61.平凡なる超えし者、踏ん切りをつける……
快晴。学園祭二日目の朝。
昨日の夜、ベッドに入って数秒で眠りに着こうとするクローナをなんとか引き止め、5分くらい必要な情報を引き出して見た。
聞いた情報は、もちろん謎の美少女剣士サンライト仮面のことだ。
なんでも昨日、怪しい仮面をつけた女が、在校生サイドから闘技大会への出場申し込みをしたんだとか。
ちなみに、もう申し込みは終わってるはずだけど、一応一般の参加者も認められているそうだ。
謎の美少女剣士。
自らをそう名乗る神経の図太さもアレだし、風体の怪しさもアレだが、何より「これどう見てもあの女じゃね?」的な心配もあり、全責任を担う生徒会長キルフェコルトに相談があったらしい。
出場させてもいいものか、と。
一般にも公開されるだけに、ある程度の戦うレベルがない出場者が参加するのは、いろんな意味でまずい。
出資している国のトップ、王様や王族が見に来るのだ。
素人や、素人に毛が生えた程度の馬の骨が出たところで、次代を担う若者に失望させるだけ。
それに諸外国の学校に恥を晒すことになるのも問題だ。
学園祭には他校の生徒……とりわけ旅費が捻出できて暇がある貴族連中も見学に来る。
明確に対抗しているわけではないが、普通に対抗意識はあるのだ。
まあそれはわからんでもないよね。学校なんて一種の派閥だもんね。
そんな背景のしがらみを考えると、ふざけた道楽出場にしか思えない謎の美少女剣士の出場を、認めていいのか。出場させるだけで恥になるんじゃないか。
一応、本当に一応、自推OKで生徒なら誰でも出場できることにはなっているおかげで、却下することは原則できないのだ。
普通は周囲に止められたり、誰それに勝てないようなら出てはいけないとか、暗黙のルールみたいなのはあるみたいなのだが、その美少女剣士は当然のようにそれらのルールを無視してエントリーしようとしている。
王様も見る、ある種御前試合に等しい闘技大会に出していいのか。
そもそも辺境伯の娘が出ていいのか。
というか出場を認めた方が罪に問われるのではないか。
そんなあらゆる疑問に対して、キルフェコルトは言ったそうだ。
「――この学校の生徒なら誰でも出ていいってのが決まりだ。一応その女の身辺調査はする。もしこの学校の生徒じゃないなら却下だが、そうじゃなければ参加させない権利は俺にはねえよ」と。
場合によっては辺境伯の恥になるかも、という心配の声にも、
「――この学校にいる間は、貴族も平民もない。厳格に徹底することは不可能かもしれないが、その……ブフッ、び、美少女剣士は、ふ……貴族として登録したわけじゃないんだろ? 偽名ってのは身分をか、かくして、参加するって意味だろ。なら気にするなフハハッ」と。随所笑いながら返したそうだ。
過去、貴族であることを明かさないため偽名で参加した者はそこそこいたそうだが、ここまで露骨に変装した輩はいなかった。
つまり「謎の美少女剣士サンライト仮面」という偽名すら、前例に則って認めるしかないというわけだ。道徳・倫理観などを無視してしまえば。
以上の理由から、出場は認められた。
ここまで来てしまえば、騒いだってしょうがない。
あとは、ある程度勝ち抜いて「出場したけどあっさり負けた恥ずかしいヘンタイ」のレッテルを貼られないことを祈るばかりである、と。
「結構強かったヘンタイ」として名を馳せるしかないと。
「ヘンタイ」の謗りは免れない以上、傷を最小限に抑えて欲しいと。そういうことになると。
……やだなぁ。
兄が女性になっていて新たな性癖という名の扉を開きかけているかもしれない上に、確定でヘンタイ呼ばわりされちゃうとか。
そんな身内、やだなぁ。
「――どうしたの? すごく遠い目してるけど」
そりゃ遠い目にもなるよ。
兄がヘンタイの道に進もうとしてるんだぞ。どうすんだ。
私が恥ずかしいだけなら私が元の世界に帰ればいいだけだけど、兄がヘンタイになった上にこの世界に迷惑掛けちゃうかもしれないんだぞ。それもただ迷惑掛けるんじゃなくてヘンタイとして迷惑掛けるんだぞ。
そんなもん強制送還レベルだ。
あ、そうだ。
強引に連れて帰っちゃおっかな。……いやまずいな。お兄ちゃん今、きっとあの女神との契約履行中だしな。邪魔したら絶対怒るだろ。女神の怒りはしつっこいからなー。いかにもしつこそうな陰気な奴だったしなー。
……まあ、外を眺めていても始まらないか。
とりあえず、今日も朝早くから仕事が始まるクローナを見送り、私も準備をしようではないか。
――そう、心の準備をね。
今は思う存分だらだらうだうだして、がんばって踏ん切りをつけて出かけよう。
あー行きたくねえなー。
兄の美少女剣士なんて見たくねえなー。
しかもすでに周囲にバレてるみたいなんだよなー。
でも行かないのも怖いんだよなー。
見届けとかないと不安で仕方ないんだよなー。
……行きたくねえなー。
午前中は、闘技大会の予選をやると言っていたっけ。
兄が勝ち抜いていなければ、予選落ちってことになる。午後からの本戦で大衆の目に触れることなく、被害は最小で抑えられるはずだ。
……でも、こういう時のお兄ちゃんは、強いんだよなぁ。
どうでもいい時は行動も勝負事もフラフラしているくせに、どうでもよくない時は意外と強い。
本番に強いというか。
プレッシャーに強いというか。
見た感じあんまり強くはないと思うけど、だから余計に気にはなるよね。
果たして勝機がない戦いに、自ら臨むかね? あのお兄ちゃんが。一応自分の立場と辺境伯の娘という立場を理解しているはずなのに。
……勝ち抜いてる気がするんだよなぁ。まあまあこしゃくな手段を用いて。
…………
仕方ない。行くか。
思う存分うだうだしたので、踏ん切りがついた。
行こう。
ああ行くとも。
あまりにも醜態を晒して回りに迷惑を掛けているようなら、どっかのタイミングでさらって説教してやろう。
もうほんとアクロディリアが可愛そうだから。
諸々済んだら元の肉体に戻り、ヘンタイの汚名を継ぐことになるだろうアクロディリアが本当に可愛そうだから。
あんな反省して物理的にも心情的にも小さくなってる子をこれ以上どうしてくれるんだって話だ。
もう影からこそこそややってる場合じゃねえ。身内としてなんとかする段階だ。
窓から飛び出し、草むらでニンゲンモドキ弓原結に「変化」し、人の波に紛れた。
今日は一般人が多く出入りしているので、行動は楽なもんだ。一般人ヅラして歩けるからね。
色々見て回り……たくはないな。別にいいや。クローナと鉢合わせたら一目で見破られそうだし、大人しく闘技大会だけ見に行こうかな。
「…………」
大人しく闘技大会だけ見に行きたかったんだけどなぁ……
「どうしたのかな? パパとママとはぐれた?」
不安そうな顔でキョロキョロしている子供を見つけてしまったんだよなぁ。治安がいいから人攫いなんかはないと思うけど、それでも万が一ってことがあるからね。
子供は、私をじっと見て、指を差した。
「見つけた」
ん? 見つけた?
「――久しぶりじゃの? ん?」
…………あれ? まさかこれ、アレかね?
「君、罠だった?」
問うと、後ろから肩を叩かれるのと同時に、子供はにやーっと笑った。あーそうですか。
「久しぶりだね、おじいちゃん。でも子供で釣るのはずるくない?」
振り返ると、天使2号を捕獲したあの夜に出会い、少しだけ言葉をかわした小柄なおじいちゃんが立っていた。いやーすごいね。全然気配感じなかったよ。
「その子はわしの弟子じゃよ。不審者や困っとる人を見張っておるだけじゃ。ま、別枠で『緑色の髪の少女』を見かけたら合図せよとは言ってあるがの」
よもやこんな簡単に見つかるとはのう、とおじいちゃんは不敵に笑った。
「誘拐犯の片棒を担ぐおまえさんが、迷子の保護か? 面白い冗談じゃの?」
「だったら笑いなよ。全然目が笑ってないよ?」
まあ、なんつーか、友好関係とは言いづらい出会いと別れだったからね。なかなか接し方が難しいところだよね、お互い。
いや、私はそうでもないか。最初から敵も味方もないし。
「また何か企んでおるのか?」
「いや、遊びに来ただけ」
「信じろ、とは言わんよな?」
「ダメ?」
「王族が来るからの。不安要素は排除したい。できるかぎりな」
あ、そうか。そら警戒もするって話か。
「闘技大会を見たいだけなんだけどなぁ。……あ、そうだ。おじいちゃん、私とデートする?」
「はあ?」
追い出されるのも困るし、撒くのも面倒だし。
どうしても兄の醜態は見ておかないと気が済まないし。
そもそも私への警戒網が出来上がっているみたいだけど、無駄な努力だし。姿形はいくらでも変えられるからね。
どうせ他意がないのは本当なんだし、監視付きでも不都合はないんだよね。
「……おまえさんとデートか。嫌じゃのう……」
しみじみ言いやがったな、このじじい。
「べ、別にわたしだって、あんたのことなんかなんとも思ってないんだからっ。勘違いしないでよねっ」
「んん?」
「でもどうしてもって言うなら付き合ってもいいけど……」
「妻がおるから別にええわ」
ノリで告白までしたら普通にフラれた件について。しかもじじいに。……ノリで告白なんてするもんじゃないな。頷かれても困るしな。
「もう行くわ」
「おい待て」
「やだ」
これから嫌な思いするのに、嫌な思いしにわざわざ行くのに、これ以上別件で嫌な思いしたくない。
おじいちゃんが付いて来るのも構わず、私は闘技場へ向かうことにした。
その辺の人たちも、ゆったりと闘技場方面へ向かっているようだ。
やはりメインイベントははずせないっつーか、楽しみにしているんだろうね。
「品行方正かつ勤勉な冒険者も出ておるぞ」
一般枠の話だね。ちなみに密偵のおじいちゃんとは並んで歩き世間話的なことをしている。
結局私への対処は、排除より監視を選んだようだ。
「して? おまえさんの目当ては誰じゃ?」
「誰が出るかも知らないんだけど。おっと危ない。おじいちゃん、迷子になると面倒だから手を繋いであげるよ」
「ちょいちょい年寄り扱いするな」
闘技場の出入り口付近は、結構な人込みである。集客を見込んで模擬店もこの辺に出ているので、まあまあ混雑しているのだ。
早めに入って席を確保するかなー。それともこの辺で時間を潰してからにするかなー。
「……ほう?」
お?
「なんか面白いのある?」
「うむ。あれはなんじゃろうな」
おじいちゃんの視線の先には、行列ができている出店がある。小さく粗雑な作りの屋台だ。
屋根部分に看板があり、文字ではなく絵が描かれている。
どう見ても、あれは、チョコバナナだね。黄色い例のバナナにチョコらしき黒い液体でコーティングしてある系の感じだ。
「チョコバナナって書いてあるね」
そのものずばり、名前は立て看板に書いてあった。おじいちゃんからじゃ見えないみたいだけど。
「初めて聞くの」
「あれが食べたいの、おじいちゃん? じゃあ並ぼうか」
「…………チッ」
なんとも殺気が含まれた鋭い舌打ちをされてしまったが、不服はないみたいだ。おじいちゃんと一緒に行列に並ぶことにした。半端に時間があるから、まあいいだろう。
キャッキャ言いながら私たちの前に並んでいる女子の話を聞くには、バナナはともかくチョコレートが珍しいらしい。
なるほど、そういう世界観なのか。
スイーツ関係は充実しているみたいだ、ってのは本で読んだけど、チョコだけはまだまだ不足気味だと。
「私チョコ食べるの初めてなんだけど」
この世界では、ね。嘘はついてないぞ。
「そうか。まあ、まだこの国では珍しいし値も張るからの」
模擬店のチョコバナナの値段は、非常に安い。串焼き一本と同じくらいだ。ただし制限が付いており、一人一本までとなっているようだ。
「いらっしゃいませー」
「二本もらえるかの」
「まいどありー」
本数制限のおかげで、つっかえることなく客は回る。早々に私たちの番となった。
制服を着た売り子のお姉さんに、おじいちゃんもつっかえることなく流れるように注文を告げる。
「悪いね、おごってもらっちゃって」
「やかましい。黙って食え」
へいへい。
財布を出すおじいちゃんの代わりに、クーラーボックスらしき木箱から出された串に刺さったチョコバナナを、私が両手に一本ずつ受け取る。
チョココーティングのコストを考えてかバナナは小ぶりだけど、それでも美味しそうだな。
ト○ポ張りに頭からつま先まで染まってるし。えらいじゃないか。
……ん? んっ? えっ?
「おい、行くぞ……何を見ておる」
ふと見たものに目が留まってしまった。
私は黙って、模擬店の奥に張ってあるチラシをバナナで指した。
「ん? ……この店は我が校に在籍する辺境伯のご令嬢が提案・出資したものです。……ほう? なかなか金の使い方が上手いのう」
マジか。お兄ちゃんマジか。私の知らないところでそんなこともしてたのか。
「あ、これですか? チョコレートの専門店と交渉して提携したんですよ。値段が値段なので利益はほとんどありませんけど」
売り子のお姉さんが説明してくれるも、後ろの客がイライラし始めたので「へーなるほどー」と言いながら屋台から離れた。
うーん……お兄ちゃん、意外と色々やってるのね。
でもヘンタイは許さないぞ。




