86.平凡なる超えし者、己の失敗に気づく……
7/22、第十二魔将軍バロボレメル➡第六魔将軍ボロバレメルに修正しました。
それは、恐らく、日付が変わってすぐのことである。
帳を降ろしている静かな夜。
今日が昨日に、明日が今日になるような、そんな時間のことだ。
――揺れた。
――確かに、確実に、とても大きく、揺れた。
「……ん? 地震?」
私を抱いて寝入っていたクローナが起きあがる頃には、揺れは治まっていた。
揺れたのは一回だ。
ただ、その一回が、すごく大きかった。
地震、というよりは、振動と言った方が正確かもしれない。
重い物を落とした時のような、一度きりの振動だったから。
この辺で地震は起こるのか、と聞くと、ほとんどないと返ってきた。
多少揺れたこともあるが、その時は大魔法をぶっ放したり、軍事訓練時の諸々だったりと、原因がわかっている揺れだったそうだ。
地震と言えば、この大陸は元はいくつかに別れていて、聖樹ベルラルレイアの根で一つに繋がっているとかいないとか聞いたことがある。
もし地震が起こったのなら、木ごと揺れたってことになる。……いや、そうでもないか。この辺だけ揺れたって可能性もあるし。
いや、本当にあるのか?
たった一度の揺れだったが、本当に大きかった。あんなのが十秒も続いていたら建物の倒壊なんて事故も起こりえただろう。
何せ地震がほとんどないという地だ。耐震構造なんて想定して建てているかどうかもわからないし。
しばらくそのまま待つ。
キルフェコルトも地震に気づいて飛び起きたようだが、同じく動きはない。
「……誰か来るわ」
クローナは私をベッドに置いて立ち上がり、ネグリジェのような薄い寝巻きを脱ぎ捨てて素早くメイド服に着替え始めた。
十数秒ほどで着替えを完了し、隣室へ行く。
「――殿下、失礼します」
それと同時に、寮の外から駆け込んできた誰かが、ノックもせずに部屋に侵入し、声を発していた。
誰が来たんだろう。男ってのはわかるけど、私の知らない人かもしれない。
何かがあったんだろう。
私は聞き耳を立てて、隣の部屋の様子を探ることにした。
――そして、自分のミスに気づくのだった。
「突如現れた巨大モンスターのせいで、フロントフロン領が壊滅しました」
…………
え?
「どういうことだ!? 詳しく説明しろ!」
私と同じく呆気に取られ放心していたのだろうキルフェコルトが、我に返るなり怒声を飛ばした。
「第一報ではそれだけです。続報は追って届きます」
では、と、やってきた誰かは素早く部屋を出て行った。隠密の誰かなんだろう。
いや、そんなことはどうでもいい。
フロントフロン領、壊滅?
フロントフロン領って、悪役令嬢アクロディリアの実家というか、辺境伯の領地だよね?
で、壊滅?
「どういうことだ……」
キルフェコルトが動揺している。いつも自信満々な俺様王子が、恐れさえ滲ませた声を漏らした。
「殿下、お着替えを」
「あ、ああ。……さっきの揺れか?」
「その可能性は高いかと」
ああ……そうか。そうかも。
きっと、本当に、重い物が落ちたんだ。大地に。
小さな物音を発しながら着替えを済ませたようで、「茶を入れてくれ」と乾いた声で命じるキルフェコルトからは、いつもの自信が失われていた。
「……あの領地には何万人もの人がいた。いったい何人死んだんだ」
…………
「知らせを聞くのが、怖い」
第一王子といっても、まだ十代だもんね。むしろこの状況でそこまで冷静に考えていられる方がすごいだろう。
そして、怖いってことは、受け止める覚悟ももうしているからだ。
「殿下」
クローナの声は、いつも通りだった。
「泣き言を言えるのは今だけですよ」
あら厳しい。
「わかってるよ。だから今言ったんだ」
やや投げやりだが、しかし、そこにはいつもの調子が戻っていた。空元気かもしれないが。
「こんなことおまえの前でしか言えねえしな。……次泣き言ほざいたら殴ってくれ」
「そのように致します」
長年の信頼関係ってやつだね。
…………
お兄ちゃんが心配だけど、逆に考えると安全は確保できているのか。
被害があったのは、あくまでも実家。
お兄ちゃんは今学校にいるんだから、どうがんばっても被害を受けることはできない。
……というか、たぶん、アレだ。
亀だな。巨大モンスターの正体は。
魔王シナリオのラスボス、第六魔将軍ボロバレメルの襲来だ。
来ることは予期していた。
今月中に来るだろうとは思っていた。
ただ、まさか、アクロディリアの実家の領地に現れるなんて。そんなこと考えもしなかった。
…………
あっ!!!!
人間型で声帯があったら、本気で叫んでいたかもしれない。
頭に浮かんでいた様々な点が、するすると線で結ばれていき、思いも寄らない恐るべき結論にたどり着いてしまった。
嘘だろ。
まさか。
そうなのか?
まさか私のミスなのか?
そう、私は知っていた。
巨大な亀が出現することを。
そしてもう二つほど、知ることができた情報があった。
一つは、魔王の部下がこちらへ向かっていること。
魔王が力を取り戻すたびに、部下や眷属だった者たちが前世の記憶を思い出したり、覚醒したり、たぶん第五魔将軍ヘーヴァルも力の呼応で封印が解けたのだろう。
もう一つは、至極単純だ。
つい昨日、魔王の力の一つが彼に戻ったこと。
その場に立ち会ったどころか、私がそれにわずかながら協力してしまった。
要約すると、こうなる。
私は、ここに魔王の部下たちが向かっていることを知っていて。
力を取り戻すという行為で魔王に協力することで、ここへ向かっている部下たちの覚醒を促した。
…………
私だけだった。
この結果を、覆すことができたのは。
よく考えず、魔王の力を取り戻すことを看過し、それが何を意味するか深く考察することもしなかった。
亀が来ることを知っていたのに。
もしそれを考えることができていれば、打てる手はあったはずなのに。
……よくよく考えると、ちゃんと魔王に協力していれば、いろんな不都合を回避できたんだろう。
魔王自身は、人間に害を与えようとは思っていなかった。
むしろ穏便に済ませたい、そういう意向で第五魔将軍の迎えを私に頼んだのだから。
もしあのまま、魔王の諸々の協力をしていれば、きっと魔王は言ったはずだ。
――他の部下の迎えにも行ってくれ、と。
…………
まあ、仕方ないか。
私の第一目標は、お兄ちゃんの支援だ。
それは最初から決めていたことだ。
その第一目標のためなら、他を犠牲にすることを躊躇う気はない。
どちらも追いかけてどちらもダメだった、なんて最悪な結果になるよりはよっぽどマシだから。
私は何でもできるほど優秀ではないし、理想論通り全てがうまくいく、なんて驕り高ぶってもいない。
だから、私のスタンスは間違っていたとは思わないし、かわいそうだが、フロントフロン領が壊滅したってお兄ちゃんが無事なら私はそれでいい。
第一報なら、どれほどの時間が経ったかわからない。
早かった気もするし、遅かった気もするが。
続報が来た。
「巨大モンスターはゆっくりと進行、ここ王都へ向かっている模様。
フロントフロン領は巨大モンスターの下敷きとなり、完全に壊滅したそうです」
どうにも今後を考えると頭が痛い報告だが、しかし、朗報はあった。
「しかし、住民は全員無事です」
え、ほんと?
「本当か!? 確かだな!?」
「はい。近くに巨大モンスターが現れたことを確認したフロントフロン辺境伯が、即座に避難命令を下したそうです。兵士と冒険者を総動員して住民を引っ張り、西へ向かっている最中です」
おお……おお、すげえ……
「さすがだな、ヘイヴン卿は。そうか。躊躇なく街を捨てて民を取ったか。大した人だ」
うん、すごいね。
街を捨てるって生半可な気持ちではできないことだ。
だってそれをやったら、「王様から預かっている地を守ることができなかった」ってことになる。
どんな理由があれ、爵位は剥奪されるだろう。その覚悟もしていたはずだ。
それに、住民全員を助けたってのもすごい。
どれだけ亀が街に到達する猶予があったのかはしらないが、恐らく街はパニックになっただろう。
避難勧告を受け入れない住民もいただろうし、我先に逃げようと人を押しのける輩も出ただろう。
火事場泥棒を働こうなんて奴も現れただろう。
でも、そういう混乱を治めて逃げたわけでしょ? 大したもんだよ。
まあ何よりすごいのは、それが可能な領主だったって事実だ。
領主の命令に従おう、聞き入れようって意識は、領主の普段の生活態度で決まる。
その人、とんでもなく住民に慕われていたんだろうね。めちゃくちゃ働いて、領地の民たちと触れあい、街に貢献したんだろうね。
あのアクロディリアのお父さんなんでしょ?
さすがにどんな人なのかちょっと気になってきた。
「ただ、とにかく人が多いので進みは遅く、まだ安全圏ではないらしく、救助を求められています。もうすぐ騎士隊が現場へ向かう手はずとなっています。
どうも巨大モンスターの周りに多数の飛行モンスターが取り巻いており、それに追われているとか」
ああ、そう。
ふーんそう。
そっか。
まだ色々終わってないんだね。
「わかった。続報を待っている」
「はっ、失礼します」
隠密の人が部屋を出て行くと。
入れ替わりで、私も隣の部屋に踏み込んだ。
「私も行きたいんだけど。王子様権限で許可くれない?」
弓原結の姿で。




