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20.平凡なる超えし者、招待状の正体を知る……





「――アクロディリア様、この薔薇の花は?」


「――…………知らないわ。活けとけば?」


 さてどう転ぶかと身構えていれば、そういう方向に転んだらしい。


 置いてきた「薔薇の花」に、感覚を繋げて音を拾っていると、昼過ぎになって兄アクロとレンが戻ってきた。


 そして、ずっと部屋にいて何事かしていた本アクロは、私のことを話さなかった。

 どういうつもりで話さなかったのかまではわからないが、ちょっとした沈黙の中に、彼女の葛藤が見えた気がする。


「――それよりレン、頭から花が生えた緑色のネズミって、モンスターの一種?」


 おい。誰がモンスターだ。世にも珍しい幻獣だぞ。

 ……普通のネズミじゃないことは、本アクロでもなんとなくわかったのかもしれない。まあ普通のネズミじゃないことをしたからそう結論付けられるのもわかるが。


「――頭から花が生えてるのか? どういうことだ?」


「――わからないから聞いてるのよ。動物のこともモンスターのこともよく知らないもの」


 お兄ちゃん、頭の中がお花畑とでも連想したかね? 残念ながら文字通りの意味で一輪だけだよ。


「――聞いたことがありませんね。ゾンビラットというアンデッドモンスターなら、緑色はありえるかもしれませんが」


「――ふうん……まあ、ゾンビではなかったわね」


「――その、緑色のネズミが何か?」


「――なんでもないわ。ヨウといい、この身体といい、魂が入れ替わったことといい、わたくしの周りにはすでによくわからないことばかりだもの。今更見たことも聞いたこともないネズミを見かけたところで、どうということもないわ」


 本アクロの口調は、なんだかもう自棄になっている感じだ。どうせ考えたってわからないことだらけなんだからもう考えたって無駄だ、とでも思って受け入れているのかもしれない。

 それでいいと思うけど。

 こんな事象と状況、深く考えたらどうしようもなくなりそうだしね。


「――それに、悪いことばかりでもないしね」


「――なんかいいことでもあったのか?」


「――本当に癪に障るけれどね。でも、それを差し引いてもいいことがあったわ」


「――なんだ? なんかあったか、レン?」


「――ファベニア様のことでは? 先の帰郷で、一緒に温泉に行かれたと聞きましたが」


「――ああ、お母さんか。そういや親子三人で行ったんだったな」


 うーん……さすがに内輪のことすぎて私にはわからんな。

 察するに、この前の里帰りで本アクロの無事を報告して、その流れで温泉に行ったと。話だけで推測するならそんな感じだと思う。


「――まあそれはそれとして、アクロディリア。おまえ風呂いいの?」


「――こんな時間からお風呂に入るの?」


「――だっておまえ、今夜アレだぞ? ラインラックの部屋に行くんだぞ?」


 ん? あ、もしや昨日話してた招待状がどうとかの? イェー。気になる気になるー。お兄ちゃんその話もっとー。もっとしろー。私も行く予定だぞー。


「――わたくし、行く気はないと言ったはずだけれど」


「――俺は無理やり連れて行くって言ったぞ。レン、悪いけどもう一回風呂行ってくれるか?」


「――わかりました。さあアクロディリア様、行きましょう」


「――…………」


「――しっかり身を清めてくるんだぞ。……あ、おまえ他に服ってないよな? 風呂のあと服買いにいこう」


「――服、って……これじゃダメなの?」


「――無駄に派手だからダメだな。いい機会だし、学校の制服を用意しようぜ。制服なら敷地内をうろついてもそこまで目立たないしな」


「――フロントフロン家の客人ということで、この部屋に同居する許可を取ってあります。これで制服さえ着れば、アクロディリア様も多少は動きやすくなるかと」


「――動きやすく、ねぇ……何もやることなんてないけれどね」


 そんなぼやきを残し、今度は本アクロとレンが部屋を出ていく――かに思えたが。


「――あ、俺も行く。ちょっとラインラックたちを冷やかしに行ってみるわ」


 え、行くの? というかラインラックの招待状ってなんなの? ……あ、そうか、私もお兄ちゃんについていけばいいんだ。


「――わたくしが言うのもなんだけれど、あの方の邪魔をしちゃダメよ」


 寮の前に出てきた三人は、ここで別れるようだ。ちなみに私は先回りして近くの草むらに潜んでいる状態だ。


「――行かないとか言う奴のセリフじゃねえな」


 兄アクロは勝ち誇ったようなドヤ顔で本アクロの頭をぐりぐり撫でると、「購買部で待ち合わせな」と言い残して校舎の方へと歩き出した。


「――腹が立つわね」


「――そうですね。あの人は仕方ない人ですね」


 むくれる本アクロをあやすようにして、お姉さんレンは子供を連れて行ってしまった。


 ……え?


 本アクロはちょっと幼児退行でもしてるの?

 身体に意識が引っ張られてる感じなの?

 というか、あれは本当にあの悪役令嬢アクロディリアなの?

 それにレンももっとビジネスライクで冷たい人って印象があるんだけど普通にお姉さんぶってなかった?

 本アクロ嫌いで裏切るメイドじゃなかった?


 ……なんだかたくさん変な疑惑が残ってしまった気がするが、今は兄アクロを追うことにしよう。今は疑惑とかどうでもいい。王子を見るのだ。イケメン王子様が私を待っているのだ。





 校舎に向かっているのはわかったが、どこへ向かうかはわからない。

 早々に兄アクロのスカートのポケットに潜り込み、「ツタ」を伸ばして様子を伺う。……くそー、なんかお兄ちゃんのくせに、生意気にもかなりいい匂いがするな……中身はともかく肉体はアクロディリアってことか。


 まあ、それはいいとして。


 いい匂いと言えば、なんだか美味しそうな匂いがしてきた。なんだろう。肉を焼く匂いかな。まだ校舎には入っていないが……あ、もしや校舎には入らない感じ? 外から?


「――こんにちは、殿下」


 おっと、まさか窓から校舎内に声を掛けるとは。……こっそり「ツタ」を伸ばして中を伺ってみよう。


 あっ。


 ――来てよかった。ついてきてよかった。


 素直にそう思った。


 そこは、どうやら家庭科実習室らしい。

 そしてそこには二人の男が、目がくらむほど美形な男が二人もいた。


 袖まくりをした超イケメンの金髪王子ラインラックと、黒髪イケメンの護衛ヴァーサスだ。


 モニター越しの二次元の存在だった彼らが、三次元となって目の前にいて。

 エプロンをして、料理をしていた。


 ラインラック・ウィートラント。

 陽光のような明るい金髪は耳が多少隠れる程度にすっきりまとめ、青と緑のちょうど中間になるような瞳は優しい色を帯びている。

 当然のように背は高く、細身ながら鍛えてあるのがよくわかる身体。

 傷一つない白い腕は気品の塊のようであり、そんな気品が、形も色もまだ整っていない食材を触っているという現実が、どこかアンバランスだ。


 かっこいい。

 イケメン。

 微笑みを浮かべた造形にケチなんて付けられない。

 なんてことは当たり前で、その上更に、見た目がいいとか悪いとかではない、いかにも「王子様ー!」みたいな気品をまとっている。雰囲気というか。こういうのは生まれと育ちの両方が備わらないとまとえない類のイケメンオーラだ。


 そしてもう片方は、金髪と相対するような黒髪の青年ヴァーサス・ケイド。

 こちらもかっこいい。王子の護衛である。


 一見飾り気のないただの青年って感じだが、それだけに特徴がわかりやすい。


 力より柔軟性を重視しているのだろう。よく鍛えられた肉体は細身に見えるが、実際は余計な肉を削ぎ落とした全身バネのような筋肉の付け方をしている。

 その肉体とやや厳しい顔立ちには、生来の真面目さと誠実さが現れていると思う。


 うーん……「純白のアルカ」では、ヴァーサスは攻略キャラではないはずなんだけど、リアルで見ると結構タイプっすわー。

 というか、王子が現実味が湧かないレベルのイケメンだけに、こっちは逆に色々現実味を帯びて生々しく妄想……いや、想像できるというか。


 けしからん。

 実にけしからんツーショットだよ、これは。ああけしからんね。……ドル風呂を用意しても差し支えないね。ぜひ裸でおぼれてくれまいか。


 で? え? 何?

 なんでけしからん王子たちは、けしからん料理なんてしてるの?


 ……え、まさか、招待状って、まさか、え、そういう……けしからん王子たちの手料理をみだらに食べる感じの用事ってこと? おいおいおいおい。つまり全財産払ってでも同席したいテーブルってことじゃないか。


「――やあ、アクロ。またプレッシャーを掛けに来たのかい?」


「――プレッシャー? なんのことかしら?」


「――あんなものを出されては、生半可な料理は出せなくなるに決まっているじゃないか」


 にこやかな金髪王子ラインラックは、にこやかに、何かしらトゲを含んだ言葉を発している。


「――あら。何事もそつなくこなす王子様には簡単じゃないかしら? まさかカップより重いものを持ったことがない貴族女よりお料理ができないなんてこと、ないでしょう?」


 おっと、お兄ちゃんもなかなか挑発的な物言いだな。


「――貴重なハチミツが手に入ったからな。覚悟しておけ」


 黒髪イケメンの護衛ヴァーサスはストレートだなぁ。……ハチミツって、昨日のあれかな?


 というか、なんだか普通に仲良さそうだね、キミら三人。

 特にヴァーサスとアクロディリアは、相当仲が悪かったはずだが。


 いや、まあ、アクロディリアの中身がお兄ちゃんなら、対立する理由もないんだろうけどね。


「――冗談はさておき、人数を増やしてしまってごめんなさい。手が足りないなら手伝いたいのだけれど。不足しているものは?」


「――何も問題はないよ。材料も足りているし、夕飯までには十分に時間もある。今日のために私たちのスケジュール調整も済ませたからね」


「――欲しかった食材が手に入ったのが昨日だったからな。色々あって先延ばしになってしまったのも、返ってよかったのかも知れん。何はともあれ、必ず『美味い』と言わせてやる」


「――楽しみにしています」


 はーい。私も楽しみにしてまーす。席はなくとも絶対出席しまーす。


 なんというか……王子たちのキラキライケメンっぷりにも驚いたが、予想外にフレンドリーな関係になっていたのもちょっとびっくりしたな。

 お兄ちゃん、結構コミュ力高いんだな。そういや本アクロもレンも、すでに結構仲良さそうだもんな。


 日常でのやり取りで私が鍛えたおかげだな、うん。妹に感謝するといいよ。







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