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21.平凡なる超えし者、意思が伝わる者と出会う……





 困ったことになってしまった。


 一回目は本当に偶然だった。

 なんなら私のミスということにしてもいい。


 だが、二回目は。今回は違う。


「――…………」


「――どうしたの? クローナ」


「――い、いえ……」


「――……あの、わたしの股間が何か?」


「――こかっ、いやっ、そこじゃなくてっ……いえ、あの、なんでも、ないです」


 まさか私の、いや、百花鼠の気配を察知できる者がいるとは思わなかった。





 けしからん王子連中と、窓越しに話をしていた兄アクロ。

 そんな三人に接近してきたメイドがいた。


 もう一人いる攻略キャラの王子のメイド。

 青い髪で、現実離れした美貌を持つ、クローナという名前の女の子だ。アクロディリアも大概美人だが、こっちもすごいな。登場人物は軒並み美形だな。美形率高いなーおい。


「――ごきげんよう、フロントフロン様。横から失礼します。頼まれていた食材を持ってきました」


「――ああ、ありがとう」


 クローナは、兄アクロに挨拶し、すぐそこにある外と校舎……というか家庭科調理室を繋ぐドアを開けようとしたが、ヴァーサスの「こっちからでいい」の一言で窓越しに荷物を手渡した。何か頼んでいた物があったらしいね。


「――その後、身体の調子はいかがですか?」


 お、なんか話を振ってきたぞ。一歩引いて。もう一人の王子とアクロディリアも仲が悪かったはずだが、この様子だとこっちの王子との関係も悪くなさそうだ。


「――死んでいたとは思えないくらい好調よ」


 そういえば、一週間くらい前はアクロディリアの肉体は死んでいたんだっけ。生き返るのに合わせてお兄ちゃんも私も、この世界に来たからね。


 いろんな世界を渡ってきたけど、こと「魔法がある世界」においては、人を生き返らせる方法っていうのは意外と多かったりする。

 ただ、失敗する確率がべらぼーに高く、超えなければならないハードルが高いて多いみたいだけど。


 特に、「魂を伴わない反魂の術」っていうのは、十割失敗する。

 魂ってのは、その人をその人たらしめる概念にして理念だからね。


 それがあるからその人はその人でいられるし、望んだり努力したりしてその人以外にもなれたりする。

 人って別人になれるんだよね。

 外見が変わらないからわかりづらいだけで。

 魂ってのは、不変に見えて実は移ろいやすく、また流されやすいし変わりやすくもあるんだよね。

 つまり簡単に言えば、「いつでも誰でもやり直せる」わけだ。私は無理みたいだけど。


 「反魂の術」を更に細分化すると、失敗の中の一割は「術自体は成功する」けど、「その人を生き返らせることはできない」なんてことになる。

 つまり中に別人の魂が入って生き返るってパターンだ。

 最悪なのは、そういうのを狙って悪魔なんかがよく入るってよくあるやつなんだよね。あれはかなり面倒臭いパターンだ。


「――それはよかったですね。……ところで、『何』をお持ちなんでしょう?」


「――え? なに?」


「――いえ、『ソレ』ですけど……」


 クローナは兄アクロの股間を指差した。


 いや、というか、だ。


「――え? なんのこと? どれ?」


 クローナは、完全に、私を指さしてる。

 兄アクロのポケットに忍び込んでいる私を。


「――……あ、いえ、あ……そういう……」


 なんか一人で納得した。

 たぶん私が忍び込んでいることを、ようやく察してくれたのだろう。


 アクロディリアが連れているんじゃなくて、百花鼠が勝手に密着していることを。


「――あの、わたしの股間が何か?」


 誤魔化すのが下手らしいクローナは、納得したり察したりしつつも、じっと兄アクロの腰辺りを見つめていた。

 故に、さすがのお兄ちゃんでさえも、なんだか居心地の悪いものを感じたようだ。つーかそりゃそうだよ。股をじっと見るとか、完全にセクハラだぞ。慰謝料を要求されるぞ。……私のせいで要求されるとか心が痛いわ。


 ちょっとかわいそうなので。


「――あ、ぁ……失礼しました。それでは私はこれで」


 兄アクロのポケットから抜け出し本体を見せ、「ついてこい」と手招きしてやった。





 校舎からちょっと離れた巨木の下で、私とクローナは向き合う。

 といってもネズミなだけにサイズがサイズなので、クローナはしゃがんでいるが。


 隠れていても察知されるのであれば、もう隠れる理由がない。

 今後もお忍びプレイを続行したいので、これは仕方のない接触ということにする。


「あなたは……もしや百花鼠?」


 問題は、意思の疎通ができるのかって話だが。


「…………きー」


 ダメだ。試したことがなかったから試してみたが、やっぱりこの身体ではべしゃりは無理だ。となると筆談になるのか……時間が掛かりそうだな。それに面倒臭いし。


「筆談……? 字が書けるの?」


 え? もしかして意思が通じるの?


「なんとなくわかるよ。私は精霊の声が少しだけ聴こえるの」


 精霊? 幻獣とは違うジャンルな気がするけど……まあいいか。そこは問題じゃないし。


 ――少し試してみたが、私の思考が筒抜けなんじゃなくて、私が「伝えたい」と思ったことだけなんとなく伝わるらしい。

 一字一句正確に通じている、というわけでもないみたいで、むしろイメージだけが伝わってクローナの解釈する力で言葉に変えられる、というのが近いみたいだ。


 とりあえず、兄アクロ回りの諸々をバラすわけにもいかないので、少々でっち上げておく。


「へえ……あの女の子に興味があるの」


 お兄ちゃん周辺で今もっとも熱い話題は、本アクロの肉体のことだ。何せあれは、神が作った器だからね。幻獣が興味を持ってもいいだろう。……いいよね?


 キミもあいつから何か感じるだろ、的な意思を伝えると、クローナは頷いた。


「うん。あれは人間じゃないよね。正確に言うと、人間の形を真似た身体に人間の魂を入れて動いているよね」


 なるほど。

 私の、というか百花鼠の気配を察知できるだけに、そっち方面の感覚はめちゃくちゃ鋭いようだ。


「悪い気配を感じるの?」


 ん? 悪い気配ってどういう意味?


「あの……私はある人の護衛をしているんだけど、あの女の子を近づけても大丈夫かな?」


 ああ、クローナはもう一人の王子のメイドで、護衛も兼ねてるんだっけ。そうかそうか、だから本アクロを警戒しているわけか。


 中の魂は普通の人間だから大丈夫、と返しておく。


「そう。あなたがそう思うなら間違いなさそうね」


 何この全幅の信頼。……もしかして精霊は嘘をつかないとか、そういうバックボーンでもあるのかしら。嘘ならすでにたくさんついてますけど。


 でもまあ、これはこれでちょうど良かったかもしれない。

 こんな身なので、なんかあった時に意思を伝えられる相手っていうのは貴重だ。なんなら会話もできるわけだしね。


 あ、そうだ。意志が伝わるなら簡単じゃないか。


「……え? 何?」


 私はクローナに、「王子たちの食事に参加したい。連れていってほしい」と念を送った。


「いや、さすがにテーブルに出すわけには……ん? 私のポケットにずっといるから? ああ、それなら――」


 やった。交渉成立。

 あとはクローナのポケットにでも潜り込んで眠り、けしからんお食事会を待てばいいのだ。果報は寝て待とう。







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