもよく見えない。
「早く」
「へいへい」
アラリックにせっつかれ、大柄な体には似合わぬ身軽さで、オドアケルは梯子を上っていった。他の面々も梯子を上り、先頭のオドアケルが天辺の蓋を開けた。
光が差し込むと、目が慣れるまで何も見えない。
手の感覚を使って次の段を探りながら、私は地上へ上りきる。
「ヘンギスト様、この二人も入れてよろしいのですか?」
「ああ、信用できる」
蓋を閉めた。
通路の見張りが、仮面をつけて素顔を晒さないオドアケルとアラリックを咎めたようだが、ヘンギストが上手く取り計らってくれた。
「ようこそ、我らの拠点へ」
干し肉、固く焼しめたパン、干した野菜。それらにひと手間加えた食事を囲み、ヘンギストが乾杯の音頭をとった。もっとも、飲むのは酒ではなく井戸水だ。
色々と聞きたいことはあったが、猛然と食事を始めた二人に気圧され、しばし言葉もなく食料を取った。
二人とも、毒の心配をする素振りはない。
こちらを信用してくれたのか、それとも毒など聞かない身体なのか。
仮面の二人はそれぞれ、五人前をぺろりと平らげた。
「いい食べっぷりだな」
人心地ついたと見計らい、私は二人の正面に移動した。
「貴重な食料。感謝する」
「なかなか美味かったぞ」
そろそろ質問の時間にしよう。
「お互い、いろいろと聞きたいことがあると思う」
「いや、俺は別に」
「オドは黙ってて」
腹が一杯になって眠そうになったオドアケルに、アラリックがぴしゃりと言い放つ。
「どちらかが一方的に聞くのは、聞かれる方にとって気分の悪いものだし、互い違いに質問をするというのでどうだろう?」
「構わない」
オドアケルが大きな欠伸をした。
「それでは、私からまず一つ」
そうして、日向でうつらうつらし始めたオドアケルが、獲物の巨大な棍棒を枕にして眠り始めるころには、お互いそれぞれの事情が分かってきた。
アラリックが、相棒を蹴り起こす。
「なるほど。二人はボルテという商人に雇われて仕事をしていたところ、この事態に巻き込まれ、物資の確保を頼まれたのか」
ボルテといえば西大陸有数の大商人。おまけに樹人ときている。そのため、代王国の中では良くも悪くも有名人だ。
「その。殿下。本当になんというか」
「よせよせ、かしこまらないでくれ。今はただの戦士に過ぎない身だ、二人と境遇は変わらない」
「あー。そうか。あんまり偉そうに見えないもんな」
アラリックには私の身分を明かした。いずれ分かることではあるので、ここで腹の内を全て見せれば信用も上がると見越したからだ。
アラリックは大して動じていなかったが、オドアケルは急に態度を変えかけた。本当に、対照的な二人だ。
「さて、これからのことだ」
高い魔力に代王都が覆われており、魔獣が魔力に惹かれて集まり続けている。
「我々が目指しているのは代王都の奪還と復興。そのために、二つやらなくてはならないことがある」
私は、二人に計画を話した。
「いや。無理だろ」
「奪回するなら、確かに必要、だけど」
二人の反応に、昨日までの大議論を思い出した。
ヘンギストの父から譲り受けた闇組織の者と、運よく高濃度の魔力に肉体と魂を侵食されなかった代王国の臣下達。
始めにやらなければならなかったのは、二つの組織の潰し合いを抑え込むことだった。
頭の痛くなるばかりだった日々が思い出される。
「とにかく、代王都の中に残っている勢力を一つにまとめたい。逃げ出すにしろ、戦うにしろ、残った者達がバラバラでは被害が大きくなるばかりだ」
とにかく一つになること。まず、それができなくては話にならない。そう説得するだけで何日も費やした。
「分かった。ボルテの元に案内する」
「おし、そうなりゃ早く行こうぜ。のんびりしてたら寝ちまいそうだ」
「すぐに支度しよう。オイスク、留守を頼む」
「了解しました」
ボルテがいるのは代王都の店だ。ここからは少し距離があり、地下道は途中までしか使えない。そのため、牽制の部隊を何隊か出して、魔獣を攪乱。隙を見て私とヘンギスト、アラリックとオドアケルの四人で強行突破することにした。
アラリックとオドアケルの二人だけなら、なぜか魔獣に襲われることは無いらしい。その理由に私は心当たりがあったが、アラリックが何も言わないので、聞き出すのはやめておいた。
二人には、まだ秘密がある。しかし、無理に聞き出そうとしても口を開くとは思えない。
「殿下。十人ずつ、三隊の陽動を出しました」
「オイスク。ご苦労」
今は、商人ボルテの館へ向かうことに集中しよう。
「では、行こう」
「地下道に案内する。ついてこい」
今度の出入り口は枯れ井戸だ。
ヘンギストを先頭に、縄を伝って井戸の底へ降りる。
一番下に、人ひとりがようやく通ることができる狭い横穴が掘ってあった。
「オドアケル。その棍棒は背中から下ろした方がいいな」
天井に柄がつっかえそうだ。
「分かった」
最後尾のオドアケルは棍棒を引きずって運ぶことにしたようだ。土を擦る音が、重苦しい暗闇を満たしている。
ヘンギスト率いる闇組織が掘った地下道は、形も場所も様々だ。
代王国の事業で作った地下水道をそのまま使っているところもあれば、組織が密かに掘ったとしか思えない狭い通路もある。この通路は後者だ。
壁はほとんど均されておらず、時折植物の根が天井から垂れてきている所もあった。
いつ崩れるかも分からない通路を、ヘンギストはどんどん進む。
「うえっ。ぺっ」
オドアケルが木の根を口に含んでしまったらしい。
時折、誰かが声を上げるが、静かに歩を進めて行った。
「ついたぞ。ここを上がれば、地上に出る」
急斜面が見えたところで、先頭のヘンギストが止まった。
「ただ、出た先は俺たちの組織で確保している領域じゃない。魔獣がうようよしてるから、くれぐれも気をつけろよ」
「おうよ」
「ん」
「分かっている」
急斜面に埋め込まれた石を掴んで、順番によじ登る。
地上に出た先は、貴族の館らしい。広い庭に大きな石像が立っている。その隅に空いた穴から、私たちが飛び出す。
すると、庭にいた魔獣と目があった。
「いきなり、か!」
突進してきた、毛むくじゃらで四つ足三つ首の魔獣を、横に飛んで躱し、すれ違いざまに魔術を使おうとして、思いとどまった。
周りにいるのはこいつ一体。速やかに倒せば、ボルテの館へたどり着くまでの戦闘を回避できる。
「魔術は使えないが、何とか素早く倒すぞ」
私とヘンギストが腰の剣を引き抜く。
「まあ、俺に任せとけって」
しかし、棘付きの棍棒を片手に、オドアケルが前に出た。
「おい、連携が取れなくなる! どけ!」
「まあ、見てて」
勝手な行動に思わず熱くなった私を、アラリックが抑えた。
魔獣が方向転換し、こちらへ再度突進してくる。
オドアケルが、棍棒を両手に握りしめた。
「目の錯覚か? 棍棒が、震えたような」
頭から突っ込んできた魔獣の三つの横っ面を、オドアケルが振り下ろす棍棒が捉えた。
突進の勢いが逸れ、庭にあった石像へと魔獣が突っ込み、土台にぶつかって動きを止めた。三つあった首は、棍棒の一撃で一緒くたになってしまっている。
「な? 任せとけって言ったろ?」
「言ったろ?」
仮面の二人組の少しおどけた仕草に、こちらはすっかり気を抜かれてしまった。
「怒鳴って、すまなかったな」
「いいって、始めは誰でも俺たちの実力に驚くんだからよ」
「驚かなかった方が少ない」
「ふむ」
謝る私の脇で、ヘンギストが何やら考え込んでいる。
「どうした、ヘンギスト?」
「いや、何でもない。ボルテの館へ急ごう」
「何だあいつ」
「さあ?」
その後は、ヘンギストの的確な道選びに加えて、アラリックとオドアケルが魔獣を瞬殺して行くので、私は何もすることが無く目的地へたどり着くことができた。
「何か、魔獣が少なかったな」
「オイスクさんが、牽制をしたからだ」
戦い足りなさそうなオドアケルを、アラリックが引っ張っていく。その先に、なぜか木々に覆われた館があった。
「ここがボルテの館か」
「流石樹人、って感じの外見だな」
近づくにつれ、おかしなことに気が付いた。
「おい、殿下。この木、石畳の下から生えてるぞ」
「本当だな。ボルテ氏が生やしたのかもしれない」
理由は分からないが。
「へぇ、樹人は木を操るって言うが、そんなことまでできんのか」
館を囲う樹の壁は樹齢百年を超すであろう巨木ばかりで、自然に生えてきた者でないのは一目瞭然だ。
「おい、さっさと入んねえとまた魔獣が寄ってくるぞ!」
樹の一つ。大きな股のある樹から仮面が呼んでくる。
「あれが門の代わりか」
「そのようだな」
くぐる時に、樹が結界になっているのに気づき、何故樹を生やしたのか納得がいった。
樹の内部に、魔力の通り道が不自然に配置され、制御文字を形作っていたのだ。文字は魔力を変形させ、変形した魔力は肉体に作用する魔術となる。
気配隠匿、空域守護、敵意察知、まだありそうだが、夢中になりかけた私は、ヘンギストに首根っこを掴まれて目的を思い出した。
ボルテの館は、東王国風の木造二階建てになっていて、一階が商店、二階が住まいに分けられている。
アラリックとオドアケルに案内されて二階へ上がり、私たちは大商人と対面した。
「始めまして。浮舟族のボルテと申します」
「ロムルス・ウオーディガーンだ」
「ヘンギスト・コルレオンといいます。以後お見知りおきを」
それぞれが立場に則って名乗ると、早速私が、
「代王都の復興に力をお貸し願いたい」
と切り出して話し合いが始まった。
「復興と、おっしゃいましたが、現状では新たに首都を作る選択肢を考えた方がよろしいのでは?」
完璧な東大陸語だが、どこか軋るような音が混じる独特の声だ。
「魔獣との戦いを避けるつもりはない」
「それは、なぜですか?」
「新たな首都を築くとなれば、敵対している勢力に背後を衝かれかねないからな」
ヘンギストが息を飲んだ。壁際に椅子を置いて見守っているアラリックも、身を強張らせている。
「例えば、南の樹人族など?」
しかし、樹人のボルテには動揺が見られない。
「それもある。他には、西の鬼人族に、西南の巨人族と竜人族。数えればきりがない」
そう、首都が魔獣に占拠されている時間が長いほど、危険が増す。今でさえ、ぎりぎりの時期だ。
「遷都の意志が無い事は分かりました」
腕を組み、枝のような指で、とんとんと、二の腕のあたりを叩くボルテ。
「魔獣を追い払い、国を立て直すのに、あなたの助けが欲しいのだ」
私は頭を下げた。
「まあ、そう急ぐことは無いでしょう。食事を用意するので、どうかおくつろぎください」
だが、商人はすい、と立ち上がり、仮面を両脇に従えて、応接間を出て行ってしまった。
私は下げた頭を元に戻した。
こちらを信用していない。話を唐突に打ち切られたことで、ボルテはそれを伝えようとしたのかもしれないと思ったのだ。
「これは、出直した方がいいな」
「こっちを信用してもらえねえと、話を聞いてもらえないからなあ」
「ヘンギスト、信頼関係を作るには、時間がかかるだろうな」
「あたりまえだろ」
ボルテが戻ってきた。アラリックとオドアケルに食事を運ばせている。
「召使たちがおりませんので、彼らに給仕の代わりをさせます」
そうして、私たちの前には食事が用意されたが、ボルテの前には水が一椀置かれただけだ。
「どこか、具合でも悪いのですか?」
「いいえ。樹人は水と魔力が食事なのです」
ボルテがそう言うと、天井から枝が目の前に垂れてくる。
なんだ、この枝は。
じっと見ていると、枝の先端が細かく震え、家の魔力と空気中の魔力が混じり、濃縮されて、見る間に膨れて実をつけた。
「これは凄い!」
「人族の身体には毒ですので、見るだけになさってくださいね」
ボルテは、そう言って魔力の塊のような実を食べた。
食事が終わり、門代わりの樹の股の前で見送りを受けた。
「ご協力の件については、よく検討させていただきます」
「よろしく頼む」
事実上の拒否と受け取れる返事は、驚くことではなかったが、やはり気分は落ち込むものだ。
「まー、元気出せって。な?」
「まだ、決まったわけじゃない」
「ありがとう二人とも」
地下通路まで、アラリックとオドアケルが護衛に付いてきてくれた。
「いくぞ、殿下」
「ああ。またな、アラリック、オドアケル」
二人がボルテの館に帰っていった。
ヘンギストと暗い地下道で二人きりになる。
「どうしたものか」
ギルダスもベーダも行方知れずのままで、王宮にいるはずの母をはじめとする親族の救出は、王宮近くに魔獣の大群がいて覚束ない。
戦力を上げようにも、味方を増やす当てがない。
代王都へ戻ってきた時に感じた魔術の余波は、物資整理の忙しさに追われているうちに、感じられなくなってしまっていた。
「気を落とさずに、しっかり休めよ」
「お前もな」
拠点に戻ったが、部屋には戻らずにあちこちを歩き回る。
夕食もとらず、考えに考えてもいい作戦は思いつかなかった。
一体一体魔獣を倒していくのは消耗戦になるので、戦力の少ないこちらが不利だ。新たな味方を作ろうにも、ボルテを引き込むには時間がかかりそうだ。
まんじりともせず、朝を迎えた。
オイスクも顔合わせをしておいた方がいいと思い、ヘンギストとボルテの館へ向かわせた。
ふらふらと拠点の中を歩き回る。
拠点は、代王都の正門から入り、大通りから路地に入り、くねる路地を進んだ先の石積みの建物だ。平屋に見えるが、地下にはいくつもの階があり、魔術師をわざわざ雇って掘らせたと聞く。
周囲の店のいくつかは全て石積みで作られており、拠点を囲うように歪な円を描いている。それらを見張り場として使いつつ、歪な円の内側は魔獣のいない安全圏となっていた。
「殿下。報告です」
「ご苦労」
拠点の一室に戻れば、報告を受ける。
「貧民街から、十数人と共に治療師がやってきていたことが発覚しました」
「うん?」
「軋轢を避けるために医師だと偽っておりまして、今は仮牢へ入れてあります」
「なぜ牢へ? 怪我人を治療できる者は、何人いても足りないだろう」
「こちらで保護している医師や薬師が、追い出せと騒ぎ始め、ちょっとした騒ぎになったため、双方を牢へいれた次第です」
「なるほど」
しかし、怪我人の絶えない環境で医師と治療師を拘束しておくのはもったいないな。
「私が行って話してみよう」
「いえ、殿下を煩わせるようなことでは」
「暇なのだ」
言い募るのを置き去りにして、私は拠点の地下室へ設けられている仮牢へ赴いた。




