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九王記  作者: 荒木小吾
一章 西の大陸で
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1話 盗賊オド

太古の大戦で陸は三つに分かたれた。魔の西大陸。獣の南大陸。人の東大陸。魔の大陸には多くの魔力が流れている。故に魑魅魍魎が跋扈する。その底流にこびりつく月光の名残。灯となるか、焔となるか。己の糧に飢える盗賊は、王座など目に入らない。そして身の丈も分からない。しかし分からないからこそ際限なく求め続ける。彼が王を望むのも遠い時ではあるまい。

 西大陸北辺。冬のある日。小さな街道の脇に、これまた小さな森が広がっている。その中に一本、他の木よりも高い木があった。その根元に座り込んでいた男の元に、別の男が駆け寄ってくる。

「オドの兄貴! 次の得物が来やした!」

「おおっ、また来たのか! 今日は大量だなぁっ!」

 喜色を浮かべた俺たちは盗賊だ。仮のねぐらをあちこちに構え、時々通る旅人や行商人から金品をせしめていた。

 近頃は、噂が広まったのか収穫の無い日が続いていたのだが、今日は久々の大量で兄貴分の俺の顔もほくほくしてくる。

「それで、何人だ?」

 ゆるんだ顔を引き締めて俺は走ってきた弟分に訊ねた。

「へい、一人と一匹でした」

「なんだ、その、一匹ってのは?」

「護身用の魔獣のようですぜ」

 伝説では、かつて月影の生み出した眷属達は、特異な肉体と強力な魔力を持っていて、月影の意のままに動いていたと聞く。魔獣というのは、その月影の眷属をルーツに持っている種族らしい。昔、父がそんな話を子守歌代わりに聞かせてくれた。

「ふむ、わざわざ魔獣を護身用にしているとは、よほど金目の物を持っているに違いねぇ」

 それでは早速、と立ち上がりかけたが、弟分が待ったをかけた。

「ちょっと待ってください兄貴。もう一つお知らせがあるんです」

「なんだ? 言ってみろ」

 弟分はごくりと唾を飲み込んで、言葉を溜めた。

「どうやら、魔獣使いの奴は」

 そこで弟分は、また唾を飲み込む。

「樹人のようなんです」

 それを聞いて、オドは思わず怒鳴り声をあげた。

「樹人だと!? こんなところに樹人が居るわけないだろうが!」

「そ、そんなこと言われたって!」

 樹人族は虚樹の眷属と言われている天樹を中心に、西大陸の南方に生息している種族だ。木々と変わらぬ姿をしていて、自然を操る魔術を用いる。森林の中の戦闘では軽く人族の戦士十人を相手取るとされる恐ろしい戦士を要する種族だった。

 俺たちの暮らす代王国は、何度か樹人が生息する密林に軍を進めたが、そのたびに大きな被害を出して逃げかえってくるのが常だった。

「どうするんですか、兄貴?」

 弟分はすっかり怯えている。

 俺はそいつに張り手を食らわせた。

「痛い!」

「襲うに決まってんだろ! 馬鹿か!?」

 弟分は頬を抑えてわずかばかり抵抗をした。

「でも、相手は魔獣と樹人ですよ? こっちは兄貴を入れても五人しかいないのに、勝てるんですか?」

 俺は弟分の眼を覗き込み、ゆっくりと言い聞かせる。

「いいか、普通の樹人なら護衛に魔獣なんて使わねえ。強いんだからな」

「た、確かに」

 弟分はよく分かっていないようだ。

「護衛がいるってことは弱いって事だろう?」

「言われてみれば、そう、ですね」

「つまり、手ごわいのは魔獣のほうで、樹人は戦えない」

「その通りですね」

「そしたら、魔獣を一番強い俺が引き受けて、四人で樹人を襲うんだ。わざわざ護衛を連れているくらいだからな、きっといいもん持ってるぜ」

「はいっ!」

 すぐにでも走り去りそうな弟分の首根っこを捕まえ、さらに指示を出す。

「弱いと言っても相手は樹人だ。見くびっちゃならねえ。森から離れたところで襲うぞ、いいな」

「分かりました、見張ってる他の奴らにも知らせてきます」

「おう、行ってこい」

 そうして弟分が走り去ると、木の根元に立てかけてあった剣を取り出すと、手作りの粗末な鞘から引き抜く。

 持ち物の中で、この剣だけが武器らしい武器だ。弟分たちは狩りの道具を使って盗賊をやっている。

 この剣は、以前旅の武芸者から奪ったものだ。毎日手入れと鍛錬は欠かしていないが、実際に使うのは初めてだ。

 柄にもなく体が震えてくる。人族相手の喧嘩なら今まで負けたことは無いが、今度の相手は戦いを教え込まれた魔獣で、今からするのは殺し合いだ。

 幼いころ、父と毛皮を売りに訪れていた町で、一度だけ魔獣を見たことがある。そのときは二十人ばかりの重装備の騎士がさんざん翻弄され、半数が体をばらばらにされていた。

 樽の様な外見に短すぎるほどの手足がついていて、滑稽な感じすらする魔獣だったが、体の側面に無数に開いていた縦長の細長い穴からは、大鉈の様な刃が目にもとまらぬ速さで飛び出して騎士の鎧の僅かな隙間に深々と食い込んでいた。

 最終的には持久戦に切り替えた騎士たちは疲労を待ったうえに数で押しきり、討伐していたが、酒樽に紛れ込んで町の中に突然現れ、周囲を血だまりに変えた魔獣は、俺の中で恐怖と共に記憶の底にこびり付いている。

 あれはごく弱い魔獣だと、後で聞いたときは思わず漏らしかけた。

 そんな魔獣とこれから戦わなくてはならない。

 しかも、武器は安物の剣一本きり。俺の人生もここまでかもしれない。

 いっそこのまま逃げて、他の獲物を探そうか。

いや、今までの獲物を全部高値で売り払ったとしても、このままでは村の皆は冬を越せない。一発逆転を狙うには魔獣使いの樹人はなかなか期待が持てる。

 ただ、何事も命あっての物種だ。

いやいや、ここで生き延びたとして、それで俺は皆のところに胸を張って帰れるのか。俺たち五人を送り出した時のじいさんばあさんやガキどものすがるような眼差しを俺は裏切れるのか。

 だったら、他の四人に魔獣の相手を任せてしまおうか。

いやいやいや、俺が一番強いんだから、俺が魔獣の相手をしなくちゃならないだろう。さっきの奴にも、この凍える寒風の中で樹人たちを見張っている三人にも、家族や友人、恋人がいる。

「いや待てよ、そういえば恋人がいないのって俺だけか?」

 やめておこう。

恋人がいる奴を魔獣と戦わせて、あわよくば、などど考えてはならないのだ。絶対にいかんのだ。断じてならないのだ。

「あ、雪か。どうりで冷え込むわけだな。ははっ」

いつの間にか雪がちらついている。もう恐怖で震えているのか、寒さで震えているのか分からない。オドはぼろい外套を羽織った。

「兄貴」

「うおっとう!」

 思わず変な声が出てしまった。

「そろそろ、奴が森の終わりに差し掛かります」

「分かった、行こうか」

 こうなればもう逃げられない。やるしかない。そう思っても歯の根が合わずかたかたとなるのを抑えられないでいる。弟分も気づいているだろうが何も言わない。もしかしたら気づいていないのかもしれない。気づかないでいてくれ。

 弟分の案内で森のはずれに来た。

「あいつです」

 弟分が指さした方を見ると、ひょろ長い人影が一つと、小さな人影が一つ見えた。どちらも寒さ除けに長い外套を着て、顔が分からない。雪が酷くなってきていてはっきりとは分からないが、上等の外套に見える。その外套を魔獣にまで着せているってことは、こいつは当たりだろう。

「ひょろ長い方が樹人です」

 気づくと五人全員がいつの間にか集まっている。山中や森の中で大人しい魔獣を狩っている俺たちにとって、足音を立てずに歩くのは朝飯前だ。

「よし、後を追うぞ」

 俺を先頭にして五人で一列になり、酷くなっていく雪の中しばらく追跡する。

 やがて前方に、街道が丘に挟まれた所が見えてきた。ついてきた四人を振り返る。後方の二人には丘に登って見張りとし、残りの二人に、俺が魔獣と樹人を引き離してから来るように指示を出した。

「行くぞ」

 皆強張った顔をしているが、しっかりと頷く。

 後方の二人が二手に分かれて丘に登っていった。

 深く息を吐き、思い切り自分の顔をひっぱたく。その勢いのまま駆けた。

 積もってきた雪を蹴散らし、腰に付けた鞘から剣を引き抜く。できれば一撃で終わりますように。

 気配を感じたのか前の二人が振り向きかける。

 その片割れの小さい方に体ごとぶち当てるようにして剣を叩きつける。

「うぉぉっしゃらぁぁぁ、いっ!?」

 そいつは手の平で剣の腹を挟み、思い切り後ろに跳んで俺の突進の勢いを殺す。

 やはり、一筋縄ではいかなかったが、樹人と離れてくれたのは好都合だ。

「このまま」

 足に思い切り力を込める。

「吹っ飛べ!」

 魔獣が後ろに跳んだ勢い以上の速さで突き進む。魔獣も樹人から離れまいと足を踏ん張るが、こちらの方が力があり、そのままずるずると押し切った。

「ふうっ、まずは良し」

 丘に挟まれた小さな谷から少し抜けた。街道の脇で魔獣の腹を蹴りつける。魔獣はまた後ろに跳んで蹴りの勢いを殺した。

 にらみ合う。

 魔獣は低く喉を鳴らして、腰を落とし完全に戦闘態勢になっている。ぎらついた眼光、ねじくれた角が二本、真っ黒でもじゃもじゃの体毛、鋭い牙、硬そうな爪、そして太い尾。そんな体を持つ化け物が殺意全開で俺を睨み据えている。俺は思わず謝りそうになった。

「盗賊か?」

「えっ?」

 こいつ、今、しゃべらなかったか。

「盗賊かと聞いている」

「あ、はい。盗賊です」

 しまった、動揺してつい素直に答えてしまった。

「金目の物ならないぞ」

「そんなことを言われて、あっさり引き下がる盗賊がいると思ってんのか!?」

 今度は、動揺して怒鳴ってしまった。少し落ち着かなくては。

 一度深呼吸をしてから、目の前のしゃべる魔獣に一応言ってみた。

「大人しくしてもらえば手荒な真似はしない、どうか抵抗しないでもらいたい」

「そんなことを言われて、あっさり金目の物を渡す奴がいるとでも?」

 もちろんそんなやつがいるわけない。魔獣に常識を教えられることになるとは思わなかった。

「つまり、力づくって事だよな!」

 しっかりと魔獣の眼を見据え、突っ込む。魔獣は、今度はひらりと身をかわした。

 勢いあまってつんのめったところに、鋭い蹴りが来た。

「あいでっ」

 身をひねろうとしたが、かわし切れず、顔に直撃する。

「お前、その顔は」

 魔獣が驚いたように呟いた、その隙を逃さず、剣を胴体めがけて横薙ぎに叩きつける。今度はかわされなかった。魔獣の身体が一瞬くの字に曲がり、吹き飛ぶ。

 外套の下に何か仕込んでいるらしく、硬い感触が手首に伝わってきた。剣も刃こぼれしている。だが、魔獣も無傷といかないらしく、うずくまってもがいている。

 とどめを刺そうとして近づくと、魔獣がこちらを向いた。

「おい、お前。その顔はなんだ」

 か細く、聞き取りにくかったが、こう聞こえた。

「さっき、私の爪を弾いただろう」

 答える義理は無い、と答えようとしたが、魔獣の眼がすがるような光を放っていて、うろたえた。

「これは」

 魔獣がじっと目を覗き込んでくる。そこにはもう殺気が感じられず、魔獣もただの人のように見えた。いや、こいつは魔獣、そのはずだ。だが、頭の片隅で、もしかしたら、と何かが囁いた。

 少し考え、無言で服をはだけて腹を見せた。

 魔獣が、目を見開く。

「顔や腹だけじゃない、全身が生まれた時からこんなだ」

 来ていた外套のフードを下し、つるりとして光沢のある真っ黒な頭を見せた。

「俺の肌は、剣すら弾き返す鉄の肌だ」

 魔獣が何か呟いたようだが聞き取れなかった。

「気は済んだだろう、化け物の最後は化け物が看取ってやる」

 魔獣の頭の脇に立ち、剣の切っ先をその喉に向ける。

「とどめだ」

 喉を突き刺そうとして、魔獣の顔が目に入った。泣いていた。

 思わず手元が狂い、魔獣の首の脇に剣が突き立つ。掠ったのか、魔獣の首を赤い筋が一筋流れた。

「なんで、お前、泣いてるんだよ」

 魔獣は今度は少し笑った。涙は流れたままだ。

「気味が悪いぞ、お前」

「済まない、私にも分からないんだ。どうして泣いているのか」

「盗賊。お前、親は人族だろう?」

「あ、ああ、そうだ」

 急に何を言い出すんだこいつは。

「私もな、そうなんだ」

「ん?」

「私も、人族の両親から生まれたらしいんだ」

「んん?」

 ということはつまり、俺と同じなのか。

こいつは、しゃべる魔獣ではなくて、他とは姿かたちが異なるだけの、人族ということなのか。

「私と同じような奴がいるとは思ってもいなかった」

 そういって魔獣、ではなくてそいつは涙を溢れさせ、こちらに抱き着いてきた。

「お、おう、えっと。よしよーし、泣くなー」

 思わず流れで抱きしめ返し、あやしてしまったが、こいつ、やわらかい。それに体毛で分かりにくかったが、ずいぶんと身体が細い。

 もしかして、雌、じゃなくて女の子だったりするのだろうか。

 確かめたいが、腕の中でびいびい泣いているそいつに当分聞くことはできそうにない。

 そういえば樹人はこいつが人だと知っているのだろうか。あ、そういえば、あいつらは首尾よくやっているのだろうか。

 こいつを樹人と引き離してしばらくたつが、そろそろ撤収しないと本格的になってきた吹雪の中で凍え死んでしまう。

「兄貴!」

「おおっ! なんて都合のいい!」

 片方の丘にいた弟分がこちらに近づいてきた。

「何言ってるんですか兄貴、撤収しますよ、って、あれ?」

 そうだった、こいつのことをどうやって説明しよう。

「気にするな、とにかく撤収だ」

「いやでも、魔獣が」

「撤収だ」

「なんか泣いてませんか?」

「うるさい!」

 しつこく聞いてくる弟分を張り倒し、森の中の拠点に戻り始める。もちろん腕の中には、まだ泣いている魔獣改めおそらく女の子、を抱えたままだ。

 拠点に戻るころにはずいぶんそいつも落ち着いてきた。

 森の中にぽつりとある岩山、そこにあった洞窟の中に作った拠点では、弟分が焚き火をして暖を取っている。良かった、全員無事だったようだ。

「あ、兄貴」

「無事だったんですね、兄貴!」

「兄貴、お疲れ様です」

「で、兄貴その魔獣は、いったい」

「黙ってろ」

 弟分の出迎えを受けつつ、うるさいのを張り飛ばし、焚き火のそばに腰を下ろした。

「で、首尾はどうだった」

 そう尋ねると、弟分たちは嬉しいような困ったような、とんでもない面倒ごとを頼まれた雰囲気を出しながら、俺が樹人から魔獣改め女の子らしきものを引き離した後の顛末を語りだした。

「あの後、俺たちはあの樹人に手もなくひねられたんです」

「何、そうなのか」

 その割には全員怪我一つしていない。

「はい、そいつが何やらぶつぶつ言ったと思ったら、突然木の根が足元から飛び出てきて、見張りの二人を含めてがんがら締めにされました」

 護衛を連れていると思い込んで、樹人のほうを見くびっていたらしい。森からあれほど離れた場所でも大の男四人を抑え込める魔術を使えるとすれば、そいつは相当の魔術師だろう。誰かが命を落としていてもおかしくなかった。

本当に危ない橋だった。今更ながら、背筋に冷たいものが走る。

「その後が驚きでした」

「俺たちに向かって、仕事をしないかと持ち掛けてきたんです」

「仕事?」

「もちろん、そんな得体のしれない奴の言うことなんて信じませんでしたよ」

「何より、盗賊をいきなり雇おうなんておかしいですしね」

「でもそのあと、兄貴の話になったんです」

「え?俺の話?」

「はい、そいつ、兄貴の外見を知っていたんです」

 そんな馬鹿な。

 俺の外見について知っているのは村の奴らしかいないはずだ。しかも俺の村は隣村まで歩いて半月はかかる辺鄙なところで、半農半猟の質素な暮らしをしているから、村の外との交流は全くない。だから、村人以外に知られる心配はなく、俺は人とは違う外見を持ちながら平穏に暮らすことができていた。

「どうやら、兄貴がその魔獣に突撃していった時に、ちらりと顔が見えたそうなんです」

「そんな一瞬でか」

 だとすると、いよいよその樹人はただの行商人と言えなくなってくるな。

「それに、俺たちの村があった場所を聞いてきて、そのあと兄貴の両親が人種だと当ててきたんです」

「一体何者なんだ、その樹人は」

「俺たちもそう聞いたんですが、ただの商人だというばかりで」

「そんなわけあるか!」

 護身用に魔術を使える行商人なら何人か襲ってきたが、せいぜいこちらを驚かせて隙を作る程度の威力しかなかった。

 俺の顔を見たやつも何人かいたが、みんなおかしな甲冑だと思っていた。

そのどちらでもないその樹人を、他の商人と同列に語るなどできるわけがない。

「兄貴。とにかく、その商人は俺たちに代王都へ行けと言っていました」

「はあ!?」

 代王都といえば、この西大陸で一番大きな町だ。

「そんなところまで行けるわけないだろうが!? いったい何日かかると思ってやがる!?」

「そんなこと俺たちに言われても」

 確かにその通りではあるが、怒鳴らずにはいられなかった。

「よし、まあいい。他にその商人は何か言っていたか?」

「後は、私の供の世話を頼む、とこんなものを」

 弟分は汚いズボンから、上等そうな布に包まれた子供の握りこぶしほどの物を取り出した。

 そっと包みを開くと、平たくて丸い金色の板が出てきた。

「なんだこりゃ?」

 弟分たちに聞いてみると、にやにやいながらこう言った。

「それ、金貨らしいですよ」

「ほほう、これが金貨か」

 無言で一番近くの弟分に拳骨を落とした。

「な、何するんですかっ!?」

「偽物に決まってんだろ、馬鹿が!」

「ええっ!」

「まさか!」

「嘘だろ!」

「おいおい!」

 次々に落胆の声を上げる弟分に俺はこう言った。

「俺たちの貧乏くさい格好に気づいたその商人が、うまい事言いくるめるためにそれっぽい金色の板を渡してきたんだよっ!」

 まだ驚きで固まっている弟分たちに、はっきりと分からせるため俺は皮膚と同じく黒い色をした歯でその偽金貨を思いっきり噛んだ。

「ほらみろ、こうすれば外側の金色が剥げて」

 おや、おかしいぞ。俺は確かに思い切り噛んだはずなんだが。

「剥げてない」

 持っている金色の板は少しへこみながらも眩く金色に光っている。

「紛れもなく、本物だ」

 突然足元から声がして思わず金貨が手からすっぽ抜けた。

 その金貨を毛むくじゃらで鋭い爪を持った手が掴む。

「お前ら、案外いい奴らだな」

 ようやく泣き止んだそいつの顔は、男というには美しく、人というには荒々しい。

「自己紹介をしよう。私の名はアラリック。気軽にアラと呼んでくれ」

 アラリックが金貨をこちらに差し出す。

「私も仲間に入れてくれないか?」

「あ、はい」

 しまった、流れでつい金貨を受け取ってしまった。

「よし、決まりだな」

「ちょっと待ってください兄貴!」

 弟分たちの声がきれいに重なった。

「ん? 私を仲間に入れてくれないのか?」

 アラリックが金貨を口に咥えた。

「ならばこの金貨はお預けだな」

 そのまま飲み込む。

「あ!?」

「金貨!?」

「返せ! それは俺らが貰ったやつだ!」

 アラリックは魔獣のような耳を押さえて涼しい顔をしている。

「私の身柄を引き受けるならば、挨拶として金貨を渡そう。できないのならば、金貨は私のものだ」

「ちっ。さっきまでピーピー泣いてたくせに」

 あっという間に冷静になってこっちに取引を持ち掛けてきやがった。

「泣いてなどいない」

 アラリックが俺の呟きに突っかかってくる。

「泣いてただろ」

「違う」

「違わない!」

「違う!」

 こいつ、子供みたいな反論しかできないのかよ。

「ええい! めんどくせえ! とっとと金貨を吐き出しやがれ!」

「断る! 身の安全を保障しろ!」

 取っ組み合いは、吹雪の吹きすさぶ冬の夜の中、いつまでも続いていくのだった。

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