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九王記  作者: 荒木小吾
一章 西の大陸で
15/68

14話

「出撃!」

 父、西大陸ロムルス王国代王の叫びと、それに応える鯨波が私の身を震わせた。

 今から戦場へ行くのだ。

 そう思ったのは束の間。私は、逞しい二本の足で大地を駆ける、しっとりとした羽毛の生えている魔獣の背にしがみつき、激しく揺れる世界に耐えるので精一杯になった。

 幼い頃、嗜みと言い聞かされて、飼いならされた魔獣を乗りこなす訓練をさせられた。

 今となっては昔の話で、あの頃どうやって乗りこなしていたのか思い出せなくなっている。魔術の修業ばかりの生活は、私の中から色々なものを削ぎ落としてしまったようだ。

 それでもしばらく揺られていると、体が慣れてきて周りを見る余裕が出てきた。

 代王は先頭を魔獣の背に乗って駆けている。そのすぐ後ろに近衛騎士の一団が続き、私を含めて王子が四人囲まれている。

 さらにその後ろには、第六王子の率いる貴族たちの軍から騎兵のみが続いている。

 土煙に紛れて微かにしか見えないが、第一王子とその他の王子は後方で歩兵をまとめて指揮しているのだろう。遠くに豆粒みたいに小さい旗が翻っていた。

 南アムル川の岸沿いに、北西の魔獣の大群へ向かう。軍の立てる地響きに驚いたのか、野良の魔獣が時折向かってくるものの、矢も魔術も放つことなく踏みつぶして通り過ぎて行く。

 背丈を超える樹木の魔獣が出た時は、護衛の近衛騎士を押しのけ、代王が先頭に出ると腰の剣を一閃した。

 樹齢三百年は下らないであろう大木を、天辺から根っこまで二つに切り割った。

 もちろんただの剣ではないと思っていた。王家に伝わる宝剣なのだ。

 だが、代王が剣に魔力を流した際に見えたのは、魔術を発動させる文字の数々、魔術の式に編まれた魔力を制御する文字が刀身を余すところなく覆いつくしていた。

 どれほどの魔術を発動できるのか、想像もつかない。

 真っ二つにされた樹木の魔獣は、二つに分かれた断面から透明な細い糸を出して体を繋ぎ合わせようとしていたが、近衛騎士が二人飛び出し、乗っている魔獣にけり倒させ、その上を一万の騎兵が通り過ぎた。

 振り返ってみたが、後ろには土と同化した、粉々の木片のような魔獣の身体が残るだけだった。あれではもう再生することはあるまい。

 強靭な魔獣といえども、休息もなしに走らせ続けては戦場で戦えない。

 半日ばかり進軍したところで、停止の合図が出た。

「乗ってきた魔獣には水を与えろ!」

「斥候出せ!二人一組で四対だ!」

「後続の歩兵の受け入れ準備急げ!」

 近衛兵団の伝令を使い、代王が各処にに指示を出す。

「殿下方もお降りになってください。人が乗っているだけでも騎獣は消耗します」

「分かった」

 初陣で右も左も分からない我々四人の王子は供の言うがままに動いた。飲み水の確保、狼煙での合図、便所、危険な生物、野営で気をつけなくてはならないことをいくつも聞かされる。

 覚えさせろ、という指示のようだ。

 第六王子が忙しなくあちこちを見回っている。

 軍議の合図が鳴り、私たちは代王の元へ向かった。

 いつの間にかやってきていた第六王子と、近衛兵団の団長と、騎兵を率いている貴族数人、そして代王で話をしていたので、邪魔にならないよう代王の後ろへ控えた。

「陛下。魔獣によって食料は食いつくされております。食料の入手をお命じください」

 団長が言う。

「分かっている。だが、既に後方の第一王子に徴発しながら進軍するよう命を出した」

 徴発、民から食料を力ずくで召し上げることだ。

「徴発ですか。この状況ならば致し方ありませんな」

 貴族の一人が渋々と同意する。

「民のため戦うのに、民の命というべき食料を奪わなくてはならんとはな」

 代王が自嘲的に笑った。

「しかし、他に食料を手に入れる手立てはありません」

 団長はそう応じる。真面目な人物らしい。

 そこで兵士が一人かけてきて、団長に向かって膝をつく。

「斥候の報告が入りました。周囲に敵影ありません」

「ご苦労。斥候の馬も十分に休めつつ、引き続き警戒を厳とせよ」

「はっ!」

 斥候の報告を受け、団長は代王へ向き直った。

「後続の歩兵を待ち、合流した後、進軍しようと思いますが」

「少し休息を取った後、進めるだけ進んでおくべきかと」

 横から第六王子が反対のことを進言する。

「お言葉ですが殿下。戦力差を考えると、全軍のまとまりは崩すべきではないかと」

「団長。騎兵のみの行軍で、後一日進んだ先に険しい岩山がある。私は迎え撃つにはそこしかないと思う」

 両者譲らない。

「殿下。それでは騎兵のみで百万の魔獣をしばらく足止めしなくてはなりません。犠牲が大きくなりすぎるかと思います」

 素人目にも、一万と百万では無謀な戦いに思える。第六王子はやはり勢いがありすぎる気がする。

「団長よ。陛下は賭けに出ておられるのだ」

 意外な言葉が第六王子から飛び出した。

 私が思った通りの意味で、賭け、と言ったのなら、彼は半年前の彼とは変わっている。

「賭け、と申しますと?」

 団長には分かっていないようだ。代王の背後に控える第七、第八、第九の王子もきょとんとしている。貴族たちも、馬鹿な王子が妙なことを言い出したという雰囲気だ。

「魔獣が勝つか、西大陸の人種が勝つかの賭けだ。賭場はロムルス国のどこか、掛け金は我々の命。魔獣が勝てばこの国は終わり、人種が勝てば魔獣との戦いの歴史が続く」

「殿下といえども仰ってよい事と悪い事がございます。この国が亡ぶなど、あってはならないことです」

 その物言いは、団長が魔獣の脅威を認識できていないのを示している気がした。確かに、近くは鬼人との戦争など、魔獣よりも先住民との戦争ばかりしていた。

 しかし、西大陸へ植民を開始した当初は、魔獣に襲われて命を落とす者は数知れず、それこそ入植者の半数が魔獣の腹に消えたこともあったはずだ。

「もうよせ、二人とも。どんなことでも起こりうるのが人の世というものだ」

 代王が二人の口論を収める。

「今しばし休息を取った後、第六王子の言う岩山にて魔獣を迎え撃つ。皆、よいな」

「御意」

 流石に近衛兵団の団長は、代王の決定に不満の色を欠片も見せなかった。立ち上がると、部下たちの様子を見に行くと言い残す。

 それに続いて第六王子と貴族たちも陣の見回りへ行った。

「お前たちは儂と共に来い」

「はい」

 代王に連れられ、あちこち歩いた。辛そうな表情をする王子もいたが、代王は構わない。

 私は、先ほどの第六王子について考えていた。

 出陣の前、私が代王と言葉を交わした際、私も代王は賭けに出たと感じた。しかし、六番目の兄と代王が言葉を交わしたのは出陣してから初めてだ。

 という事は、代王が野戦で迎撃すると宣言していた時には、もう兄はその意図に気づいていたに違いない。

 直情径行の言葉そのままの兄だった半年前から、鬼人との前線に送られた後、戻ってきたときには、代王の言葉の裏まで読めるようになっていた。

 厳しい環境は人を変えるらしい。

 私も、魔術の師、ギルダスに鍛えられ大分変化したと思う。

 無意識に魔力を魂から引き出し、いつでも魔術を発動できるようにしているし、移動中、騎獣の背に揺られながら魔力制御文字を甲冑に書き込んで複雑な防御魔術を発動できるようにしている。

 そういえば、この辺りはずいぶん魔力が高いな。使える魔術に幅ができるからいいのだが、どうにもそれが引っかかった。

「殿下?」

 考え事に夢中で歩みを止めてしまい、供が心配そうな声をかけてきた。

「厳しい初陣ですが、そう不安がることはありませんよ」

「そうですとも。我々がしっかりとお守りいたします」

「魔獣は百万と言いますが、それだけいれば手柄も立て放題というものですなぁ」

「お前、それは気楽すぎるぞ」

「違いない」

 笑い合う供達に自然と私も笑いが零れた。

「気を使わせたようだな。すまない」

「初陣の時は誰でも似たようなものです」

 温かい目が心地よかった。

「それより殿下、陛下に追いつきませんと」

「ああ、そうだったな」

 代王は私たちを待っていた。

「そろそろ出発だ。用意をしておけ」

 遅れたことを咎められるかと思ったが、代王はそう言って伝令を飛ばし始めた。出発すると各所に知らせているようだ。

 私たちも準備に取り掛かる。騎乗用に飼いならされた魔獣、いわゆる騎獣を引っ張ってきて鞍を載せ、土煙を防ぎ、夏の日差しで鎧が温まるのを防ぐ外套を巻く。

 出発の合図が鳴る。決められた順に整列し、進発の号令を待つ。

「前進!早足!」

 号令と、早足で進む指示が出る。

「第六王子!先行し、索敵及び先導を為せ!」

 代王の命が出た。

「了解!先行します!五百ついてこい!」

 第六王子は五百騎を率いて、駆け足で駆けて行った。土煙が舞い上がり、太陽を覆う。

 それから、しばらく退屈な行軍が続いた。

 私は制御文字で甲冑に魔術の防護を備えていると、すぐ上の兄である第九王子が騎獣を寄せてきた。

「おい、お前」

 無謀にも、激しく揺れる騎獣の上で話しかけてくる。私は舌を噛まないように身振り手振りで後にしろと伝えようとしたが、伝わらなかった。

 いつか、軍で使われている手信号を教えてもらおう。

「魔術師に弟子入りしたんだろ?」

 非常にうっとおしい。そしてどこか馴れ馴れしい。

「俺にも何か教えてくれよ。凄い奴をさ」

 努力もせずに魔術を使おうとする、馬鹿な連中を追い払ってきたギルダスの気持ちが少し分かった。

「なぁ、いいだろ。暇つぶしに一つくらい」

 騎獣から落としてやろうかと思った。しかし、次に何か言おうとした時に、第九王子は思いっきり舌を噛んだ。ざまあみろ。

 奴が悶絶している内に代王の傍まで騎獣を寄せて行った。陛下の近くなら暇とは言えまい。

「ふむぅ」

 見れば見るほど感嘆の止まらない出来栄えだった。

 代王の身に着けている武具、防具、馬具に至るまで難解かつ優雅な術式が制御文字で書きこまれている。騎乗中の身が恨めしい。もっと近くで、もっとじっくり、細部に至るまで丹念に見てみたい。

 ギルダスに見せれば大喜びするに違いない。

 読み取れる部分だけでも自分の鎧に模写していく。

 土埃も、騎獣から伝わる振動も、どこか遠くの出来事のように感じる。

 夢中になって、制御文字を目で追いかけた。

 書いても書いても、未知の魔術の術式が出てくる。書けば書くほど、新たな発見があった。

 気づけばいつしか、私は脛当ての隅まで制御文字を書き込んでいた。

「伝令!第六王子より陛下へ伝令です!」

 何処になんの魔術を備えたか必死に思い出していると、甲高い声が意識に割り込んでくる。

 西日の中、前から騎獣を飛ばしてくる伝令が見えた。

「報告です!第六王子は大群の痕跡を発見し、現在追跡中!」

「移動したのか!?方角は!?」

「南アムル川沿いに代王都へ直進する進路から、ほぼ真東へ北アムル川方面へ向かっています!」

「ご苦労!このまま先導しろ!」

「はっ!」

 伝令にこのまま先導するように命じた近衛兵団の団長は、何人か伝令を出した。伝令はそれぞれ騎兵を率いる貴族の元へ向かう。

 そろそろ気を引き締めた方がいいかもしれない。制御文字を解きほぐすのは一旦やめた。後で時間を作ろう。

 夏の長い夕焼けの中、一万の騎兵で街道の轍を踏みつぶす。

 ようやく日が地平線に沈む頃、前方に狼煙が上がっているのを見つけた。あそこに第六王子と先遣隊がいる。あの狼煙の合図は確か、異常なしの意味だったと思う。

 今日はあそこで野営だろうな。

 狼煙は小高い丘に囲まれた窪地の、南東の丘から上がっていた。

「受け入れ急げ!皆疲れている!」

 第六王子の大声が響き、騎兵たちは次々に騎獣を降りて水と餌を与えていく。私も、自分が乗ってきた騎獣に餌と水を与えた。こうやって乗り手自ら世話をすることで一体感が生まれるらしい。

 何度かこいつに命を救われたものです、と供の一人が言う。

 餌を私の手から食べ、桶に入った水を飲む騎獣。試しに私はその首筋を撫でてみた。

「クェエエェ」

「おお、鳴いた」

 厳つい嘴の合間から聞こえたのは、案外甘くて可愛らしい声だった。なんだか急に可愛く見えてくる。

 傷が無いか、体を確かめてやってくれと言われたので、あちこち撫でながら体中を見て回ると、あちこち土まみれで、木の枝まで引っかかっていたので、水を魔術で作り出し、体中を綺麗にしてやった。

 すっかり綺麗にしてやると、そいつは無表情だが、何となく満足げに見えた。

「殿下。陛下がお呼びです。軍議が始まるようです」

 すっかり騎獣の所に長居をしていた。

 呼びに来た代王の従者に案内された先には、布で簡易的な屋根が葺いてあって、折り畳み式の椅子が人数分と、大きな机の上に地図が乗っている。

「遅いぞ、第十王子」

 第九王子が文句を言ってきた。もう噛んだ舌は痛くないのだろうか。

「申し訳ありません。騎獣の世話をしていたもので」

「騎獣の世話?従者に任せればいいだろうに」

 第八王子が口を挟む。

「お前たち、黙っていろ。軍議を始める」

 代王が不毛な会話を終わらせた。早速、第六王子が地図を広げ、何か書き込んでいく。

「足跡の新しさから、恐らく魔獣はこの辺りにいるものと思われます」

「それで?」

「後続の歩兵を待ち、一晩休ませてから叩きます。幸い、北アムル川は増水しており、追い詰めることも容易です」

「なるほど。それで?」

「ええと、終わりです」

 岩山に拠る話はどこにいったのだろう。魔獣の大群の進路が変わったので変更になったのだろうか。

 第六王子には、もう話すことが無いと分かり、代王は近衛兵団の団長へ報告を促す。

「団長」

 それを第九王子が遮った。

「兄上。先ほど岩山に拠るとおっしゃっていましたが」

 そういえばこいつは第一王子の金魚の糞だったかな。

「魔獣の進路が変わったんだ。当然策は変更だ」

 第六王子は素っ気なく返事をする。

「団長。報告を」

 まだ何か言いそうな第九王子を、今度は代王が遮った。

「はっ。歩兵は夜半には到着すると思われます。徴発により十分な食料を確保できていると報告がありまして、迎えと輸送の護衛に、五百程騎兵を出しました」

 事務的に報告をする団長。

「あとは」

「周囲の索敵は常時行っております。十騎単位で全方位に十隊。交代で全部隊に役割を回します」

 代王は団長の報告に頷くと、第六王子の部下で騎兵の指揮を補佐する者に問うた。

「水はどうだ」

「はっ!近くを南アムル川の支流が流れており、そこから調達しています!」

 私についていけたのはそこまでで、後は進軍ルートはここがいいか、あそこがいいか、といった詳細な話になっていった。

 第九王子のように、軍の進退について無知なのを晒すのはみっともないので、学ぶつもりで代王と団長と第六王子の話し合いに耳を傾ける。

 食事もとらず、時折小休止を挟みながら軍議は続く。

 そうして四度目の休憩の時、第一王子に率いられて歩兵が到着した。

「歩兵は三隊に分けて陣を組め!休憩は一隊づつ交代だ!」

「兵糧はこっちに置け!」

 歩兵は狼煙の上がっていた南東の丘の麓に、きれいに三つに分かれて陣を張った。

「おい、陛下は何処にいらっしゃる?」

 騎獣に乗った第一王子が傍までやって来た。飛び降りながら訊ねてくる。

 見れば分かるだろうに、わざわざ聞いてきたのはどういう訳なのか私は考えた。

「どうした?なぜ黙っている?」

「あちらにおられます」

 絡まれるのも面倒でとりあえず答える。兄はちらちらとこちらを窺う素振りを見せ、屋根の下に行こうともしない。

「おい、第六王子の様子はどうだ?」

 弟の心配をする兄、という関係の二人ではないのにも関わらず、安否の心配の確認のような質問をされた。

「はあ。兄上は中々お忙しくされているご様子でしたが」

「そうか。忙しくしていたか。他には、そうだな、陛下とどんな話をしていた?」

 これは根掘り葉掘り聞かれて話が長くなる予感がしたので、適当にあしらいつつ代王の元へ連れて行く。

 そうすると、声が届くあたりでぴたりと質問は止み、代王へ到着の報告を行った。

「道中何事もなかったか?」

「はい。徴発にいささか手間取りましたが、後は何も問題は起きませんでした」

 いささか手間取ったと聞き、代王の眼が細められた。

「手荒な真似はしていないだろうな?」

「もちろんです。村、町、集落に至るまで詳細に調べ上げ、秋の収穫までもつだけの食料は残しておきました。この半年ばかりの調査が役に立ち」

「ならばよい。軍議までしばし時間がある。兵糧を取り、休んでおれ」

「ははっ」

 第一王子が下がっていく。代王が私に目をやった。

「お前も兵糧を取っておけ」

「はい」

 歩兵が運んできた物資の中に兵糧がある。手早く炊事場が設置され、煮炊きを始めた証の煙が立ち上る。五万の兵士分の食事ともなると準備にも時間がかかため、兵糧を受け取る場所には長蛇の列ができていた。

 軍議があると無理を通すのもはばかられ、かといって列に並んでは軍議までに兵糧をもらうことができそうにない。

 ぼんやり列を眺めていると、気を利かせて先に列に並んでいた供が、私の分を持ってきてくれた。

「すまん。助かった」

「いえいえ、とんでもありません」

 器の中には、麦の粉を練ったらしい、一口大の団子が三つ浮いている。丸一日飲まず食わずでこれだけなのか。

「兵糧は腹一杯食べる物じゃありませんよ。よく噛んで腹に入れて、飢えを凌ぐものです」

 心を読まれた。顔に出ていたのだろうか。

「いや。不満があるわけではないんだがな」

 慌てて言い訳をするが、供は笑って首を振る。

「いいんです。これで満足する奴なんていませんから。だんだん慣れてきます、そういうものです」

 と言う彼は、四十の半ばにさしかかっている風に見える。兵糧を取る合間にいくつか訊ねてみた。

「軍に入って長いのか?」

「ええ、まあ。父の後を継いだのが、巨人族との戦の時だから、十五でしたかね。それからずっと戦場暮らしでした」

 歴戦の兵だ。しかし、争乱の続く西大陸ではあまり珍しくない。

「そんなにか。家族は?」

「妻をもらったのが二十歳。息子が二人いまして、長男は近衛騎士になりました。何度か、場外へ抜け出した殿下のお迎えにもあがったことがあるようで」

 まだ幼いころの話だ。初めは王宮の外へこっそり抜け出して景色を眺めていた。次第に行動範囲を広げて行き、しまいに城壁外で迷子になった。

 王族ならば誰でも一度はかかる病気のようなものだ。

「そうか、知らないところで縁があったという事か。ここにも来ているのか?」

「はい。しっかりと陛下をお守りする、と逸りきっていました」

「それは頼もしいな。だが」

「だが?」

 口ごもる私の言葉を彼はそのまま返してきた。

 私は耳を寄せるように手を招き、彼はぐっと私に近づく。

「この戦い、勝てると思うか、正直なところを聞かせてくれ」

「必ずお勝ちになります」

「私の眼を見て言え」

 彼はごくりと喉を鳴らした。周りを見渡し、周囲に聞き耳を立てているものがいないかを確かめる。

「正直に言わせていただくと、私は死を覚悟しています」

 掠れた声でそれだけ言った。

「分かった。無理を言ってすまなかった」

「いえ。このくらい何でもありません」

 彼が汗を拭う。たったこれだけだが、軍の中、しかもその中枢の人間に、この戦いは勝てないといったようなものだ。

 本来であれば、処断の対象になる。

 軍の暮らしが長い彼なら、そのことはよく分かっているだろうが、それでも答えてくれた。

「さて、そろそろ軍議の時間だ」

 死ぬ気になっている代王の下で、何人が生き残れるか。考えてすぐ、思考を止めた。

 急ごしらえの屋根の下。軍議が始まる。

「未明に急襲をかけるのはどうだろう?」

「敵にどんな魔獣がいるのかも分かっていないのに突撃するのは危険すぎる。まずは一当てしてみるべきだろう」

「戦力差がありすぎるんだ。長期戦になるのは物資面からみても望ましくない」

「物資なら兄上がまた集めてくればよろしいでしょう」

 喧々諤々と議論が始まる。もちろん第六王子と第一王子は真っ向から対立した。

 しかし、第一王子はめげずに第六王子に食って掛かるものだな。城外決戦と断が下って、第六王子が勝ち誇り、第一王子はしょげかえっていると思っていた。

 権力に食らいつく執念深さは想像以上だ。

 鎧姿になって血の気が増したのか、第六王子と第一王子が取っ組み合いを始める。それを近衛兵団の団長が魔術で肉体強化をして引きはがす。

 代王は見て見ぬふりだ。

 気の毒になったので私も魔術で動きを押さえるのに一役買った。

「第十王子、先鋒を命ずる」

「え?」

 その場にいた全員が耳を疑った。

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