26.平凡なる超えし者、抱き枕と化す……
しばしラインラックと兄アクロの食事作る作らない攻防が繰り広げられ、お開きとなった。
なんでも寮の門限みたいなものがあるようで、ゆったりした集合やお食事風景とは違い、かなり慌しいバタバタした解散となった。
「――今日はありがとうございました。失礼します」
「――とても楽しい時間がすごせました。ありがとうございます」
この学校の生徒ではないクレイオルとリナティスは敷地の外へ、そしてみんな各々の部屋へと散っていく。
そのままの流れで、私もクローナに張り付いたまま、キルフェコルトの部屋へとやってきた。
「――本当に悪くなかったな」
制服のジャケットを脱ぎながら漏らしたキルフェコルトに、背後でそのジャケットを受け取りながらクローナは「そうですね」と答えた。近くで見ると余計デカいな、この赤毛王子。
「――パスタもデザートも美味しかったですし、何より私に気を遣っていただいたようです」
ん? クローナに?
「――そうだな。一切肉がなかった。海産物が中心だったな」
あ、クローナはベジタリアンか。……いや、さっきの食事のメニューからして肉だけダメって感じか。卵は使ってたはずだし。もしかしたら半精霊族絡みの云々が理由なのかもしれない。
「――素直に褒めたらよかったのでは? 普通にうまいとか含みがある言い方をせず」
「――それを出すあいつ本人が、一番納得してない顔してたからな。素直に言ったって受け入れなかっただろ」
おっとぉ。
シャツまで脱ぎ捨て、ついにキルフェコルトの上半身がモロ出しに。
……うっわ、アスリートみたいな筋肉してるわ。そのくぼみに水溜りができそうな凹凸、いいねっ。つか鍛えすぎだろ。王子だろ。王子が戦士みたいな前衛職って間違ってるだろ。今更だけど。
「――それよりあいつのことだ」
「――アクロディリア様ですか?」
「――気になるよな。ラインラックがあんなに執着するんだぜ」
「――まあ、気にならないとは言いませんが……しかしあの方は終始断っていましたし、実現は難しいのでは?」
「――いや、何かきっかけがあれば頷くだろ。どうしても嫌だって感じじゃなかった」
おお、デリカシーはないけどキルフェコルトは鋭いな。
兄アクロは確かに食事を作るのは拒んでいたが、どうしても嫌ってほどではなかったのは確かだ。妹にはわかるぞ。あれは押せば踏み倒せる感じのお兄ちゃんだ。
断る理由まではわからないけど、そう、赤毛王子の言う通り何かきっかけがあればやるかもね。
「――それより、アロウフィリが気になるな。あの子供はもしかしたら本人かもしれない」
お? ……お?
さらっと確信に触れたせいで、すぐに発言の意味を理解できなかったが……あ、そう。そうか。キルフェコルトは気づいているのか。
今のアクロディリアが別人であることは、見抜いているのだろう。確信を持っているのかな?
「――調べますか?」
「――いや、いい」
ついにズボンまで脱ぎ去り、パンツ一丁という姿になっても、キルフェコルトは堂々としたものである。権威を着る者じゃなくて権威を放つ者か。十代でこの貫禄はすごいな。
「――パズルのピースが足りないのは気になるが、パズルが完成してないのは待っててもいい。謎は残るが、フロントフロン家の事情に踏み込むのも後が怖いしな。それにそこまで問題が行くなら俺の領分を越える」
「よってこれまで通り静観する」と言葉を締め、クローナが出した楽なシャツとズボンを履いてテーブルに着いた。ちなみに制服はクローゼットにしまわれ、カッターシャツだけは洗い物になるみたいだ。
「――次の査定も学園祭も迫っているからな。あいつのことだけに構ってられねえし、あいつのことは監視とラインラックに任せる」
「――そうですか。それで、これからのご予定は?」
「――いつも通りだ。下がっていいぞ」
これで今日のクローナのお仕事は終了らしい。メイドの一日って大変だなぁ、と思いました。
隣にあるクローナの部屋に引っ込み、ようやく私も「変身」を解いてネズミに戻った。
ベッドの上に飛び乗り、ぐぐっと伸びをしてみる。
やれやれ、長い一日になっちゃったな。気疲れしちゃったよ。
「――読書とか勉強よ。まだ寝るにも早い時間だからね」
「キルフェコルトの言ってたいつも通りってなんだ」と聞けば、そんな返事が返ってきた。ほう、読書やら勉強をか。身体だけじゃなくて頭も努力してるんだねー。
「――私はもう寝るよ。朝が早いから」
なんかするするっとメイド服を脱ぎ出しキャミソールみたいな少々色っぽい寝巻きに着替えたクローナは、早くも寝る準備に入っていた。
おいおい、キルフェコルトを置いてもう寝ちゃうのかよ。そんなスケスケのひらひら着て。
って、まあ、学生と使用人の差だよね。
単純に生活サイクルが少しだけ違うってだけだ。
「――あなたはどうするの? ……そういえば、帰る場所とか寝床とかあるの?」
え、基本は無料の青空ホテルですけど?
「野宿でーす。しばらく面倒見てくんない?」的なことを伝えると、クローナは快諾した。悪いねー。もう少し情報収集したいんだよねー。
「――ご飯とかいらないの?」
うん。食欲は大してないし、なんなら自給自足できるから。水だけあれば大丈夫。犬猫より手が掛からないと評判だよ。
「――そうだね。見た目はネズミだけど、本質は植物なんだろうね」
うん、その解釈が近いと思う。
「――それで、私は寝るけど、ネズミさんはどうする?」
もちろん一緒に寝るさ。私も今日のお仕事は終わりだわ。もう寝る。なんなら抱き枕にしてくれてもいいけど?
「――抱き枕? ……って、何?」
お、この世界には抱き枕の文化がないのか。じゃあ堪能するといいよ。
身体を大きく「変身」させ、大型犬くらいになってみる。下に敷けるクッションくらいかな。
「――あら」
いきなり巨大化した私に驚くが、そもそも今まで小さくなっていただけに、大した驚きにもならなかったようだ。
「――……あら、ベルベットのような手触り……」
毛足も少し調整して、ベロア調の短毛にしてみました。正確には違うもの同士のはずだけど、まあどっちでもいいだろう。
「抱き枕」という言葉からすぐに連想したらしく、クローナは大きくなった私の意図と用途を即座に掴んだようだ。
ぎゅーと抱きしめ、ほおずりし、手触りを堪能し、私ごとベッドに滑り込んだ。
「――甘い匂いとひなたの匂い……」
腹の辺りにぐぐーっと顔をうずめ、そのまますぐにクローナは眠りに着いた。
おい。
おい、早いな。寝るな。
まだ話したいことが……まあ、別にいいですけど。内臓が詰まってるわけじゃないから圧迫されても平気だし。抱きしめられてるけど別に不都合もないし。スケスケの美少女に抱かれて眠るのも悪くないし。
だが、これだけは気になる。非常に気になる。
甘い匂いには心当たりがあるし、よく眠れるようにアロマ的な仕込をしたので、それはいいとして。
問題は、ひなたの匂いだ。
干したふとんの匂いだ。
断じて、断じてそんな匂いはしませんよ。風評被害です。
だいたいあの匂いって……いや、やめとくか。知らない方がいいことって世の中たくさんあって、確実にその中の一つに数えられるからね。決してググるなよ。
……私も寝るか。




