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55.平凡なる超えし者、代替わりを見届ける……





 聖樹ベルラルレイアの枯木に到着して、三日が経っていた。


「はっ! たっ!」


「もっと早くもっと早く」


 子供ドラゴン・カルアレッソが振るう剣を、その辺で拾った木の枝でてきとーに受ける。


 今日は、レフィ……レフレリックがどこぞの街に買出しに行ったので、代わりに私が遊び半分で鍛錬の相手をしている。

 ゼータは自分の食料を調達に、その辺の森に出かけている。まあすぐ戻るとは思うけど。


 「大地の竜(ガイアドラゴン)」は、まだ死んでいない。

 例のドラゴンゾンビ化の危険を考えて、できるだけ魔素を放出しておく必要があるそうだ。

 

 というか、最期はカルア少年が「大地の竜(ガイアドラゴン)」の魔素を根こそぎ取り込むことで、代替わりが成り立つ。

 つまり少年が取り込めるくらい魔素を小さくしないと、受け止めることができない……代替わりできないのだ。

 で、受け止め切れなければ最悪ゾンビ化するかもしれない、と。そういうことになっている。


 要するに、少年サイズまで魔素を弱めないとまずいと。

 その工程で時間が掛かっている。


 しっかし本当に弱いな、少年。

 真剣使ってこれじゃダメだろ。

 子供らしからぬ力と速さがあるくせに、どうしてこう筋が悪いのか……


「得物が合ってないのかなぁ……」


 少年には大きい普通のロングソードを握っている。ちゃんと腰を入れて振れているので、不釣合いとは思わない。スペックも悪くないし、剣の才能もあるような気がする。


 ただ、なんか、なぁ。

 なんとなーくかみ合ってない感は、あるかなぁ。

 もっと早く、もっと力強く、動けそうなもんだけどなぁ。


「いちいちうるせーな! 集中しろよ!」


 時々ぶつぶつ言っちゃうせいで、少年は気分を害したようだ。


 いやあ、でもさぁ、集中するまでもない、本当に片手間で間に合っちゃうからさぁ。


「私、剣とかあんまり使ったことないんだよ。基礎を少し学んだくらいだから、何がどうとか言えないんだよね」


 だからどこがどうとかアドバイスできないし、何がおかしいのかわかんないし。

 レフレリックはなんとなくわかってるみたいだけど、あえて自分で学ばせようとしているのか何も言わない。ゼータも私と似たようなもんらしく、剣の技術は習得していない。


 だから、具体的に言えることは、ないんだよね。


『くっくっくっ。まだまだだな』


「うるせーなおまえも! 早くくたばれ!」


 枯木の中のほぼ中央で鍛錬しているので、時々「大地の竜(ガイアドラゴン)」も口を出してくる。

 孫を見守るおじいさんの心境なのか、死に掛けている割には結構楽しそうだ。


「――はあ……俺、古竜だぜ? なんで人の姿で人の戦い方をしなきゃいけないんだ?」


 一通り鍛錬を終え、疲れて座り込むカルアレッソ。


「敵を知るため、って言ってたね」


 「これから始まる守護者としての役割で、一番の強敵となるのは人間よ。だから人間のことを学びなさい」というのが、レフレリックの教育方針だ。


「私はわかるけどなぁ」


 枝に付けられた傷を眺める。真剣使って枝一本切れないのはなぁ……


「どういう意味だよ」


「すごーく強い武器を使って勝ったって、それは強い武器のおかげって話だよ。古竜の力っていう武器がなくても君自身が強くなりなさいって意味」


 自分で学べ、という教育方針らしいけど、私はある程度のとっかかりくらいは教えるタイプです。

 人によっては答えが違う問題だろうから、ここから先は自分なりの答えを探して欲しい。


「意味わかんねーよ」


 なんでだよ。割と具体的にちゃんと説明しただろ。


「――ただいま」


 こいつが弱いのはヒネた性根のせいじゃないか、と思い始めた頃、ゼータが超巨大イノシシを引きずって帰ってきた。ほう、大物ですね。あと怪力ですね。


「香草とキノコをくれ。牡丹鍋にしよう」


「いいねえ」


 鬼族の姫のはずだけど一人暮らしが長いゼータは多少料理ができるし、レフレリックは結構な美食家である。

 なので森の奥地ではあるが、熟女組がそこそここだわるおかげで、食事はかなりうまいのだ。

 

「小僧、手伝え」


「お、おう」


 動いて動いて空腹も極まっているのか、カルア少年は文句も言わず立ち上がった。

 イノシシを見つめ、喉を鳴らしながら。


 うん、何気に美味しいものばっかだからね、ここの食事。食事時が待ち遠しい気持ちはよくわかるよ。


「ねえ、何がどれくらいいる?」


 そして私はハーブとキノコを生み出し、提供すると。ネギなんかもお手の物だ。


「俺うどん! うどん食いたい! うどん!」


「えー? シメは雑炊でしょー」


「よし、どっちも作るか」


 イエー。実はうどんも食いたかったー。


 ちなみに牛より大きい超巨大イノシシ一頭が、一食分である。

 私もゼータも常識の範囲内だが、とにかく竜たちの胃袋がすごくてさぁ。


 ――とまあ、こんな感じで数日を過ごしていた。


 実は「ドラゴンの心臓」である核は、もう貰っている。

 レフレリックにとっては本当に重要な物ではなかったらしく、簡単に譲ってくれた。何かしら条件が付くかと思ったが、それもなかった。


 ただ、なんとなく、帰り難かった。


 理屈で考えればさっさと魔法学校に戻って、また兄アクロ周辺で張り込んだり、次のボスに先制するなり、やることはあるはずなのだが。

 それでも、理由もなく留まっている。


 もしかしたら。

 もしかしたら、だが。


 ここに留まりドラゴンの行く末を見守りたいという、百花鼠の意志なのかもしれない。

 まだ自我らしきものは感じられないが、もしかしたら、そうなのかもしれない。





 なんだかとてもスローライフな日々だった。

 

 時間だけはあったので、気になっていた植物を生み出して成長過程を眺めたり、昼寝したり、近くにやってきたモンスターを退治したり、昼寝したり、果物関係を品種改良の要領で好みの糖度を探ったり、昼寝したり、ふとゼータに「大きな松茸とか出せるか?」と問われてマツタケ尽くしを堪能したりした。この世界、マツタケもあるんだね。


 ゼータも時間だけはあるので、時間と手間が掛かる料理に挑戦したりしていた。角煮が超うまかった。

 料理が上手い嫁さんになれるだろうに、恋に臆病になっちゃってるんだよね……もったいない。私なんか臆病になる理由さえないのに。


 レフレリックとカルアレッソは、鍛錬したり「大地の竜(ガイアドラゴン)」と話したりして過ごしていた。

 食べ物がおいしいせいか、いつもレフィ姉さんの機嫌が良かったけど、少年はいつもどこかいてぇとぼやいていた。訓練も大変だね。


 なんか少し退屈だけどゆるーい幸せに浸っていたが、ついに終わりの時が訪れた。





 四日目の朝だった。


 いよいよ「大地の竜(ガイアドラゴン)」の魔素が減り、カルア少年への代替わりの準備ができた。


『最期の時には、悪くない時間だった』


 あまり悲壮感はなかった。


 生命が死ぬ。

 ある種の大往生だからだろうか、悲しいことはなかった。


 ただ、なんというか、少しだけ感慨深いかな。

 何千年も生きてきた、神秘そのものとも言える生物がいなくなる瞬間だからね。明確には言えないけど、心に名状しがたい感情がある。


 「大地の竜(ガイアドラゴン)」の前には、これから役割を引き継ぐカルア少年が立っている。そのすぐ後ろにレフレリックだ。

 私とゼータは部外者とばかりに、かなり離れたところから見ている。

 どうやら私だけではなく、ゼータも、この場に居場所がなかったようだ。そうだよね。完全に古竜の居場所だよね。


『随分頼りないが致し方ない。後は任せるぞ』


「うるせー! 早くくたばれ!」


 おっと。こんな時も少年は少年だな。


「おまえなんかができたんなら、俺もできるんだよ! おまえより立派にやり遂げてやる!」


 カルア少年の肩が震えた。


「……転生でもなんでもして、次は楽しいことだけして生きろよ……安心して死ね。おまえの意志は、役目は、俺が、ずっと、持ってくからっ……!」


 なんだか湿っぽさを感じる青い宣言に、「大地の竜(ガイアドラゴン)」は笑った。


『やはり頼りないな。くっくっくっ……』


 温かな笑い声は続いた。

 ずっとずっと続いた。

 絶えることなく。


 そして、いつの間にか、消えていた。





 ドラゴンから立ち上る、蛍のような青白い光がなくなった。


 そして最後に、大きな光が出てきた。

 それはしばし宙に舞うと、ゆっくりと少年の前に降りてきて――小さな身体の中に消えた。


 えっと……終わり?


 しばらく待ってみても、誰も動かない。


 そこには呼吸が止まった「大地の竜(ガイアドラゴン)」と、無事役割を引き継いだのだろうカルア少年と、レフィが突っ立っているままだ。


「えっ? うわ、えっ」


 びっくりしたっ。

 声を出すのも憚られるような静寂だったが、思わず声を上げてしまった。


 だって、ドラゴンが、「大地の竜(ガイアドラゴン)」が、大地に溶けていくのだ。まるで炎天下に置かれた氷のように。どろどろと。


 あっという間に、そこには骨のみが残された。

 巨大な骨のみが。

 大地には溶けた後さえ残っておらず、元から巨大なドラゴンはいなかったんじゃないかとさえ思えるほど、さっきまで生きていた痕跡がなくなってしまった。


 ……あ、いや。残っているものはあった。


 「大地の竜(ガイアドラゴン)」が抱えていたのか、それとも身体の中に持っていたのか。


 巨大なあばら骨らしき場所の中に、大地に刺さった巨大な剣があった。あれはきっと、ゲームで言うところの「大地の剣」だな。大剣では最強武器の一つだ。


「……」


 カルア少年はごしごしと袖で顔を拭くと、骨の中にある剣に手を伸ばした。

 体格には見合わない、ともすれば自分よりはるかに大きい剣を大地から引き抜き、肩に担ぎ、振り返った。


「『楔の塔』は俺が引き継いだ。今から俺がこの大陸の守護者だ」


 おー。


「……拍手をするな!! そういうのはいらねえ!!」


 純粋な祝福の拍手だったのにお気に召さなかったようだ。難しい年頃ですな。







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