52.平凡なる超えし者、大地の竜と出会う……
先の予想はまったくつかなかったが。
それを見て、なんとなくわかった気がした。
「……あ、そう。そういうことか」
ゼータが先導した先に大きな穴が空いていた。電車のトンネルくらいかな?
そこから中を見た瞬間、全てが繋がった気がした。
「そりゃ帰ってほしいよね」
朽ちた聖樹ベルラルレイアの中に棲んでいる「大地の竜」は、今、死にかけている。
陽が傾き、幹の中は暗かった。
その中に、薄ぼんやりと光る巨大な生き物がいた。
大地の竜。
地竜種最大級の大型生物。飛ぶことこそできないが、その巨体は一国を丸飲みにできるほどだという。
……なんて本には書いてあった気がするが、さすがに国を丸飲みは、ちょっと言いすぎかな。
「乗ったら城が全壊する」くらいだ。
それでも充分怪獣って感じだね。
ドラゴンはいた。
ただ、そう、もう死に掛けている。
丸くなり、目を伏せ、大きな大きな呼吸を繰り返している。
そして、魔素が漏れ出している。
青白い光の球が、呼吸に合わせるようにドラゴンの全身から抜け、立ち上っている。光はすうっと消えてなくなり、また繰り返す。
まるで蛍のように舞い、宿主との別れを惜しむように漂い、消えていく。
生命が終わろうとしているのだ。
『――幻獣か。前に遭ったのは千年前だ』
あ、思念で語りかけてきた。重く渋い男性の声だ。つかやっぱ見抜かれてたわ。
「えっと……邪魔なら消えるけど?」
さすがに、偉大なる者の生命の灯火が消える場に、私は相応しくない。こういうのは内輪でやるべきことだ。家族とかと。私の居場所ではない。
『好きにしていい。それより悪いな、付き合えんで』
「え? 付き合うって?」
『勇者と死合うは竜の矜持。勇ましき者が我に挑むは魂の意志。跡にはただ強き者が残るのみ』
……ああ、はい。なるほど。
ドラゴンらしい徹底した弱肉強食のルールだね。なんつーかファンタジーのロマンを感じていいね。
『結果が見えているが、やるか? 最早死に体ではあるが、なんとかまだ立てる』
「やめとくよ。戦って死にたいなら別だけど」
それこそ「結果が見えている」だろう。
戦おうが戦うまいが、もうすぐドラゴンは死ぬ。
私は戦いに来たわけではないからね。結果そうなるかもしれないってだけで。
ただ、ドラゴンが戦いの中で死にたいなら、付き合ってもいい。
せっかく来たんだし、それくらいの手向けの土産は持たせてあげたい。
『そなたの手を老骨の血で汚すのは望まん』
なんていえばいいんだろう。
戦脳? 戦闘脳? 死に損なった老兵脳? 価値観が戦国時代のままなんだろうね。
まあ、そうだね。
随分長生きしたんだろうね。
何千年も、もしかしたら何万年も。
私より大きな磨り減った牙も。
いくらか剥がれている鉄のように硬い鱗も。
いくつも刻まれている古傷も。
ここにある全てが、この巨大なドラゴンが今まで生きてきた証であり、彼のように言うなら「勇者と死合った勲章」でもあるのだろう。
「――ゼータ。その方は?」
あ、もう一匹のドラゴン。……あ、こっちは人型だわ。
額から二本、頭から二本の計四本の立派な角が生えた女性だ。
アイヌっぽい模様が入った貫頭衣……なんかふとももの出し方とかチャイナドレスっぽいのを着ていて、この土地の人ではないことが一目でわかる。まあ人じゃないけどさ。
あの女性はドラゴンだ。
魔法で姿を変えているのだろう。
黒に近い灰色の長髪に、縦長の瞳孔を宿した紫の瞳。年齢は二十後半くらいかな? 背も高いし胸も大きくて、出るとこ出て引っ込むところは引っ込んでる色っぽいおねえさんである。そしてクローナに負けず劣らずの美貌である。
「幻獣らしい。……勇者?」
いや私を見ながら言われても。勇者は違うと思うよ。勇気もそんなにないし。
「ドラゴンに頼みがあって来たんだけど、まあ、こんな感じで。……タイミング悪くてごめんね」
まさか旅立ちそうになっているとは思わなくて。知っていたら日程をずらしたのに。
「頼み? ……まあそれはあとで聞きましょう。もう陽が暮れるから、泊まって行ったらいいわ」
え、いいの? 場違いが過ぎる気がするんだけどなぁ。
「ちなみにそちら、あちらの奥さんですかね?」
右手でそちらにいる「女性」を指し、左手であちらにいる「ドラゴン」を指して問うと、女性は笑った。
「わたし、そんなに歳に見える?」
…………
私はすっと身を引き、すすっとゼータの背後に滑り込んだ。
「おい。私の後ろに隠れるな」
いやだ。超怖い。
逆にドラゴンなら平気だけど、これは妙齢の女性として恐ろしい。ドラゴンの年齢なんてわからんわ、とか妥当なツッコミが出せないくらい怖い。
完全に地雷を踏みかけて笑顔で凄まれるという一幕もあったりなかったりしたその時、ちょうどいい奴が現れた。
「た、……ただいま……」
凄味がある女性と同じような服を、さすがに際どいスリットは入っていないが短パン姿の子供が、私たちの後ろからやってきた。
見るからにボロボロだが、特徴は女性とよく似ている。
普通の5、6歳の小さな子供に見えるが、きっとこいつがさっきの子供ドラゴンだろうね。
髪の色も瞳も凄味の女性と同じだが、気になるのは、まだ未発達でかわいい四本角の一本、額の左角が半ばで折れていることか。
「もしかして私が折っちゃった?」
「あ、おまえさっきの! うるせーバカ! バーカ! ……いてて……」
おっと、かわいい咆哮を食らってしまいましたよ。半泣きで。
左腕を打ったらしく、あと右足も引きずっている園児のような子供を見て、凄味の女性は冷ややかな視線を向ける。あの人怖いよ、なんか雰囲気が怖いよ……
「だから言ったでしょう? 小さい獲物でも油断したら痛い目に遭うと」
「小さくなかったんだよ! 俺よりデカかったんだ!」
カットインありがとう、子供。
もうしばらく睨まれていたら、私こそ半泣きで逃げ出していたよ。
「ところで、そちらとそちらは親子で」
「違うわよ? そんな歳に見える?」
食い気味で否定されたけど、それは見えます。そっちの関係は見えます。
なぜだか簡単な家具とテーブルがあった。
まあ、真横で死に掛けたドラゴンがいるのは変わらないけど。
「どうぞ」
テーブルに着くと、凄味の女性が水出しのハーブティーを出してくれた。
回りを見れば、なぜかこの区画だけキッチンとかベッドとかもあるようだ。
完全に人が住めるスペースがある。
ここだけ雨風がしのげるよう屋根代わりの枯れ木も残っているし。
いや、なぜかってこともないか。
さっき話した感じでは、大地の竜には理性も知性もあった。
ここに来た者は誰彼構わず敵と見なし、襲っていたわけではなかったのだろう。
きっと知り合いが訪ねてくることもあったんだと思う。
「暗いわね」
凄味の女性が幾つか光球を生み出し飛ばし、居住スペースに飛ばした。凄味の割には温かみのあるキャラメル色の光だ。
「説明は任せていいか?」
テーブルから少し離れた石に座るゼータは、キセルに煙草の葉を詰めていた。クラシックな小物が似合うなぁ。
「ええ。どうやらわたしたちのお客さんみたいだから」
と、女性は私の向かいに座った。
ちなみに子供は「身体中痛いからちょっと寝る」と、ベッドで横になっている。自然治癒力を高めるために休んでいるのだ。私のせいではない。
「まず、あなたの要求を聞きましょう。何の用でここまで来たの?」
あ、そう?
「『ドラゴンの心臓』を取りに来たんだけど。くれない?」
凄味の女性が再び凄味を放ち出し、後ろでゼータが咽ていた。




