04.平凡なる超えし者、役割を悟る……
鳥に狙われないよう植物でカムフラし、日光浴しながら眠り、夕方に目を覚ます。
うーん……植物を司るってのは伊達じゃないのかも。日中ならいくらでも眠れそうだ。案外月光でもいいかもしれない。眠気はないけど眠れそうだ。
まあ、本格的に寝るのは、やることをやってからにしないとまずいか。
終盤イベントが起こる前にお兄ちゃんを探さないと。
とりあえず、当たりを付けた大きな建物や、敷地を大きく取っている場所を目指して移動する。
空が飛べたら早そうだけど、さすがに無理そうだ。
なので建物と建物の間に「竹」を生み出し、橋にして渡って進む。さすがに建物を避けながら道なり地面を走るのでは時間が掛かりすぎるから。
一眠りして時間を調整したおかげで、空は少しだけ薄暗い。
なので大通りを長めの「竹の橋」で渡る、くらい大胆なことをしない限り、発覚はしないだろう。
仮に見られても「竹の橋」は私が渡りきれば枯れてなくなる。通過した証拠は残らないから、一人二人くらいなら見られても大丈夫だとは思う。まあ見られないに越したことはないけど。
この時間の街は、夕飯の匂いがする。
肉を焼く匂い、溶けたバターやチーズの匂い、シチューの匂い、カレーっぽいけどどこか違う香辛料の匂い、スイーツっぽい甘い匂いもする。
相変わらずお腹は空かないけど、何か腹に入れときたい気はするなぁ。モンブランがいいな。マロングラッセでもいい。……さすがにネズミの身でお店は無理だよなぁ。忍び込むのも迷惑すぎるしなぁ。
何件か回ってみるが、貴族の屋敷だの兵士の訓練場だのと、空振りする。
気がつけばすっかり夜になっていた。
視界は、悪くない。
というか結構はっきり見えるので、夜の活動も普通にできそうだ。幻獣ってのは便利だね。
このまま方々を駈けずり回って、栗のお菓子を思い出しながら魔法学校を探してみることにする。
……と思ったが、なんとなく気疲れしている気がするので、今日はこの辺で寝ることにする。
身体の疲れはまったく感じないけど、とにかく一歩一歩の歩幅が小さいせいで、やたら全力で走り回っている気がする。
まだ無理をする段ではないので、今日の本気はこれくらいにして、明日また本気出すことにする。
翌日、目当ての魔法学校を探し出すことに成功した。
様々な魔法の使用や実験機関もあるため、中心地からかなり外れた場所にあった。
広大な敷地には森らしきものさえあるみたいだ。日本では考えられないくらい広い学校だ。いや、ここまで広いと外国でも珍しいかもしれない。
さて、乗り込むには少々問題がある。
どうにもこの魔法学校、結界が張ってあるっぽい。
私は今、学校の真向かいにあるアパートみたいな建物の屋上から、つぶさに観察しているところだ。
学校は街と敷地を隔てるように、大きく道を挟んだ向こう側に存在している。
ゲームで見た制服姿の生徒が敷地内にあるので、間違いないだろう。
そして、敷地を遮る高い壁の境界線沿いに、なんらかの弱い魔力を感じる。継ぎ目がないのでたまたま偶然そんな感じの魔力が残っている的なことはないだろう。
いや、ここまで弱い魔力となると、結界じゃないかもしれない。
結界ってのは「空間を隔てる・特定の何かを遮断する」ものだ。私が知る限りでは、かなり高度な魔法になる。
この世界の魔法の成り立ちとあり方がわからないから、断定は難しいが。
でも、こんなに微弱ではないだろう。と思う。
無駄に街中を走り回ってきたわけじゃない。
街の中にこの手の魔法は少なかったし、あるとすれば貴族の屋敷みたいなところばかりだった。
結界じゃなくてアラームか、それともただの感知系か。
何にしろ、不用意に壁を超えたら発覚しそうだ。小動物くらい見逃されるかな? うーん……こういうのは強引に突破はしたくないなぁ。
――まあ、大したセキュリティじゃなさそうってのは確定か。
鳥なんかも普通に壁の上から敷地に入り込んだりしているし、抜け道はたくさんありそうだ。
わざわざ警戒している場所を通る必要もないので、抜け道から行くことにしよう。
単純に考えられる突破方法と言えば……
1、穴を掘って壁の下から通過する。
2、門を通る人と一緒に正面から通過する。昨日のように馬車に乗せてもらってもいいだろう。
3、私の能力を使う。
4、ここから「竹の橋」を伸ばして壁の上から通過する。
5、何も思いつかない。現実は非常である。
……思いついてるから、5はないけども。
1、2、が一番簡単かな。
ただ1の場合は、誰かに見られるとまずいし、万が一発覚したら大変なことになる。幻獣だからね。見つかれば追い掛け回される可能性が高いよね。
それに2は、ひたすら通る人を待たなければならない。
こうして見ていると、ここの大通りを通る人はいるけど、魔法学校の前で足を止める人はいない。
教員も生徒も全寮制だったはずなので、来客を待つと、下手すれば何日も待たなければいけなくなるかもしれない。
なんなら寝て待つのも悪くない気がするけど……いやいやいかんいかん。今日はもう少し本気出そう。
3は、百花鼠ではなく私、弓原結の能力を使う場合だ。
できなくはないけど、あんまりよろしくはない。
この世界にない力を使うってことは、この世に存在しない、してはいけない力を使うってことだ。
それは様々な要因と要素が重なり、支えあってバランスを取り存在する世界において、わずかながらひずみとなる。
ひずみを生むと、予想外のトラブルの元になることが侭がある。
神に睨まれたり悪魔に目をつけられたりすると面倒なことになるから、これは本当にいざって時にしか取れない手段にしたい。
4は、取れなくはない。
でも夜を待たないと現実的じゃないだろう。1と同じで発覚する。というかいつやっても1より目立つんじゃなかろうか。
5は、論外だ。思いついてるし。
色々考えてはみたが、案外答えは最初から出ている気がする。
――仮にも幻獣の力を預かっている私が、幻獣の力を使いこなさなくてどうする、って話だ。
確かにまだレベル1で、魔力量は少ない。経験など皆無だ。
最低限の足場を作るのが限界みたいな現状ではあるが、しかしそれでも幻獣……植物を司る幻獣だ。
この世界に於いて、私に課せられた役割は、百花鼠。
私は私の意思で受け入れたのだ。
ならば使いこなしてこそである。
じゃないとあの仮面の女神に笑われて修道服の死者にがっかりされそうだ。
さてと。
やはり理想としては、植物を使って突破するのがよろしいのだろう。
そう、だなぁ……
簡単に考えれば、あの警戒されている壁を、鳥のように飛んで超えればいいんだよなぁ。
…………
できるかな?
イメージはできたけど、できるかな?
――いや、できる。
きっと事植物に関しては、ほとんどのことはできる。
私のイメージが明確で、魔力が足りていれば絶対にできる。
だからこそ植物を司る幻獣なのだ。
よし、そうと決まれば、もう少し高いところに移動しよう。
学校を対岸に望む大通り沿いで、一番大きな建物に登る。
屋根は雨を受け流す三角形だが、今の私には関係ない。なんならネズミ返しだって余裕で登れる。
この辺でいいだろう。
ここから飛べば、というか滑空できれば、壁は超えられる。
私は飛んだ。
小さな身体全てを使い、力の限りに。
――よし、変身。
ネズミ程度だが、助走と跳躍という推進力は与えてある。
あとはこの身が軽ければいい。
風が吹けば飛ぶほど、軽ければ。
私はネズミの身体を少々大きな一個の綿胞子に変え、勢いと風に任せてふわりと空を舞う。