99.平凡なる超えし者、女神とガールズトークする……
「ようやくお目覚めかしら?」
ん……ん?
「呼ばれた理由はわかるわよね?」
……んー。
「あと五十分」
「起きなさい」
ダメかー……仕方ない。起きるか。
「あー……お久しぶりだね、女神さま」
まどろみを振り払い、ぐーっと伸びをしつつ、赤いドレスに不気味な仮面を着けた女神に挨拶する。
そう、ここは「純白のアルカ」の世界に来る直前に経由した、死後の世界の一つだ。
だだっ広い現実味を感じさせない白い空間。
果てのない迷路。
そして、そこに強い赤の彩を添える、紅のドレスをまとった仮面の女神。
もう一人もいた。色っぽい修道服の女だ。
テーブル一つに椅子が三つなのも、女二人が従者を従えているのも、あの時のままだ。
ただ違うのは、私は今ネズミで、テーブルの上にいるってことだ。
「えーと……ハイロゥさんと、そっちは聖人シャインだね。おはようございまーす」
そういえば、ちゃんと自己紹介はしてなかった気がする。
あの世界で本から得た知識で、ようやくこの人たちが誰なのか繋がったというか。
でもまあ、ハイロゥさんのことは、ほとんどわからなかったけどね。古い神ってだけしかわからなかった。
ちなみにネズミ型だが、この世界なら話せるようだ。ちゃんと声が出る。
肉体が作用する世界ではない、ってことなのかもしれない。
「何を暢気に挨拶しているの? 状況はわかっているのよね?」
んー。状況かー。うーん。
「神の名を不当に語るのは罪、更に言うと語った神の名において大きな事を成すと重罪……って感じ?」
「やはりわかっていてやったのね。まったく」
はっはっはっ。
「もし、あの亀をどうにかできなかったら、ハイロゥさんに助けてもらおうかと」
「甘い見込みね」
「そうでもないでしょ? こうして呼び出し食らってるんだから」
あそこまで派手にやって名前まで出せば、必ず関わってくるだろうと思っていた。現にこうしてテリトリーに呼ばれているわけだし、読みは当たっていた。
人気のない暇な神様ってすーぐ人と関わろうとするからね。
…………
亀をどうにかできたって記憶がないな。
最後の瞬間は、記憶が曖昧だ。
だが、想定通りでもある。
百花鼠の魔力を使い果たすほどに重量を持った聖樹ベルラルレイアで「大樹巨人」を作り、私の「偽物の不死」で怪力となり無理やり動かした。
いくらネズミの力があっても、さすがに色々と無理が過ぎた。
ほんの少し動くだけで丈夫な蔦で作った筋繊維がブチブチ切れたし、間接も単純構造の球体間接にしたし、維持するだけでも大変だった。
ネズミの魔力を使い切ったのも問題だが、「偽物の不死」で初めて億越えの貯金を一度に使ってまでやったことも負担になっただろう。
ここまで己の分を超えた力を使えば、たぶん意識が飛ぶだろうな、とは思っていたし。
いくら特殊な力を持っていようと、私は普通の人間である。普通の魂しか持っていないし、意識や意志が特別強いとか胆力に優れているとか、そういうこともないし。
「亀はどうなったの?」
「まずこちらの処理が先じゃないかしら?」
あっそー。
「どうなった?」
「予定通り、魔王が海に返しましたよ」
「シャイア!」
聖人シャインに聞けば、グズる女神とは違い気前よく教えてくれた。
「まあまあいいじゃない」
「貴方がたしなめるのは違うのではなくて!?」
「ハイロゥさんのおかげであの国は救われたわけだし。信者もきっと増えるよ。よっ、モテモテ女神!」
「……子供に泣かれ、いえ、なんでもないわ」
…………
何がどうなってそうなったか疑問だが、今の発言は聞かなかったことにしよう。
「で、私の罪を問うんでしょ?」
「そうね。罪になるとわかっていてやったのなら、尚更だわ」
だろうね。死者に関わる神は、自分のルールには特に厳しいからね。無罪だけは絶対にないだろう。
まあ、それもわかっていてやったことだ。
この流れも込みで策は練った。覚悟はできている。
「一ついいですか?」
と、聖人シャイアが口を開いた。
「貴女は罪に問われることがわかっていて、神の名を語った」
まあ実際には、私の動きに色々合わせてくれた兄アクロのアドリブなんだけどね。発言全部。
でも、神の名を語らせたのは私だ。だから私が罪を問われている。
「なぜそんなことを?」
「だから、私が失敗したら亀をどうにかしてもらおうかと」
こうしてコンタクトを取ってくるだろうと思っていたから。
交渉してなんとかしてもらおうかとね。
まあ、意図がわかっていて無視されるケースも考えられたから、確実とは言えなかったけど。
「いえ、そこではなく、どうして自分を犠牲にして国を救おうと思ったのか、と」
……ああ、そう。そこか。
「最初に言ったよね?」
色々と最後はバタバタしてしまったが、初志は貫徹できたと思う。
「私は兄を見守るために来たんだよ。兄が国を助けたいって態度だったから、全力でそれをサポートしただけ」
本当に、本当にそれだけだ。
仮に兄が、国を見捨てる選択をして全力で逃亡し始めたら、私も国を捨ててそっちを優先したと思う。逃亡の手助けをしたと思う。
「なるほど? さすがあの子の妹だわ」
「ん? そう?」
「ええ。あなたも行動のほとんどに善と悪が同居する、すばらしく普通の人間なのね」
はっはっはっ。
「何せ、何者にもなれない中庸の星ですから」
「罰か……悩みどころね。そもそもわたくしの管轄の世界の子じゃないし……」
なんかブツブツ言いながら、ハイロゥさんは思案に耽り始めた。
こうなると話しかけるのもアレなので、気になることを聖人シャインに聞いてみよう。
「この女神とうちの兄、どんな契約で取引を?」
「ああ、それは」
「あなたは口が軽すぎないかしら!?」
うん。女神がツッコミ入れるくらいには、聞けばペラッペラしゃべるよね。そこの聖人。
「軽くはないと思いますよ。話した方が良いと判断しているだけですから」
ほんとかよ。無駄に色っぽく笑いやがって。
「ハイロゥ様も、下す罰にお困りでしょう? もっと話をすれば、良い落とし所も見つかるかもしれませんよ」
……ああ、そう言われればちょっと納得はできるけど。
「こちらの方と貴女のお兄様は、大筋だけ言うと『次の生活』を約束しています」
ん? 「次の生活」?
「えーと……つまり、またこっちの世界に呼んで誰かをやらせるってこと?」
「その通りです」
あーそう。そういう契約を。
「なんでまたそんなのを? それがハイロゥさんの得になるの?」
「女子の中に男子が入って悪戦苦闘しながら日々を送る、という人生が、見ていて面白かったようです。『次の人生』を一年ほど、という契約を交わしています」
面白かった。
なるほど、それは大事なことだね。結局人間なんて、突き詰めればだいたい面白いか面白くないかで物事を判断するからね。
悪役令嬢になって戸惑いながらがんばる兄が、暇してる神の道楽になる程度には面白いと。
いいじゃない。わかりやすくていいじゃない。
そして、それならとっておきの罰がある。
「お兄ちゃんの記憶でどう?」
「はい?」
「お兄ちゃんの、私と関わった記憶」
元々私は兄に内緒でサポートだけする予定だった。
巨大亀の件では、それでは間に合わないと思ったから名乗りを上げ、妹として接触した。
「私の存在を知らない方が『次の人生』はきっと楽しいよ。見てる方はね。だって知らなければ、困った時は妹が助けてくれる、なんて甘えたことは考えないでしょ。必死で生きると思うけどね」
お兄ちゃんも弓原の人間だからね。
これから先も、似たようなことに巻き込まれないとは限らない。
いつも誰かが助けてくれる、なんて考えないように、うちは最初は割と放置されるんだよね。そういう教育方針なんだろうね。
今回はそれでは間に合わないと判断したから表に出たけど、やっぱり、あんまり良くはなかったと思う。
独立独歩。
弓原の家系はどうしても寄る辺なき単独行動が多くなるから、独力は磨かないといけない。
安易に「助けが来る」なんて思って、個の力を高めることを止めたら、まあまあ痛い目に遭う。
お兄ちゃんには、まだ必要ないだろう。
弓原の家系の知識は。
ある程度まで一人でできるようになってから教えるべきだと思う。……まあ私がそういう感じで教育されたんだけどね。
私が色々知らされたのは、五世界は渡ってからだから。お兄ちゃんは今回が始めてだ。回数で言えば死に戻りからのリバースってことで二回と言えるかもしれないが、それでもまだ足りない。
いつか兄は知るだろう。
弓原の家系では、私が一番最弱だということを。
そして知った瞬間、私に代わり兄が最弱のポジションに座ることを。
おじいちゃん子だった兄よ、おじいちゃんはほんとはまだ死んでないんだよ。今、他所の世界で、創造主と一緒になって新しい世界を作ったり作らなかったりしてるんだよ。あとおばあちゃんはそもそも別の世界の人だ。おじいちゃんがよその世界で引っ掛けてお持ち帰りしてきたんだよ。それとお父さんは幻魔界の魔王と呼ばれているよ。お母さんは普通の日本人だけど、お父さんが持ち帰ってきたマジックアイテムで年齢がストップしていることにいつ気づくかな? あとうちの水槽の熱帯魚だけど、あれお父さんがぶっ飛ばして封印して生き物に変えた前幻魔王だからね。お兄ちゃんが水槽の水変えとか掃除とかよくしてくれるからすごい喜んでたよ。
他にも話すべきことはたくさんあるが、まだ知るべきではないと思う。
「身内の記憶を、あなたが勝手にやり取りするの?」
「前後が違うだけだよ。『記憶を条件に巨大亀をどうにかするけどどうする?』って聞いたら、お兄ちゃんは迷うことなく記憶を捨ててる。交換条件がどんなに重くても、あの状況なら飲んだと思う」
だから私も必死になって戦ったのだ。そうじゃなければ私は動いていないからね。
「後々の判断になるとは思うけど、お兄ちゃんに不満も不都合もないと思うよ」
この件はその内私から話すことになるだろう。
仮に文句があったとしても、それは勝手に記憶を条件にした私が負う責任でいいし。
「落とし所としては最適だと思うけど」
「……そうね。あなたにとっても都合が良さそうなのは癪だけれど、『わたくしの楽しみ』を優先するならそれでいいわね。利害の一致とでも思えばいいのかしら」
お、やったー。これで一見落着するかな。
「じゃあそれでいい?」
「そうね。一応信者も増えたし、あれだけのことをしておいて命の一つも奪っていないし、あまり厳しくするほどのことはしていないし、でも罰を免除すると他の神に舐められるし。
それくらいで妥当かしらね」
よし。なんとか軽めで済んだな。
「ただし、わたくしは命じるだけよ。意味はわかるわね?」
あー、そう。そういう感じで。
「ハイロゥさんは命じるだけでやらない。私が記憶を奪うんだね」
つまり私が実行しろと。
たぶん身内でも、第三者が第三者の何事かを、契約で勝手に動かしてはならないのだろう。委任状でもなければ。
「それでいいよ」
記憶の一部を封じるだけなら、「偽物の不死」で可能だからね。
「あ、でも、履行は三月くらいまで待ってもらえるかな?」
「なぜ?」
「そりゃ復興作業の手伝いをするからだよ」
私はお兄ちゃんのサポートしてここにいるんだから。
お兄ちゃんがそれを望むなら、手伝うだけである。
こうして、無事にラスボスイベントが完了したのだった。
「で、実際どうだった? 私は必死で身体を動かすだけで精一杯だったし、自分がどんな姿だったか見えなかったんだけど」
「すばらしい動きでしたよ」
「わたくしにしては蛮行に過ぎるわ。あんな野蛮なことしないわよ」
「まあまあ。最後の落とし穴のようなものは?」
「あれは奥の手だよ。木の巨人を維持するために根っこを張ったから。それをあらかじめ亀の下方向に伸ばしていただけ」
「なるほど。タイミングを見て大きな根を消し、亀の重量で落としたと」
「そういうこと。あれは全部想定内の動きだったよ。ただ、あれ以上の手はなかったけどね。
それで、見た目はどうだった? ちゃんとハイロゥさんっぽく見えてた?」
「あんなに不細工ではないわよ」
「まあまあ。即席で用意した割には気品の中に優雅さもあり、さすがは冥路の貴婦人と呼ばれる高貴なる神だと思われること請け合いでしょう」
「へえー。よかったね」
「何がかしら? 別に信者なんて増えなくてもよかったのよ?」
「嬉しそうだね」
「嬉しそうですね」
「嬉しくないわよ。むしろ信者が増えるのなんて普通よ。このわたくしを崇め奉らずして誰を崇めるというの? こんなにも平等に命を扱う者は他にはいなくてよ?」
「嬉しそうだね」
「嬉しそうですね」
「嬉しくないわよ! ……………………ちょっとだけ嬉しいわよ!」
色々と気が抜けた私は、だらだらガールズトークをしてから、あの世界に戻るのだった。