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じゃわめぐ空中散歩。

興奮する空中散歩。


白い世界の中、俺は飛んだ。

左手は、ストガさんと繋がっている。

バー無しのジェットコースターに乗ってる気分。

ていうか、レールもねぇし車体もねぇ。

ただ、身体は見えない糸でストガさんに操られているみたいに、俺の意思と関係なく白い世界を滑っている。

「トマト君、今、雲を抜けます」

「雲っ⁈ 」

ストガさんの言葉が終わるやいなや、俺の驚きを待たずして、目に色鮮やかな光が飛び込んできた。

「ちょっと、これは……楽しいかも」

これがジャワメグってやつか。

鳥肌が立って、身体中の産毛がうにゃうにゃと呼吸した。

森の深い緑。

太陽の光。

背の低い建物の乱立。

肌を擦る風の冷たさ。

鼻腔を貫く空気のにおい。

「トマト君、大丈夫ですか」

「全然ヘーキ! わや楽しい! 」

馬鹿とナントカは高い所が好きってね。

俺はもっぱら屋上とか、そういう場所が大好きだ。

もちろん、ジェットコースターも例外ではない。

でも、これは……

「比べモンになんねぇ」

「……トマト君、やっと笑いましたね」

「ん? 」

笑ってる?

俺は思わず顔を撫でた。

口角はふにゃりと上を向いて、頬の肉は弛緩していた。

「笑ってる? 笑ってんの、俺」

「いえ、もう元に戻りました」

なんだ、残念。

笑ったのは、5年ぶりくらいだ。

いや、もっと笑ってなかったかもしれない。

自分の平凡過ぎる顔はあまり見たくないけど、ちょっと惜しい事をした。鏡は、あの嘘の世界に置いて来てしまっていた。


「トマト君、この世界はトマト君が本来生きる筈だった世界なんですよ」

「え? 」

「さ、着陸します」

ストガさんの白い指が差した先は、見覚えのある、線路側の公園の辺りだった。

ていうか、今、何て?

「あ、浮遊装置切りますよ」

「え? 」

ストガさんは急に手を離した。

空中で一旦静止。

が、すぐ後に下からの風圧で身体が千切れそうになった。

「うわああああああああぁぁぁ……」

落下系?

落下系のやつ?

パラシュートもないのに、ストガさんはためらいなくギュンギュン落ちて、俺よりずっと下にいる。

……ていうかパラシュート無いよ!

どうする訳?

考えてる間にも、地面はもう目の前だ。

死ぬ!!!

息を止めて、身を固くした。



……………?



風は止んでいた。

どこかにぶつかった訳でもない。

身体はどこも痛くないし。

そろそろと目を開けると、地面から少し浮いた、自分のつま先があった。

「最近は寸止めが私のブームなんですよね」

ストガさんがそう言うや否や、それまで無かった重力が復活し、力の入っていなかった身体は無様にも地面に叩きつけられた。

「へぶらっっっ! 」

顔面着地!

鼻が地面にめり込んだ。

ヤバイ、鼻血出た。

「あはははは、何ですか、その声」

お前なぁ……。無邪気に大笑いするストガさんを恨めしげに見た。

「寸止めって何⁈ 絶対今の、ストガさんのせいでしょ⁈ 」

「ちゃんと体に力入れておかないと。何が起こるか教えてないんですから」

「教えてくれよ! 」

そうせばこんな目に合わなかったのに!

俺の切実な叫びも虚しく、ストガさんはイタズラっぽく笑っただけだった。

あ、八重歯。

「ストガさん、八重歯ある」

「え? 」

何だろう。

なにか、頭の中でもやもやした映像が流れている。

輪郭は酷く曖昧だ。

色彩豊かな煙が形を変え、何かになろうとしている様に見える。

デジャヴという感覚に、よく似ていた。



「トマト君、行きますよ」

ストガさんの言葉で、煙は散り散りになってしまった。

今はもう、再現不可能。

「で、どこに行くの? 」

「……ええと、ついて来て下さい」

落下地点から、さっき指差した踏切の側の公園までは少し距離があるらしかった。

どうしてあんな所で顔面着地させられたんだろう。ストガさんは答えなかった。

緑の茂る、どこか懐かしい町並みをのんびり牛の様に歩く。

穏やかな上り坂に差し掛かり、俺はハッとした。

「この坂、通学路じゃん」

何故気がつかなかったのか。

それは、この坂が未舗装の砂利道というやつだったせいでもあるし、町並みがあまりにも古ぼけていたせいでもあった。

アオモリは確かに北のヘンピな田舎だけれども、科学技術の急速な発展の余波を受け、それなーりに、ゆるやかーに近代化が進んでいるのだ。

だから、こんなデコボコ砂利道なんて殆ど絶滅危惧種だし、生い茂る緑も、見たことがない。

今、この目の前で欠伸をするかの様にのさばる坂は、俺が普段つかう坂だった。

舗装されてない事を除けば、その坂そのものだ。

「トマト君、よく気がつきしたね」

「2年以上使ってる坂だもの。……でも、何、この道」

「見たことないんですか? 砂利道ですよ」

「砂利道って……文学では習ったよ。革靴じゃ歩けないって」

ストガさんは黙って俺の足元を見た。

そう。俺は今、革靴なのだ。

「歩けないことは無いですが……靴は駄目になるでしょうね」

「嫌だ、この靴たげいー値段すーし」

「いいんですか、トマト君」

「? 」

「砂利道を歩いた中学生なんて、トマト君ぐらいなんですよ」

「歩きましょう」

坂道に一歩、足を伸ばす。

石と石とが軽い音を立てて軋む音。

足の裏に伝わる、突起。

一歩あるく度に、砂ぼこりが舞う。

なんだ……なんだ、この原始的な道は!

「これ、道? 」

「あ、危ないですよ」

ストガさんの声に混じって、ラッパの音がした。

振り向くと、平べったい顔があった。

大きな額はガラス張りで、中には人がいた。

中の人が俺の顔を見るや否や、再びラッパの音がした。

どうやら、このキテレツな機械からラッパ音はするらしい。

ラッパ音を出す平たい顔の、目の様な場所は、オレンジに点滅した。

これはなんだろう。

まじまじと見ていると、平べったい白い顔の側面から中にいた人の顔がにゅっと出てきた。

「兄ちゃん、邪魔だよ! せめぇ道ぃ、塞いでんじゃねぇろ! 退げねがしてコノ」

聞き慣れた方言。

やはりここはアオモリなのか。

「あ、ええと……すいません」

俺は道の端に寄り、羊羹型の箱が坂を登るのを見送った。

坂道をもがく様に進む黒い歯車は、心許ない音を立てて、その白い箱は見えなくなった。

「ストガさん、あれは一体なに? 」

「トマト君ちゃんと日本史の授業受けてますか? あれは軽トラです。トラック」

「トラック? あれが? 」

俺の知っているトラックは、今のよりもずっと細身で、あんな歯車では進まない。詳しくないからあまり分からないが、走るときには車はわずかに宙に浮いている。

良川は車のナントカ塗料が舗装された道路の塗料に含まれるナントカ物質と反発しているから浮く……とか言ってた。その他、車が進むメカニズムも教えてもらったが……。

「トマト君の知ってる車は、地面に埋め込まれた線路のようなレールの上を走るんですよ。大体の車にはその線路の電波を受信するナビが着いてますから、渋滞も迷子も、滅多に無い事になりましたね」

「じゃあ、今のは? 」

「今のは、科学技術の余波を受ける前のトラックです。トマト君はトラックにクラクションを鳴らされた初の中学生ですね」

……へぇ。

ってことは、この世界は過去なのか。


「ストガさん、俺はどこに向かってるんですか」

「今からこの世界で生きる筈ではなかった、あなたに会いに行くんですよ」

俺?

「俺は生まれてないよね? 」

「何を言ってますか。ここは一応2036年のパラレルワールドなんですよ」

俺は暫く頭が真っ白になった。

だって、2036年がこれって。

そんな俺を見兼ねて、ストガさんは俺の手をとった。

冷たい。

さっきはあんなにあったかかったのに。

空っぽのマグカップみたいな、質感の手だ。

「見れば分かりますから」

外見とは裏腹に、ストガさんは力強い。

俺は引きずられるように砂利道を登り切り、気がつくと見晴らしの良い丘の上にいた………





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