表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/102

08.平凡なる超えし者、だいたいの流れを把握する……






「――では、次の話を……アクロディリア様?」


 レンが話を進めようとするが、肝心の本物アクロが険しい顔で固く目を瞑る。あらやだ、注射を怖がる子供みたいでカワイイ。あの憎たらしいアクロディリアのはずなのに。


「――あれやこれやと理由をつけて今日一日話を先延ばしにしたけれど、正直に言って、わたくしはまだこの奇っ怪な現象をちゃんと受け入れられていないのよ」


「――奇っ怪って何が?」


「――あなたの存在よ!」


 まあ、どう見ても、このメンツの中で完全に異質で奇っ怪なのが兄の存在なわけだけど。

 指まで差されて指摘されたわけだけど。

 お兄ちゃん鈍いよ……察しようよ。


「――なんだかよくわからない内に自分が目の前にいて、しかもその中には知らない男が入っていて、その上もう何ヶ月もわたくしとして生きていたという奇っ怪な現象のことよ! 考えられないわ! 誰にも見せたことのない肌を本当に知らない男に何ヶ月も晒されてきたという事実が隠すこともなく堂々と目の前にあるのよ!? すぐに受け入れられるわけがないでしょう!」


 そうだねえ。本物アクロからすれば災難以外の何者でもないもんねえ。


「――だから考えすぎるなって言っただろ。考えすぎたら立ち直れなくなるぞ」


「――そんなに簡単なことじゃないでしょう!? 更に言うなら今のわたくしは何なのよ!? これ誰!? なぜ子供になっているの!? それと時々胸に走る痛みは何!? ……いやこれはわかるわ。これは後悔と罪悪感だわ」


「――いいじゃん、可愛いから。なあ?」


「――アクロディリア様。無神経なようですが、深く考えてはいけません。もう、そういうものだと、細かいことは気にせずそのまま受け入れてしまってください」


「――それができないから苦心しているんじゃない……」


 なんというか、本物アクロは性格は悪いけど根は真面目なんだろうね。善悪のベースが貴族の娘だからズレているだけで。


「――気持ちは俺もわかる。俺だって最初は受け入れるのに苦労した。今だって深く考えたら罪悪感もある。でも生きるために受け入れるしかなかったからな。おまえはまだいいだろ、最初から事情がわかってるんだから」


「――頭ではわかっているわ。でもどうしても考えてしまうの。……ねえあなた、わたくしの裸見てるわよね?」


「――うん。毎日」


「――どうしてそこまで平然と応えるのよ! 気を遣いなさいよ!! せめてちょっとしか見てないとか、週2で我慢しているとか!!」


「――週2…? よくわからんけど、毎日風呂入ってるからそりゃ見るよ」


「――風呂!? はあ!? 何それ!?」


「――おまえが話を進めさせてくれたら全部話すよ。全部おまえ待ちで停滞してんだろ」


 女としては、本物アクロの気持ちはわかる。

 お兄ちゃんだって、何ヶ月もアクロディリアとして過ごしてきた経験があるから、やっと受け入れられているだけだし。

 事実を受け入れるのに時間が必要ってのはすごくよくわかる。そりゃすぐは無理だよ。


「――貴族の娘として、婚前に、しかも婚約者でもない男に肌を晒すなんてありえないのに……わたくしが嫁に行けなかったらあなたのせいよ!」


「――え、それって俺が嫁に貰わないとダメってパターン?」


「――もしそんな展開になったらあなたを殺してわたくしも死んでやるわよ!! 死んでも嫌よ!! 死んでも殺してもお断りだわ!! ……え!? 死にたいってこと!?」


 お兄ちゃん、デリカシー。

 そして本物アクロ、さすがに断りすぎ。


「――あーもう面倒くせーな。……じゃあ俺のことは身内だと思えよ。そうだ、お兄ちゃんと思え」


「――は!? ど、どういう理屈でそんなことに!?」


「――身内なら裸見られてもいいだろ。それに今後おまえがどうするかはわからんが、一緒にこの寮に住む可能性もあるだろ? もう身内だと割り切れば、受け入れるのにも楽なんじゃねえの?」


「――お、おにいちゃん……? あなたが……? わたくしの……? クレイオルより子供みたいなあなたが……?」


 うわ、すごい胡散臭そうな顔。子供の顔じゃないよそれ。


「――この歳で兄に裸を見られるというのも変だけれど…………でも、そうね、身内だと思えばまだ気が楽になりそうだわ。会ったことのない親戚でも、お父様の隠し子でも……その方がまだ……でもあなた。ヨウ」


「――うん?」


「――あなたがわたくしの弟よね?」


「――はっはっはっ。面白い冗談だな、妹」


「――はあ? わたくしの方が上でしょう? ……レン! どちらだと思う!?」


「――アクロディリア様が正しいです。彼の振る舞いは手の掛かる弟です」


「――手の掛かる兄だって存在するだろ! 俺は手の掛かるお兄ちゃんタイプのお兄ちゃんだ!」


 はい。ダメなタイプのお兄ちゃんだよね。……フーゥ。本物アクロとレンの冷たい眼差しすげーっ。……だからなんで少し嬉しそうなんだよ。





 事実をなかなか受け入れられなかった本物アクロの問題が、一応片付いたようだ。

 いや、片付いてはいないんだけどね。

 これからもう少しだけ時間を掛けて少しずつ受け入れていく、その体制を整えられたってところか。


「――それで、わたくしはどうなったの? なぜこんな姿に?」


「――確認するが、おまえの中では四月に三馬鹿……友達とここでお茶していた、ってのが最後の記憶で、気がつけば数ヶ月が飛んでいて今別人になっている、ってことでいいんだな?」


「――ついでに言うと、わたくしが別人として目の前にいるわね」


「――話してもいいけど、聞きたいか? 聞かない方がいいかもしれないぞ」


「――知らないと納得もできないわ。……それに、どう考えても、心境の変化だけはあるみたいだし」


 本物アクロは右手で胸の辺りを掴んだ。


「――この身体になってから……いえ、自覚はないけれど、数ヶ月ぶりに戻ってきてから、悔恨の念が胸中にずっと渦巻いているわ。何かがあったのはかすかに憶えている気がするけれど、どうしても思い出せない。

 わたくしはどうなっていたの? そしてなぜこんな姿なの? でも前と比べれば気持ちは穏やかでもあるの。あの頃はいつも何かに苛々していたように思うわ」


「――死んでた扱いであの世に行ってたよ」


「――は?」


「――だから、死んでた扱いであの世に行ってたんだよ。おまえ。魂だけな」


 そして兄アクロは語った。

 本物アクロの魂は、死後の世界に行き、罪人が放り込まれるという『冥路』に入れられていたこと。

 そこでひたすら自分の罪と向き合っていた、ということ。


「――俺も人伝だし、詳しいことはわからないけど、こういうことだったらしい。おまえが後悔してたり心が穏やかだったりするのは、……まあなんだ、尼さんの修行をしてきたからだとでも思えばいいんじゃねえの?」


 言い得て妙だね。

 なんか罪を犯して出家した人と思えば、そう遠くない理屈な気がする。


「――そう……そうね、ただひたすら何日も歩いていたのは、なんとなく憶えているわ。ただの夢だと思っていたけれど、あれは本当のことだったのね」


「――ついでに言うけど、その身体は死後の世界の神様が、特別に貸してくれたんだ。信者になれとは言わないけど、時々感謝してやってくれ」


「――え、この身体が?」


 そうか。あの仮面の女神が用意した身体なのか。道理で人ではないはずだ。


 で、たぶん、この話の流れからして、本物アクロの魂をこの世界に連れてきたのはお兄ちゃんだな。

 私は仮面の女神と修道服の死者とお兄ちゃんの会話を聞いてないし、やりとりも見ていないから、何があったかはわからなかったが。

 これで一応、ここまでの流れは繋がったのかな。


 あと気になるのは、お兄ちゃんが仮面の女神とどんな取引をしたか、か。

 神は取引はするけど基本的に無償奉仕はしないから、絶対に何らかの取引はしたはずだ。


 お兄ちゃん抜けてるから心配だ。とんでもない負債を押し付けられてないだろうな?


 ……ああ、いや、そういえば。


 あの修道服の死者は、お兄ちゃんの味方だったな。

 あの人が同席していたなら、そこまで無理難題を押し付けられることもなかったかな。

 






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ