25.平凡なる超えし者、デザートも匂いだけで我慢する……
本アクロに視線が集まる。
そもそも、兄アクロとレン以外の全員が、今の本アクロをどのように紹介されているのかわからないが。
この反応を見るに、誰も正確なところはわかってないみたいだね。
クローナも詳しくは知らないみたいだし。
「――今お姉様が預かっている遠縁の子だと、私は聞いていますが」
アクロディリアの弟クレイオルも、その程度しか知らされていないのか。でも一応、実家公認ではあるんだよね? この前帰省してたし。
「――改めまして」
この会食中、ほとんど発言しなかった本アクロが、静かに立ち上がった。
「――わたくしはアロウフィリと言います。少々事情があり家名を名乗らない無礼をお許しください」
優雅に一礼。小さな淑女の美しい所作に目を奪われる。……うーむ、確実に貴族の娘だね。無教養ではありえない動きだ。
「――そしてこれも家庭の事情で、今はアクロディリア様のお世話になっています。辺境伯様のお屋敷でお世話になる許しも貰えたのですが、わたくしが我侭を言い、彼女のお世話に。……申し訳ありませんが、これ以上言えることはありません」
まあ貴族が言う「家庭の事情」なんて、ややこしい上に面倒臭いし、大っぴらには言えないことだらけだからね。
デリカシーのない一般人ならともかく、そこを追求する貴族はいないだろう。
「――アロウフィリ、ね」
おっと。
質問を投げかけたキルフェコルトは、子供に向けていい顔してない。薄く笑みを浮かべて、何事もお見通しで何一つごまかしは通用しないって感じの威圧感がある表情をしている。
「――確か、ヘイヴン卿の曾祖母が同じ名前だったと記憶している。何か関係が?」
「――…………」
本アクロは目を伏せ、口をつぐみ、表情でも言葉でも何も語らなかった。
「――お顔が怖いんですって」
「――あ?」
「――かわいそうだわ。子供相手に凄まないでくださいね?」
お、兄アクロの援護射撃が入ったぞ。意外と貴族っぽい発言で入ったな。……ちょっと身体に馴染みすぎじゃないすかね、お兄ちゃん。女子貴族に。
「――仮にアロウフィリが誰であろうと、何も変わらないでしょう? わたしが面倒を見るだけなのだから。それとも、家庭の事情を話したくないと言っている彼女の秘密に興味でもあります?」
「――……ああ、そうだな。悪かった。酒が入ってても聞いちゃいけない無粋な質問だった」
「――そういうところが婚約者ができない理由じゃないかしら。なんというか、殿下って普段から言動の端々がデリカシーに欠けるのよね」
「――おい」
キルフェコルトに睨まれても、兄アクロは平然としている。……いや、ほんとに身体に馴染みすぎじゃない? あんまり馴染んじゃうと弓原陽に戻った時にぽろっと女言葉とか出ちゃうぞ?
というか、こっちの王子とも意外と仲良さそうだな。
…………
あれ?
昼の様子を見るにラインラックと中が良くて。
今の様子を見るにキルフェコルトとも仲が良くて。
冷徹のウルフィこと第二王子ウルフィテリアとも密談を交わすほど仲が良いだと……?
…………
まあ、うん、考えすぎだな。お兄ちゃんはちゃんと女好きみたいだし、大丈夫だろう。……考えすぎだよね?
本アクロことアロウフィリの、傍目にはなんだか謎が増えたような自己紹介が済み、会食はいよいよデザートへと突入した。
料理皿は隣の部屋に下げられ、そのままヴァーサスは向こうで準備をしている。
その間に、ラインラックが手ずから紅茶を煎れてくれる。ほほう……煎れ方うまいな。慣れてない感じもぎこちなさもない動きだ。
お昼の調理風景を見るに、これも結構練習したんだろうなぁ。だって王子だし、自分で煎れたりはあんまりしないだろう。
色鮮やかな紅茶ができる頃、ヴァーサスが皿を運んできた。
「――まあ。ミルフィーユね」
リナティスが嬉しそうな声を上げた。え、ミルフィーユ作ったの? あの愛想のない黒髪軍人みたいな奴が? 結構難しいお菓子じゃなかったっけ?
「――すごいわね。難しかったんじゃない?」
ほら、兄アクロもああ言ってますよ。死に戻りしてからは料理にも手を出してたからね。
「――いや。時間が掛かっただけだ。難しくはない、と思う。……教えてくれた人の教え方が上手かったのかもしれないな」
そうなんだ。作ったことないから判断がつかないけど。
ミルフィーユ。
薄いパイ生地を重ねて積み上げたケーキの一種、でいいのかな。パイ生地の間にクリームだのなんだの挟んでいくやつだよね。食べづらいことで有名なやつだ。
見たところ、色々挟んではいるものの、プレーンに近い気がする。
イチゴとかフルーツとかキャラメルとか生クリームとか、そういう彩りがない。
一番上のいい感じに焼けたパイ生地に、軽く粉砂糖が振ってあるだけっぽい。見た目にはちょっと寂しいかな。匂いは、焼き菓子の匂いだね。あまり強くなくて悪くない。優しい感じがする。
なんて思って、食べたいなー食べたいなーと見ていたが、杞憂だった。
「――ソースは別で三種用意してある。ベリーで作った果実ソース、ダガービーのハチミツ、ホイップクリームだ。希望を教えてくれ」
お、後乗せ式かよ。しかも選べるのかよ。いいねー。先にかけちゃうとパイ生地に染み込みすぎてパリパリ感がなくなるから、かな?
これにはリナティスが喜んだ。
おいおいなんだあの女。女の子女の子して。キャッキャキャッキャして。かわいいな。
釣られるようにして寄り添うクレイオルのイジワル感が緩和されて美男美女カップルにしか見えない。これがスイーツマジックというやつか……
作ったメニューも、選べる演出も、問題の味も大変よかったらしく、何ならお食事を用意したラインラックより好評みたいだ。へえ。意外な才能が発掘されたな。
「――ところでアクロ」
和やかに私抜きでお菓子を楽しんでいるテーブルで、ラインラックが少しばかり声を張って言った。
「――今度は君の手料理が食べてみたいな」
「――え?」
こんな話を振られるとは思っていなかったらしい兄アクロは、「はい」とも「いいえ」とも即答できなかった。
そうだね、今ハチミツの味確かめてたもんね。仕草にちょっと素が出てたぞ。気をつけて。
……ところでそのハチミツ、そんなにおいしいの?
「――わたしの、手料理?」
「――うん。何せ私の料理の師匠は、君だからね」
ざわ。
今、確かに、耳に入るか否かというざわめきがテーブルを支配した。
それだけラインラックの発言に違和感というか、驚きがあったということだろう。
「あのアクロディリアが料理の師匠だって」、みたいな。
ゲームのアクロディリアを知っている私にも違和感しかない発言ですよ。
「――また賭けをしよう。今度は私が勝とう」
有無を言わさぬ……それこそさっきのキルフェコルトよりも凄味を感じる笑みを浮かべるラインラック。おっ、優しいだけの王子様じゃない一面ですね? まあそれもゲームで知ってるけど。
そして兄アクロも笑みを浮かべて、堂々と言い放った。
「――お断りします。だってわたし、カップより重い物なんて持ったことないもの」
…………だから、馴染みすぎじゃないですかね?




