05.平凡なる超えし者、女子寮に張り込む……
あたりまえと言えばあたりまえだが、「綿胞子」になっていると、視覚がなくなる。まあそりゃそうだ、目がないからね。
身体を植物に変える「変身能力」は、有効に使えそうだ。
ただ、植物になっている間は、人や生物が持つ五感が閉ざされるというのは、いささか厳しい使用条件かもしれない。
あくまでも、なれるのは植物だからね。
ここから改善の余地があるのか、それとも「そういうもの」として受け止めて活用していけばいいのか……これも育成上の宿題ってことで心に留めておこう。
「綿胞子」となった私は、自分で生み出した推進力と風の力を利用し、壁を超えることに成功した。らしい。
何せ五感がない「綿胞子」だから……いや、触感はあるのか。地面に落ちたことは感じたから。
「変身」を解いてネズミに戻り周囲を見れば、さっきまで立ち往生していた建物の頭と、外界を遮断する壁があった。
イメージ通り、「綿胞子」は宙を舞い、学校の敷地内に運ばれたらしい。
いやーよかったよかった。
急な強風であらぬところに飛ばされたりする可能性もあったからね。
五感がないってやっぱりリスクが大きいと思う。
可能性は低いだろうけど、今後、たまたま誰かが見ている目の前で変身解除、なんて間の抜けたことをしでかす危険もあるし。
――おっとまずい。
剣を吊ったり杖を持ったりしている生徒たちが、こちらへやってくる。
私はさっさと手近な草むらにダイブした。
草の背丈は低いが、こっちも通常のネズミとと比べても小さい身だ。しかもファンタジー丸出しのカムフラ柄の毛皮である。頭には花も生えている。高さ5センチあれば容易に隠れられる。
当然私のことなど気づいた様子もなく、がちゃがちゃ金属音を鳴らして、彼らは少し離れたところに見える建物へと向かう。
あそこはなんだろう?
いや、今はいいか。
とにかく女子寮に向かうのがよろしいだろう。
まずは、もっともお兄ちゃんが入っている可能性が高い、アルカの様子を見ておきたい。
それにしても、アルカか。「純白のアルカ」か。
乙女ゲームであるはずのこの世界に、男が再び舞い戻る理由って何かあるだろうか?
……あれ? ちょっと待てよ?
まさかお兄ちゃん、発展してないだろうな……?
新たな世界で新たな世界の扉を開いてないだろうな……?
乙女ゲーの世界だと言うなら、主要キャラはイケメンばかりである。
それこそリアル王子様だの騎士だのがいる。
基本的に、男ばかり充実している世界、と言っても過言ではない。
そして、そんな世界に「望んで戻った」兄の目的は?
そう考えると、なんだか恐ろしい想像をしてしまうのは、決して私が考えすぎってわけではないだろう。
たとえるなら、ホストクラブに兄が突撃 (意味深に捉えないように)したようなものなのだから。
いくらイケメンが相手でも、自分の兄がメンズとイチャイチャするシーンは見たくないよ。本当に見たくないよ。そういうのは無関係なイケメンたちがやるから気軽に楽しめるんだよ。さすがに身内はキツイよ。……別に私が腐ってる方面の趣味の人ってわけじゃないよ。女子の一般論だよ。
あんまり深く考えずにこの世界に来てしまったものの、よくよく考えたら、なんだか進むのが怖くなってきた。
……本当にお兄ちゃんが薔薇の扉を開いているようだったら、シッポ巻いて退散するか。
兄とて、特殊な性癖を妹に知られたくはないだろうしね。
その時は故郷に帰ろう。
私にも家族がいるから。
ボッコボコにやられたストリート戦士のようにすごすごと帰ることにしよう。
少しばかり本気で尻込みしつつ、人目を警戒しながら寮らしき建物を目指す。
歩幅が小さいので大変だが、なんとか草むらに隠れつつ行進し、目当ての場所の足元までやってきた。
さっきから女子が出入りしているので、まずこのマンション的な大きい建物で間違いないだろう。離れたところにあるちょっと豪華な建物にも女子の出入りがあるが、たぶんこっちだ。
さて、ここからどうやってアルカの部屋を探し出そうか。
外観からはさすがにわからない。
部屋数も多そうだし、一つ一つ確かめるというのは現実的じゃないかな。
入口や玄関内部付近に、部屋ごとに対応した郵便受けとかないかな?
できれば中に入るのは勘弁願いたい。逃げ場所に制限がついてしまうから、見つかったらかなりまずい。
……それにしても、さっきは現実的じゃないと思ったが、外観を見ていると少し考えが変わった。
窓があるのだ。
恐らく一部屋に一つ、小さい窓が。
玄関裏……寮の裏側だが、そこの壁を登って窓から部屋を一つずつ確認するというのが、結局一番早いかもしれない。足場だけは自由に作れるし、活用しない手はない。
直接の情報収集はできない身だし、だったら自分の足を使って調査しなければならない。
よし、そうと決まれば裏に――おっとあぶねっ。
移動しようとした矢先、玄関から女子の群れがキャッキャ言いながら出てきた。
異世界といえど、やはり若い女が三人いればかしましいのは、どの世界でも一緒らしい。更にいうなら彼女らは五人以上いるしね。
こっちにやってくる。
草むらに身を潜めて、通り過ぎるのを待つ。
その間、聞くともなしに集団の会話が耳に入ってくる。
「――あー、あっつい。まだ暑いねぇ」
「――そう? だいぶ涼しくなってきたと思うけど」
「――それより急ごうよ。のんびりしてるとあの女とかち合うよ」
「――大丈夫だって。交渉に成功したらしくてさ、貴族寮の使用人を買収できたって」
「――マジで!? あんだけガード堅かったのに!?」
「――うん、マジ。他の情報は絶対無理だけど、あの女が風呂に入りそうな時だけは教えてくれるってさ」
「――やった! あたしの時代が来た! お風呂はあたしのものだ!」
「――いや違うだろ」
…………
風呂? あの女?
ちょっと気になるキーワードが聞こえてきたけど……今はいいか。
私は寮の裏に回り、部屋を一つ一つ覗いて住人を確認することにした。
疑惑はすぐに湧いたが、半分ほど覗いてみて、確信した。
時間の無駄だった、と。
まったく人がいなかったのだ。よくよく考えてみれば今は授業中である。そりゃ人がいないはずだ。
さっきの女子たちや、ちらほら見た生徒たちはなんなのかと問われれば、たぶん最上級生なんじゃないだろうか。確かゲームでは、最後の一年は授業がなく自由行動が取れたから。
逆に言えば、最上級生は寮にいてもおかしくないってことになる。
が、それでも寮はほぼもぬけの空である。
きっとそれぞれ忙しくも慌ただしく日々を過ごしているのだろう。何せ卒業の年だからね。ゲームでも追い込みの時期と言えるしね。今が最後の年かはまだわからないけど。
寮を覗くなら、生徒たちが戻ってくる夜が狙い目だろう。
下手に動いて見つかる危険を犯す理由もないし、寮付近で夜を待つことにしよう。
よし、そうと決まれば「果報は寝て待て」だ。
屋上にベッドでも作って、しばらく寝るとしよう。
そして、待ち伏せしていたわけでもないが。
幸運にも、目を覚ましてさて活動を、というナイスタイミングで、ブレストプレートに刀を吊った見覚えのある女が寮に戻ってくるのを見てしまった。
ゲームではお馴染みの顔だが、リアルで見るのははじめてだ。
ほうほう、なかなか上玉じゃないっすか。その辺にいそうでなかなかいないレベルの美少女、って感じかな。まあ人間顔じゃないけど。あと胸でもないけど。鎧越しじゃさすがにサイズはわからないな。大きかったら個人的に嫌いになろう。まあ私はこれからの女だから今だけは負けてていいし。負け惜しみじゃないし。いずれ勝つし。
容姿はともかく。
さすがにこうして歩いているのを見るだけじゃ、お兄ちゃんかどうかはわからないな。
よし、気配はマークした。
アルカが寮部屋に戻ったら窓から覗いてみよう。