02.平凡なる超えし者、その地に降り立つ……
辺りを見回す。
うん、まあ、だいたい知っている通りだ。
中世ヨーロッパっぽい町並み。
外国人然とした往来の人々に、鎧をまとったり剣を吊ったりした人たちが歩いている。
つーかみんなでかいな。巨人か。いや、ネズミ視点が低いだけか。
えーと、確かここはタットファウス王国だっけ? あのゲームの舞台だからそうだよね。
とりあえず移動するか。
いきなり道端に降り立ってしまったから、誰かに見つかって騒がれると面倒臭い。どこか高い建物の上から周囲を観察してみたい。
ここはきっと、乙女ゲーム「純白のアルカ」の世界だ。
お兄ちゃんはきっと、ここで誰かになって何日か……あるいは何ヶ月か、もしかしたら何年かを過ごしたのだろう。
べつに本人から聞いたわけじゃないが、まさに「行って戻ってきた日」の境界線が、ヤバイくらいわかりやすかったから、間違いないだろうと思う。
「戻って」からの「純白のアルカ」への執着心と生活の変化を見れば、聞かなくてもわかる。
そして、あれほどの想い……いや、未練があるとすれば、恐らく「望まない帰還」を果たしたのだろう、と。
恐らく「死んだ」のだろう、と。
意識だけ、魂だけが呼ばれた場合、肉体は元の世界に残ることになる。
だから、よほどのことがない限り、基本「死んだら戻る」のだ。自分の肉体に。
もっとも、意識だけみたいな存在だけに、トラウマが残りやすいようだが。
しかし「中庸の星」の下に生まれた私……というかきっと弓原一族全員は、程々に鈍い。
だからこれも、よほどのことがない限り、そんなに強いトラウマは残らないのだろうと思う。
……それにしてもアレだなぁ。
もしかして、お兄ちゃんはアルカになってるのかな?
「純白のアルカ」で死亡する主要キャラなんて、アルカ以外いなかったはずだ。
それとも他にそういうシナリオがあったのかな?
もしくは私が好きな魔将軍ガステンかな? 出番五分で死んじゃうからね。……でもまあ違うだろうなぁ。ガステンって名前に心当たりなさそうだったしなぁ。
軽く調べた限りでは、他の死亡イベントはなかったと思う。
それに、こうしてこの世界に「また戻ってきた」ってことは、アルカの復活イベントが成功したってことになるんじゃないのかな、とも思うのだが。
その辺のことは、お兄ちゃんを探せばわかることか。
ただ、なぁ……
「今」が「いつ」かはわからないが、お兄ちゃんが「アルカ」で「死に戻った」のなら、ゲームとしては終盤ってことになるんだよなぁ。
私が追いかけてきた理由も、そこにある。
――「純白のアルカ」の終盤って、ボス戦ばっかあるはずなんだよなぁ。
ゲームの仕様として、八割が恋愛含んだRPGで、二割がフラグ獲得と育成って感じだから、最終的には「恋愛と育成の集大成」で最後のハードルを突破してゲームクリアってことになる。
もしお兄ちゃんがアルカになっているなら、終盤は過酷な戦闘を強いられるかもしれない。
私はお兄ちゃんを知っている。
よくも悪くもそこそこ優しくて、残酷にはなりきれない人だ。
生き物を殺すなんてことも躊躇するだろうし、困った人を見ればできる範囲で助けたりもするだろう。
まさに平凡なる男子高校生だから。
まあ普通に日本に生きて育ってきたのならば、珍しくもないと思うけど。
ただ、残るんだよな。
自分が死ぬより、自分が好きな人が死ぬのは、心に残る。それこそトラウマものの傷になる。
この先、お兄ちゃんがどんな人生を歩むのか。
そしてどんな世界に行くのか、私には想像もつかないが。
最初の世界くらいは、誰かが補助してもいいだろう。
できればバレないようにやりたいものだ。
とにかく現状を確認し、お兄ちゃんが誰になっているかを突き止めなければ。
ま、どうせお兄ちゃんのことだから、そこそこに粗や痕跡を残しまくって「キャラに成りきれてない」だろう。他人のフリして生きるって結構難しいからね。
主要キャラを一人ずつ当たればすぐに見つかるはずだ。
その辺の積荷から、焼き鳥的なものを焼いている簡素な屋台の雨よけに上り、そこから屋根の低い家屋の屋根へと飛び移る。
色々と考えつつ、更に高い建物に登ろうと辺りを見回していると――あ。
2メートルほど高い隣の屋根から、黒猫が私を見下ろしていた。
うーむ……私がネズミになって第一ハンターと遭遇ってか?
見逃してはもらえないですかね? ……あ、見逃す気はないと。降りて来ちゃってるし。
やめといた方がいいと思うよ?
さすがにただの猫ちゃんには、ネズミになっても負けないよ。
「…………」
しかし黒猫は緑色の目で私をじっと見詰め、ゆっくりと鼻が付くほど接近して匂いを嗅ぐと、そのまま行ってしまった。あれ? 襲われなかったな。幻獣効果かな?
まあいい。
当初の予定通り、今は上を目指そう。
とりあえず、見た限りでは移動できそうな屋根はない。それこそ猫じゃないので、ジャンプしたところでさっきまで黒猫がいた屋根までは届かない。
――私自身の力で飛んでもいいが、ここは一つ、この百花鼠の力を発揮してみるか。
植物を司る存在ならば、簡易的に植物を生み出すことができるかもしれない。
あるいは植物を操ったりできるんじゃなかろうか。
でも、魔力は少ないんだよな。
これから魔力が入るであろう空っぽの許容量……いわゆる伸びしろは尋常じゃないほどみたいだけど、今のところその中はほぼないに等しい。いわゆるレベル1の生まれたてって感じだ。
あの修道服の死者が言っていたように、その辺も私が育てる部分なのだろう。
伊達に頭から花が生えているわけじゃない。
脳みそまでお花畑じゃないってところを見せてほしいね。
試しに、「ツタが伸びる」というイメージをして壁に手を付いてみる。
――お、生えた。
2、3センチくらいのツタ……というか、茎のようなものがジョッキの取っ手のように壁から生えた。
かなり頼りないものだが、しかしネズミサイズなら丁度いい。
手を付く場所に次々に生み出しながら、どんどん壁を登ってみる。そして上から見下ろすと、用途を果たしたツタは茶色く変色し、少し吹き込んだ風に乗って灰になってしまった。
今のところ、これくらいしかできなさそうだな。
あとは百花鼠について調べたり、この世界に生息する植物のことを知らなければ、能力を使いこなせないかもしれない。
あ、もちろん、魔力も増やさないとな。これが最優先かも。
そんなことを考えていた矢先のことであった。
ばささー。
あっ。
やけに近い羽ばたきが聞こえたかと思えば、私の視点はぐるりと大きく縦に回転し。
ちらりと見えた茶色い大きな鳥が、くちばしを大きく広げている姿を見たあと、視界が真っ暗になった。
…………
あれ?
私、食われてね?