36.平凡なる超えし者、またしても気になることが増える……
気がついたら夜になっていた。
途中、クローナが「大きくなって」と起こしてきたから一度起きたが、寝ぼけながら巨大化したくらいで二度寝した。
えー……だいたい十二時間くらい寝ていたかもしれない。寝入ったのが昼過ぎくらいからだったからね。
逃がすまいとしているかのようにぎゅーっと抱きしめているクローナの両腕から抜け出し、机に向かう。
そこには、数日前に置いていった本がまだ残っているから。結構寝たからすっきりしたし、気が向いているので読んでしまいたい。
そんなわけで、クローナとカイランがどんな話をしたのか。
そもそも無事会えたのかさえ、私はまだ知らない。
別にそんなに気になるわけでもないし、知らないなら知らないで構わないし。どうなっていようが私に関係するとも思えないし。
まあ、安眠しているクローナがいるので、まあまあ平穏無事に済んだんだろうとは思うが。
たった数日の不在だったので、兄アクロが行動を起こしたとも思えないが、様子は見たいな。
もしかしたら次の行動の何かしらを考えているかもしれない。
本を読みながら今後の予定をぼんやり考えていれば、窓から差し込む光が少しずつ明るくなっていく。
「――おはよう」
朝の早いメイドも置きだした。……だからさー、取り込み中でしょー? 見るからに取り込み中でしょー? 本読んでたでしょー? 取り込み中の私を持ったり運んだり抱いたりしないでもらえませんかねー?
「――カイランと会ってきた」
そーですかっ。どーでもいいですよっ。
私はそんなに聞きたくないが、肝心のクローナは話したそうなので、一応聞いておく。うつらうつらしながら。……いかんな。なんか抱かれると眠くなる。愛用の抱き枕扱いとか愛玩動物扱いとかクローナのこと言えなくなってきた。
聞こえてくる話も、そんなに大したものじゃない。カイランの半生みたいなものだ。
残念ながら、昨晩の移動中に、本人から大まかに聞いているのだ。
大物狩り……人狼族の里周辺に現れた強敵モンスター退治のために召集されたカイランが、戦闘中に暴走した同族たちを殺しちゃったらしい。
で、そのまま逃げたと。
あとから調べた結果、その強敵モンスターが精神を狂わせる魔法だかなんだかを使ったのではないか、という推測に辿り着いたが、今となっては実際どうだったかはわからない。
肝心のモンスターはその時討伐されているし、モンスター退治に参加した当事者のほとんどが死亡し、加害者であるカイランも逃亡しているから。数少ない生き残りがカイランのやったことを国に報告すれば、即ち「同族殺しの逃亡犯」だ。
カイラン的には、「正気を失い、仲間同士で殺し合いを始め、このままでは里の非戦闘員にまで害が及ぶかもしれない」と判断し、始末することを選んだそうだ。
そして、その時の自分も正気なのか狂っているのかわからなかった。もしかしたら少し時間が経てば症例が出るかもしれない。だから捕縛される……というか、同族たちと関わり近づくことを避けるために逃げたと。
実際がどうなのかはわからない。
調べようにも、もう十年以上前のことだ。今になって調べられることは極端に少ないし、真実に辿り着けるかも怪しいものだ。
確かに人狼たちがおかしくなったという報告もあったらしいが、それが本当でもカイランは罪に問われる可能性がある。
逃げ出した先で盗賊に拾われたとか。
そいつらのゲスなやり口にぶち切れて皆殺しにしたとか。
盗賊の捕虜になっていた数名と、新たな盗賊団を結成し今に至るとか。
なんというか、やっぱり私には関係ない昔話だ。
カイランは同情して欲しいわけでもないだろうしね。
何より、カイランは自分なりの義を見つけ、それに従い強く生きている。
生半可な気持ちでお兄ちゃんの物語に割り込んでいる私よりも、よっぽど立派だと思うよ。イケメンだし。
「――ありがとう、ネズミさん。彼と話せてよかった」
だからお礼はいいよ。クローナのためってだけでもないから。
……あ、そうだ。
「――え? これから?」
うん。カイラン、これからどうするって?
今は、ゲームと違って「カイランの存在を知る者」がいる。
よってゲームのシナリオ通り「王都に潜伏して何度かクルスと会う」というイベントをこなすのは、無理があるだろう。クローナは国の人間だから尚更だ。犯罪者を看過はしないだろう。
「――私にもよくわからないの。実は――」
おっと。
何やら予想外の方向に話が進んでいるみたいだわ。
実はクローナ、カイランとは王子様同伴で会ってしまったらしい。
外出許可を貰いに行った先、事情を聞いたキルフェコルトは「俺も行く」と言い出し、断ることも拒否することもできず会ってしまったと。
一応カイランって指名手配されている危険人物でしょ? そんなのに一国の王子が会いに行くとか、あいつどうなってんの? 危機感足りないんじゃないの? 貴重なイケメンが減るとか冗談じゃない。
とまあ、そんな感じの文句を伝えると、クローナは苦笑いだ。
「――気持ちは一緒だよ。でもネズミさんが私に『あいつなら会っても大丈夫だと思う』って言ったからよ」
おいっ。責任転嫁はやめていただいですなっ。
確かに「あいつなら大丈夫」とは伝えたけどさ。「絵に描いたような危険人物ではない」とも伝えたけどさ。
でもそれと王子様同伴は別問題でしょ。別問題だわ。あの筋肉王子なにやってんの? ふざけたことばっかやってると上半身裸にサスペンダーさせてパチーンしてやるぞ。謝るまでやるぞ。……鍛え抜いたボディビルダーのような鋼の肉体にゴム製サスペンダーをパチーンか……ぜひしたい。したいっ。
「――しばらく三人で話してたんだけど、それから殿下が二人きりで話がしたいって言い出して」
え、キルフェコルトが? カイランと?
「――そのあとすぐ別れたから、どんな話をしたのかは……たぶん今後について話したんだと思うけど、私は知らないの」
えー……そんな気になることになったのなら、私も付いていけばよかった。気になるなー。イケてるメンズ同士がなんの話をしたのかなー。
「――無理だよ。こういう時のあの人は絶対教えてくれないから」
王子に聞いてみろよ、と伝えたら、頼りない返事が返ってきた。
仕方ない。
いつかカイランから呼び出しが掛かったら、その時にでも聞いてみるか。
いつになるかはわからんけど。
――まあ、その「いつか」は、意外と早かったりするのだが。
朝の支度をしメイド服に着替えて仕事を始めたクローナを見送り、私も部屋を出た。
兄アクロの様子を見るためだ。
お兄ちゃん、かなり朝が早いんだよね。体操服に着替えてメイドのレンとどっかに行くんだよね。
そういや向こうの世界でもボクシングとか始めて、朝のランニングとかやってたなぁ。こっちでも似たようなことしてるのかな?
気が向いたら尾行でもしてみるか。
でも、お兄ちゃんはともかくレンが曲者なんだよな。下手な行動を取ると見つかりそうだ。
あと、また部屋に薔薇を置いてこようと思う。薔薇じゃなくてもいいけどね。そろそろ枯れたみたいで、部屋からなくなってるから。
今なら、窓の隙間から繊維を忍ばせて侵入するという新しい技術も考案したので、楽にこなせるだろう。
さて。
貴族女子寮のいつもの部屋を覗いてみると。
「――どうしたらいいのよ……」
…………ん?
気配からして、今まさに兄アクロとレンが部屋から出て行ったようだ。
一人部屋に残された本アクロは、テーブルに両肘をついて頭を抱えていた。
え? 何? マジで何があったの?
まさかお兄ちゃん、アクロディリアを泣かせたの?
いやないな。
お兄ちゃん、モテないくせにそこそこフェミニスト気取りだから。悪い女に騙されないか、妹としてはちょっと心配。
……いや、それはいいとして。
何があったにせよ、私にできることはないからなぁ。
仮に人型になったところで、本アクロに話しかけるわけにもいかない。
窓から覗いていた不審者が「どうしたの?」って話しかけてきながら不法侵入してきたら、それこそ悲鳴もんだわ。
「――はぁ……あ」
あ。気づいた。
本アクロは溜息をつき、立ち上がってこちらにやってきて窓を開け……ようとしたところで、私と目が合った。
ちなみに私、最初から隠れる気がなかったのです。
本アクロだけには。
だって一度完全に見られているし、自分を認識もさせているから。
今となっては危険を冒して窓から覗く必要がないからね。視覚や聴覚を持たせた「蔦」とか伸ばせば本体がここにいる必要はないのだ。
だから、強いて隠れる気はなかった。
本アクロが私を、この緑色のネズミをどう思っているかを確かめたかったから。
目が合った時こそビクッとしたが、本アクロは窓ガラス越しにまじまじと私を見ると、戸惑いの色を見せながらも窓を開けた。
「――……何なの?」
かなり訝しげな顔で問われるが、それに答える口は持っていない。
代わりに薔薇を一本差し出してみた。
「――……ふうん」
受け取ったアクロディリアは、薔薇と私を交互に見る。
「――もしかして口説いてるの?」
うん? ……うーん、私が男だったらその可能性もあったかもね。あと本アクロの本性を知らなければ。
「――……ねえ、わたくしはどうしたらいいのかしら」
はい? なんすか?
「――またあの人の前に立つのも嫌なのに、今度は料理なんて……」
…………
アクロディリアさん。その話、詳しく。




