54.平凡なる超えし者、売られたケンカを回避する……
「え? 核? ……あ、その話をしてなかったわね」
そろそろ夏の暑さが形を潜めてきた時期である。
夜も深まり、夏を過ごした虫がどこかで小さく最後の声を上げている。
女三人でいろんな話をした。
だらだらと。
酒も入りながら。
私はナッツを提供したりした。
色々な話をしたが、本当に大した話はなかった。
ゼータが、レフィに酒を勧められて「仕事中は呑まないと決めた」ときっぱり断ったのには驚き、その辺の話をしたり。
「――少し前に護衛の依頼を受けた。その護衛対象が崖から落ちてな。後悔したよ。酔っていたせいで判断を誤ったと思った。少なくとも数秒は確実に判断が遅れたと自覚もある。
酒のせいで自分が死ぬのは構いやしないが、自分が護るべき者が亡くなるのはな……それ以来、仕事中に呑むのはやめた」
だそうだ。
そして「すぐやめられるか心配だったが、案外すんなりやめられた」と。
確かゲームでは大酒姫とまで言われるほどの呑んだくれだったはずなんだけどな……
だるそうで常に酔っ払ってるようなキャラだったのに、今は結構凛々しいんだよね。
あと、崖から落ちた誰かさんのことは聞かない。
話しぶりからたぶん死んでないのはわかっているし、万が一死んでいたとしても私が何を言えるわけでもないからね。
まあ、酔って仕事をしくじって誰かを傷つけて後悔もしないような奴なら、だいぶ嫌いなタイプだけどねっ。
あと、レフィとゼータが出会ったのも、その護衛依頼の時だったらしい。
まあレフィはドラゴンモードだったから、ゼータはわからなかったみたいだけど。
それから、王都の冒険者ギルドで再会し、顔見知りだからーってことでレフィがギルドを通さずゼータ個人に仕事を頼んだと。
で、ゼータはここにいると。
なんでも、見届け人を頼まれたそうだ。
大地の竜の最期と、代替わりの瞬間の証人として。
何事もなければそれでいい、何か問題があったら冒険者ギルドに報告する、っていう依頼内容だだ。
何事もなければ、ただ見守るだけの楽なお仕事ってことである。
何事もなければ。
「――『心臓』を取っても竜は死なない、かどうかは私にはわからんが。ただ『竜は死んでも竜』ってのはよく知っている」
うん、私も知ってる。
強いドラゴンは、死んでも強いってことだ。
いわゆるドラゴンゾンビのことだ。
この世界の理で定義付けるなら、たとえ肉体が滅んでも持ち合わせている膨大な魔素が、生命エネルギーが、死んだ肉体をも動かすって理屈になるのかな。
その状態で意志があるのかないのかまでは知らないが、まあ、生前の正気ではないとは思う。あるいは自分の意志で身体を動かすことができないか。
まあでも、私もドラゴンゾンビとはあんまり遭遇例がないから、正気を保ったままの奴もいないとは……
「幻獣って何なんだ?」
あ、私の話? いやこの身体のことね。
「あの、その話は」
「百花鼠でしょ?」
口止め間に合わず。というか、間に合ってても話してたな。レフィめ。
「その緑臭いにおいは記憶にあるわ」
なんだと。緑臭いだと。……緑臭いかなぁ?
「百花鼠か。植物を操るという伝説上の物の怪だな」
物の怪ウォッチみたいな言い方やめてくれません?
「個体数も少ないからね。それに小さくて臆病だから、目撃例も相当少ないはずよ」
へえ。そういう存在なんだ。
「かわいそうよね」
ん?
「伝説の生き物と言えば何匹かいるけれど、よりによって百花鼠。一番弱くて臆病な獣よね」
ははあ。それこそ伝説の古竜から見たら、そういう位置づけなんだ。
「まあ、バカみたいに暴れるだけが取り得のデカブツよりは私好みかな。言うじゃない? 金持ちケンカせずとか、能ある鷹は爪を隠すとか、逃げるが勝ちとか。無駄に戦ってばっかでなんかいいことあんの?」
「……ふうん? 見るからに生まれたての鼠が、言うじゃない?」
会話の内容こそ悪いけど、雰囲気はそんなに悪くない。向こうは全然本気じゃないし。というか、まだ私を計りかねているって感じかな。つついて様子を見ているんだろう。
「まあ何であれ、つまみが無尽蔵に出せるのは羨ましい限りだな」
夕飯時をとっくに過ぎているからか、ゼータは私の提供したナッツ類をゆっくりと、だが一定の速度で食べ続けている。
ちなみにナッツ類とは、カシューナッツ、ピスタチオ、落花生、アーモンド。それから少々の果物。ドライフルーツも出してみた。
「それは同感だわ。この曲がった豆、初めて食べたけれど美味しいわね」
ちなみに酒飲んでいるのはレフィだけである。先の理由でゼータは仕事中は呑まないみたいだから。
そして私は、そろそろ本題に戻りたい。
「ねえ、核の話してくれない?」
だらだらした話は嫌いじゃないけど、先に済ませるべき用事は早めに済ませたいんだよね。
「その話をしてなかったわね」とレフィがこぼすと、長い紆余曲折を経て、ようやく話が本筋に戻った。戻してくれた。
こっちの終わったら話そうね。だらだら話、嫌いじゃないから。
「たぶんあなたが言っている『ドラゴンの心臓』って、古竜の核のことよ。だってその辺のドラゴンの血って毒素があるのよ? 毒素の塊のような心臓なんて、使い道あるの?」
ああ、本で読んだ。ドラゴンの血は人体に害がある、と書いてあった。
「核っていうのは、わたしたち古竜が心臓の中心辺りに持っている、石のことよ」
「石?」
「魔力の中心部。その石で魔力を操作するの。いわゆる指針よね。散漫に魔力を使っていたら空も飛べないし、ブレスも吐けない。恐らく動作自体にも影響が出ると思うわ」
へえ……新説だなぁ。初めて聞いたわ。
心臓の中に、石、か。
「欲しいなら上げるわよ。また新しいのを作って心臓の中に置いておけばいいだけだから」
「え? そんな簡単にやり取りしていいの? というか簡単にやり取りできるの?」
「サイズが合わなくなったから捨てた石もあるから。そっちならすぐに渡せるわね」
え? そうやって入れ替えて使うもんなの?
「なあ、石ってあの石か? 石ころ?」
ずっと腑に落ちない話を聞き、腑に落ちないまま納得しようとしていた私の横で、同じく腑に落ちてなかったゼータがさすがに口を挟んだ。
この話題にはやや静観気味に見えたが、本当に何から何まで腑に落ちなかったのだろう。実は私もです。
「成分的には知らないけれど、想像通りの石でいいわよ。わたしはまず、子供の頃、一番最初に覚えろと言われた魔法が『心臓に石を作る』という魔法だったのよ」
……すげえな古竜。人の常識では考えられないな。
「すごく簡単に言うと、体内に異物を感じている方が魔力の操作がしやすいのよ」
あ、そう言われると、ちょっとわかる気がする。
いわゆる、魔法使いの杖の代わりか。魔力を集中する媒体か。魔法のターゲットでもあり、破壊対象でもあると。
本人も言っていた通り、指針なんだ。
「その異物を中心に、魔法の細かい操作を鍛錬するの。空間移動で石だけ取り出してみたり、二つに割ってみたり、消滅させてみたり、また生み出してみたり。
大味で大雑把な魔法の使い方って、下品で嫌いなのよね、わたし。だから細かなコントロールの鍛錬には欠かせないのよ」
ほう……いわゆるドラゴン用の知育オモチャみたいなもんなんだね。
「話を戻すけど、その石がきっと、あなたの言う『ドラゴンの心臓』だと思うわよ? だって文献か何かで知って、その上で取りに来たんでしょう?」
まあ、そうだろうね。錬金術に使用される素材の一つだから、何かしらの参考資料から必要であることを知ったはずだ。攻略キャラが。
「だったら間違いないと思うわよ」
そして、レフィは非常に好戦的な瞳で私を見た。
これはたぶん冗談じゃないと思う。
本気だと思う。
「だってこの世界ができてから、一度たりとも、古竜は殺されたことがないもの。役割を終えて消えることはあっても、誰にもね。ましてや心臓を取られた者なんて一人もいない」
縦長の瞳孔。
想像を絶する力を持つドラゴンが、その目で、はっきりと私に言っている。
――殺ってみるか? と。
一瞬。
ほんの一瞬だけ。
この百花鼠の全力と、弓原結の「偽物の不死」を駆使し、おもいっきり戦いたいと、思ってしまった。
そして首を振った。
「生まれたてのネズミをいじめないでくださいよ、せんぱーい」
へらへら笑ってしっかりかわしておいた。
――だって、やればきっと私が勝つし。
だいぶいい勝負できそうだけど、楽しそうだけど、でももうなんか、ちょっと遅いというか。
私はすでにレフィを気に入っているから。
よっぽどの理由がない限り命の取り合いなんてごめんだ。
あと、たぶんレフィは、私の方が強いことに気づいていると思う。
その上で殺り合いたいって思っているんじゃなかろうか。
はあ。
やだやだ。
「お姉さんの退屈しのぎになんて、付き合ってらんないっつーの」
一応、念を押すようにはっきり言っといた。
強すぎるがゆえに戦える相手がいないのはわかるけど、私はイヤですよと。
「……フン。かわいくないわね」
我侭を蹴られてむくれるレフィは若干かわいいけどね。……あれ? 本当に古竜としては意外と若いの?
「やるなら私の仕事が終わってからにしてくれ。酒の肴のいい見世物だ」
だからやんないっつーの。襲われたら全力で逃げるから。




