07.平凡なる超えし者、兄を見つける……
それからもう少しだけカレカたちの話を聞こうと聞き耳を立てたが、次の査定がどうとか学園祭がどうとか、あんまり気になる話題が出なかったので、さっさと切り上げることにする。
身体を「クルミ」に変えて身を投じ、四階から地面までショートカットする。
コンクリートならいざ知らず、狙った先は草むらだ。仮に大地に落ちても早々割れることもない。ヤバいくらいにクルミって硬いから。
大した衝撃もなく無事着地し、夜の闇の中を猛然と走る。
行き先は、少々豪華な感じの建物――恐らく貴族用の女子寮だ。
なんか派手なドレス着た女子が出入りしていたのは見ているからね。間違いないだろう。つーか学校でドレスって。制服着ればいいのに。卒業したら堂々とは着れなくなるのに。
あ、そういえば。
ゲームでもアクロディリアと取り巻き三人は、制服じゃなかったな。アクロディリアは青と白のツートンカラーのドレスを着てたっけ。
それにしても、お兄ちゃんがアクロディリアになっているのか。
予想外だったな。
彼女は完全なアルカの噛ませ役で、ゲームでは良いところが一切描かれなかった。アルカに暴言吐いたりいやがらせしたりするだけの憎たらしいキャラだったから。
更に言えば、ゲーム終了と同時に、不正がバレて実家が取りつぶしになり、没落しちゃうんだよね。なんかエンディングでついでのように語られるから、具体的な理由も明かされてなかったと思う。
そう、ただただひどいキャラだった。
主人公の当て馬感満載でね。
タイトルにある「純白のアルカ」の名の通り、アルカはこの世界では珍しい光属性の魔法が使える。
対するアクロディリアは、その劣化版とも言える品がない黄色の光魔法を使える。
もうこの時点でこの落差だ。制作スタッフの贔屓と愛の差が露骨だ。
良いところなんて、実家が大きな権力を持っているってことくらいだろう。確か辺境伯だっけ? 辺境のお姫様でいいんだっけ?
まあ、ライバルキャラにもなりきれない、最終的にやられるだけのキャラだ。
とことん嫌な奴にして最後に落ちてプレイヤーにすっきりしてもらうためにいるようなキャラだ。
私の解釈では、そんな奴だね。
つまり、もしかしたら、今お兄ちゃんはドレスを着て「オーホホホー愚民どもーひざまずきなさーい」とかリアルに言う痛いキャラになっているのか。
というか実際言っちゃう奴になってるのか。
フィクションでもどうかと思う、傲慢とか我侭とかいう問題を超越した、もはや正気を疑うような言葉を誰彼構わず言い出してるのか。
やべーな。
それはそれで、薔薇の扉とは違うベクトルでキツイな。
女形、なんて少し良いような表現もあるけど。
いわゆるオカマ的な、あるいは女装みたいな。
そんなことになってしまっている兄に、これから出会うかもしれないのか。
……心の準備だけは、しておくか。
お兄ちゃん。
安心してください。
もしもの時、妹は、あまりにひどいあなたの醜態を見届けずに、故郷に帰ります。
何も見なかったし、何も知らないという体でいますから、向こうでまた会いましょうね。
もしかしたら、ちょっと距離を感じるなーと思うことがあるかもしれないけど、気のせいだと思ってね。ただの心の壁だからね。
一般女子寮と違い、貴族用の寮は一部屋一部屋が大きい。
それに窓を見る限り、一部屋につき二間あるみたいだ。大きい部屋と、その隣に小さい部屋がある。
いいねぇ、この庶民と違う感が無駄に発揮されてる感じ。私は嫌いじゃないよー、選民意識の高い変な人とかさー。
さっきの寮と違い、部屋数もそう多くない。
これなら総当たりでも、すぐにアクロディリアの部屋を見つけることができるだろう。
よし、行こう。
壁を登り、一部屋ずつ住人をチェックしていく。
お、アクロディリアの取り巻きの部屋だ。優雅にワイン飲んでるわ。名前まではちょっと覚えてないけど、その無駄に大人びた顔と無駄に大きい胸は記憶にあるぞ。
そういえば、確か取り巻き三人の内の一人、小さい子だけはアルカの味方……というか、本当にアクロディリアの味方で、アクロディリアがアルカにしようとするいやがらせの邪魔をしているって設定があったっけ。
そうだよね、やりすぎれば問題が大事になって、それこそ実家没落に繋がりそうだからね。
賢い選択だと思う。
もっと賢い選択は、アクロディリアに関わらないことだけどね。まあ家だの権力だののしがらみで難しいかもしれないけどね。
嫌いじゃないよー、権力のしがらみとかコネとかさー。人間の業を感じるよねー。
そして私は、ついに目当ての部屋を発見し。
一目見て、首を傾げるほどに、状況が理解できなかった。
少々混乱し、しかし見た顔がいるので間違いなくこの部屋で、でも私の知る人物は……な、なんだ? どうなってるんだ?
少しでも情報を得ようと窓から室内を見回す中、仲の会話が聴こえてくる。
「――だからダメよ!」
「――仕方ないだろ。おまえ俺と一緒に寝たくないんだろ。だったら今日も俺は床だよ」
「――なぜわたくしの身体が床で寝ないといけないのよ!」
「――じゃあおまえが床に寝る?」
「――なぜわたくしが床で寝ないといけないのよ! そもそもわたくしの部屋なのに!」
「――じゃあ俺がレンと使用人部屋で一緒に同じベッドでちょっとイチャイチャしながら寝るっていうのはどうかな!? 俺これやっぱすげーいいと思うんだよ! どう思う!?」
「――どうもこうもないわよ! 何度も言っているじゃない、そもそも誰かと同じベッドで寝るって発想がまずいのよ!」
…………
ああ。
なんか。
お兄ちゃんだな。あれ。あの金髪の女。
――私が混乱したのは、私が知っているアクロディリアがいなかったからだ。
美しい金髪に、怖いくらい整った顔立ちに、しかし華美を感じない制服姿に。
ドリル巻いてない髪型と、意地悪に歪んでいない済んだ青い瞳と端正な顔と、ドレスではない服装と。
私の知っているアクロディリアではない、いわば兄・弓原陽版のアクロディリアが、ガラスの向こう側にいる。
…………
制作スタッフよ、どうしてアレでライバルキャラにしなかった。
いいじゃない、アクロディリア。
超美人でいいじゃない。肌とか超白いし。いいじゃない。
そうか、ゲームではいつも憎たらしい顔で憎たらしいことしか言ってなかったから、素材の良さを残念な調理法でお出ししていたってわけか。
でも、乙女ゲーならそれでいいのか。
あくまでも、アルカが主人公の世界だからね。対抗馬なんていらないってコンセプトもあったのかもしれないよね。
それにしても、対人関係がよくわからないな。
まず、部屋には三人いる。
一目見てわかったのは、アクロディリア付きのメイドのレンだ。あれはゲームで見た顔とメイド姿のままだ。黒髪の地味な美人だと思う。金髪アクロディリアと並ぶと、ちょっとコントラストが生まれて面白い。
少し離れたところで佇むレンと、テーブルに着いている兄アクロ。
見ている分には完全に女性だ。おーおー長い足とか組んじゃって。リアルとは大違いですな。
そして、その兄アクロの向かいに座る、小さい女の子は誰だろう。
十歳前後くらいの小さな子だ。
淡い金髪は、もはや銀色と言った方が正しいかもしれない。ストレートの長い髪と、大きな灰色の瞳。ゴスロリっぽい赤いドレスがとても良く似合っている。
アクロディリアにも負けないくらい肌が白くて、そして子供でありながら妙な、というか、もはや魔性と言っていいような色気のようなものを放っている、気がする。
……?
なんだか小さい子から違和感を感じ、しっかり凝視すると、……あ、なるほど。魔性で合ってるかもしれない。
あの子、人間じゃないわ。
というか、生物でさえないかもしれない。
人間の身体と機能に似せて、血肉以外で造られているようだ。
というか、たぶんあれ、本物のアクロディリアだよね? 中身は。
流れというか、なんでそんなことになっているのかとかはさすがにわからないが、たぶん誰かが魂の器として、本物アクロにあの肉体を用意してくれたのだろう。私がネズミの身体を借りたように。
間違いなく、あれは本物アクロだ。会話からすぐ察しはついた。
今のアクロディリアが兄だと看破した以上、さっきの会話も違和感なく普通に意味は通じるだろう。
なんというか、今は、寝る場所で揉めてるみたいだ。
この部屋と使用人部屋で、ベッドが二つしかないからだろう。
昨日は兄アクロが床で寝ることで事無きを得たようだが、本物アクロはそれが気に入らないらしい。
「――ではやはり、私が床で寝ましょうか」
ふと生まれた沈黙の間を縫って、レンが進言するが。
「「――却下」」
兄アクロと本物アクロに、声を揃えて却下された。
「――言ったでしょう。あなたの生活に障るようなことは、わたくしはもうしないの。したくないの。それをやるくらいならわたくしが我慢する。わたくしが床で寝るわ」
おお……何があったか知らないが、ゲームで知る本物アクロとは思えない発言が。
「――そうだそうだ。俺と一緒に寝よう。それで問題は解決だ」
おお……お兄ちゃん、それはもうセクハラだよ。落ち着こうよ。……兄が必死で女口説くのを見るのも、ちょっと目を逸らしたいレベルで来るものがあるなぁ。近親の恥は私の恥でもあるってことか。
「――アクロディリア様を床で寝かせるなど許されません。もちろんあなたの提案は論外です」
おいお兄ちゃん、フラれてるじゃないか。冷たい眼差しで論外とか言われてるぞ。……なんでフラれてるのにちょっと嬉しそうなんだよ。アレか? お兄ちゃんはMか? ちょっとあやしいとは思ってたけど。
「――じゃあやっぱ俺が床で寝るよ。ぶっちゃけ女の子を差し置いてベッド使えねえよ」
「――わたくしの身体じゃなければそれでよかったわよ」
「――じゃあまあとにかく、今日まで俺は床ってことにしよう。でもって明日、ベッドにも使えるソファとか買ってこようぜ。今後俺はそこで寝るから。これでいいだろ? つか寝る場所以上に、他に話すことがあるだろ。そろそろ次の話題に行こうぜ」
うん、お兄ちゃんにしてはいい落としどころだと思うよ。
「――レン、どう思う?」
「――いいと思いますよ。どちらも譲らない以上、これ以上話しても平行線のままでしょうから」
だよね。ここらで手を打っていいと思うよ。
これでセクハラさえしなければ、妹は少しだけ誇らしげな気持ちになったかもしれないよ。慣れない環境と性別さえ違うのにしっかり順応してて偉いなって思ったかもしれないよ。「はじめての異世界」にしてはがんばってるって思ったかもしれないよ。でも今はがっかりの方が強いよ。
「――それに、彼の言う通り、昨日から寝る場所の話しかしてません。今回の件で気になることがたくさんありますし、アクロディリア様のお耳に入れておきたい事案もありますから」
「――……そう。レンがそう言うなら、いいわ。彼の言う通りにしましょう」
…………
というか、あれ本当に、本物のアクロディリアなの?
あんな聞き分けよかったっけ?
権力の権化から人間の美徳を排除したみたいな極端なキャラだったはずなのに……何があったんだ?




