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06.平凡なる超えし者、まさかの考えに至る……





 察知していたアルカの気配が止まった。

 1分ほど待って、大きく動かないのを確認してから、いると思しき部屋の窓へと移動する。


 四階の一室だ。

 確か、この寮では通常は一部屋を二人で使用する形式だけど、アルカは一人で使ってるって設定だったはずだ。


 質が悪いのだろう少々曇り気味のガラス窓の片隅から、顔だけ突き出して室内を見る。


 ――いた。アルカだ。


 刀や防具を外している最中だ。

 どうやら今日は冒険に行っていたらしい。

 いや、この世界で言うなら、「冒険=デート」か。


 ……お兄ちゃんが男とデートしたかもしれないのか。

 やっぱりちょっと怖いな。真実を知るのが。

 頼むぞ兄。

 私に「やっぱつれぇわ…」とか言わせないでくれよ。


 同性じゃなければ、いや、同性でもいやらしい気持ちがわずかでもあれば完全に犯罪に問われるだろう……なくても問われそうだけど、とにかく覗きを続けていると、装備も服も脱いだアルカはすっかり軽装になった。


 短パンにシャツ一枚という、夏合宿に参加している運動部女子が夜だけは部活を忘れて恋バナに夢中みたいな格好だ。

 要するにファンタジー世界なのにファンタジー要素がまるでない格好ってことだ。

 アルカ自身、私たちの世界に本気でいそうなくらいだからね。特殊な容姿はしてないしね。


 うーん……わからん。

 あれはお兄ちゃんか? それともアルカ本人なのか?


 ――お、あぶね。


 一瞬動きが止まった、と思った瞬間、急にアルカがこちらを振り返った。

 今のはヤバかった。

 一瞬見られたかもしれない。本当に際どかった。


 夕方だが、まだ空は明るい。

 パッと見ならバレないだろうが、ちゃんと見たら頭だけ出したネズミの姿がちゃんと認識できるだろう。


 というかアレだわ。ヤバイわ。


 アルカの気配が動いた。

 スタスタとこちらにやってくると、窓を開けた。


「……?」


 私は瞬時に、窓枠の上のほんの少しの出っ張りに乗り、「ひまわりの種」に姿を変えて身を潜めた。楕円形だから少々の風や衝撃では転がらないだろう。

 もちろん鳥には注意だ。

 デカいあいつらならネズミを食べるし、小さいあいつらなら種を食べるし。天敵である。遠くに運ばれるのも勘弁してもらいたい。


 「変身」すると触感を除く五感は閉じるかと思ったが、よかった。

 音も聴こえるし、気配もちゃんと感じられる。

 ということは、味覚は植物には必要ないから、視覚しか失うものがないのか? 五感を失うとか大げさだったかな。


 私の真下20センチにも満たない場所で、アルカは窓から首を突き出し、きょろきょろと下と左右を観察しているようだ。残念、君の真上ですよ。しかも今は「ひまわりの種」ですよ。

 

「……視線を感じた気がしたけど……」


 そんな小さなつぶやきを残し、アルカは窓を閉めた。


 ――危うく見つかりかけたけど、これではっきりした。


 あれはお兄ちゃんじゃないわ。





 軽装になったアルカはタオルを首に掛け、あと何かを持って部屋を出て行った。推測だが、たぶんお風呂だと思う。

 そして私も、ネズミに戻って一旦屋上まで登ってみた。


 あいつは……というかあのアルカは、あえてゲーム風に表現すると、かなりレベルが高い。

 私は、この世界に降り立ってから、ずっと隠密行動を取っている。常に気配は絶っているし、元々弱い魔力も外に漏れないようにしている。視線だってさりげなく焦点をずらしている。


 しかしそれでも気づく者――根拠のない察知能力が備わっている者という事実だ。

 それは、常にそれを必要とする職業か役割を持った人物だということを証明している。


 要するに、「この世界のアルカ」はきちんと戦って冒険してきて、冒険者としてのスキルを確実に身につけているということだ。

 しかも隠れながら行動する私に気づくとか、かなりのものだ。相当強いだろうと思う。

 あと、ものすごーく「冒険デート」してきたんだなー、えげつない性欲なのかなーとも思う。「この世界のアルカ」は誰と激しい恋愛をしてるんだろう。


 ならば、結果としてお兄ちゃんではないってことになる。

 お兄ちゃんはまだ弱いし、気配を絶てないし、察知能力も低いみたいだから。時々練習してたよね? 妹は気づいてましたよ?


 まあ、とりあえずだが、懸念事項が一つ減ったのは確かだね。


 アルカはきっと、かなり強い。

 ならばボス戦が控える終盤を、無事乗り超えることができるだろう。


 で、問題なわけだ。


 お兄ちゃんは、誰なんだ?

 一番の候補が空振りだった今、次の候補は誰になる?


 まさかモブかな?

 もしモブなら、探すのはちょっと大変かもしれない。


 あるいは、サブキャラ?

 城下町の冒険者とかになっている可能性もあるのか?


 そういやお兄ちゃん、サブキャラのゼータが好きとか言ってたなぁ。

 鬼族の姫で失恋して呑んだくれてるとかってキャラだった。

 物理の強い戦士役だね。

 でも攻略キャラの赤毛王子の方が基本スペックが上だったから、私はあんまり印象ないな。最強武器が店売りを強化したもの、というのも、なんだか制作スタッフの愛のなさを感じたりしたし。

 あとアクロディリアのメイドが好きとか言ってた、かな? ちょっとうろ覚えだなぁ。言ってた気はするけどなぁ。


 こうして考えてみると、お兄ちゃんは女性キャラを好んでいたってことは間違いないな。

 女好きなのは間違いないし、性的にも間違ってない。

 薔薇の扉には決して触れないでほしい。


 お兄ちゃんが乙女ゲーの世界に「戻った」理由。

 男性キャラではなく女性キャラが好き。

 そんなに強くない。


 これだけの情報で推測するなら、「戦わなくてよくて、女性キャラが近くに居るキャラになっている」って考えるのが自然かな?


 RPG要素を多く含んでいる「純白のアルカ ~白き魔法~」というゲームは、大部分のRPGのように、モンスターと戦って経験を積んで強くなる。まあリアルになるとレベルという概念が適応されているのかわからないが、少なくとも「戦い、そして勝つという経験」は積める。


 言ってしまえば、「気配を絶つ」だの「気配を読む」だのは、危険な生き物が闊歩する世界で冒険するには、最低限必要なスキルなのだ。

 なんせ危険な生き物が身につけてるスキルでもあるからね。

 獲物を狩るためでも、外敵から逃げるためでも、必要になる。

 動物なら、それは聴覚や視覚などの五感の発達や、脚力や顎の特化といった、生きるために必要な器官の進化という形で現れている。

 そんな生き物を好んで相手にするなら、絶対に必須の感覚だと私は思う。

 もしなければ、命がいくつあっても足りないと私は思うね。


 それが備わってないってことは、お兄ちゃんはこの世界で、そんなに戦闘経験は積んでないだろうと推測できる。

 性格上、簡単に生き物を殺せるとも思えないしね。


 ふと、アルカと仲が良いイケメン攻略キャラになっていて、アルカと恋愛してたりするのか、と考えたりもするが、ありえないな。

 アルカが強いなら、それと同じくらい「仲が良いキャラ」は育っているだろう。何せ「冒険=デート」だからね。一緒に冒険してれば嫌でも戦うことになるし、強くもなるだろう。


 じゃあお兄ちゃんは、戦わないルートの攻略キャラになっていると考えたらどうか。

 そしてアルカとは関係ない女性キャラと仲良くなっている、という可能性は?

 ……そんな可能性を考えると、兄がモブになっている、なんて見つけられるか不安になるくらい捜索の範囲が広がってしまいそうだけど、ありえそうな気がしてきたなぁ。


 色々考えるとはっきりしないけど、でも方針だけは見えた気がする。


 お兄ちゃんの女好きを信じて、女性キャラを当たってみよう。その周辺にいる可能性は充分考えられる。

 「冒険=デート」を考えるなら、冒険者関係の女性キャラではない可能性が高い。

 そしてこの条件で考えるなら、アルカはないだろう。

 あとゼータもないな。

 どっかの教会の女の子も、サブキャラで仲間になったけど、それも除外していいかな。

 赤毛王子のメイドは……あれも冒険仲間とほぼ同等だな。

 他に女性キャラなんていたかね?


 噛ませ役のアクロディリア、そのメイドのレン、アクロディリアの取り巻き三人、あと本編じゃなくてファンディスクに出ていた第二魔将軍が女性だったみたいだ。それと男性キャラの情報を教えてくれる情報屋のカレカか。

 それくらいしか思いつかないなぁ。


 お兄ちゃんは女の趣味は悪くないから、噛ませ役のアクロディリア関係はたぶん近づかないだろう。

 同じ理由でレンにも近づかないかな。

 同じ理由で取り巻き三人もだ。

 第二魔将軍は、そもそも表舞台に出てきてるのかどうかって話だし。


 うーん……わかんないわ。


 とりあえず第一候補はハズレだった。

 その時点で、理詰めや理屈でたどり着ける答えではないのかもしれない。


 情報収集ができない以上、足で調査するしかないのだ。

 調査して、情報を集めて、私の持っている「純白のアルカ」の情報と照らし合わせ、その情報に反する行動をしているキャラを探す。

 主要キャラ全員を調べてダメだったら、その時こそ、調査方法自体を考えればいい。


 ――よし、そうと決まれば、まずは近場から行こう。


 えーと……まず情報屋のカレカだな。確かアルカの隣の部屋だったはずだ。

 ゲームでは「隣の部屋同士、仲良くしようね!」みたいな会話から付き合いが始まるからね。あと特定のカレカフラグを取得すれば、ぼっちルートがカレカENDに変わるんだよね。……それでもなんか影が薄いキャラなんだけどね。


 それから、次は城下町に出て、冒険者関係の女性キャラを……いや、近場からと言うなら学校内のキャラから回っていこうか。


 ということは、噛ませ役のアクロディリアとメイドのレンってことになるのかな。あと取り巻き三人。可能性は低いだろうけど一応チェックしてから学校を出よう。





 考えていたら、すっかり夜になっていた。

 とりあえずカレカの様子をチェックすることにした。


「――」


「――」


 濡れ髪をタオルで拭いているカレカと、恐らくルームメイトなのだろう見覚えのない女子がいた。あれはモブキャラだろう。

 何か話しているので、耳を澄ませて聞いてみる。


「――本当に平気なの? 『あの人』が作ったのに」


「――大丈夫だよ。ようやく情報の伝達・連携もスムーズにできるようになったし、そもそも『あの人』は夜はお風呂に入らないみたいだから」


 お風呂?

 またお風呂の話題? なんでだ?

 寮の前でも聞いたし、アルカも今風呂に行っていると思うし、カレカたちも風呂の話題? というかカレカは今お風呂入って出てきたところだよね? 髪濡れてるし。


 あれ?

 そういえば、ゲームでは風呂関係のイベントなんてなかった気がする。


「――でも、万が一出会っちゃったら、最悪だよ」


「――最近はそうでもないみたいよ。アルカもちょっと仲良くなってきたって言ってたし」


「――ウソ!? 『あの人』とアルカが!? アルカ、尋常じゃないほど嫌われてたでしょ!? いっつもいやがらせとかされてたでしょ!?」


 …………


「――この前、アルカに呼ばれてチョコレート食べたでしょ? 人に貰ったって。あれって『あの人』から、なんかのお礼として受け取ったんだってさ。だから嘘でもなさそうよ」


「――あの時のチョコレートを!? 『あの人』に!? アルカが貰ったの!?」


「――まあ、信じられないのもわかるけどね。『あの人』、いきなり人が変わったみたいに動き出したし。何があったんだかね」


 …………


 「あの人」にアルカは嫌われていた。いやがらせをされていた。

 なのに、急に「人が変わった」ように動き出し、今は仲良くなった。





 該当人物が一人しか思い浮かばないんだけど。

 というか、アルカを嫌っていやがらせするようなキャラ、一人しかいないんだけど。


 え、マジか? 本当に?


 ――私の兄が悪役令嬢になっている、ってことか?







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