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九王記  作者: 荒木小吾
一章 西の大陸で
12/68

11話

 待っていた魔術の時間が始まる。

 胸を膨らませてしばらく待っていると、やがて部屋の戸が開いた。

入ってきたのは父親ではなく、息子のギルダスだった。

「おい、父親はどうした?」

 無表情でギルダスは目の前の椅子に座り、机を魔術で浮かせて私たちの間に置いた。

「父上は研究で手が離せないため、不肖ながらこの私がご教授させていただきます」

「君が、私に?」

「ええ、そうです」

 子供相手にものを教わる、しかも王族に対する態度ではない。

「そうか、ならばよろしく頼む」

 かといって子供相手に怒鳴り散らすのも大人げない。私は二十歳、こいつはせいぜい十五、六。五つも年が離れている。

 そう自分に言い聞かせ、ひとまず気を静めた。

「では、どの段階から始めるのかを決めるために、基本的なところからおさらいしていきましょう」

 私の魔術修業はこんな具合に始まった。

 始めのうちは、私の力量を見せつけて父親を引きずり出してしまおう、と思っていた。

 そう、思っていたのだが。

「まず、循環系と放出系について説明してみてください」

「え?」

 いきなり訳が分からない。

「ちっ、これだから、身分の高い奴らは」

 ぼそりと呟かれた言葉が私の精神を抉る。

「じゃあ、魔力の性質を述べてください」

「魂の器から引き出されること、か?」

「疑問形で答えてはいけません、加えて、その答えは質問に合っていません」

 ぐうの音も出ない。

「はぁ、それではー、あー、魔力とは何でしょうか?」

 これなら何とか答えられる。

「魔力とは、全ての者に宿る根源的な力だ」

 確か昔話にそうあった。

「零点」

「零点?いったい何が違う!?」

「その答えで点が貰えるのは五歳までです」

「ごさいまで、ですか」

 一事が万事この調子で、その日の修業が終わり、夕食を準備しながらギルダスは頭を抱え、私は今までやって来たことが全て失われていくような喪失感に囚われていた。

「どうするかなぁ、そもそも期待はほとんどしてなかったけど、自分でも研究をしていると聞いていたし、それなりのレベルには達していると思っていたんだがなぁ」

 嫌味にも聞こえるが、ギルダスが独り言を言う表情は困惑しきったものだったし、私の精神はそれどころではなかったので何も言えなかった。

「任された以上は、何とか使い物になるようにしないと家の家名に傷がつくし、そうすれば王家に名を売るどころか人生お先真っ暗だ」

 食事中もずっとギルダスはぶつぶつと独り言を言い続ける。

 その父は一瞬で食事を平らげると、一応魔術で後片づけをして自分の部屋に戻っていった。こちらに一瞥もくれずずっともごもご口の中で言葉をこねている。独り言はこの家共通の癖らしい。

 まだ姿を見ていないが、母親もこいつらに負けず劣らず独り言が激しいのだろう。

「不安だ」

 思わずぽつりと言葉が漏れた。いかん、癖が移り始めた。

 寝床に潜り込んでつかの間まどろんだかと思ったら、すぐに朝が来た。

 昨日は相当に疲れていたようだ。

「殿下、おはようございます、朝食を済ませたら早速修業を始めます、ご準備を」

 目を覚ました瞬間に、ギルダスの声がして、扉が開き、動きやすそうな服が一式と、食事が飛んできて床に着地した。

 急いでパンとチーズにミルクの朝食を腹に詰め込み、着替えを終える。

 するとすぐに扉の前にギルダスが現れた。

「さあ殿下、時間がありません。参りますよ」

「わ、分かった」

 鼻息荒い年下魔導士に連れられ、昨日散策した中庭に出る。

「始めましょう」

「ずいぶんいきなりだな、急にどうした?」

 昨日の態度とはずいぶんと異なり、容赦がない。

 何をそんなに急いでいるのか分からない。朝早くからきびきびしたギルダスについていけない。そんな感情が態度に出た。

「殿下」

 すっ、とギルダスの態度が硬化するのが分かった。

「あまり王宮の中の感覚を引きずっていると、お命がいくつあっても足りません」

「そんなつもりはなかったんだが」

 ギルダスの眼が細くなった。

 魔力が迸り、私の両手両足に氷の枷ができる。

「ギルダス!?なにをする!?」

 刻一刻と重さを増す氷の枷は手足を飲み込み、胴体に迫ってきている。

「修業の一環です、反撃をどうぞ」

「くっ!」

 魂に意識を集中。

「遅い」

「冷たい!」

 首から下が完全に氷漬けになってしまった。

「魔術師を目指すのならばいつでも魔術を発動できるよう、魔力は常に用意しておかなくてはなりません」

「な、なるほど」

 顎の下まで氷が迫ってくる。

「ギ、ギルダス!?もう分かった!やめてくれ!」

「なるほど、ではなく、分かりました、とおっしゃってください」

「わ、分かりましたっ!」

 後頭部を氷が覆いつくし、まったく身動きが取れなくなり、慌てて分かりましたと叫んだ。

 氷の進行が止まる。

「それでは自力で脱出してみましょう」

 魂に意識を。

「遅い」

「んぐう!?」

 口を氷で塞がれた。ものすごく冷たい。初めに氷が纏わり着いた手足はすっかり凍えて感覚が無くなっている。

「魔力は常に用意しておきましょう」

「んんぐんんぐ」

 返事をする間に、即座に魔力を用意した。そして全身にまとわりつく氷に向かって放つ。

 本や茶器を操る要領で氷を操り、砕いてやろう。

「んぐっ!?」

 しかし、放った魔力は氷に伝わらずにそのまま虚空に流れていった。

「基本的に他人の魔力は反発し合います。これも覚えておきましょう」

「んんぐんんぐ」

 困った事になった。

 直接魔力を流せないのではこの氷の檻を破る方法が思いつかない。

 加えて、腹が冷えてきたせいか、先ほどから便所に行きたくて仕方がない、この年になって下の心配をする羽目になるとは思わなかった。

 急げ私、何とかこの状況を打開する方法を探さねば、二十歳にもなって年下の前でみっともない姿を晒す事態になってしまう。

「んぐぐぐぐ」

 力を込めてみるがびくともしない、もう少し体を鍛えておけばよかったか。

「んぐ?」

 待てよ、物に魔力を流して操れるのなら、身体に魔力を流せば自分の身体を操れるのではなかろうか。

 やり方は分からないが、とりあえず私がうんと小さいころに旅の魔術師に教えてもらった、物を操る方法をそのまま体に使ってみる。

 魔力を全体に行き渡らせ、身体の一部に感じられるようになったら、どう動かしたいのかを頭の中に鮮明に描く。

 その瞬間、めしり、と筋肉が歪む感触がして、激痛で感覚が途切れ、意識が闇の中に吸い込まれていった。

 いったい何が起こったのだ。

「はっ!」

 唐突に目が覚めた。空が見え、目の端に怪しげな植物が見え、あくびをしながらそれと戯れているギルダスが見えた。

「やっと目が覚めましたか」

「ギルダス、私は、どうなったんだ?」

 最後に残っている感覚は、鈍い音と体中の熱いような感覚だけで、それから先は全く分からない。

「無理に魔力で体を動かそうとして、関節がいくつか外れていました、もう嵌めてありますがね」

「そうか、すまんな」

 恐る恐る起き上がってみるが、特に体に異変は無かった。

「さあ、それでは修業を続けますよ」

「え、いや、少し休憩を」

 休憩は許可されなかった。

 結局、その後は十回ばかり氷漬けにされて、一度も自力で脱出できなかった。

「さあ、実技の次は座学です」

「はい、先生」

 昼食を事務的に取ると、私の部屋に戻って魔術の基礎の基礎から叩き込まれる。

 反抗する気力などとうにない、態度をとがめる気も失せた。身の内にあるのは、一刻でも早く休みたいという欲求だけだ。

 もし、将来私に子供ができたら、躾の際には氷漬けを有効活用しよう。どんな問題児でもあっという間にいう事を聞くようになるに違いない。

「それでは、魔力について説明します」

 と言いつつ放たれてきた魔術の炎を身をよじってすれすれで躱す。産毛の焦げる匂いがしてくる。

「魔力とはなんなのか、実はよくわかっていません」

「はあ!?」

 大分余裕がなくなってきて、罵声に近い声を出してしまう。

「無駄口は禁止です」

 本棚の本がとびかかってくる。私は常に用意しておくようになった魔力で枕を顔の前に引き寄せ、それを防いだが、本の動きは止まらず、一度下がってから何度もこちらに向かってくる。

 分厚い空飛ぶ本と格闘しながらギルダスの話を聞く。

「所説ありますが、そのどれもが推測にすぎませんので、魔力とは何か、と問われれば、分かりませんと答えるのが学問的には正解でしょう」

 なんだそれは、馬鹿にしているのか。

 そう言おうとして意識がそれた瞬間に、飛び回っていた本は鳩尾に一撃を食らわせて本棚に戻っていった。

 無表情のこいつに、どこかしてやったりという雰囲気を感じるのは、私の気のせいだろうか。

「次に、魔術のついての一般常識についてです」

 魔力の話はもう終わりか。とは口に出さず、ギルダスと自分の周囲に気を配る。魔力の準備も万全だ。

「魔術には、大きく分けて二つの系統が存在します」

 まだなにも襲い掛かって来ない。

「一つ目は放出系、別名は発現系、特徴はその名の通りに体外に魔力を放出するので魔力の消耗が激しい事、そして魔力の形を変えることで、具体的な現象を起こすことができるということです」

「具体的な現象とは?」

 そう聞くと、ギルダスは黙って空中の一点を示した。

「いったい何のつもりなんだ?」

 と訊ねて分かった。ゆっくり、非常にゆっくりと魔力がギルダスの指先からほとばしり、その一点に集まっていっているのだ。

 しばらく魔力を宙の一点に集めると、そこでギルダスはもう片方の手でランプを掴み、器用に片手だけで明かりを灯す。

「このランプの炎にも魔力は存在しています、分かりますか?」

 ランプの炎に魔力。

 普通に火をつけただけでも魔力が生まれる、そんなはずはない。疑いの眼差しを向けるとギルダスは少しいらだったように急かしてきた。

「意識を集中してください」

 険しくなった目つきに、さっき氷漬けにされたことを思い出した。

 言われるがままに意識を集中してみる。魂から魔力を引き出す時のことを思い返し、この火には魔力があると思って、集中。

「あ、あった」

 麦の粒ほどに小さい火の中に、確かにごく僅かな魔力がある。

「その形をよく覚えてください」

「わ、分かりました」

 思いもしていなかった事実にかなり動転している私には構わず、ギルダスは宙に浮かせている魔力をゆっくりと動かし始めた。

 そして、突然空中に炎が灯った。

「うわ!?熱っ!」

 こぶし大の炎は何もない空中に赤々と灯り、部屋の中を照らしている。

「この炎にも魔力は宿っています」

「それはまあ、当然では」

 魔術で炎を生み出したのなら、当然そこには魔力があるはずだ。

「では、どんな魔力が宿っていますか?」

「どんな、と言われても」

 とりあえず意識を集中してみる。すると気づいたことがあった。

 ギルダスの魔力は炎の中で一定の形を保っている。

「なるほど、分かった」

 さっきのランプの炎に宿る魔力、それとギルダスの出した魔力が変形した形は全く同じだった。

 つまり、自然に存在する魔力の形に、自分の魔力を変形させればいいのだ。そうすれば私にも炎や氷が出せるし、もっと違うものも出せるようになるだろう。

「ならば次は循環系の説明にいきます」

「おい、私にも炎を出させてくれ!」

「口答えしない」

 ふっ、と炎が消え、椅子がいきなり宙に浮いた。

「のわっ!?」

 さっきの出来事に夢中になってしまっていて、魔力を用意しておくのを忘れてしまっていた。

 そのまましばらく空中を振り回され、胃の中身を戻しそうになったところで床に下ろされる。

「循環系は強化系とも言い、物体や現象の内部に魔力を循環させて操る魔術で、魔力を比較的消耗しにくい事、そして治癒の魔術の原則でもあります」

 容赦なく循環の原理の説明が始まった。次こそは不意打ちに対応するべく魔力を準備する。

「治癒の魔術、聞いたことはあるが、噂のような話しか耳に入ってこないな」

「はい、循環系の中でも一般的ではありません」

 ギルダスは脇に抱えていた書物を机の上に置くと、書物のページがひとりでにめくれ、ある個所を開いて止まった。

「これは、人の、身体か?」

「人と呼ばれている種の一つ、人種の身体の解剖図です」

「中々、見栄えのするもの、ではないな」

 何やら気色の悪い絵だった。こんなものが私の中にも入っているのかと思うと、いい気分はしない。

「その通り、非常に複雑かつ、難解な組織の組み合わせによって肉体は活動しています」

 故に治癒の魔術は難しいのだそうだ。

 それでもギルダスも他の一流の魔術師たちも、ちょっとした切り傷ぐらいならば直すことができるらしい。

 しかし、それ以上に高度な魔術となると数十年単位の研鑽が必要になるのは目に見えていて、誰も手を出そうとしないのだとか。

「だが、魔術で怪我や病気を治すことができれば、これほど有益なこともないだろう?」

 完成するまでの道のりが長く険しい事は分かったが、その先にあるのは莫大な富と名誉だ。どうにも研究を行わない理由が不透明に感じる。

「医者と薬師の力は大きいのですよ、殿下」

 問いを受けたギルダスの顔は今まで見た中で一番暗いものであった。

「代王国の魔術の歴史は、代王国の歴史とほぼ重なります」

「そうだったな」

 東大陸にも魔術はある。

 代王国の建国時、東大陸の魔術師も西大陸に渡ってきた。だが、東とは比べ物にならない芳醇な魔力と、強力な先住民たちとの競争、その中で世代を経るうちに西大陸の魔術は戦闘力に特化したものへと変貌を遂げたのだ。

「それと比べると、医術や薬学は東大陸で培われた数百年の歴史があるのですよ」

「信用が有るということか」

「それだけではなく、富と権力を築き上げています」

「ふむ?」

「魔術で人を治療すれば、これです」

 首をかき切られる仕草をするギルダス、その瞳に宿る怨念にも似た何かが垣間見えて私は息と、言葉を飲み込んだ。

 黙り込んだ私に気づいて、魔術師はとりなすように咳払いをする。

「おほん、余計な話をしてしまいました」

 小面憎かっただけのふるまいが、不思議と今は大人ぶっている少年のように見える。

 そこでにやにや笑ってみると、表情を消したギルダスが魔力を練る。

 無論、予想の内だ。

 窓が開き、木の枝が唸りを挙げてとびかかってくる。私は自分の周囲に網の目状の魔力を展開して引っかかった木の枝を一つ一つ丁寧に止めていった。

「少しは魔力の扱い方が分かってきたようですね」

 言葉では褒めてもらえているが、顔には苛立ちがありありと見える。

 この辺りはまだまだ子供だな。

「恐縮です、先生」

 先生、と強調して呼んでみると険しかった眉間が少しばかり緩む。

 だんだんギルダスの扱い方が分かってきた。

「それでは、循環系の話に戻りましょう」

「はい」

 案外上手くやっていけるかもしれない。

「循環系は傷を癒すだけでなく、肉体を強化することができます」

「ほほう」

「この場合も肉体に魔力を循環させるのですが、循環系魔術には、注意点が一つあります」

 目の前に、羽ペンとインクと一束の紙が飛んでくる。書いて覚えろということだろうな。

 ペンの先にインクを浸すとギルダスが注意点とやらを語りだした。

「あらゆる物体に魔力が宿るのは知っているかと思いますが、魔力は何もひとところにじっとしているわけではありません、物体の内部を巡っているのです」

 私は、石ころと、花を咲かせた植物と、四つ足の動物と、人型を描き、内側に渦を入れて線を引っ張り魔力と書いた。

 そして、ギルダスは懐から、おそらく植物の種を一粒取り出す。

「この種の中にも魔力は廻っています、分かりますね?」

 目の前にかざされた種の中に集中すると、確かに僅かな魔力が蠢いているのを感じる。

「ここに私の魔力を込めます」

 魔術で宙に浮かせた種に、ギルダスの細い指先から魔力が流れた。

「その後、火の中に入れます」

 空中に、ぱっ、と炎が燃え上がる。先ほど見たように、炎のなかには魔力が渦巻いている。その中に種は入ってゆき、十ほど数えたあたりで無傷のまま出てくるのだった。

「これは、どういう理屈なんだ?」

 唖然として問いかける。

「細かい説明は後日としますが、まあ、こういう事も出来ると覚えておいてください」

 だが先生の答えは素っ気ない。私は炎の中にある種の絵を描いておいた。

「さて、今この種の中には二種類の魔力がありますが、私の魔力と種の魔力はまったく同じ動きをしていますね?」

 ギルダスの言う通り、寸分の狂いもなく二つの魔力は小さな種の中で蠢き続けている。

「ここで、私の魔力の動きをほんの僅か、遅らせてみましょう」

 二つのうちの片方の動きが緩慢になる、そして、変化はすぐに表れた。

 硬い殻の種、その表面が、うにょり、ぐにゃり、歪んでいく。

 じきに、種は自らねじ切れてしまった。

「このように、魔力同士の同調が失われて歪みが生まれると、物体そのものにも歪みが発生し、じきに崩壊します」

 その先を私は理解した。

「もし、これを肉体にかけて、タイミングがずれたりすれば」

「致命的ですね、体の諸機能に深刻なダメージを負い、場合によっては死に至るでしょう」

 目の前には、自ら身をよじってちぎれてしまった種が浮かんでいる。

「さらに言えば、自分の魔力で自分の肉体を強化する際も、同調を乱してはいけません。それを逆手にとって、相手の同調を乱す場合もありますが、それはまた今度にしましょう」

 魔術とは思っていたよりも難しいものかもしれない。

 私は魔術師になれるのだろうか、南方で樹人の樹木を操る術と渡り合うには、魔術が必要不可欠ではあるが、このままでは私が魔術師になるのはどれほど先になるのか予想もつかない。

 不安になる自分を励ます言葉が欲しくて、ギルダスに紙にメモを取り終わったところで、訊ねてみた。

「魔術師になるのに、最も大切なものとは何でしょう」

「訓練です」

 即答だった。そして思っていたもの、欲しかった言葉とは大分違った。

「な、なぜ訓練なのでしょう」

 もっと、違った答え、魔力に関する鋭い感覚とか、膨大な魔力量とか、唯一無二の才能のような事だと思っていた。

 そして、私にはそれが有る。有るが故に魔術師になれると自分を励ましたかった。

 ギルダスのことも、才能があればこそ、私より年下でも魔術に対する造詣が深いのだと心のどこかで思っていた。

「魔術とは、要は魔力を操る技術です。技術は訓練無くして身に付きません、それだけのことです」

 自身に溢れた力強い声だ。

 その声で、私の中の何かが打ちのめされた。

「ギルダス、お前、いくつだ?」

「年齢のことですか?」

 何をいまさら、と首を傾げながらも、ギルダスは一応答えてくれた。

「今年で十四になりました」

 六つ年下だった。

 その年にも拘らず、万象を操る放出型とか言った魔術を使いこなす。

 どれほどの訓練を積んだのだろう。ふとギルダスの指を見やると、細い指には不釣り合いな分厚いペンだこがあった。

 一方の私はどうだ、これほど綺麗な指をしている。

「私は二十歳になるが、お前よりも魔術が下手だ」

「ええ、ずいぶん生温い訓練をしてきたのでしょうね」

 一言一言が突き刺さる、私を囲っていた何かに。

「才能に驕り、自分は魔術を使える選ばれた人間だとでも思っていたのでしょう?」

 ギルダスに心を読まれたのかと思った。

「貧民だろうが、平民だろうが、貴族だろうが、王族だろうが、出自を問わず、魔力を幼いころに感じた者は皆一様にそう思うようですね、馬鹿馬鹿しい事に」

 何処からともなく杖を取り出した魔術師は、冷たい視線を宙に彷徨わせた。

「そんな英雄の卵気取りの連中が今まで何人も、弟子にしてくれ、秘伝の魔術書を見せてくれ、魔獣の使役を教えてくれ、とやって来るものの、数年、物によっては数十年かかると言うと、誰もかれもが去っていきます」

 ふわりと私とギルダスの体が浮いた。そのまま廊下に出て、ゆっくりと進む。

「たまたま人より目立つ才能を持っても、それに頼り切る馬鹿は、訓練や努力を嫌がるようですね。それなくしては何も手に入れられないというのに」

 浮いたまま進んだ先には食堂があった。

「殿下は何日で音を上げるのでしょうかね?」

 席に下ろされるとギルダスは食事の用意をしに行った。

 無言で夕食を食べる。

 味はあまり分からなかった。

「では、復讐をしっかりとやっておいてくださいね、殿下の命にかかわりますので」

 今日の修業はここまでのようだ。

「分かった」

 扉を閉じて寝床に倒れ込んだ。仰向けになり思い返すのは、今日の修業と今までやって来た研究という名のお遊びだ。

 所詮、王宮での退屈しのぎでしかなかったのだろう。

 魔術師に憧れることと、魔術師になることは別の話、それがよく分かった。

「だが、私を今までの馬鹿どもと一緒にされては困るぞ、ギルダス」

 やがて臣籍に降下し南方の領主とならねばならんのだ。

 その道を外れることは、死と等しい。それが王命の持つ重みであり、王の命令に背いた王子に明日は無く、樹人と戦うすべのない者は生き残ることができない場所へ行かねばならないからだ。

「必ず、私は魔術師にならなくてはいかんのだ」

 紙の束を掴み、火打石を使ってランプに炎を灯す。

 やがては魔術で炎を灯してみせよう。私は炎に宿る魔力の形を丹念になぞっていった。

 夜が更けてゆく。

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