30.平凡なる超えし者、ひと働きしてみる……
少し迷ったが、素直に流れに乗ることにした。
「今持ち合わせがなくて。この村で何か仕事ない? 薬草摘みとか畑仕事とか。魔物退治でもいいですし」
と、包み隠すことなくこちらのお財布事情を宿のおばちゃんに漏らした。
希少な薬草とか果実とかキノコとか、そこそこの値段で換金できそうな物を生み出すのもいいかと思ったが、別に無一文が弱味になる状況でもないと判断した。
抜け目なさそうな商売人には切れない手札だけど、商売っ気のないおばちゃんもそうだしこの場所もそうだし事情も違うから、問題ないだろう。
なんならその辺の木陰で休んでもいいのだから。
入村は認められているんだから、平和に休める場所なんていくらでもある。
平和じゃなくても私は平気だし。
ネズミに戻ってどこかの屋根裏に潜り込んでもいいし。
「仕事ねぇ……あったかね? まあこんなボロ屋だし、休むだけならタダでも構わないんだけどねぇ」
「そりゃ悪いっすわ」
仕事は仕事、宿は宿だ。タダより高くなるかもしれない宿代を取られるくらいなら野宿でいい。
「そうかい? そうだねぇ……あ、そうだ。これから村の子供たちが近くの森に山菜を採りに行くんだよ。護衛として付いていってもらえるかい?」
そうしたら一週間くらい面倒見てやるよ、と恐ろしいまでに商売っ気がない豪胆さを見せるおばちゃん。
うーん……治安の良い国ならではの人の良さか。
というか宿として機能しなくてもいい生活してるんだろうね。
「じゃあそれでお願いします」
交渉が成立した。森なら私のフィールドですからね?
まだ朝が早いので、山菜摘みの出発まで休ませてもらうことにする。
通された部屋は狭い二人部屋だったが、清潔で綺麗なシーツの掛かったベッドがあれば充分だ。
よし。それでは少しだけおやすみ。
時間にして二時間くらいで起こされ、用意してもらった朝食を食べる。おー久々の食事だなー。たまにクローナがお菓子とかくれたけど、あれはおやつではあっても食事ではないからなー。
メニューは、野菜スープとパンだね。具沢山で厚切りのベーコンとか入ってるじゃん。美味しそうだわ。
「誰?」
「ミズネです」
一応お客が入ることを想定して広く取られてはいるらしく、リビングというか、食堂にはやや大きなテーブルがあった。
そしてこの宿だか家だかの子供なのだろう、7歳くらいの女の子が目の前に座っているわけだが。
しかし今の私の関心ごとは、久しぶりの食事のみである。
ちなみに「ミズネ」はもちろん偽名だ。
流れからして名乗る必要があったから名乗っただけだ。ネズミのアナグラムだね。……三文字でアナグラム呼ばわりは無茶か。業界関係者を髣髴とさせる逆読みだね。安心してください、業界人じゃありませんよ。
安直だけど、偽名なんてそんなもんでいいのだ。
「ミズネちゃん、この子たちのことお願いね」
「ういっす」
おばちゃんの子は二人で、もう一人は13歳。おお、私と同じくらい大きい子だな。こっちも女の子だ。
宿のおばちゃん家は五人家族で、お父さんはもう畑仕事に出ている。今はおばちゃんと子供の姉妹二人の四人で暮らしているが、もう一人息子がいるそうだ。一番上の息子は都会で働いているらしい。
そんな雑談を聞き流しながら、久しぶりの食事を噛み締める。うーん、動物性たんぱく質もやっぱ摂っていかないとなー。塩味がたまんないわー。染みるわー。というかネズミになって始めてのまともな食事だわー。私全然食べなくても平気だからなー。
自分で生み出した果実とかお菓子とかしか食べてなかっただけに、食の喜びもひとしおだ。まあやっぱり食欲自体はあんまりないんだけどね。
食事を済ませ、女の子二人と一緒に宿を出る。
畑仕事ができない小さな子供たちは、基本的に遊んでいたり家事を手伝ったりと、まあまあ自由に過ごしているらしい。
で、山菜摘みなどは、村の外に出るだけに大人が随行する。
いくら平和で近場には弱いモンスターしか湧かないにしても、さすがに子供だけで行かせる真似はしない。
何日か置きに山菜ツアーが組まれ、それに同行する大人もその都度決められるそうだ。
そこで今回、私はその大人組に混ぜてもらうという話になっている。
護衛役である大人二名も含めて10人、プラス私という集団で村を出発する。
たまに旅人や冒険者が護衛に付くのはよくあるみたいで、私の同行は特に誰も何も言わなかった。「よろしくー」って言われたくらいだ。
子供は全部で八人いるが、年齢層はバラバラだ。私くらい大きな子が2人いて、一番小さな子は5、6歳くらいかな。歌ったりスキップしたりうろちょろしたりと元気いっぱいだ。健やかに、そして伸びやかに育つがいい。
「お、危ないよ」
殿にいる私は、すぐ前を歩く一番小さな女の子がつまずき転びかけるのを見て、とっさに手を伸ばす。服の襟首を掴んで地面にダイブするのをキャンセルした。
「……」
おっと、冷静な子だな。
子供は騒ぐことも声を発することもなく、ただただ私を見上げた。鳶色の綺麗な視線で「ありがとう」と訴えてきている、ような気がする。
「……」
「……」
試しに手を差し出すと、ぎゅっと握ってきた。可愛い。でもしゃべれよ。
遠目に見えていた森に到着すると、監視役の大人の号令で子供たちが散っていく。
道自体は森の奥まで続いているようだが、奥に行けば行くほど危険も多くなる。子供たちの山菜摘みは入り口付近のみで行われるようだ。さもありなん。
「……ふーん」
いい森だな。あんまり大きい規模じゃないけど、なかなか深い。
そこそこモンスターもいるみたいだけど、ここの動物も結構強いらしく、いわゆる自浄作用で森の外に出てくることもなさそうだ。動物たちが森を守っているってわけだね。
特に異常もなく、動物たちもたくさん存在している。少々人間の手が入ったところでビクともしないだろう。
ただ、奥の奥の方に、ちょっと強そうなモンスターがいるみたいだ。
いつ湧いたのかわからないけど、あれはちょっと別格だな。
「ちょっと先を見てきます」
大人の監視役に一言告げ、私は深部へ向かう。
――宿代くらいは働かないとね。
レッドバイソンとかいう六本足の狂牛を、何事もなく魔素にして吸収し、すばやく子供たちの元に戻った。
「すぐ近くにいましたけど何か?」みたいな顔でしれっと混ざり、あっちにキノコがあるよーとかここに自然薯っぽいのが埋まってるよーとか自然な流れで適当に子供たちを相手にし、かごいっぱいの収穫を持って昼前には帰還する。
大人たちの仕事もあるし、午後以降はモンスターの出現率が上がるから、朝陽が出て昼くらいまでの安全な時間のみ、ということになっているそうだ。いいね。平和だからって警戒心を緩めるもんじゃないからね。
子供たちの平和とたくさんの森の恵みという戦果を上げて宿に戻る。
おばちゃんとの約束は充分に果たしたので、遠慮なく部屋に引っ込んで寝ることにする。
私は半日くらい早く到着できたが、カイランたちが到着する時間は変わらないだろう。
恐らく今夜だ。
…………
あれ?
もしかして、この宿でカイランかその仲間が、相部屋になったりするの?




