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79.平凡なる超えし者、だらだら過ごした後に頼み事をされる……





 今日は動けなかった。


 クローナが、午前中お休みを貰ったというので、離してくれないのだ。

 少なくとも午前中は身動きが取れないのではなかろうか。


 そのクローナだが、特に出かけることもなく部屋にこもったままだ。机に向かい、私を膝に乗せて抱え込んで、書類仕事を片付けている。


 メイド仕事は休みらしいが、恐らくこれもメイド仕事の一つだと思う。

 邪魔をしないよう大人しくし、撫でられるままうとうとし、起きているのか寝ているのかって狭間の幸せな時を過ごす。


 いいよね。

 睡魔に連れて行かれるも良し、今すぐ動く予定もなく、無駄な睡眠を憂いなくむさぼることができるこの時間。

 しかもクローナが超いい匂いするし。美女の膝枕ですよ? 正直私好みの線の細いイケメン様に膝枕されたい気持ちはあるが、美女の膝の上もなかなか良いものですよ?


 まあ、非モテの私からすれば、そんな状況で心穏やかに休んでられるのかって問題もあるっちゃあるけどね。

 されたことねえわ。

 イヤミかっつーくらいイケメンどもは私の真横を素通りしていくからね。


 あーあ。ずっとこうして休んでいられたら楽なんだけどなぁ。


「……ふう」


 おや? クローナのお仕事が終わったかな?


 クローナは小さく息を吐くと、ペンをしまいインク瓶に蓋をした。


 「終わった?」と聞くと、「なんとかね」と返事と共に撫でられた。ほっほっほっ、あんまり撫でると寝ちゃいますよ? すでに眠いんだから。


「何か変化はあった?」


 ん?


 眠い意識に質問が投げかけられたせいで、返答ができなかった。

 が、振り返って質問を吟味しても、そもそも質問の意味が本当にさっぱりだった。


「え? フロントフロン辺境伯のご令嬢を見張っているんでしょう?」


 あ。そっちの。そっち方面の質問か。


 そうそう、私がこの学校にいる理由は、本物のアクロディリアの肉体が気になるって理由で残っている。クローナにはそう話した。

 もちろんというかなんというか、遠い意味では間違ってはいないぞ。嘘はついていない。そっちも気になるけど本命の方もあるってだけだ。


 最近ラインラックと仲が良いくらいかなぁ、とだけ返しておく。


「あ、やっぱり?」


 え? やっぱり?


「私も、調理実習室で二人が並んでいるところを遠目に見たけれど、随分親密そうだった。歳や背格好の差が少しあるけれど、そういうのを抜きにすれば恋人みたいに見えたわ」


 ああ、うん、私もそんな風に見える。


 というか私の場合、あの子供の肉体が借り物の器で中身はアクロディリアだって知っているから、クローナより増してそういう風に見えている。


「ラインラック殿下の変化は? 何か感じた?」


 「どっか逃げるんじゃない? 国に帰ってもいいことなさそうだし」と返す。


 ちょっと突っ込んだ内容なので伝えようかどうか迷ったが、結局そのままそう伝えることにした。

 まだ確定じゃない、あくまでもただの女同士の噂話だ。

 そう思ったんだからそう話すだけである。無責任に。


 だって女同士の噂話なんて確定事項わりと少ないし。無視はできないけど。


「そう……ウィートラントも複雑そうだものね」


 「てゆーか王族が、だね。一番上のお兄ちゃんが困った輩なんでしょ? 身内同士で殺すだのなんだの面倒そうだよね」と伝える。


「複雑なのよ。表向きは平和そのものだけれど、内情は長兄の派閥とそれ以外の派閥で分れているから。果たして本当に長兄の意思で暗殺未遂が行われたのか、それとも……」


 「それとも、長兄を王様にしたい誰かが勝手にやっているのか、だね」とあくび交じりに伝え床に飛び降り――再び抱えられた。おい。伸びくらいさせてくれよ。捕まえるのが早すぎるよ。


「ネズミさん、意外と詳しいの?」


 「王族関係の揉め事の前例なんて、本を開けばごろごろ出てくるよ。それよりを伸びをさせてくれ。節々を伸ばしたりしたい」と伝えるが、答えはNOだった。


「ダメよ。すぐどこか行くじゃない」


 なんだよ、人を前科者のように。……確かに何度か逃げてるから前科があるといえばあるけどさ。


 



 どうでもいい雑談から気になる話まで、つらつらと会話する。


 クローナとゆっくり話をするの、案外久しぶりなんだよね。

 基本的に部屋でゆっくりするのは休憩時間と夜寝る時くらいだから。


 休憩時間は私がいない時があるし、夜は私を抱えたら数秒で落ちるし。抱き枕冥利に尽きるというか。大変寝つきが良い人であることは間違いない。


「最近、フロントフロン辺境伯令嬢の周辺は、落ち着いた?」


 ああ、謎の美少女剣士事件から、ちょっと騒がしかったね。でも直接的にはほとんど何もなかったんだよね。


 一応身分があるから、庶民が気軽に話しかけるなんてことはまずないし。

 おまけに未だ悪評付きまとう悪役令嬢だしね。

 直接「サンライト仮面なの?」みたいに聞かれることもあまりなかったんじゃないかな。私が知る内では、貴族の娘さんがそれとなく聞いているのを見たけど。兄アクロは「誰?」と誤魔化してたね。


 それと、ゲームではアクロディリアの取り巻きだった三人娘が、結構防波堤になっていたみたいだね。

 アクロディリアに近づきそうな人には睨みを利かせ、注意をしたりしていた。それはちょくちょく見た。


 まあ逆に言うと、あの三人は兄アクロがサンライト仮面だと知っている、ってことになる。

 そして意外と有能なのかなんなのか、火消しは成功したのだろう。

 だって正体の噂は流れたけど、はっきりした答えは漏れず、ようやく話題も鎮火してきているから。


 本当にちょくちょく見たからね。

 三人の尽力の成果は、かなり大きいと思う。


 あの三人については、ゲームではあまり印象に残らなかったが、ちゃんと友達やってたんだなーと意外に思ったよ。

 てっきり身分や権力にくっついているだけだと思っていたから。


 「最近は落ち着いたかな」と伝えると、クローナは言った。

 

「もしかしたら、王家から呼び出しが掛かるかもしれないの」


 え? 何それ? なんかあったか?


 詳細を訊ねると、「そんな大層なものじゃないよ」と前置きした。


「王族にファンができただけよ。ちょっとお話したいとかそれくらいのこと」


 ファン……ああ、そう。そういえば闘技大会の時、一部の王族の人が騒いでたっけ。見間違いだと思いたかったなぁ。


「特に王妃様がね」


 王妃? ああ、これまた見間違いだったと思いたかったアレだわ。


「最後の殴り合いが、相当お気に召したみたい。あの方は元々冒険者だったから。きっとああいうのは懐かしかったんでしょう」


 は? え? 王妃が、元冒険者? ちょっと待て。


 「本で読んだ限りだと、王妃はどこぞの田舎のお姫様でしょ?」と問うと、「間違ってはいない」と微妙な返答があった。

 ちなみに本を読んだのはつい最近だ。それも娯楽小説として色々と物語が盛り上がるよう、「半分だけノンフィクション」という形を取っていた。


「本当に田舎の方の小国でね。そこでは王様を含めた王族も貴族も畑を耕したり馬や牛のお世話をしたりと、そういう文化が根付いていたの。

 そんな国のお姫様だった。

 幼少から剣や戦い方を学び、周辺の魔物の討伐に出向き、利便性を考えて冒険者として登録もしていたみたい。社交界では『猛き姫騎士』なんて呼ばれていたのよ」


 そう、「猛き姫騎士」。その二つ名は本にあった。でも由来がわからなかったんだよね。「赤き」なら髪の色からだろうなーと思ったけど、「猛き」だからね。雄たけびを上げる勇ましい姿しか想像できないし。


 実際のところはわからないけど、たぶん本人的には不名誉だったから、後世に残ってしまう本には記載されなかったのだろう。

 つーか社交界で女性に対して「猛る」みたいな言葉は、まず褒め言葉じゃないからね。


 ちなみに読んだ小説は、今の王様と王妃が出会った頃の話だ。

 二人の出会いは、なんか貿易の交渉と視察に行った時だ。当時は王子だった王様となんやかんやあって今こうなっている。


 なんというか、キルフェコルトのルーツが見えるような話である。やっぱりお母さん似みたいだね。冒険好きなところも。


 きっと殴り合いを見て興味を持つタイプではあるんだろうね。「猛き姫騎士」だし。


 というか冷静に考えると、バリバリの貴族のご令嬢がボッコボコに顔を腫らしながら派手に殴り合ったんだよね。

 庶民ならともかく、貴族のご令嬢がだ。


 実践経験豊富な「猛き姫騎士」としては、「あいつ私と同類じゃね? 血湧き肉踊るタイプじゃね?」と判断してもおかしくはないのかもしれない。


「――クローナ、ちょっと来てくれ」


 あ、キルフェコルトから呼び出しだ。もう昼かな。午前中だけお休みって短いなぁ。


「はい、ただいま。――それじゃ、仕事に行ってくるね」


 はいよ行ってらっしゃーい。


 膝の上から机の上に移動させられた私は、部屋を出て行くクローナを見送るのだった。





 ……さて。


 クローナを見送り、ついでに少し待ってキルフェコルトと外出したのを確認すると、私は人型となった。

 この部屋で弓原結の姿になるのは初めてだな。


 まあ、どうでもいいか。


 ネズミの出入り用に少しだけ開けてある窓を全開にし、窓際から離れる――と、一匹の蝙蝠が飛び込んできた。


「失礼。お邪魔しますよ」


 飛び込んでくるなり、蝙蝠から人の形となる、執事服の青年。


「おう、執事くん。久しぶり」


 そう、第五魔将軍の使用人の、吸血鬼だった。

 クローナが書類仕事を終えた辺りから、気配は感じていた。


 もっとも、護衛も兼ねているクローナや腕の良い冒険者であるキルフェコルトが気づかなかったので、もしかしたら私が気づいたのではなくネズミの察知能力の賜物なのかもしれない。


「またなんか頼み事? 魔王には関わるなって約束したんだけどなぁ」


 確かにあの日から今日この時までは、約束は守られていたけど。

 でも今はこれだし。

 正直あんまり歓迎できないし、なんなら追い返したいけど……


 まあ、あんまり強く拒否はできないよなぁ。

 こうして部屋に来ることからもわかる通り、完全に私の生活サイクルとかがバレているから、クローナなんかを人質に取られるとしんどいよね。


「生憎、僕は魔王様の家来ではありませんから」


 ああそう。第五魔将軍の家来ではあっても魔王の家来ではない、と。はいはい詭弁詭弁。……いや、かろうじてグレーゾーンかな。


「で、なんか用だった?」


「用がなければ来ませんよ」


 おう、ツンツンしてやがるよ。来た方が。歓迎してない方に。相変わらず面白い子だ。


「……とはいえ、将軍は魔王様の命令を遵守するおつもりです」


 はあ。そうですか。……ん? つまり君の独断で来たってこと?


「なので、あくまでも、栄えある将軍のためにあなたが力を貸したい是非に、と言い出したという形を取っていただきたい」


 おう、人の生活圏内に無遠慮に飛び込んできて頼む側の態度ではないほどツンツンしててグレーゾーンの約束事を無視して厄介事を押し付けようって方が「おまえから言い出したことにしろ」と。そうおっしゃるか。やっぱり面白い子だなぁ。


「一応言ってみ? 私に何をさせたいの?」


 今のところ断る理由しかないけど。一応聞いておこうではないか。





「――かつて栄華を誇っていた、我らが魔王城跡地を、整地していただきたい」





 ――大変革まで、あと11日。







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