せばだばマイネびょん。
それだったら駄目でしょう。
開かれた動画は、二次元ホラーゲームの実況はしてくれなかった。
代わりに、三次元ホラーとでも言うべき断末魔と、爆ぜる肉片と、爆撃によって崩れる街並みの映像が流れた。
どこかの紛争地域の映像だろうか?
なぜ、こんな映像が流れるんだ?
俺は何でこんな映像を見ている?
不意に、酸い胃液が喉元を駆け抜けた。
口を抑え、画面から身体を逸らした。
ヘッドホンのワイヤレス通信を遮断をしようと、震える手を伸ばした時だった。
『これが世界の現実です』
爆音と悲鳴が止み、しゃがれた老人の声がヘッドホンの両耳から入り込み、意識を支配した。
画面を見ると、真紅のサングラスを掛けた、品の良さそうな白いタキシード姿の老人がこちらを見ていた。
画面越しなのに、まるで対面しているみたいな臨場感に、気圧された。
彼のいる場所と、俺の部屋がリンクした。
「よろしいですか、このような惨劇を無くす方法と手段を、我々"ソフィスト"は探しているのです」
……そった方法も手段も、誰も持ってねぇはずだ。
「そうでしょうか」
老人は、俺の呟きに反応した。
その時、鮮明なビジョンが脳裏に浮かんだ。
赤い床の部屋。
老人は俺を見下ろすように立っている。
俺は椅子に座って、彼を仰いでいる。
時間も空間も飛び越えて、俺はここに居る。
「あなた、歳はいくつですか」
「俺は……15です」
「まだ若いですね。可能性に溢れている。輝かしい未来がある筈なのに、どうしてそんな事を言うのですか?」
「今のが、お前が言う輝いでる未来ってが? 」
男は黙った。
赤いサングラスの中で、男の瞳は鋭い光を放っていた。
「あなた、興味深いですね」
「……俺は平凡な男子中学生です」
「いや、あなたにはきっと、素晴らしい教師がいる筈です。何か大事なことを、教えられたのではないですか? 」
思い当たる節が、無いわけではなかった。
だが、あいつは俺が守ると決めた。
「いいえ、居ませんし教えられてもないですね。そしたらこんな歪んだ人間は生まれないのでは? 」
「そうですかね…?」
男の猛禽類のような眼差しは、サングラスでは遮断できない。
まるで、鷹に睨まれた雛鳥みたいな気分だ。
「夢だとしたら早く醒めて欲しいですね、こんな夢」
「いいえ。夢ではない。むしろ、戦争の絶えないあの世界こそ、夢だ」
「夢から逃げるなよ」
「逃げてなどいません。一時的避難をし、現状を客観視しているだけのこと」
そんなの、おんなじだ。
お前は、逃げてる。
「夢は、あの手この手してお前を捕まえに来る」
「…では、その前に退散しましょうかね。時に少年。あなたの名前を伺っておきたい。あなたがあくまで彼を隠し通そうというのなら、我々とあなたは敵同士ですから」
「人に名前聞くときは自分から名乗れって、センセイさ教わらなかったのか? 」
男の微笑みは、崩れない。
のに、目線だけはより削り取られた鉱物のように鋭い。
「やはり、あなたには優れた教師がいるようだ」
俺は男の目を、見ていた。
本当は怖い。
夜中に独り、ホラーゲームの実況観るよりも何十倍も怖い。
それでも。
「大事な人を失くすのは、今の状況の何百倍も怖いんだよ」
「それは肯定と取ってよろしいですかな」
「勝手に解釈せ」
「ではそう勝手に解釈させていただきましょうか」
男が靴を踏み鳴らした。
赤い床が、白み始める。
まるで、夜明けのように…
俺も消え始めた。
やっと、男の夢が終わる。
そして、俺の夢が始まる。
「私は"ソフィスト"の残留思念であり墓標であり総統である。私を構成するのは私ではなく、思い半ばにして死んだ戦士や、無実の罪で死んで逝ったあらゆる国に眠る魂…それらが集まってできたのが私という存在…つまり私に名前は無い」
「なるほどな」
「少年、再度名前を聞こう」
おぼろげになる視界の中で、男は陽炎のように揺らめいた。
「美玲。俺は、小山内美玲だ」
オーロラが揺らめくように、世界が波打った。
椅子ごと、底なし沼に落ちていく。
美玲。
おまえの夢の中では再び白々しい朝が来る。
何も昨日と変わっていない。
そんな世界でおまえも、何も変われないさ。