15話
「いいですか、殿下。どこまで突っ込んで、どこで引き返すかです。指揮するときはそれだけ気を付けてください」
軍議で先鋒を命じられた。その翌日未明。
「我々も出来る限りお手伝いいたしますが、最後に命令を出すのは殿下です」
供に励まされるのも煩わしい。
「分かっている!少し黙っていてくれ!」
出陣の準備に追われる中、私は押しつぶされそうになりながら率いる一人一人の鎧に制御文字を書く。
昨晩、軍議で決まった策はこうだ。
一つ、翌日早朝に急襲をかける。そのために事前の偵察を行う。
一つ、先鋒を未明に出撃させ、強行偵察を行う。強行偵察はある程度魔獣と交戦し、その情報を持ち帰る事を目的とする。
一つ、魔獣の追撃を振り切り、確実に情報を持ち帰るため、大規模な騎兵部隊をもって先鋒と成し、最も戦闘能力の高い将がそれを率いる。
代王が突然私を先鋒に命じた後、語った作戦がそのまま決まったものだ。
初陣の若造に先鋒など務まるわけがない、とは誰もはっきり言わなかったが、ひしひしと無言の圧力が伝わってきた。
もちろん私は断った。
軍の指揮など、魔術師の卵に務まるわけがないと本気で思ったし、先鋒という誉れを受け、妬まれるのを恐れたからだ。
それでも代王が理を説き続けると、王族はあまり逆らわなくなったが、貴族たちは首を縦に降らない。特に反対したのが、テングート家の若当主だった。
彼は、代王都では抜群の腕自慢で路地裏で暴漢を十人同時に叩きのめしたとか、他愛もない自慢話で先鋒を志願してきた。
話によると、彼も初陣らしい。私でもいいなら、自分も、ということなのだろうか。
代王が貴族をどう抑えるのか見てみようと思っていたら、若当主は私に決闘を申し込んできた。どちらが強いか確かめようと言うのだ。
陛下の御前で決闘を挑む馬鹿を取り押さえようと、年配の貴族が寄ってたかって押さえつける。
大の大人数人にのしかかられたが、若当主は肉体強化の魔術で筋力を強化して、全員を撥ね退けた。目上の人物に対する礼儀はあまり備わっていないらしい。
結局、決闘をすることになりかけたのだが、私はさっさと先鋒を譲った。若当主も中々腕が立ちそうだったし、何よりそうすれば丸く収まると思ったからだ。
しかし、若当主は思ったよりも懐古主義のようで、人に譲られてまで手柄を云々かんぬん、と近頃珍しい騎士道精神を持ちだした。
そうして今、相手にするのに飽きた代王は私と若当主を共に先鋒に命じ、準備をし終えたのだった。
「ようし!皆の者、我らの武名を轟かせるのだ!」
少し離れた場所で、若当主が手勢に気合を入れている。
能天気な声が煩わしい。こっちは緊張感に押しつぶされそうだというのに。
「殿下。そろそろ出発です」
「分かった」
整列が終わり、先鋒が揃っていると供が呼びに来る。
先鋒、近衛騎士千騎の先頭に立った。隣に若当主率いるテングート家の軍も揃う。能天気に声をかけていた若当主の顔は強張っていた。緊張しているようだ。
あれだけ戦いたがっていた人物でも、出陣の前では緊張するらしい。少し気持ちが楽になる。
「出撃する、駆け足始め」
粛々と駆け始める。
「行くぞ!」
「応!」
勢いよく騎獣が走る。
今夜は三日月だ。
蒸し暑い夏の夜を人獣一体となって駆けてゆく。
「斥候です!」
先に出していた斥候が戻ってきた。
「魔獣の大群は現在移動をしておりません!」
昨日のうちに百万の魔獣も移動を重ね、我々の本隊からほんの一駆けまで距離が狭まっていた。
「前方に敵影なし!」
「左翼安全です!」
「右翼問題ありません!」
次々に斥候が戻ってくる。茂っている草をかき分けてひた駆けた。
「前方に敵が見えます!」
私もおぼろげに姿が見えた。
黒い夜の中、蠢く者はさらに黒く、禍々しい。
「暗視術式、起動しろ!」
先鋒の近衛騎士全員に、出発前に必死で書き込んだ術式を発動させるよう命じる。全員に魔術式を使ってほしかったが、残念ながら、テングートの手勢には突っぱねられた。騎士たるもの己の力のみが全て、ということらしい。当主が騎士道にこだわると、家中の者までそうなるのだろうか。
私の率いる近衛騎士国の中核だけあって、皆魔術に造詣が深い。知らない魔術でも、この行軍の中で使えるようになっていた。
私も、自身の暗視魔術を使う。むっとするほどに漂う魔力が術式に入り込まないよう集中すると、視界が昼間のように明るくなる。
「うっ、これは」
後ろから誰かが呻きを漏らす。私も思わず怯んだ。
魔獣で地平線まで大地が覆われている。
多種多様な魔獣、羽もないのに空を飛ぶもの、形が分からぬ液体のようなもの、歪な球体で一面穴だらけのもの、山のような巨体に大木のような棘を持つもの、おどろおどろしい異形のものを見た。
しかし、どれも何かを待つようにじっと動かない。
まだ気づかれていないのか。そうではないのか。
とにかく、一当てしてみなくてはならない。
「全軍、進めぇ!!」
若当主が突っ走った。
「攻撃、開始!」
引きずられるように、私も駆ける。
あっという間に距離が詰まる。目前に、無数に腕を持つ魔獣が現れた。
普通、魔獣討伐は数人一組で行う。
一人一人が充実した装備を使いこなし、役割を果たすのだ。
攻撃を凌ぐ役割、敵の情報を分析する役割、弱点を突いて致命傷を負わせる役割。個人の能力や資質で連携の仕方は変わってくるが、近衛兵団の兵たちはどの役割も一通りこなすことができる。誰かが欠けても、すぐに編成を変えられるように訓練を積んでいるのだ。
一方で、単独で魔獣を狩ることができる者も稀にはいる。私の知る中では、ギルダスの父や、近衛兵団の団長、後は代王くらいだろうか。
肉体強化の魔術を騎獣ごと使った騎士が、目にもとまらぬ早業で魔獣の腕を全て切り落とした。生暖かい血がこちらにまで飛んでくる。
騎獣の脚を落とさぬまま、魔獣を次々に屠っていく。
しかし、倒しても倒しても魔獣は次々に襲い掛かってくる。騒ぎが広がり、眠っていた魔獣も目を覚まし始めるのを確認した。
「全員、退却用意!」
もう一つ甲冑に記しておいた魔術を発動する。音声伝達の魔術だ。
制御文字を記した私の魔力の繋がりを辿って、近衛騎士には瞬時に指示が届く。
「退却!?早すぎる!?」
散らばりかけた兵をまとめ、下がろうとすると若当主が現れた。暗視魔術のおかげで頭から返り血を纏っているのがはっきり見える。血を帯びてすっかり興奮しているらしい。
「敵の様子は大体わかった。長居は無用だ、退却する」
「臆病風に吹かれたんじゃありませんよね!?」
王族に対する態度ではない。しかし、供がたしなめようとするのを私は止めた。
「我々の目的が何なのかを思い出すとよろしいかと」
普段からギルダスの慇懃無礼に接してきた私にとっては、感情をむき出しにしているだけかわいく思える。なにか言いたそうな若当主は放っておいて、退却を始めた。
退却する騎士の後から、魔獣たちが追いかけてくる。中には騎獣よりも足の速い奴もいて、前方に回り込んでくる。加えて、騎獣の足でやり過ごした魔獣が、退却の時は行く手を阻んでくる。
前後左右、魔獣が追ってくる中、私は思いつく限りの妨害を試みた。
爆発音、閃光、悪臭の魔術を左右と後方にばらまいた。直接傷を負わせずとも、魔獣の知覚器官を麻痺させるのが目的だ。
奇声を発して、追いかける魔獣の足が止まった。だが、前方には小山程ある魔獣がそびえる。
そいつは、四つの足を踏ん張ると、全身に力を込めた。
「まずい!奴の前から避けろ!!」
叫んで間もなく、巨体から巨大な杭のような棘が放たれ、十人ばかりをまとめて貫き、後方にいた魔獣に突き立った。
「怯むな!右から迂回してやり過ごせ!」
ふごふごと鼻を鳴らしているそいつの鼻の穴に照準を定め、ギルダスが世話をしている奇天烈植物が放つ悪臭を風の玉に閉じ込めて放り込み、穴の中で解き放つ。
魔獣が吠え声を挙げ、暴れだす。あたりにいた小型の魔獣が踏みつぶされた。
魔獣を蹴散らしていると、テングート家の軍勢を見つける。あちらも何とか退却できているようだ。
「もう少しで群れから抜けられる!踏ん張れ!」
長い体に大量の足が蠢き、甲冑のような皮膚を持った魔獣が背後から脇を通り過ぎた。
「くそ!離せ!」
口に騎士を咥えている。そして、鎧ごとかみ砕いた。
「うっ」
無残な情景がこびり付く。吐き気を堪えた。
そして、その魔獣が目の前を塞いだ。
「殿下、お下がりください」
「我々で相手をしている内に、お退きくだされ」
私の言葉も待たず、四人、飛び出していった。魔獣は構わず私の率いる騎兵へ向かって来ようとするが、二人が飛びついて魔獣の腹の甲をはがし、一人がそこを剣で断ち、残る一人が戦鎚で背中をたたき割った。
気がそれた隙に、脇をすり抜ける。背後を振り返ると、長い体を二つにされた魔獣が、騎士を一人噛み砕き、三人でもう一度魔獣の身体を断とうとしている所だった。
「殿下!前を見てください!!」
前を見る。
魔獣のいない大地が見えた。
「抜けるぞ!!」
叫ぶと同時に魔獣の大群を抜けていた。後ろを振り返るとテングート家の軍が飛び出してくるところだった。
魔獣達が追ってくる気配はない。ようやく一息付ける。
「斥候出せ、十騎だ」
ひとまず四方に斥候を出し、魔獣の大群についてどう報告したものかと思いを巡らせた。
「殿下、騎獣の足をゆるめませんと、このままでは潰れてしまいます」
「ああ。そうだったか。全軍、早足!」
報告を考える前に、まずは無事に本隊に合流するのを考えなくてはいけなかった。
テングート家の若当主が騎獣を並べてくる。
「殿下、その。先ほどは失礼いたしました」
ずいぶんしおらしい。何があった。
そう思ったが、すぐに分かった。五百づつ率いていた騎兵だが、若当主に続く兵は百程少なくなっている。
「いいさ。別に」
もっと気の利いた言葉を出せればよかったが、私の頭にも死んでいった兵たちの顔が浮かんだ。私の率いる近衛騎士も、二十ばかり減っている。
それ以上話すことは無く、本隊まで駆けた。
「先鋒隊、戻りました!」
万全に出陣準備を整えた本隊の中から代王を見つけて駆け寄る。代王は軍議にいた面々を従え、軍勢の中ほどで近衛兵に囲まれていた。
「報告しろ」
一応指揮を任された立場なので、私が口を開く。
「はい。敵の数はあまりにも多く確認できませんでしたが、百万という情報はそれほど間違ってはいないと思います。そして、敵の位置は変わっていません。犠牲は、百二十一人です」
「分かった。他に何かあるか?」
「敵にある程度の統率力があるように思いました」
「なぜそう思った?」
「引き返す際にこちらへ追撃をしてきませんでした」
「魔獣を統率できる存在がいると?」
揶揄するような響きがある。確かに、種族も雑多な魔獣を統率できる存在がいるのは考えられない事ではある。
「未曾有のこの事態です。可能性はあるかと」
「ふむ。分かった」
「それと、敵の編成ですが」
「それはよい。これほどの大群なのだ、未知の種もいることだろう。あまり情報に踊らされず、目の前の一体一体に集中するよう兵には伝えてある」
「はい」
先鋒はこの場に留まり、休息の後に予備隊として本隊の後方へ付くように言われた。
「ご武運を」
代王がこちらをちらりと見やった後、進軍の合図を出した。
刻一刻と魔力が濃くなる。
夜明けを待つ中、本隊が進発していった。
「歩哨を四方の丘に立ててある。皆、休息を取れ。夜明けまでだ」
怪我人は治療所へ送り、騎獣と兵を休ませる。今日は闘い続ける一日になるだろう。なるべく体力は温存しておきたい。
供を連れ、兵の間を一回りした。若当主がそうしていたからだ。
面倒な奴と思っていたが、不思議とよい面にも気づき始める。戦場を一緒に駆けた戦友だからだろうか。そう思うと、少しくすぐったくなった。
怪我人の間も一回りすると、何人か私の魔術でも治せそうな怪我人がいた。
一瞬、ギルダスが言っていた、医師や薬師と魔術師の軋轢を思い出したが、ここにいるのは私の命令で傷を負った兵だと思い返す。
治療所にいる医師と薬師の眼を盗み、少しだけ魔術で傷を治療した。とはいっても、私の技量ではめり込んだ魔獣の爪の破片や、噛み傷に残った毒を中和するのが精々だった。こんな時に治療師のベーダがいればと思う。
供の者に口止めをして治療所を出る。軍議を開いた場所へ行き、そこでやっと腰を下ろした。
「ふぅ」
供が用意してくれた折り畳み式の椅子へ落ち着くと、張り詰めていた気持ちが緩む。
「湯などいかがですか」
本当は茶を飲みたいところだが、そうも言っていられない。ここは陣中なのだ。私の嗜好品を荷駄に乗せるくらいならば、一握りでも多く兵糧を積むべきなのだろう。
「貰おうか」
頼むと、供が手早く焚き火を起こしてくれた。別の者が、容器に川の水を汲みに行く。
しばらく、火を見つめていた。
やが器を差し出される。口をつける。なぜか、生き延びた、そう思った。
沸かした湯は一人で飲むには多すぎるので、供にも勧めた。しばし、闇の中には湯を啜る音がしていた。
「そろそろ夜明けだな」
「はっ!集合をかけます!」
一人走ってゆく。残りの者で焚き火の始末をした。
陣地の出入り口に騎獣を引いていくと、既に近衛騎士は揃っている。死んだ二十人と、怪我をして戦闘はできないと判断した十人が欠け、四百七十の騎兵だ。
テングート家の軍勢はもうしばらく時間がいるだろう。死傷者が多かった。
また、あたりを漂う魔力が濃くなっている。
「殿下!お待たせして申し訳ございません!テングート家総勢三百、準備完了です!」
「よし。行こうか」
八百に足りない騎兵で陣地を出発した。粛々と早足で進む。
斥候は念入りに出した。本隊の本格的な攻勢で、魔獣がいくらか群れからはぐれるかもしれない。不意打ちは避けたい。
斥候がいきなり戻ってきた。いや、あれは私の出した斥候ではない。どういうことだ。
「殿下。陛下よりの伝令でございます」
騎獣を飛ばしてきたのは近衛騎士だ。騎獣を並べる。
「なんだ」
「後方へは付かず、群れから離れた魔獣が集まって我が軍の背後を衝かないようにせよ、との命令です」
「分かった。これより背後の安全を確保すると伝えてくれ」
「了解しました!」
駆けてきた兵がすぐさま駆け戻っていく。
「全軍。これより本隊の後方で魔獣の討伐を行う!」
「了解!!」
斥候をさらに出し、テングート家の軍勢と近衛騎士を二手に分ける。若当主も特に異論はないようだ。
二手に分かれて直ぐ、魔獣と遭遇したと報告が来た。十ばかりの群体で、大人一人分ほどの大きさ、背に毛で覆われた翼を持ち、奇妙な形の嘴で騒ぎ立てているらしい。
「全軍、駆け足」
魔術で声を伝え、急行する。斥候が一塊になって駆けてくるのを確認する。その向こうに地上すれすれを飛ぶ魔獣が見えた。
「対空魔術用意。私の合図で一斉に放て」
「了解」
騎士の中に数人いる放出系魔術の使い手に魔術を用意させ、私も術式を練り上げた。
魔獣がこちらに気づく。四百人を超す騎士に怯んだか威嚇するように鳴き声を挙げた。
「放て!」
前進する速度が弱まる瞬間を狙い、魔術が放たれた。対空魔術は空を飛ぶ敵を地上へ落とす目的で開発された魔術だ。代王国近衛兵団では、石礫を高速で連射する魔術を入団時に素質のあるものに教えている。
上昇しようとした魔獣は前進する力が弱まる。一瞬止まったように見えた、上昇する瞬間を狙い撃つ。
当たった。しかし、二、三体は逃れて舞い上がる。
私は慌てずに火炎の魔術を上空で発動した。ぴたりと魔獣の位置に合わせ、広範囲に赤い炎が広がる。相当激しい炎を発現させた。
黒く焦げた塊が三つ落ちてくる。
その頃には地面に落ちた魔獣も騎士たちが始末していた。
「殿下。お見事です」
供が先ほどの魔術を褒めてくる。にやつきそうな表情を引き締めた。ギルダスならばもっと範囲を絞って火力を集中し、炭も残らぬくらいにやってのけただろう。ここで図に乗っては後で怒られる。
「世辞はいい。まだまだ魔獣は出てくる。気を抜くなよ」
「ははっ」
恐縮する供の後ろにまた斥候が現れた。今度は四つ足で軽快に駆け回り、炎を吐く魔獣のようだ。
「行くぞ」
騎兵を率い、斥候を出しつつ進む。魔獣が見えた。二つに隊を分かち、同時に突っ込ませる。魔獣の口は一つ。どちらに向かって炎を吐くか魔獣が躊躇った。そこを衝く。
騎獣ごと肉体強化の魔術をかけた騎士が瞬く間に間合いを詰め、顎から脳天まで槍で貫いた。彼に続いた騎士が剣で首を断ち、胴体に何本も矢が突き立つ。
しっかりと息の根を止めたのを確認して、最後に私が魔獣の死骸を魔術で焼き尽くした。
「次だ」
地面から染み出す水のような魔獣を凍らせて粉々に砕く。
「次」
何対も翼を広げ、空中をのたうつ魔獣を矢で射倒す。
「ふぅ」
大口を開けて土とともに丸呑みにしてくる魔獣の口に岩石を詰め込み、窒息させる。
「はぁ」
爪の先程の身体で無数に表れて毒を吐く魔獣を濁流に流す。
「くそ、いったい何匹出てくるんだ」
完全な球体の魔獣が騎士の戦鎚でたたき割られるのを見ながら、私はそう愚痴る。
「殿下。少しお休みになられては」
供が休むよう言ってくれるが、そういうわけにはいかないことぐらい初陣の身にもわかっている。
「いや、疲れているのは皆同じだ。私ばかり休むわけにはいくまい」
次々に現れる魔獣を撃破していくが、既に夕日が差している。疲労も色濃い。
一度テングート家の軍勢と交代で騎獣を休ませた。その時に休憩を取っただけでずっと戦いっぱなしだった。
「本隊の様子を見に行ったテングートの連中は帰ってこないのか?」
「はい。未だ伝令もありません」
「そうか。どうしたものかな」
しばらく前、若当主が本体の様子を見に言ってほしいと言い出した。王子であり、近衛騎士を指揮する身ならば本隊へ様子見に言ってもよいだろうと言う。
後方で魔獣を狩れ、と命令を受けて未だ撤回されていない以上、本隊へ行くのは命令違反になる。それで私に行かせようとしたのだろう。
伝令を出して様子を確かめられればいいのだが、魔獣がうろついている状態ではたどり着けられるかは分からない。
魔獣が時折現れているのは本体と大群がまだ戦っている証明だろう。しかし、このままでは兵が持たない。
そこで、一か所、拠点を作る。簡単な防備も施し、百人を一隊として、七隊騎兵隊を編成し、交代で休みを取らせることにした。
伝令も、走り回らせては騎獣が潰れるので広く幕を張るようにあちこちへ歩哨として配置し、私の音声伝達魔術の術式に魔力を流す方法を即席で覚えた者を付ける。
そこまで準備を整え、私ではなく、若当主に百騎を率いさせて本隊の方へ送った。何かあれば、魔獣を追いかけて偶然たどり着いたと答えることにしてある。軍議での暴れっぷりを覚えていれば、その説明で納得するだろう。
そして今、私は休憩しながら若当主の帰りを待っているのだが、なかなか帰ってこない。
もしや不測の事態でも起こったかと、テングート家の者が騒ぎ始めている。
このままでは勝手に探しに行きかねないと、説得のために腰を上げた。
その時だった。
魔力の大波が押し寄せる。世界が変わった。




