怪しぃ昭和もつけ。
怪しい昭和の調子者。
昨日の大嵐のせいで、俺は良川の家に泊まるハメになった。
別に嫌ではないが、就寝の早い雅はさっさと雑魚寝をしてしまい、良川は猫動画に癒されるという仕事に没頭してしまった。
爆睡した雅を起こす事ほど命知らずなものはないし、猫は好きだけど朴念仁な良川の唯一の趣味を壊すのも気が引けた俺は、あの何もない部屋で朝を待つだけ という拷問を快く引き受けざるを得なかったのだ。
朝日が、アイロンをかける事ができなかったしわくちゃの制服を濡らした。
遥か昔の思い出になりつつある、つい先日のストガさんの白い背中を思い出した。
“A-01”
あのナンバリングが、網膜に焼き付いて、離れない。
ブリッジに差し掛かろうとする俺の横を、スーパーカブ……というんだか……が通り過ぎた。
車の好きな先生に話を聞いたことがあった。よく新聞配達員が使っていたバイクらしい。発明されたのは、確か昭和時代だったと記憶していた。
エンジンオイルではなく、天ぷら油なんかでも走行できるとかいう都市伝説も目にした事がある。
現代では考えられないほどタフなバイクだが、随分色褪せて見える。年季が入っているのか。
ちょうど信号に捕まってるので、なんとなくどんな人が運転してるのか見てみようと思った。
その人は、サドルにどっしりと白いライダースーツに包まれた尻を落とし、昭和の仮面ライダーの様に赤いマフラーを靡かせていた。
肩幅と尻の感じからして、まず男。
しかも、彼自身、随分年季が入っていると見た。
こんなに昭和で固めている人も珍しい。
俺にとって昭和とは、歴史の資料でしかない。見ることはできても、感じることはできない。その時代に特有の匂いとか、感情とかもない。
でも、このオジサンは知っているのだ。
昭和の匂い、景色、感情。
俺が永遠に知ることのできない物を知っている。
この背中に漂うのはただの悲しみじゃない。
哀愁 ってやつなのだ。
そう考えたら、居ても立っても居られなくなって、信号が赤のうちにオジサンの顔を盗み見たくなった。
歩行者専用シグナルが、ちかちかと点滅したのが目線の端に見えたときだった。
「少年、乗ってくか? 」
彼の声はヘルメットでくぐもっていたが、幸いにも他に音はなく、鮮明に耳に届いた。
怪しぃな と思った。
普段なら、さっさと駆けて行ってしまうだろうが、今日は違った。
「乗る!」