09.平凡なる超えし者、兄のやらかしをざっと聞く……
「――で……何から話せばいいんだ?」
本物アクロが、現実を受け入れる準備ができたので、ようやく話が進むようだ。
「――この数ヶ月でヨウさんが何をしてきたかを話すべきです」
そうね。そこが気になるよね。
ゲーム的には、アクロディリアは大したことはしてないはずだ。それが兄の手に掛かって何がどうなったのかは、私も気になる。さあ何をやらかした? 薔薇の扉か? まだ疑惑は残ってるけど?
「――ああ、そうだな。何から話したもんか……」
「――優先順位はあるかと思いますが、結局順を追った方がわかりやすいかと」
「――そうだな。じゃあ俺がアクロディリアになった時から、簡単に振り返っていくぞ。その都度気になることもあると思うが、まず全部聞いてくれ。手短に話すから」
「――正直、もう、これ以上聞くのも怖いのだけれど……わかったわ。表現と気品に気を配りながら話してみなさい」
表現はともかく、お兄ちゃんに気品を求めるのは無茶だろう。
「――わかったわ。ならばここからはアクロディリアに扮して過ごしたわたしとして、話しましょうか」
あ、うそ、意外と品がある。
お兄ちゃん、見た目通りというか、見た目以上に順応していたみたいだ。
女性になれる才能があるのか、それとも薔薇の扉に手を掛ける資格を持つ男なのか……妹としては、まったく、恐ろしい可能性を秘めた危険な男だと言わざるを得ないよ。
何度か、いや、何度も、本物アクロからツッコミが入るも、「まあまあ」とか「後でね」とかいなされ、兄の数ヶ月の悪役令嬢生活は最後まで語られた。
かなり端折って上っ面を撫でただけ、みたいな情報量だったが。
なるほど一つずつ詳細に話していくと、一日二日じゃ足りないかもしれない。
まず、ささっと全容を話してしまって、正解だったのかも。
「――とまあ、わたしが死んだところまでが、こんな感じね。あとは死後の世界に繋がるから、そこからはアクロディリアが知っている通りね」
繋がるってのは、さっきの話のことだね。
ふーん。
思ったより色々あったんだな……というか、色々やらかしすぎだろお兄ちゃん。
足跡が残るとかキャラに反しているとかいうレベルじゃなくて、完全に別人の行動じゃないか。よくもまあ「アクロディリアに成りきれた」つもりでいられるものだ。
「――ねえ、それ…………まず、わたくしじゃないわよね?」
いつ頃からか頭を抱えていた本物アクロが、色々言葉に迷った挙句に、そう発した。
「――口調を戻すぞ。これは俺の事情も入ってるんだ。時間があればもっと自然に振る舞えたと思うが、とにかく学校卒業までにいろんな準備がしたかったからな」
「――準備?」
「――だっておまえ、さすがにおまえの実家には帰れないだろ。この状態で」
あ、それはわかる。私も何度か経験した。
いくら身体の親でも、自分の親ではないからね。他人の親をお父さんお母さんとは呼びづらいし、どのツラ下げて家族に混ざれるんだって話だからね。あのアウェー感はかなり居心地悪い。
「――じゃあ、もしそのまま卒業なんてことになっていたら……」
「――元に戻る方法を探しに、旅に出るつもりだった」
なるほど。
つまりお兄ちゃんは、卒業までの時間を、独り立ちするための準備期間と仮定したわけか。だから多少キャラに反した無茶や無謀も通したと。
キャラになりきるより、旅に出る準備を優先したわけだ。
「――それにその頃は、おまえがどうなったかもわかってなかったからな。だから旅の目的に、おまえの行方を探すのも入ったと思う。……まあ今ならわかるが、探しようがなかった気もするけどな」
本物アクロのいた場所がいた場所だしね。
さすがに死後の世界のことを知る人は、この世にはひと握りもいないだろうね。
「――ついでに念を押すが、最初に触れた通り、今なら俺が自分の身体に帰る方法はわかってるし、俺がアクロディリアでいられるのは学校卒業辺りまでってのもわかってる。その時がくれば肉体を返せるはずだから、それまでは貸しててくれな」
「――今すぐ返せって言っても返せないんでしょ。貸すしかないんだから要らないことを言わないで」
「――悪いな」
戻る方法がわかってる?
なんでだ? これが「はじめての神隠し」だよね? 弓原家の誰にも説明されていないなら、わかりようもない情報だと思うけど。
……気になるけど、今は置いておこうか。
「――で、噂のお風呂の話があったわね」
そうだ。噂の風呂の話だ。
なんでも兄は、査定とかいう学校イベントで、学校に共同浴場を作ってしまったらしい。
「――なぜ?」
「――前の準備の話にも関係するけど、とにかく色々やっておきたいと思ったからだが、それと同じくらい風呂に入りたかったからだ。
俺のいたところでは、風呂は普通に日常の中にあるものだったんだよ。でもこっちは普及してないだろ? 身体を綺麗にするだけなら魔法で済ませてるみたいだし」
「――……いまいち考えがわからないわね。お風呂に入りたいだけなのに、なぜ共同浴場なの? 自分の分だけでいいじゃない」
「――いやー、おまえが落としたフロントフロンの家名を少しでも上げてやろうかと思って」
「――……くっ……!」
兄がしれっと漏らしたお家事情に、本物アクロは胸を掴んだ。かなり「痛かった」らしい。
「――嫌われすぎなんだよ、おまえ。少しくらい良いことした、良いとこあったって見せときたいじゃん」
「――……ごめんなさい、そればっかりは……ああ……あやまりたい、皆にあやまってまわりたい……!」
子供が「謝りたい謝りたい」と震えて呟く姿は、もはや痛々しいとしか言いようがない。なんてことをするんだ。ひどいお兄ちゃんだ。
「――ヨウさん」
「――あ、いや……すまん。こんなにダメージ受けるとは思わなくて……」
まあ、本物アクロの打たれ弱さも、かなりのもののようだが。なんか神経むき出しってレベルでツラそうだね。
「――……」
なんかお兄ちゃんが両手を突き出し、クワガタの真似しはじめた。おいどうした急に。ご乱心か。ついに身内として私が恥を刈り取らねばならないのか。おい。シャカシャカ動くなよ。
「――……」
シャカシャカ動くクワガタを見ていたレンが、気が進まなそうに動き出し……クワガタのツノのように両手を延ばしそっと本物アクロを抱きしめた。
……あ、あーっ。
ああなるほど、なるほどなるほど。
抱きしめてやれよと。
傷ついて痛みを耐える子を抱いてやれよと。
クワガタみたいな動きは、そういうジェスチャーだったのか。決して「今だクワガタのハサミ的な動きで狩ってやれ」って意味じゃなかったのか。……わかってたわかってた。わかってた私。ダヨネー。
「――大丈夫です、アクロディリア様。反省も謝罪も必要ですが、これから改めていけばいいのです。まだ間に合います。大丈夫です」
レンは優しいなぁ。あんなメイドさん欲しいなぁ。部屋の掃除をして食事の準備をして食べさせてくれて寝る時は添い寝してくれないかなぁ。
「――学校にいる間は、嫌でも俺がおまえの代わりに背負うことになるアレだからな。あんまり気にするなよ。ほら、さっき言っただろ、あんまり考えすぎるなって」
こういうのは本人にしかわからないからねー。
外野がどんだけ気にするなって言っても気にする人は気にするし、「じゃあ気にしない」なんて態度取られてもそれはそれで癪に障るしね。ほとぼりを冷ますって大事なことだよね。
「――べ、別に落ち込んでないわよっ。平気なんだからっ。離れなさいよっ」
あらやだカワイイ。
羞恥なのか半泣きなのか、顔を赤くしてレンを押しのける子供の姿は、とても可愛かった。




