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56.平凡なる超えし者、王都へ帰る……






 巨大なドラゴンが地に還り、残されたのは骨だけだ。

 カルア少年が大剣を携えてその場を離れると、立ち尽くしていたレフレリックが、彼の頭骨に触れた。


 しばらく、言葉もなく、動きもなく、そのまま止まっていた。

 いつもより小さく見える背中で何を思っているかは、長く同じ時を生きた者同士にしか、きっとわからないだろう。


 しばし別れの静寂を経て――レフレリックは「さて」と振り返った。


「もうここに用はないわ。引き上げましょうか」


 とても晴れやかで、しかしどこか痛いのを我慢しているような、そんな笑顔だった。


「あの骨はあのままでいいのか?」


 黙って見守っていたゼータがレフレリックに聞いたことだが、答えたのはすぐ傍に来ていたカルアレッソだった。


「あいつの意思だよ。地に還るつもりなら骨も還ってただろうから。俺たちにできるのは、もうそっとしといてやることだけだ」


「そういうこと。いつか誰かが見つけるだろうけれど、それまではこのままよ」


 ふうん……不思議な生態だなぁ。

 百花鼠同様、古竜って存在も、ただの生物ではないってことだろうね。

 ただ絶大な力を持っているってだけじゃなくて。

 存在の根底から生物とは違う、みたいな。


「ではレフィ、私の仕事はこれで終了ということでいいのか?」


「ええ。長い間付き合ってくれてありがとう」


 ゼータの確認も終わり、あとは後片付けをして帰るだけである。





「ただいま」


 うわーすごい。


「人食いヘビ?」


「人を食ったことはないだろう。この辺の獣は」


 あ、そうか。前人未到の森の最奥だもんね。

 そしてこの辺の生物は、この辺に棲むモンスターと張り合えるほど強いから、この辺に生息しているのである。

 ゼータが肩に担いで引きずってきた、全長10メートルくらいありそうな巨大ヘビも、そういう生物の中の一匹ってわけだ。


 昔そういうのが出てくるパニック映画見たことあるなぁ。人を丸飲みするような巨大ヘビと人間が戦うやつ。確か川から出てきたっけ。おぼろげにしか覚えてないけど。


 なお、ゼータはここまでレフレリックに連れてきてもらったそうだ。

 感想として、「一人でここに来るのはかなり難しい」と漏らした。


 わかる。

 私も地形無視で走れなければ、違う移動手段を考えたと思う。

 足場も悪い視界も悪いモンスターも強い、その上に未踏の地ゆえに「道を通る」のではなく「道を作る」必要がある。

 安全に進めるよう、また戻れるよう最低限の開拓をながら進むのだ。

 これでは片道の移動時間だけでも相当掛かるだろうね。


「最後の飯はこいつの蒲焼にしよう。小僧、さばくのを手伝え」


「お、おう」


 その辺の石とかを拾っていたカルア少年は、喉を鳴らした。 


 礼儀とばかりに、持ち込んでいた細々した物の整理、仕留めた獲物の骨や毛皮などの始末。

 多少荒れていた枯木の中……というか墓前を簡単に整地している間に、ゼータは最後の狩りに出ていたのだ。


「大きいね。さばいたことあるの?」


「鼠が来る前に一度な。毒はないと思うが、仮にあったところでどうということもあるまい」


 おいおいアバウトだな。

 でもまあ、そりゃそうだわな。ここには人は一人もいないからね。

 古竜は毒なんてまったく効かない体質らしいし、ゼータも鬼族だけに耐性は高いそうだ。私はそもそも血肉が通った存在じゃないし、もしもの時は薬草を自分で作れるし。


 私が臭み取りのハーブ各種を渡し、レフレリックが調達してきたという調味料などもふんだんに使い、最後の食事が始まった。





 巨大ヘビもすっかり片付いた。

 身体の大きさと腹に入った量が絶対におかしいと思うけど、とにかく古竜二人の食欲は何度見てもすごい。……ドラゴンの姿だったら違和感ないと思うんだけどね。


「では行くか」


 食事のあとも片付けたし、これで撤収準備は完了した。


 狩りで得た獲物の革や骨など、お金になるものは狩り担当のゼータの取り分だ。大きな麻袋を担いでいる。


「世話になったわね。これ、報酬ね」


「ああ」


 レフレリックが差し出した、恐らく金貨が入っているのだろう皮袋を受け取る。


「確認するが、無事終わったということでいいんだな? 私は報告もしなくていいんだな?」


「ええ。引継ぎは問題なく行われた」


「そいつは重畳。亀裂を見ているだけに、少々心配だったが」


 亀裂?


 聞けば、大昔にこの聖樹が折れた時、大陸がばらばらになりかけたことがあったらしい。

 その時の大地の傷跡が、まだいろんなところに残っているんだとか。ゼータが見たというのはそれのことだ。


 えーと、前に聞いた神話のアレだね。

 この木が浮き島を縦にも横にも繋いでいるって話の。


 ちょっと気になるけど、さすがに私には関係ないかな。

 のんびり観光旅行とかできる身でもないし、機会があったらそれらしいことが書かれた本をクローナに探してもらおう。


「ネズミもありがとう。何がとも言いづらいけど、少なくとも食生活に彩りは増えたわ」


「いえいえこちらこそ。『心臓』のお礼には安すぎたくらいだから」


 そもそもハーブだのなんだのの提供はしたけど、なければないでなんとでもなっただろうしね。本当にお礼を言われることなんてしてないんだよね。


「おいネズミ」


 おう、なんだ少年。


「なんか困ったことがあったら俺んとこ来いよ。おまえは弱いんだから頼っていいからな」


 ……お、おう。なんつーか……おう。ずいぶん上から来たな。レフィ姉さんから個人的思想がふんだんに盛り込まれた百花鼠の情報でも耳に入れたかい?


 それこそ個人的に言わせてもらえるなら、百花鼠は弱くないぞ。

 きっと昔から逃げ足が早い臆病者なだけだと思うぞ。戦わない=弱い、なんて考えるのは短絡的と言わざるを得ないぞ。


「ありがとね」


 でも、だいぶ誤解と思い込みが混じった、生意気だけど優しい言葉だ。言いたいこともあるが素直に受け入れておこう。


「次会う時は枝くらい切れるようにがんばってね?」


「ちょ、やめろよ!」


 嫌がる少年の頭をぐりぐり撫でておいた。私はもう会えないかもしれないけど、私なき後のこの百花鼠が困ってたらよろしくね。


「ゼータ、世話になった。飯美味かった」


「ああ。さばき方、忘れるなよ」


 この態度の差はなんだろう。やはり食事係は強いってことか。

 それとも私が来る前に一発かましたのか。

 ケダモノはまず一発かましとかないと、慣れる慣れない以前の問題だからね。


「鼠。行くぞ」


「うん」


 なんでもゼータは「帰還の魔石」という、王都の冒険者ギルドの転送魔法陣に一瞬で還れるマジックアイテムを持っているらしく、私はそれに便乗させてもらうという約束をしていた。


 身体をネズミ……ではなく、色々と持ち物があるのでそれを内包するほど大きな物、枯れた瓢箪に「変化」した。


「うわ、すげえ!」


 はっはっはっ、見たか少年。……って君の方がすごいだろ。君はドラゴンと人間を行き来できるだろ。

 キモコウモリの黒い石と、貰った「ドラゴンの心臓」を中に収納した一品となっている。酒などの液体が入るだけの入れ物ではないのです。


 ネズミ姿はやはり見せたくないので、植物への変身に留めておく。

 まあネズミってバレてるしそう呼ばれてもいるから、隠す必要もない気はするけどね。でも念のためだ。


「縁があったらまた会おう。ではな」


 こうして私とゼータは、王都へと帰還したのだった。





 別れの余韻も何もなく、一瞬で王都に戻ってきた。

 なんつーか……味気ない帰り方だね、これ。まあ楽でいいけど。


 ゼータは冒険者ギルドを抜けてすぐ脇の路地で、私に合図した。誰も見てないからもう戻っていいぞ、と。

 私は、ゼータの腰からぶら下げられた瓢箪から、弓原結の姿に戻った。


「ありがと。じゃあね」


 おもいっきりさらっと私も別れた。


「待て」


 無理だった。肩掴まれた。


「言いたいことはわかるな?」


 はーい。わかってまーす。


「何本?」


「10本」


「お金は?」


「ある」


「うちのは極上だよ」


「知ってる。早くしろ」


 怪しい取引のような雰囲気はあるが、何一つ怪しいことなどない。


「天然ものだよー。……いや、養殖もの?」


 そんなことを言いながら、手の中にひょいひょいとキノコ――そう、マツタケ様を生み出す。

 向こうで食べた時から「酒がほしいー酒がほしいー」とぼやいていたので、まあ、欲しがるだろうとは思っていた。


 無事仕事も終わった今、きっとこれからマツタケ尽くしで、浴びるほど酒を飲むのだろう。

 仕事明けの酒かぁ。

 お酒は飲めないしよくわからないけど、そういう楽しみがあるってことは、たまーに羨ましいとは思う。


「よし……10本全て特大だな。香りもいい。いくらだ?」


「お金はいらないよ。使わないから。ま、帰りの運賃ってことで」


「そうか。有難く頂戴する」


 マツタケ様を革袋に突っ込むゼータに、改めて背を向けた。


「じゃあね」


「待て」


 なんだよ行かせろよー。

 止められると思ったけどさー。


 ――次にあなたは「連絡を取る方法を教えろ」と言う。


「次はいつ会える? できれば繋ぎを取る方法がほしい」


 言葉は違うけど、意味は一緒でした。


 おつまみ要因、か……

 植物を司る神秘なる生命であるはずの幻獣も、酒飲みにとってはその程度の存在であると。


 まあ、便利だしね。まあいいか。安い神秘もいいじゃない。








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