70.平凡なる超えし者、二つの頼み事をされる……
闇に溶けるような漆黒の髪。
月明かりを思わせるような白い肌。
そして、強い魔性を感じさせるかすかに輝く赤い瞳。
イケメンなのはともかく、およそ常人とは思えない特徴の数々が、かの者の正体を物語っている。
やはり、魔王ベルヴェルドか。
それも力が強いだけの腕白魔王ではなく、頭も切れる独裁タイプだ。この手の一人でなんでもできる奴は、直属の部下の数は少ないはず。
ただ、結構理性的なタイプでもあるかもしれない。
古めかしいデザインだが、質のよい正装を着ている以上、文化や文明にも理解はありそうだ。
私の後ろに控えている熊獣人と赤毛の少女のほか、魔王軍は何人いるだろうか。把握しているだけでも……ちょっとパッと出てこないけど、まだいるはず。魔将軍的な奴らが。
どうにもまずいな。
どうせ魔王の用事なんて、選択権のない強制労働か、傘下への加入要請か、魔力の要求……即ち「おまえを殺して魔力を奪う」的な感じだろう。
人じゃない以上、人の道徳やモラルは通用しない。
こいつらが生きている世界は、もっともわかりやすい弱肉強食だ。世紀末のひゃっはーと似たようなものだ。
今、やれるか?
今仕掛けてどうにかなるか?
……いや、やるのはいつでもできる。仕掛けるのは今じゃなくていい。
まず……そうだな、できるだけ穏便に済む方向に考えてみようか。
こいつとやり合って無事でいられる自信がない。
勝てても辛勝、私はともかくネズミの身体に傷や障害が残りかねない。
「――よっと」
私はカウンターから飛び降りると同時に、弓原結の姿になった。
「これでお望み通り?」
「……」
魔王は赤い瞳でじっと私を見つめる。おい、ちょ、イケメンがそんなまっすぐ見るなよ、照れるだろ……
照れ隠しになんか言ってやろうと思ったが、それより先に、魔王はとんでもないことを言い出した。
「貴様の魂の形と、とてもよく似た者がいる。関係者か? それとも親族か?」
「わかった要求を飲もう。だからその話はやめてくれ」
やっぱりあかん奴だった。
今ここで私がこいつをどうこうしても、必ず、何らかの形でお兄ちゃんに被害が及ぶ。
言動や姿かたちではなく、魂の本質が見えてしまっている以上、下手な誤魔化しも通用しないだろう。これはもう交渉の余地もない。
……いざとなったら、本当に全力で、一瞬で片をつけるしかない。被害が広がる前に瞬殺するしかない。
「――フッ。殊勝な心がけだな」
魔王は笑う。
おまえの考えなどお見通しだ、と言わんばかりに。
「では貴様の力をよこせ、と言ったらどうする?」
もちろん、かちーんと来るだけだ。
「アルカ殺す」
「……」
「殺すよ。マジで」
名前を出した瞬間、「殺す」と言った瞬間、魔王の尋常じゃない殺気が私を射抜く。後ろにいる熊獣人と赤毛の少女が動揺するほどの、強烈なものだった。
なるほど、一か八かだったが、魔王とアルカは本当に恋愛関係にあるようだ。まあ進展具合はわからないけど。
しばらく睨みあう。
ここで気を抜いたら、本気で殺されそうだ。
――まあ、同じように、魔王が気を抜いたら私が殺すけど。
明確に意思表示されたのだ。
「力をよこせ」と。
それはもう殺されるのと同意義だからね。そりゃ全力で抵抗もさせてもらうって話だ。おとなしく死んでたまるか。
硬直状態に入った私たちの間に入ったのは、奴の配下たちだった。
「主よ! まだ機ではない!」
「無礼を承知で進言します! この者と戦うのは得策ではありません!」
うん、私もそう思ってるよ。ぜひ止めてくれたまえよ。
「そもそも主は、この者の力など求めていないでしょう!? 何卒お戯れはこのくらいで……!」
え? あ、そうなの?
赤毛の少女の言に気を抜いた私――の目の前に、カウンターの向こうに座っていた魔王が、いつの間にか立っていた。
180センチを越えそうな長身を折り曲げ、150センチほどの私の顔を覗き込む。
「小賢しいな、鼠」
「同じセリフを返すけど?」
あと数センチ。
あと数センチ接近していたら、魔王は、私の身体に仕掛けていたトラップに引っかかっていただろう。
まあ、その数センチは、魔王の攻撃が私に接触する隙間でもあるが。
「いいだろう。貴様とは対等な関係を望む」
「対等ねぇ」
信じられないんだけど。微塵も。
「互いに痛い処があり、そこには触れて欲しくないと露呈した。関係を築くのは無理ではないと思うが」
と、魔王は殺気を引っ込め、今度は歩いてカウンターの向こうに戻る。
「嫌なら断っていい。やるなら相応の報酬を約束しよう。それと先の失言は撤回する。貴様の反応を見たかっただけだが……結果だけ見れば間違ってはいなかったな」
「それどういう意味?」
「私の想像以上に強いということが判った。重要な情報だな」
……やりづれーなぁ、こういうタイプ。膨大な力があるくせに力におぼれないタイプでしょ? 絶対に敵に回したくねーなー。
一応、「アルカ」っていうネックがわかっただけ、私も得はあった……と思うべきなのかどうなのか。
まあ、アレだ。
アルカには悪いけど、もしもの時は、付き合った男が悪かったと色々諦めてほしい。先に私の方が人質取られたようなもんなんだから。なりふり構ってられるか。
そんなファーストコンタクトを経て、話は振り出しに戻る。
配下の人たちがほっとしているのを背中にビンビンに感じますよ。魔王の部下も大変そうだ。
「で、結局用事って何なの?」
「二つある」
はあ、二つも。
一応表面上は断ってもいいらしいから、まあとりあえず聞いてから断ろうかね。
「一つ。私の眷属が復活した。迎えに行ってほしい」
え? 何それ?
「迎えが必要なの? 子供なの?」
魔王が動けないってのは知っているが、その他の情報はさっぱりだ。ゲームでも語られてないんじゃなかろうか。
「貴様の後ろにいる者たち。そいつらは人や獣人に転生した、かつて魔族で私の眷属だった者たちだ」
お、転生体なのか。そうか、じゃあ肉体も今は人や獣人なんだね。
「先に言っておくが、そいつらは人として生き、人の世界で暮らしてきた記憶がある。ゆえに人と事を構えたいとは思っていない。私も今のところそのつもりはない」
「いつかはあるの?」
「わからん。ただ、人などいつでもどうにでもなる。わざわざ構える必要がない」
なるほどね。
踏むだけで処理できる虫なんて、わざわざ潰して回らないってことか。
「話を進める。
復活した私の眷属は、人ではない。長らく封印されていたらしく、かつての姿のまま魔族として存在している。
力ある魔族が動くと、周囲の魔物も動く。このまま私の元に来られては、人里に魔物の被害が出てしまうだろう」
あら。あら大変。
「要するに、その気はなくとも魔王軍がここに来るってこと?」
「簡単に言えばな。多勢の魔物が動けば人も動く。となると衝突は必然となる」
あー……めんどくさいことになっちゃうわけか。
「部下には頼めないの?」
「今は人だからな。奴に近づいたら、まとう瘴気で肉体が滅ぶ」
あ、そう。
あー……そうか。
意外とまともな頼みごとだったわ。いやほんと意外だった。
「適任者がいなかったわけね」
「うむ。他にやりようはあるが、貴様に動いてもらうのが一番穏便に済むと思っている。予想を超えて腕も頭も度胸もいい。敵には回したくないな」
そりゃこっちのセリフだわ。
「このままだと、戦争……とは言わないまでも、大規模な魔物との戦闘が起こるから、それを阻止しろって話でいいんだよね?」
「ああ。受けてくれるか?」
「うん。それは任せて」
この平和な国にいらない火種を持ち込まれるのは、かなり嫌だ。
しかもそれが、当人の意図しない結果だっていうなら、尚の事あってはならないだろう。誰かの敵意や害意にもそれなりの事情や背景があるのだ。肯定するしないはともかく、巻き込み事故みたいなのはひどいわ。
「詳細はあとで聞くよ。もう一つの頼みごとは?」
「私の力を取り戻して欲しい」
「あ、それはお断りします」
二つ目の頼みごとには、即答しておいた。
今でも厄介なのに、これ以上厄介な存在にしてたまるか。




