竜飛まで連れでってけろー。
竜飛岬まで連れて行ってください。
バイクでの二人乗りには細かい規則がある筈だが、このオジサンはしれっとした様子で俺を乗せてくれた。
人生初のヘルメットはとにかく窮屈で、取ったとき顔に跡が残ったら嫌だなってそれだけは少し後悔した。
「どこさ行ぐの?」
「何か……いっ……たか」
「どーごーさー行ーぐーのー?」
「いやぁ、スマン…………だ」
「はぁ?」
「き………ない……」
モーター音というか、風を切る轟々という音というか……とにかくうるさい。
それに、ヘルメットが耳にピタッとくっついていて声が届かない。
今だにこんな、不便な道具があるとは。
世の中とは何とワンダホーであることか。
見ず知らずのオジサンにしがみつきながら、顔をふと上げると“竜飛岬”という看板の文字が目に飛び込んできた。
アオモリから竜飛岬まで、こんなに短時間で着けるはずはないから、どっかでワープゾーンを使ったのかもしれない。
轟音に気を取られて、全く気がつかなかった。
海の見える小高いパーキングエリアにバイクを停め、オジサンはヘルメットを取った。俺も窮屈なのでさっさと取らせてもらった。
メットを取ったオジサンは、どっかで見だんた感じの、胡麻塩のオールバック。
誰かに似てんな と思ったが、彼が振り向いて「降りようか」と優しげに微笑んだのを見た途端に、誰にも似てねぇ と思い直した。
バイクの脇に立ったオジサンが意外と長身なのに驚いた他は、特に感想はなく、これから何が始まるのかだけが楽しみだった。
非日常の感覚がおかしくなったのかもしれない。
美人な転入生と空を飛んで、実は彼女は良川暗殺用ロボで。
しかも俺は元々こっちの世界の人間じゃなくて。
パラレルワールドってやつを見てしまったし。
それに比べれば、知らないオジサンに「乗ってく?」と言われる事のほうが、まだ、日常的に思えてしまったのだ。
そして俺はこうして知らないオジサンと竜飛まで来てしまった。
以前までの俺なら、こんな事はしなかっただろうに。
今はただ、密閉されていた顔に風が当たるのが気持ちいい。
潮の香りが気持ちいい。
それだけだ。
「少年、何か食べるか」
オジサンは大きく伸びをしながら、俺と同じ様に海を見た。
青みを帯びた黒の瞳は、子供みたいな、無邪気な光を放っていた。
「この辺って、何かあんの?」
「さぁ。私も今日初めて来た」
「いいよ、腹減ってないし」
「あっ、あそこは海鮮丼が美味いらしい」
「おーい……」
「やってるかな? 行くぞ、少年」
話聞けって。
オジサンは携帯片手に、どんどん進んでいってしまう。
どんだけマイペースなんだって。
「待ってけー」
仕方ない、あと一話だけ付き合ってやるか。