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50.平凡なる超えし者、聖樹ベルラルレイアの枯木を見る……





 深い深い、空の光が届かないほどの深い森の奥へと歩を進める。


 これは確かに、本にあった「誰も到達していない森の最奥」という情報も、あながち嘘ではなさそうだ。

 このネズミの目は暗闇に強いから平気だが、人間ではランプがあっても進むのは難しいだろう。

 無尽蔵にそびえる木々、足元に積もった枯葉と背の高い草、木の根だって張っている。

 最近なのか昔なのかもわからないが、大きな動物だかモンスターが木々を倒して道にしたのだろう不自然に続く獣道も結構あるが、それでも多少視界がよくなる程度だろう。

 地面はでこぼこで不安定で、きっと歩きづらいだろうね。


 たぶん走れないぞ、ここは。絶対転ぶ。

 おまけに雨も降って地面のコンディションは最悪だろう。


 私は木々の中腹辺りを、「竹」を伸ばして綱渡りのように走り抜けているので、なんとか進行スピードは維持している。便利な能力だし、こういう時は小さな身体は楽だよね。


「――ブオオオオッォォォォ!!!!」


 一つ目のゾウとか、


「――ガァァァァァァ!!」


 三つ目の巨人とか、


「――リー……リー……」


 超音波みたいな羽音のでっかい蛾の集団とか、


「――キキキキッキキッ!」


 でっかい人の顔が付いたキモいコウモリなどのモンスターを狩りつつ、ふと足を止めた。


 ……落し物が、気になる。


 いわゆるモンスターのドロップアイテムだ。

 魔素吸収という生命エネルギーを吸い尽くして倒すという戦法なので正規の方法ではない気がするが、私は一応モンスターを倒している扱いになっているらしい。

 だから時々アイテムが出るのだ。


 こういう世俗から離れた身だし、お金もいらないし、武器防具が出たって使えやしないし。

 そんな理由から完全スルーしてきたが、キモコウモリの落し物を見て興味を惹かれてしまった。


 繊維の糸に捕まり、するすると地面に近づき……ちょうど大きなアロエの葉っぽいトゲトゲした植物の上にある黒い物体を取り上げる。ネズミの身には大きいが、大人なら握り込める程度のものだ。


 黒い水晶、か?

 それとも黒い宝石だろうか?


 一見すれば黒い石ころのように見えるが、どちらかと言うと宝石の粒、原石っぽい。研磨されていないのに色艶が非常に良い。光が届く場所で見たらさぞギラギラ輝くことだろう。黒塗りの新車のベンツのように。

 まあ、ただの宝石なら、無視したかもしれないが。


 気になった理由は、魔力のようなものを感じたからだ。


 なんだろう。

 マジックアイテムなのか? それともただの黒い宝石なのか? 

 この世界特有の石や宝石についても本で読んだが、どれにも該当しない気がする。


 ……まあ、悪い感じはしないので、装備したら呪われてしまうとか、空から女の子が降ってくる時に必要になるものだとか、Sっ気の強いメガネ男性の目を潰すほど強い光を放つ特殊効果があるとか、そういうことはないだろう。


 一応回収しとこうかな。


 テーテッテテー。ネズミは謎の宝石を手に入れたよっ。


 要鑑定で、なんでもないものならクローナに貢げばいいや。愛人だしプレゼントくらいいいだろ。





 おぉ……すごいな。


 その光景は、思わず見とれてしまうほど、圧巻だった。


 いつの間にか雨は止んでいた。

 まだ雲は多いが、遠く彼方の空は赤く染まっている。

 そして、崖下には圧巻の光景が広がる広がる。

 まだまだ続く森の中に、一際大きな広場にそれはあった。


 夕陽に染まる巨大な切り株だ。

 なんて言えばいいのか……なんとかドームとか、プロが野球やってるアレくらいありそうな巨大なものだ。

 高さはそうでもないが、とにかく幹と根が大きい。


 こんな巨大な木は見たことがない……が、きっと本で読んだあれだろう。


 あれは聖樹ベルラルレイア。その成れの果て。

 枯れて、朽ちて、もはや木ではなく切り株と呼ぶべき倒木の跡。無残な姿となって未だ残っているのだ。


 だが、なぜだろう。

 どこか神々しく見えてしまう。


 残された幹の表層には苔が生え、違う植物の苗床となり、生命として滅んだ今なお生命の源として存在している、気がする。


 本によれば、この国が始まる前には巨大な木があって、立国前にはいつの間にかなくなっていたらしい。かなり昔の話なので眉唾ものだ、とかなんとか書いてあったが。

 それが、たぶんあの朽ちたベルラルレイアだと思う。


 確かこの大陸には、聖樹ベルラルレイアがもう一本あるみたいだが、一説によるとそっちはまだ若木らしい。それでもかなり巨大らしいが。

 将来的にあんなに大きくなっちゃうのかな?


 あれ、上が存在していた頃は、どれだけ大きかったんだろうね。それに折れた理由も気になるが……いや、まあ、それはいいか。

 歴史の考察をしに来たわけじゃないからね。

 あれがベルラルレイアであろうとなかろうと、私の都合が変わるわけでもないしね。


 まあ、かなり、すごい光景だとは思うけどね。


 さて。

 充分見たし、そろそろ行くか。


 奇しくも「大地の竜(ガイアドラゴン)」は、あの切り株の中に居を構えているようだ。

 目視もしたし、確実にあそこにいる。


 想定外のドラゴンがもう一匹と、やっぱり人がいる。


 …………


 あれ? もう一匹ドラゴンいるっぽくね? え、三匹目?


 早々に察知できた二匹にはかなり劣る……なんというか、非常に弱いドラゴンの気配も感じてしまった。たぶんドラゴンだろう。だと思うけど。


 え、何? やっぱ番? でもって子供のドラゴンもいるって感じ?


 ……子連れか。やりづれぇなぁ……


 まあ、早とちりかもしれないし、これも確認してからだな。


 というか、やっぱ子供ドラゴンより人の方が気になるな。

 この環境で人がいるなんて信じられないし、ドラゴンと一緒にいるのも疑問だし。


 あそこにはいったい何があるんだ?




 とにかく、やっと目的地が見えた。

 昼も夜もわからないほどの深い森だが、走ることほぼ半日で、その場所に到着することができた。


 今私は、崖っぷちに立っている木の枝に立ち、眼下に広がる景色を見ている。


 ドラゴンが生息している切り株は、この台地の下である。

 もうちょい距離があるかな?

 そろそろ陽が暮れそうだし、急ぐか。夜はモンスターが活発になるそうだから、あのキモコウモリにはもう会いたくない。コウモリは基本夜行性だし。


 「綿胞子」となって飛ぼう……かと思ったが、風が強いおかげでどこに流されるかわからないので、やめておこう。

 結局地道に行くのが早そうだな。

 こういうシチュエーションなら、ハングライダー的に滑空できれば早いと思うんだけど……あ、そうだ。


 いるじゃないか。

 飛べる鼠が。

 あれ? あれってリスだっけ? まあいいや。


 理屈で言えば、こう、手と足を少し伸ばして、この両腕と足のところに膜を張ればいいんだよな。

 よし、完成だ。


 一度形状を記憶し、「竹筒」を生み出して弾ける種を詰め、自分も種として潜り込む。


 即席の前装式……いわゆる昔の大砲のような口から弾を込める単純構造の銃となり、私は自分を打ち出した。

 

 単純構造な上に原動力が火薬ではなく種で、しかも銃弾を撃つ用の砲塔で飛び出すのも銃弾ではない。

 なので、飛び道具なのにせいぜい使えて近・中距離用だ。

 それ以上距離が空くと、狙いをはずす。


 まあ、今大事なのは狙いではなく、充分な速度だ。


 勢いよく飛び出した私はすぐに「変化」し、さっき形状を記憶した姿へと変化する。


 両腕、両足を大きく広げ、背負うような形で同化させている葉っぱで空気を掴む。


 ――そう、原理はムササビである。かっこよく言うならウイングスーツである。


 惜しむらくはネズミ自体の重量が軽いので、めっちゃくちゃ風に流されるってことだ。

 下手したら風に煽られてきりもみ状態になりそうだ。


 上手いこと飛膜を操作して空に乗り、なんとか目的地の方向へ進む。

 超スピードで落ちるのは何度か経験してきているし、この身体なら変に落下しても死にはしない。煮えたぎる溶岩にでも突っ込まなければ大丈夫だ。


 葉っぱの形状も変えて、最適な形を模索しながら滑空する。

 なかなか爽快だ。気持ちいい。


 ただ、あれだ。


 今切り株の中から、小ぶりな灰色のドラゴンが飛び出したんだよね。


 そして、こっちに飛んでくるんだよね。

 まっすぐに。





 どうやらお出迎えしてくれるようだ。


「――ガァァァァァ!!」


 大きく口を開けて突っ込んでくる。私を食らおうとしているのは確実だ。


 だったら仕方ない。

 こっちも襲う気はバリバリだったが、まず様子見をしようとは思っていた。


 でも向こうから先制攻撃を仕掛けられたのならしょうがない。


 ……一応殺さない程度に加減はしとくかな。まだ敵対するとは限らないし。


「――攻撃方法を丸出しにするのは良くないなぁ」


 私はヒトモドキ弓原結に「変化」し、更に大きく「変化」する。


 ドラゴン戦用に考えていた切り札……というほどでもないか。

 身体を大きくしたり小さくしたりできるなら、当然巨人サイズにもなれるって単純な発想だ。


 そして、この単純な発想からは、至極わかりやすく物理攻撃が来ることを相手に読まれてしまう。

 カイラン辺りに使ったら、まさに「ウドの大木」と化す。

 大きくなった分だけ空気抵抗も大きくなるし身体の節々に掛かる負担も大きくなり、必然的に敏捷度は失われるのだ。どうしても。


「――っ!?!?!????」


 ただ。

 お互い速度が出ていて、絶対に回避できない状況下においては、大きさは脅威となる。


 今や目の前のドラゴンより大きな存在となっている私は、巨大化にビビッてスピードを緩めるという誤った選択をした驚愕に顔を染めたドラゴンの頭を、


「よいしょっ」


 右の掌で、かるーく上から下にはたいた。


「ギャッ!」


 バスケ漫画でおなじみの通称「ハエたたき」、あるいはバレーのスパイクである。

 ばちーんとやられたドラゴンは、ドラゴ○ボールの世界観よろしく地面に突き刺さらん勢いで落ちていった。

 落ちた先でバキバキと木々のざわめきが聞こえる。おー派手にやったねぇ。


 ドラゴンの生命力と頑丈さと自然治癒力はえげつないので、この程度で死にはしないだろう。仮にやっちまったとしても、完全に正当防衛だ。文句言われる筋合いはない。


 それにしても、なんだったんだろうね?

 あれで獲物が獲れると思ってたなら、相当な経験不足だ。対人経験なかったのかな? 小ぶりに見えたけどやっぱり子供のドラゴンだったとか?


 まあ、なんつーか、相手の実力を見抜けない奴の相手って、楽でいいよねぇ。

 ドラゴンが厄介なのは、身体もすごけりゃ固有能力も厄介で、その上知能が高いからだ。己の武器の使い方をちゃんと理解しているからだ。


 そんなのと二匹同時狩りしなきゃいけないと思うと、やっぱり気が重いなぁ……ここまで来たら行くしかないんだけどさ。


 何事もなかったようにムササビモードに切り替え、滑空する。

 切り株は、もう目の前だ。








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